戦争と平和と独断とストーカー
「……条約の内容はこんなものか」
「詰めるまでもなかったですね」
「賠償もなく、土地のやり取りもない。利益も損失もない。何とも虫の良い講和だな猫姫や……猫姫?」
タマヨリとシン王子が私を見た。
私は文字を書く手を止めて、猫耳をピクピク動かした。
「これこれ、条文に落書きをするでない。いたずらっ子め」
「これ、私のサイン」
サインは練習したので、スタイリッシュに書けるようになったのだ。
ちなみに条文には大したことは書いてない。
無条件で戦争はやめる。それだけだ。
「ウガヤフキアエズの被害は軽微と聞きます。こちらの遠征費用の方がずっと多い」
「それは自業自得ではないか」
「ん……2人とも手、だして」
タマヨリとシン王子の差し出した手を取って繋ぐ。
「にぎにぎして」
握手である。
戦争が終わった証だ。これからこの2国は手を取り合って発展する事になる。
「ふむ、ではこれよりわらわと猫姫のウガヤフキアエズ国は……」
「私と魔王姫の国、ウルスと講和を結ぶ」
それは歴史的な瞬間だった。
少なくとも私にとってはそうだ。
私の努力がついに実ったとも言える。
と言っても大したことはしていない。
私は取り次いだだけだ。
少し前、シン王子から連絡があったのである。
セレストブルーで議会のお墨付きをもらった私は、少し釈然としないものを抱えながら魔法を行使しようとしていた。
シン王子の召喚である。
物体を手元に召喚するという作業は、魔力の消費量こそ多いが技術的には難しいものではない。
要は転移の応用である。
ただ座標計算が非常に複雑であるため、目視で位置が分からないものを転移させるには何らかのマーキングが必要となる。
エル子の場合は召喚登録という手法を使っているらしい。詳細は企業秘密である。
彼女は魔力の問題はセルで解決しているのだが、あまり離れると。召喚不能になるという欠点がある。
私のペットも似たようなものだ。
ペット登録によって召喚が可能になる。
それも詳細はよく分からないのだが、″窓″の機能を実行しているのは私という前提がある以上、おそらく私の無意識の魔力感知によってマーキングしているのだろう。
私ってすごい。
「きて、シン王子」
魔法陣が光る。
私の体内の魔力がごっそり減らされる。
やっぱり国を跨いだ遠方から転移させるのはきつい。
現れたシン王子は下着姿だった。
服を手にしているところを見ると着替え中だったらしい。
「うわぁ……」
「これは……? 魔王姫、貴女が呼んだのか?」
「け、穢らわしい。お嬢様、見てはいけません」
エステレアが私の目を塞いで抱きしめる。
魔物しかペットにできない理由がわかった。
人間の召喚にはこういうリスクがあるのだ。
「着替えてから連絡しなさいよ」
「これはお口直しに小一時間スーパーお嬢様タイムが必要ですねお嬢様」
「それは後」
私がシン王子を呼んだ理由は他でもない。
講和のためだ。
私がシン王子に渡していた端末から連絡が来たのである。
ウルスはもう半ば戦意喪失状態にあるらしい。シン王子が交渉を提案するとホイホイ乗ってきたという。
そこまで話が進んでいるならもう講和しても良いだろう。
私としては残り2匹のドラゴンもペットにしたかったが仕方ない。
彼らがどう出るかは気がかりだが、イチゴだいふくが見張っていてくれると思う。
そんなわけで、シン王子を召喚した私はタマヨリを呼び、そのまま講和条約の締結へと駒を進める事にした。
彼女は賠償金も何も取れないと聞いて渋い顔をしたが、私が説得した。
講和の会談はすぐに終わった。双方とも了承済みを確かめるだけだ。
そして今、ついにここに講和が成った。
なんとも簡単に事が進んだが、拗れる前に講和したのだと思えばこんなものかもしれない。
街のすぐ上、宣伝用の風船みたいな高度に停滞する飛空艇セレストブルーの甲板で私達は手を振った。
即席のステージだ。
ウガヤフキアエズの国民が見ているのは、私の思いっきり巨大化した″窓″である。
今からタマヨリがウガヤフキアエズ国民へ戦争終結の宣言をする、私はその手助けをしているのである。
「本日、ウガヤフキアエズ国は魔王軍率いるウルス国の講和を受け入れ、戦争状態を解除した。比較的被害の大きいミササギの街には充分な支援を行うと共に……」
街にタマヨリの声が響く。
講和の条件については何も言うつもりはないらしい。
相手が魔王軍というのを強調しているのは、たぶん賠償金が取れない件を有耶無耶にしているのだろう。
魔物相手なら天災のようなものだ。
「…………紹介しよう。魔王軍を退け、我が国に勝利をもたらした猫姫だ!」
私が無表情に両手を振ると、下から歓声が聞こえた。
高い所は好きだ。
気分が良い。それに承認欲求が満たされるのを感じる。
「そして、この西方から来た強力な猫人の姫を我が後継者とすることをここに宣言する」
思わずビクッとするような大歓声が上がった。
私は驚いてタマヨリを見た。
「タマヨリ」
「案ずるな養子の手続きも済ませた」
いつの間に……。
タマヨリはニッコリ笑った。
「タマヨリ、私に内緒で、話をすすめたらだめ」
「何の問題がある? どうせそなたの国と繋がるのだ。わらわには子がおらぬ。もうそなたがいなければウガヤフキアエズは困るのだ」
「依存はやすぎ」
「そう仕向けたのはそなたではないか」
私は言葉に詰まった。その通りだからだ。
どうやら私はこの狐の女王を甘く見ていたらしい。
タマヨリは嫌いではないが、養子になるつもりはない。私の両親はセレストエイムにいる。
どうしよう? こんな大々的に発表されてしまった。
いや、逃げても良いのだ。タマヨリは私を監禁などしないだろう。
しかし……この大歓声を見ると私が次の王になることは歓迎されているらしい。
それも私が仕向けたと言えなくもない。
期待を裏切ってセレストエイムに帰り、また戻ってきて国交を開けなどと言うのは難しい。
「ほれ、国民に応えるが良い。本物の獣人でないことを気にしているのか?」
「……ばれた」
「しかしその強さと美しさは本物だ。だから受け入れられておる」
タマヨリは尻尾を振って歓声に応じている。
何か言うべきだろうか?
敵意に対抗するのは簡単だが、好意に反発するのは気が重いものだ。
その時、頭の中でピロリンと音が鳴った。
この音はペット関連ではない。メッセージのアラームだ。
こんな時に、と思いながら私はほとんど無意識に″窓″を開いた。
シン王子からだった。私は思わず声を上げた。
『魔王姫、喜んで欲しい。僕と貴女の婚約が正式に決まった』
「……わあ」
私は自分が彼のストーカー気質と妄想癖も甘く見ていたことを知った。
飛空艇上の会見を終えて、私は久々にセレストブルーの自室に戻った。
ボフッと勢いよくベッドに飛び込む。
こんな悩ましい気分には、ここのダークでゴスロリチックな雰囲気がよく合う。
猫耳を引っ込めると、頭の中がだんだん落ち着いてくる。
猫人の状態は無邪気で楽しいけど、考え事をするには向かないらしい。
あの後すぐにシン王子に婚約否定のメッセージを送ったのだが、彼はしつこかった。
″窓″を開いて、彼のメッセージを眺めてみる。
『カモフラージュみたいなものだよ。僕は魔王姫にこのウルスを丸ごと捧げる。格好だけでも婚約が必要なんだ』
「食い下がるわねこいつ」
エル子が私の隣に腰掛ける。
そしてフェリスが私に習って寝転び、私と目線を合わせた。
「トモシビちゃん、婚約しちゃうの……?」
「しない」
私はフェリスの猫耳コリコリ撫でた。
まずシン王子との婚約は論外だ。
論外なのだが、彼はペットのくせに言うことを聞かないのだ。
「心を屈服させる前にすぐペットになってしまいましたから、そのせいでしょうか?」
「もう一回召喚して調教すれば良いんじゃない?」
エステレアとエクレアから15歳の乙女とは思えない発言が飛び出す。
あんまり気が進まないけどそれしかないのだろうか?
彼にかまけているとタマヨリがまた外堀を埋めてきそうだ。
皆私の美貌に目が眩んで言うこと聞いてくれていると思っていたが、そんな簡単なものではなかったらしい。
女王だろうが王子だろうが、やる事は大体変態ロリコンおじさんと同じだ。
王都のロリコンおじさん達が恋しくなって……いや、こないけど。
そこでまたピロリンと音がした。
メッセージだ。
今度は何だろう? 間違いなくろくな要件ではない気がした。
私の″窓″を全員で覗き込む。
ヤコ先生だった。
『トモシビ、先程そちらへ軍が出撃した。お主への追加戦力じゃ。何か聞いておるか?』
もちろん聞いてない。
またサプライズプレゼントのつもりだろうか?
誰も彼も勝手なことばかりしてくれる。
しかし直感的にわかったことがある。
それは、私が方々を甘く見ていたのではなく……私の方が甘く見られているという事だ。
アイドルってストーカーする人もいれば危害加える人もいるし中々大変ですよね。
トモシビちゃんの場合、自分の魅力で種撒いてますが身を助けるのも魅力だったりします。
美少女の宿命かもしれません。
※次回更新は4月26日になります。