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支配者は猫と魔王と聖少女の夢を見る

※三人称視点になります

タマヨリは機嫌が良かった。

猫姫の実力が確かなものだったからだ。

ドラゴンを1匹も倒せず逃してしまったのは実の所少し期待外れではあったが、鎧袖一触で追い払ったのだから殺傷することも容易だろう。

その実力は認めざるを得ない。



「猫姫や猫姫や」



タマヨリはいつものように猫姫を呼びながら彼女の部屋に入った。

フワリと良い匂いがした。

甘く官能的でありながら清潔感と爽やかさを感じさせる不思議な匂いだ。

匂いはその人物へのイメージを形作る重要な要素の一つだ。

猫姫の持つ香りはとても心地良い。

この少女をそのまま香にしたら、こんな匂いになるだろう。


タマヨリが猫姫を呼びつけることはない。用事がある時は必ず自分から彼女の部屋に向かう。

勿体ないからだ。この甘くてキラキラした可愛らしい少女の部屋に入る機会を逃すのが。



「おお、毛繕いをしておったのか」

「……ちゃんと、ノックしなきゃだめ」

「ノック? 西方の習慣か」



側女が猫姫の尻尾を丁寧に梳っていた。

猫姫はその奉仕を当然のように感受している。どうやら身支度をしているらしい。

東方と西方が混じったようなお気に入りの着物に着替えて髪の毛を弄っている。



「どこかへ行くのか?」

「飛空艇」

「空飛ぶ乗り物か……まさか、帰るのではあるまいな?」



突然訪れた別れの可能性に、タマヨリの胃の腑に漬物石でも放り込まれたような気分になった。

猫姫は首を振った。



「まだ」

「そ、そうか」

「魔王軍の脅威は残っておりますので。お嬢様は義理堅いのです」



義理でいてくれるのか。

それも寂しく思える。

こんなに居心地を良くしたのに、やはり彼女はいつか出て行ってしまうのだ。



「タマヨリ、はい」

「む?」

「撫でてあげる」



猫姫は背伸びをして寝床に腰掛けるタマヨリの頭に手を伸ばすと、その狐耳を撫で始めた。

繊細で優しい手付きだ。

頭を撫でられるなど何十年振りだろうか?



「ん……」

「タマヨリ、顔がとろけてる……気持ちいいの?」

「そう……だな」

「あまあまなでなで、してあげる」

「そんな……! トモシビ様が甘々撫で撫でを……!?」



なんだそれは。

身じろぎをしようとするタマヨリの頭を猫姫が抱え込んだ。



「なで……なで……」

「はふぅ……」

「女王なのに、ちっちゃい女の子に甘えるの……ぞくぞくする……でしょ?」



女王として、してはいけない事をしている。

そんな気がする。

しかしこの天にも上る気持ちはどうだ。

至福。

そう言っても差し支えない。

少女の甘い香りで頭が痺れていく。


最初は、この美しい少女をなんとしても手に入れたいと思った。

後宮に部屋をあてがえ、様々な贈り物をして、特別扱いをしてきた。

いつのまにか執務中も彼女のことを考えるようになった。

猫姫は遠慮がなかった。

タマヨリで良いとは言ったが、本当に呼び捨てにされるとは思わなかった。やがて、呼び捨てにされるたびにそれが当たり前のような気がしてきた。



「大丈夫……だよ?」

「ん……」

「転送魔法陣、作って、私の国とつなげれば……すぐに、来れちゃう」

「転送……」

「だから、安心」



安心……なのか、猫姫が帰っても。

いつでも会えるのだ。

彼女の言葉は何の抵抗もなくタマヨリの脳に染み込んでいく。

転送魔法陣、転送機の技術は難しいものではない。ウガヤフキアエズにもある。

大陸の端と端を繋ぐなど考えたこともなかったが、この国に溢れる地脈の魔力があればすぐにでも可能だ。

わずかに活動している脳の領域で考える。

そして、どれくらいの時間が経っただろう? 天上の愛撫が終わり、彼女の手が離れた。



「じゃ、いくね」

「あ……ああ」



猫姫の国と繋げる。

なるほど、繋げて一つの共同体になれば良い。行き来自由ならそれはもう一つの国も同然だ。

タマヨリは気まぐれな猫の姫を見送りながら、未来を思い描いた。







「ドラゴンが戦争ストレス障害になった?」

「はっ」



一体この男は何を言ってるのか?

エン帝は笑いそうになったが、話を聞いてみると本当らしい。

遠征から帰ってきたドラゴンは羊肉を貪り、寝床に引きこもって出て来なくなった。

もう戦争自体やる気がないらしい。

リーダー格の赤竜がその様なので、残る2匹も戸惑っていると言う。

ウルスの民は能力の大小はあるが皆ある程度魔物の意思を感じ取る事ができる。

魔物と意思の疎通が可能なのだ。



「赤竜どのは何と?」

「健康上の理由からこれ以上の戦闘継続は望ましくないと判断した、と」



間違いなく戦争ストレス障害だ。

戦争は心身を蝕む。

人間の間では古来より報告されていた事だ。

魔物が戦争でトラウマを負うなど聞いたことがないが、ドラゴンならあり得る。

この最強の生物は長い人生……竜生の中で今初めて命のやり取りを経験したのかもしれない。



「魔王姫は本当に魔王姫だったか」



魔王姫がウルス国を出た後、ウガヤフキアエズ国へ行った事は把握している。

おそらく、そのまま魔王軍と戦ったのだろう。

彼女は魔王軍を追って東方へ来たのだ。

ウガヤフキアエズに現れた猫姫なる者が魔王姫である可能性は高い。



「どうしたものでしょうな」

「ドラゴン3匹で敗北した相手に2匹で勝てるのか?」

「むう……」



側近もエン帝も沈黙した。

魔王軍を養うべく領土を求めたのがこの戦争の発端の一つだ。

その魔王軍のリーダー格がまるで他人事のように厭戦ムードになっているのだから、エン帝にしてみれば憤懣やる方ない。



「魔王姫に仲介をお願いしてはどうでしょう?」



そう言ったのは王子のシンだ。引っ込み思案な彼が会議の場で発言するのは珍しい。



「できるのか?」

「可能です。私と魔王姫の仲なら」



シンは人が変わったように自信満々である。

魔王姫の滞在中に何かあったのだろうか。

それなら歓待した甲斐があったというものだ。

エン帝はゲスな勘繰りをした。



「……分かった、お前に任せる。魔王姫と話をつけて交渉するのだ」

「承知しました」



上手くいくだろうか?

状況からすると良くはないが、シンの異様な自信を見ていると本当に交渉をまとめそうな気がする。

エン帝はあのちょろそうな魔王姫の姿に、一筋の希望を見出した。







「トモシビ嬢と連絡がつきましたぞ」

「本当か!」



その知らせに総主教は飛び上がって喜んだ。

トモシビが音信不通になってから数日、総主教はほとんど寝ていない。

心配で寝付けなかったのだ。



「今、繋がっています。後で代わるので……」

「トモシビちゃん!」



端末を奪い取られた。

ステュクス家当主代行カインは空になった手をわざとらしく見つめて非難したが、総主教はそれに気付くことすらなかった。



「どうして連絡しなかったんだい? おじさん心配でほら、クマができてるだろう? 見えるかな?」

『見て……あげない』

「お、怒ってるのかな?」

『なんで怒ってるか、わかる?』

「それは……」

『女の子の事、わからない……だめだめおじさんなの?』



総主教は13歳の女の子に責められて真面目に焦燥している。

彼がダメダメおじさんなのはもうカインにとっても周知の事実だ。



「いやトモシビ嬢が怒るのは無理もない」



カインは再び端末を奪い取った。

彼女がヘソを曲げる理由は容易に思いつく。

音信不通の間、トモシビ達はウガヤフキアエズ国に行っていたことは報告されている。

要は自己判断で動きたかったのだ。

しかも先立って彼女らがクズノハ先生と話していた内容によると、成果は上々らしい。



「こちらの勝手な判断で、現地のトモシビ嬢の行動を制限しては勝てるものも勝てなくなる。こちらが浅はかでした」

『う……うん』



思いっきり下手に出るカインに、トモシビは戸惑っているようだ。



「ご安心を。もうこちらは命令などしません。議会の誰がなんと言おうと、トモシビ嬢の判断が優先されます」

『……それはなぜです? トモシビさんにそんな権限はない』

「それについては……総主教」

「うむ、トモシビ・セレストエイム嬢は先の正教会総会議において聖人に認定されることとなった」



端末の向こうが爆発したように騒がしくなった。



『せいじん』

「そうだよ、おじさんからのプレゼントだよ。トモシビちゃんなら聖女……いや聖少女がいいかな?」



聖人の称号はグランドリアにおいて絶大な効力を持つ。

神の奇跡の実行者であり、彼らの行動はそのまま神の意思であるとされる。

議会の命令を無視しても、それは神の意思だと言われればどうすることもできない。



「機嫌治してくれたかな?」

『うー……? 』

「そういうわけです。聖少女殿は存分に奇跡の力を振るって頂きたい」



端末の向こうからギャーギャー文句が聞こえる。

おそらく、例の教団の者が反対しているのだろう。

しかし認定を辞退したところで権限を失うだけである。

聖少女になってもかの教団の崇拝対象が変わるわけではない。ただ正教会からも崇拝されることになるだけだ。



「では何もなければこれで」

『あ、うん』



通信が切れた。

カインはそれを確認すると、にこやかな笑みを浮かべた。



「サプライズプレゼントはうまくいったようですな」

「うむ、感無量だ」



総主教は肩の荷を下ろしたように、椅子に深くもたれかかった。

ようやく彼はトモシビを正教会に招き入れたのだ。

辞退するかもしれないが、それはそれで彼女の名声が高まるだろう。

カインも尽力した甲斐があった。

彼としてはただトモシビが権力を得る名目が欲しかっただけである。

手段はどうでも良かった。

彼女を育てる必要があるのだ。花に水をやるように。



(立派な魔王になってもらわねばならんからな)



カインはあの魔性を秘めた聖少女に、1000年の夢を見たのであった。



トモシビちゃんは政治力はないのですが、人気を集める事ができるので政治家になっても成功しそうです。


あと私ごとですが資格試験を受けました。この手応えだとたぶん落ちましたね。

※次回更新は4月19日になります。

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