お嬢様はドラゴンを分からせる
※4月5日誤字修正、ご報告すみません。
※4月6日文章校正。
戦争に急な召集というものはつきものだ。
なぜなら敵はなるべく相手を慌てさせるタイミングで来る事を心がけているからだ。
戦いというものは突き詰めれば、相手の隙を突く作業であるらしい。
ヤコ先生が言ってた。
「それでどこに行けばいいのよ?」
「予定通りでお願いいたします」
兵士が短く答える。
ただの肉食獣として動くドラゴンは読みにくい。
敵対心も領土欲もなくフラフラと気まぐれに捕食する彼らは、不規則に動く渡り鳥のようなものだ。
しかし今の彼らは軍である。
空腹を満たすためではなく、戦争として人間と共にこのウガヤフキアエズ国を攻めてくる。
ならば彼らの作戦も人間の考えるものとそう変わらない。
こちらを攻撃するにあたって最も効果的な場所はどこだろうか?
言うまでもない、頭だ。
兵士に連れられて私達がやってきたのはタマヨリのいる王宮だった。
「来てくれたか猫姫や」
部屋に入ると彼らの目線が私を貫いた。
「先程、ミササギが襲われていると連絡があった」
「みささぎ」
「そなたがドラゴンを蹴散らした街だ。しかし今回そこにはドラゴンの姿はない。つまり……」
「陽動ってわけね」
「その通り。既に上空の式神がドラゴンを捕捉しておる。予定通りここで迎え撃つ」
それからタマヨリは全軍に向けて矢継ぎ早に指示を出し始めた。
既に戦闘準備は完了しているらしい。
タマヨリ自身も戦装束に身を包んでいる。
獣人というのは実力主義であり、混血の彼らとてそれは同様だ。
女王たるタマヨリはウガヤフキアエズ国有数の戦士でもある。
私も負けじと″窓″を開いて指示を出す。
「アスラーム、セレストブルーは上から……がんばる、感じ」
『了解。天脈の魔力を使って砲撃する。ドラゴンは任せていいんだね?』
「いい」
飛空艇は図体が大きいのでドラゴンに狙われたらひとたまりもない。
なので、狙われない程度に援護をしてもらう。
操船に必要な人以外は生身で他の魔物の相手だ。
タマヨリと共に宮殿の一番高い屋根の上に登ると、戦闘が始まっているのが見えた。
ワイバーンも何体かいる。街中まで入られている。
助けたいが我慢だ。私の仕事は別にある。
「本命が来たぞ、見えるか猫姫や」
「うん」
太陽を背にして、一直線に降りてくる大きな影。
鳥のようでもあり爬虫類のようでもある、ドラゴンとしか言いようがない。
ちゃんと3匹いる。
私は日除け″窓″を遮光板にしてそれを見る。
ドラゴンが口を開いた。
それを見たエル子が杖を構える。
「跳ね返すわ!」
「構うな、行け! 魔封器を使う」
……魔封器?
タマヨリはどこからか異様な形の刀を取り出して、祈るように胸の前に構えていた。
いくつも枝分かれした刀身を持つ刀だ。
私達が一丸となって飛び立つと、すぐにドラゴンブレスが宮殿に降り注いだ。
私は皆と共に熱線を避けつつ一直線に上へ向かう。
こういう場合は全員でブースターを使うのが早い。
ブレスから伝わる熱波と赤外線が、私の敏感な肌にチリチリとした不快感をもたらす。
熱い。
しかしそう感じたのは一瞬のことだった。
ブレスが消失したのである。
熱も余波も最初から何もなかったかのように消えた。
……魔封器だろうか?
驚いたのは当のドラゴンだ。
その隙に肉薄する私達。
ドラゴンの爬虫類の目がこちらをロックオンするかのように見つめる。
「散開」
一塊だった私達がドラゴンの目の前で散り散りになって別れる。
花火みたいに飛び散る6人は目眩しには十分だ。
ドラゴンは距離を取ろうと後退した。
そのドラゴンの頭に私は手をついた。
ショートカットからの転移。
私とエル子だけ頭の後ろに瞬間移動していたのだ。
「いっちゃえ」
頭に″窓″を差し込み、快感の魔力信号の送る。
その必殺の魔法を受けて……しかし、ドラゴンは微動だにしなかった。
いや、魔力は動いた気がする。
体内の魔力で信号に干渉した?
障壁だろうか?
見えなかった。分からない。
このドラゴンは魔力の扱いが巧みなようだ。
レッドドラゴンは嘲笑うように鼻息を吐き、口の前に魔法陣を描いた。
それはよく知ってる。
落雷だ。
「ちょ」
エル子が一文字喋る前に落雷は光の球体に抑え込まれて……そこで私のさらなる魔法陣が発動した。
ビクンとドラゴンの体が硬直する。
今度は私の落雷だ。
ドラゴンの頭に乗ってる私達に影響はない。
体内に2つ極を作ればその間だけで電気が動くのだ。
座標計算も魔法陣も合わせて0.1秒足らずの時間しかかかってない。
私の魔術の腕がどんどん上昇しているのが実感できる。
ドラゴンの魔力が動く。
硬直したまま魔術を使おうというのだ。
魔力が魔法陣の軌跡を描くのがスローモーションのように感じる。
私の周囲に無数の″窓″が現れ、消えていく。
「他のや」
ついでにエル子の言葉もスローモーションに聞こえる。
ドラゴンの風の式に私の魔力が混じる。
上書きされた魔術によって、ドラゴン鼻の中で爆弾が弾けた。
同時にドラゴンの尻尾がエクスプロージョンでちぎれ飛ぶ。
……圧倒してる。
私が、神話の魔物を。
さらに電撃、もうドラゴンは障壁も間に合わない。
そこでようやく最初の落雷が障壁の中で消失した。
私の魔術の速度はもうここまで来た。
ドラゴンの一動作の内に私は3つも4つも魔術を放つことができるのだ。
「……来てる!」
エル子の言葉が追いついた。
……他のやつが来てる。
そちらを見る。横から青いドラゴン。
口が光っている。
「エル子」
私は空間操作補助の″窓″を展開した。
「シールド!」
跳ね返した。
弱めのドラゴンブレスは明後日の方向へ飛んでいった。
私はさらに全身に魔法陣を浮かび上がらせた。
4種類の魔術を混ぜてある。目まぐるしく動く″窓″は座標計算だ。
全てを体内に叩き込む。
それらが凶暴な魔力を溜め込み、変換して、解き放つ……それより一瞬早く、私の脳内でピコンと音がした。
私は反射的に魔術をキャンセルをした。
魔術は途中で止めると暴発するが、キャンセルの手順を踏めば問題ないのだ。
視界の端にある″窓″、そのペット欄にレッドドラゴンの文字が現れていた。
「かった」
「は? なんで?」
「敗北を認めたのでしょう。さすがはお嬢様」
エステレアが飛んできてドラゴンの頭に着地した。
エステレア達は散開した後、方向修正してここに来ただけだ。
たったそれだけの時間で屈服してしまった。
魔術で負けて心が折れたのだろうか。
レッドドラゴンは弱々しく喉を鳴らした。
「スライム、魔力おねがい」
「御意」
失った魔力が充填されていく。
私は新たにペットとなったレッドドラゴンこと、イチゴだいふくの背中を叩いて語りかける。
「イチゴだいふく、聞いて」
「トカゲ、あなたの事です」
「何でメイドの方が偉そうなの?」
「シュー……」
「あなたは……埋伏の毒。呼ぶまで、待機」
イチゴだいふくはそのまま魔王軍にいてもらう。
下手に敵対させるより、その方が効果的だと思うのだ。
ウルス国は魔王軍には下手に出ている。シン王子と連携してウルス国の手綱を締めるのだ。
ゆくゆくはセレストエイムからウルス、ウガヤフキアエズまで街道を通して貿易すれば良い。
魔王軍が警備して野良の魔物を排除するのだ。
「いっていいよ」
私がイチゴだいふくはバシッと翼をはためかせて加速した。
私達は弾かれたように見せかけて、ドラゴンシールドの外に出る。
逃げて行くイチゴだいふく。
私はそれを一瞥する事なく、周囲に目を向けた。
残るドラゴンは2匹、フェリス達が生身で相手をしている。
もちろん剣も拳も効くような相手ではない。
時間稼ぎだ。
私が一体一体倒すだけの時間が稼げれば良い。
次はこの青いドラゴンにしよう、少し距離はあるが、街の外なので被害が出にくい。
「セレストブルー、砲撃、青いやつ」
『了解』
上空からセレストブルーのレイジングスターが降り注ぎ、ドラゴンと地面を焼く。
さらに私のレーヴァテインが、横から首筋に直撃した。
魔力はあまり込めていない。
死んでしまっては困るからだ。
青いドラゴンが唸り声を上げて飛び去ろうとする。
そこで熱線が彼を貫いた。
下からだ。
タマヨリの仕業だろうか?
文字通り貫いた。腹部から羽根までやられた。
青いドラゴンが墜落して行く。
そして地面に当たる直前、全身が光った。
そして弾丸のように急激に加速した。
「はやっ!」
地面スレスレを超音速戦闘機のように飛ぶ。
青い光を発したドラゴンは衝撃波と土煙と薙ぎ倒された木々を残して戦場を去った。
あれで体当たりしたらやばそうだけど、逃げるためだけに使うとは、あちらも手を抜いていたということだろうか?
もう一体の白いドラゴンもいなくなっていた。
結果的には取り逃したことになるが、私としてはそれで良い。
ドラゴンが殺されたらウルスと魔王軍の力関係が逆転してしまう。
「タマヨリ」
『分かっておる。宮殿へ戻るが良い』
ここでの戦いは終わりだ。
一先ず作戦も成功である。
私は風圧シールドを貼り直し、風で乱れた髪を治すと宮殿へゆっくりと優雅に降下した。
トモシビちゃんは魔力ばかり増えてるように見えますが、魔法に関する技術は大体成長してます。
※次回更新は4月12日です。