百合園の女王
※三人称視点になります。
ウガヤフキアエズ国にその異変が起こったのは一年ほど前のことである。
まず目についた変化は、魔物の発生量が異常に多くなったことだ。
魔物は地脈にそって発生していることから地脈の流れの変化が原因であると推測できた。
ウガヤ国にもそういった知識は当然ある。
ただその地脈は魔力の量が桁違いだった。並の地脈を10本束ねたくらいの膨大な魔力の流れだ。
何かおかしなことが起こっている。それは推測できたが、彼らにとって重要なのは原因の解明ではなかった。
大地に魔力が満ち溢れるという現象は、ただ魔物を発生させるだけではない。
人間や魔道具が使用した魔力が簡単に補充できるようになるのだ。
これは戦争において非常に有利に働いた。
ウガヤ国はその力を持って周囲の幾つかの国を瞬く間に征服した。
元々食うか食われるかの争いを繰り広げていたのだ。何の遠慮もなかった。
「今度はドラゴンとな?」
ウガヤ国の女王、タマヨリは狐のような大きく膨らんだ尻尾を自ら毛繕いしながら言った。
ウガヤ国は彼女のような獣人ハーフが多数を占める国である。
東方の獣人は西方と違い、血統を守るという意識がなかったため今では純粋な獣人は少ない。
「ウルスめ、魔王と契約でもしたか?」
「ドラゴンが3匹ともなると……もう今ごろミササギは落ちているかも知れませんな」
いかにウガヤ国が魔力使い放題のチート状態でもドラゴン3匹の相手は容易ではない。
襲われたミササギの街の戦力では持ち堪えることもできないと思われた。
「報告いたします!」
しかし続いての報告でその予想は覆された。
ウルス軍は撤退、被害は微小。
旅の一団……その代表者である謎の美少女と名乗る子供が鎧袖一触でドラゴンを退けたらしい。
「何者じゃそやつらは」
「素性を隠さねばならない理由があるのでしょう」
「で、あろうな」
側近の男もまた獣人ハーフだ。ヒューマンに尻尾だけがついたような姿をしている。
報告ではその謎の美少女も尻尾が付いていたという。
はるばるウガヤフキアエズを目指してきた同族だろうか? しかし素性を隠す訳は?
「……会ってみれば分かるか」
何にせよ国賓として最高の扱いをすべきだろうと考えた。
ドラゴンより戦力が上……それだけでも大変な価値があるのに、おまけに毛並みの麗しい美少女だと言う。
美少女は大好きである。
タマヨリは女性でありながら後宮を持っているほどの女好きだった。
謁見に現れた華やかな一団を見てタマヨリのテンションは上がった。
全員見事に見目麗しい美少女だったからだ。
1人だけ少女という年齢を過ぎているものもいるが、タマヨリからすれば十分にストライクゾーンである。
「こんにちは、私はトモ……友達と旅して、ます」
「ほう……」
先頭の少女は後ろの少女と同じく猫の獣人……あるいは獣人ハーフなのだろう。
尻尾と猫耳が生えている。
なぜか耳も尻尾も先端が発情期のように赤い。
タマヨリは舌舐めずりをした。
その一行はどれも花が咲いたように美しいが、この少女は別格だった。
滑らかできめ細かい銀色の毛並み、陶器のような白い肌、世界中の少女の良い部分を集めたような顔は不思議とどこか中性的に見える。
現実とは思えない美しさだ。
一級の人形師に作らせてもこうは行くまい。
「話は聞いておる。よく我が国の民を守ってくれた」
「ちょっと通りがかっただけ」
「ふむ……ときに、猫姫様という者に心当たりはないか?」
「えっ」
後ろの猫人少女が思わずという調子で声を上げ、慌てて口を押さえた。
やはりそうか、とタマヨリは合点した。
最近西方から来たという獣人が口にしていた名前である。
なんでも西方の獣人は猫姫様と呼ばれる人物によって一つにまとまったらしい。
この自称謎の美少女こそがおそらく猫姫その人なのだろう。
よく見ると身嗜みも佇まいもそこはかとなく高貴な印象を受ける。
「よい……そなたを見るとその名が頭に浮かんでな。これからは猫姫と呼んでも良いか?」
「いい」
「うむ、では猫姫や、近うよるが良い」
猫姫は尻尾をゆらゆらと揺らしながら素直に寄ってきた。
「耳を撫でても良いか?」
「特にゆるす」
ソッと撫でると猫姫は本物の猫のように目を細めた。
小動物のような愛らしさ。
とてもドラゴンを退けたとは思えない。
手を滑らせ、顎の下を撫でてみる。
嫌がらない。
「あぁ……」
手触り、仕草、表情、香り、その全てがタマヨリの琴線に触れる。
これはもう可愛さの暴力だ。
我慢できない。
タマヨリは身を乗り出すと、その素晴らしく官能的な尻尾に手を伸ばした。
「だ、だめっ」
もう一人の猫人の少女が猫姫を守るかのように、横から抱きしめた。
尻尾を尻尾で巻き取り、自分のものだと主張するかの様にしっかりホールドしている。
「……ちと調子に乗りすぎたな、許せ」
「あ、いえ……」
タマヨリは微笑んだ。
つまりこの2人はそういう仲なのだ。
どちらもメスなのに。
旅の一行に目をやる。彼女らはおそらくこの猫姫の侍従なのだろう。
しかしただの侍従ではない。面構えが違う。
黒髪の少女などまるで恋人が異性に声をかけられたかなように、あからさまに睨みつけてくる。
タマヨリはピンと来た。
この猫姫は自分と同じなのだ。
「……そなたら、旅とやらは急ぐのか?」
「ぜんぜん」
「ならば我が宮殿に泊まっていくが良い。遠慮は要らぬ、我が宮は男子禁制。女同士仲良くしようぞ」
猫姫の耳がピクピクと動いた。
飛空艇セレストブルーは全速力でウガヤフキアエズ国に向かっていた。
艦長席にはアスラームが座っている。
彼はいつも彼女が座っているその椅子に深く体を預けて目を瞑っていた。
魔王軍とウルス国が手を結んだのは報告で知っている。
手を結んだと言葉を濁してはいるが、力で脅されて領土を奪われ、おまけに供物まで差し出すという従属関係である。
実質的にウルス国は魔王軍に降ったも同然だ。
ウルス国で出会ったシンという王子によると、トモシビは魔王軍を追ってウガヤフキアエズ国に行ったと言う。
ウルス国王子である彼は魔王軍側の人間だ。
しかし彼はどちらかと言うとトモシビの味方のように見える。
ウルスを裏切ったということだろうか?
アスラームがその事をやんわり尋ねると彼はこう言った。
「魔王姫がドラゴン達を服属させれば、ウルスは魔王姫と同盟関係になる。そうすれば全てがうまくいく。僕と魔王姫の新しい国が始まるんだ」
アスラームは彼の夢見がちな脳みそに拳を叩き込みたくなったが、なんとか我慢した。
「あの坊ちゃんが後継ぎたあ、あの国もおしまいだな」
「……いや、どうかな」
おそらく彼の言葉はトモシビの受け売りだ。
計画を話したのならシン王子はトモシビにとって信用に足る人物だったのだろう。
彼女の目をアスラームは信じている。
トモシビがドラゴン達をペットにすれば、ウルス国と魔王軍との関係はそのままトモシビとの関係になる。
トモシビの狙いはそこにあるとアスラームは推測した。
そしてウガヤフキアエズ国に味方している以上、彼の国とも友好関係を作ることができる。
うまくいけば三方を丸く収めることができるかもしれない。
件の王子が調子に乗ることさえ我慢できればの話だが。
「なぜトモシビ様は議会に提案しなかったんだ?」
「ステュクス家が不穏な動きをしているからね。議会と関係ない彼女独自の人脈を作るつもりだろう」
「ただ命令されて腹を立てただけだと思うけれど……」
アナスタシアが首を傾げた。
アスラームという少年はやたらと鋭い部分もあるのだが、ことトモシビの気持ちの事になると変に考えすぎる部分があるのだった。
ウガヤフキアエズ国は非常に大きな国だった。一つ一つの都市が一国の首都のような賑わいを見せている。
だが、さすがの彼らもセレストブルーのような空飛ぶ乗り物には驚いたらしい。
攻撃する意思がないことを示すために街とは十分に距離をとったつもりだが、降りた瞬間兵士に囲まれてしまった。
女王と話がしたいと言うと、アスラームとアナスタシアだけが罪人のように連行されることとなった。
やけに警戒されている。
トモシビ達は無事なのだろうか?
高まる緊張。
東方特有の長い庭園を歩き、ようやく女王と謁見が叶った。
「何しに来た?」
狐の耳を生やした女王は高圧的だった。
「現在、このウガヤフキアエズ国は魔王軍に襲われていると聞き及んでおります。魔王軍は我が国にとっても共通の敵、一臂の力をお貸しできればと」
「恩の押し売りは必要ない。用がそれだけなら早々に帰るが良かろう」
「……ここに銀髪の少女が来たはずです」
その言葉に狐耳がピクリと動いた。
「彼女は我が国にとって重要な人物、行方を知っていたらお教え頂きたい」
「行方を知ってなんとする?」
「追いかけますよ。地の果てまで」
アスラームは言葉に熱を込めて言った。彼は年頃の男子らしく格好良い言葉を使いたがるのだ。
だが女王はより一層冷ややかになった。
「事情はわかった、帰れ」
「……やはり何か知っているのですわね」
「彼女を渡すわけにはいかぬ。彼女は」
「タマヨリー」
女王の後ろにある観音開きのドアが空いて、舌足らずな幼い声が聞こえた。
それはトモシビだった。
猫耳と尻尾を付けたトモシビが相変わらずの無表情でトコトコ歩いてきた。
「こ、これ、出てきてはならぬと言ったであろう」
「私の仲間、追い返したら、だめ」
「そなたのためでもあるのだぞ」
「約束守らないと、なでなで、させてあげない」
「むう」
女王はトモシビに叱られてしゅんとしてしまった。
アスラームは少し混乱したが、すぐに持ち直した。
トモシビと無事再会できたのだ。それ以上のことは余計だ。
アスラーム達の元へ向き直り、駆け寄るトモシビ。
アスラームが再会を喜ぼうと両手を広げる。
そんな彼をスルーしてトモシビはアナスタシアとハイタッチしたのであった。
獣人は身体能力が高い代わりに魔力の操作があまりうまくありません。ハーフだとどっちも器用貧乏か器用万能になりそうですね。
トモシビちゃんは猫耳つけても身体能力は上がりませんが、魔力操作能力は少し下がります。
※次回更新は3月29日になります。