寝る前に考えました
※6月1日誤字修正しました。ご報告ありがとうございます!
「正しい判断じゃ」
ヤコ先生は報告を聞くと開口一番そう言った。
「基本的に鳥の魔物は防御が弱い。骨がもろく、どこを狙っても致命傷が見込める」
羽根を捥がれれば飛べなくなり、足を落とされれば攻撃力が半減する。胴体や頭は言うまでもなく急所の塊である。
見た目ほど強力ではない、とのことだ。
ルークもよくやった、とヤコ先生は続けた。
「俺は何も覚えていないのですが……」
「人は追い詰められたときに本性が出る。無意識でも体が動けば上出来じゃ」
ルークは首を傾げている。私はどうだろう? ムカデがスカートについただけでエステレアに助けを求めてた。でも虫だけは生理的にダメなのだ。
「お主らも災難じゃったな。ムカデの大量発生は極たまにある。危険度は低いが数が多すぎて騎士団でも手を焼く相手じゃ。対処方は電撃で一網打尽にするか、火で追い払う、つまりお主らのやった通りじゃな。これも悪くない判断じゃぞ」
ヤコ先生は満足そうだ。聖炎の話はそのうち機会があれば言おう。
電撃……雷の魔術は基本の一つではあるが扱いは非常に難しい。離れた相手に向けて魔法を発動したつもりでも、電気の性質上、自分に雷が落ちる事になるからだ。
騎士団では雷の魔術を扱ったりもすると聞いたことがあるが……一体どうやってるんだろう?
そんなことを考えているとフェリスが不安そうに口を開いた。
「バルザックはどうするんですか? もし危険区域に入っちゃったら……」
「あー、それなんじゃがな。あやつお主らより先に帰ってきおった」
「へ?」
しかも既に帰宅したらしい。
なにそれ……散々人を振り回しておいて、心配して損した。
安堵半分怒り半分といったところだ。
「しかし、そうか。お主らでもやつは御せんかったか。グレンを手懐けたトモシビならあるいはと思ったのじゃが」
「トモシビちゃん手懐けちゃったの?」
「ここの所大人しくなっておるじゃろ? それにずっとお主を目で追っておる。気がついておらんかったか?」
薄々気がついていた。というかグレン含むクラスの大半はそんな感じだと思ってた。自惚れじゃなかったようだ。良かった。
「うわ……」
「本当にロリコンでしたのね」
「存在そのものが許せません」
皆露骨に嫌な顔をした。エステレアが私を背後から抱く。
でもグレンって結構紳士的だし、野良犬が懐いたと思えば悪くは……。
私は今何を考えたのだろう。
……あまり深く考えないようにしよう。
場外活動部全体として集めた収穫物はかなりの数となった。チリも積もれば山となる。ブルーシートに山と積まれた山菜、野草、果物などなど。みんな意外と真面目に収集してたらしい。
きのこ類など毒入りと間違えやすいものは後でプロがしっかり見分けるそうなので別に区分けされている。
「さて、傾聴!傾聴せよ!帰るまでが遠足じゃ!最後まで統率を乱すでない!」
ヤコ先生が声を張り上げる。
「今回は成果としては充分じゃ。採取依頼はいくらでも買い取ってくれるでな。52人で割って……まあ、一人1000円くらいの報酬にはなるはずじゃ」
そんなものか。学食のカレーが400円だから二食分くらいである。学食以外なら一食分食べられるか食べられないか微妙なところかな?
皆喜ぶでもなくがっかりするでもなく疲れた表情をしている。私もたぶんそうだろう。
「危険な目にあったものも多いじゃろう。はぐれゴブリン、ダイアウルフ、グリズリーなどはまだマシな方じゃ。想定外の危険な魔物が出たとの報告もある。しかし街の外とはそういうものじゃ。なぜお主らが許可無く出してもらえないのか理解できたであろう?」
ウルフにグリズリー……?
もしかして私達のムカデが一番しょぼかった?
私達は無傷であるが、他の連中は細かい傷や血痕は当たり前、包帯を巻いているものもいる。
よく全員生きて帰ってきたものだ。魔法戦クラスに入るだけのことはある。
誰か死んでたらどうなってたんだろう? 先生は罪に問われるのでは? 大丈夫なのだろうか?
「今回は体験入部ということで外の空気を感じられれば充分じゃ。続けたいものは、正式に入部届けを提出してまた来週の土曜日に噴水前集合じゃ!何か質問はあるか?」
ない。
早く帰らせろと無言の声が聞こえるようだ。
そして解散の合図とともにゾンビの群れのように帰路に就く。
私たちももちろんさっさと帰りたいわけだが、その前に言っておくことがある。
「エクレア」
「なぁに?」
「すごく良い動きだった」
「べ、別に、トモシビ様の騎士として当たり前のことだわ!」
「フェリスはおんぶありがとう」
「大したことないよ〜。私の方こそバルザックから庇ってくれてありがとうね」
「クロエはルークを診てくれたし、エステレアはずっと私を守ってくれた」
「わ、私なんて戦闘では何のお役にも立てずに……」
「私もほとんどお役に立てませんでした」
そんなことはない。私は首を振って答える。
「私が一番ダメだった」
一人木陰で楽をして、テーブルは自分で畳めないし、ムカデは気持ち悪くて魔法も使えず、すぐ息切れしてフェリスに世話を焼かせ……足を引っ張ってばかりだった。
「そんなことありません!トモシビ様の聖炎があればこそ危機を乗り越えられたのですから」
「それに図鑑もすごく助かったよ」
二人の言葉は嬉しいが、聖炎はただの偶然である。
偉そうにしてるくせに、みんなを守りたいのに、現実は守られてばかりだ。情けない。
……またネガティブになってる。
「……最近のお嬢様はとてもアグレッシブになられました。でもお優しいのは変わっておりません」
「エステレア……」
「以前のお嬢様も可愛らしかったですが、私は今のお嬢様がとても好きです」
「そ、そうだわ。私達は……えっと、強いとか弱いとか関係ないんだからね」
エクレアが照れている。私もだ。普通にこんな台詞を言えるエステレアがおかしいのだ。
「お嬢様は私達の事を守ろうとしてくださいます。しかし私達もお嬢様をお守りできれば嬉しいのです」
「うん……」
″俺″は他人を頼るという感覚がなかった。一人ぼっちだった故の悲しさだが、それに加えて男特有のプライドが邪魔をする。
私はもう″俺″じゃない。それは分かっている。でも思考や感情が″俺″と混ざってしまってることは確かだ。
私は自分自身とちゃんと向き合って、受け入れなくてはならない。
その夜、ベッドの中で私は考えた。
私は私のなりたい理想の自分を目指し、生きたい人生を生きる。そう決めた。
でも私のなりたい自分とはどんなものだっただろう?
かわいくて、強くて、勇敢で、優しくて、寛容で、頼れて、弱さを見せず、そしてみんなを守れる自分。
エステレア達は私を守りたいと言った。しかし私のやってることはそれを否定している。
……私の理想はやっぱり独りよがりだ。一人ぼっちの理想だ。
人との関係を考えていなかった。
みんなと一緒に歩ける、そんな私になりたい。
私は強くなりたい。それは今でもそうだ。
しかし私の弱さを補ってくれるみんなのことを私は受け入れてなかった。
私は弱い。一人じゃ何もできない。助けられてばかりだ。今はそれでもいい。
でもいつか強くなったら……そうしたら
お互いに助け合ってみんなでもっと強くなれる。弱さを補うのではなく強さを合わせて。
……大丈夫だよ。″俺″にも私がいるから。
この作品はトモシビちゃんが″俺″さんを救うお話でもあります。