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電気羊は魔王姫の夢を見るか



「うう……」



寝苦しい。

寝返りを打とうと思ったができない。

私は暑さと圧迫感で微睡の底から意識を強制的に引き上げられた。

原因は分かっている。

皆で私を抱き枕にしているのだ。



「おはようございます、お嬢様」



頭上から声がした。私の頭を抱え込んでいるこの胸はエステレアか。



「エステレア、あつい」

「まあ! それはいけません、私が体温を吸い取って差し上げますからね」



エステレアはより一層力を入れてしがみついた。しかも他の体を力づくで押しのけて足を絡め始める。

余計暑くなった。



「おそらくこのもふもふ尻尾に熱がこもるのでしょう。しっかり冷ます必要がありますわ」



ピチピチ動く尻尾を力づくで押さえつけるエステレア。こうなると抵抗できない。

エステレアに押しのけられた皆がゴソゴソ動き始める。



「うー……何? なんで私蹴られてるの?」

「お嬢様のおみ足に顔を埋めていたからです」

「ああ……トモシビ様に膝枕されてる夢見てたわ」

「おはようございます皆様、起きたのですね」



スライムがテントの隙間から入ってきた。スライムは夜間の警備を担当してくれていたのだ。

ドラゴンの旅はジェット機のファーストクラスより快適だが、一つだけ欠点がある。

それは乗り物自体に睡眠が必要だということだ。

黒い体なのだから夜の闇に紛れて狩りをしたらさぞ怖いだろうと思うが、どうやらこのショコラは夜行性ではないらしい。

そんなわけで、夜の間は地上に降りてキャンプを張ることにしたのである。

ちなみにテントはショコラの背中に固定してある。いざと言うときすぐに逃げられるようにだ。



「きなこもち、温度あげて」

「ハイ、出力レベル3カラ3.1ヘ上ゲマス」

「上げ方細かくない?」

「オーブンの流用ですからね」



テントの中にはきなこもちを設置して暖房代わりに使っている。

魔王領はただでさえ寒いのに昼夜の寒暖差が激しく、夜はマイナス何十度まで下がるのである。

テントの中が暖かくなってエステレアはようやく私を離した。

皆が身支度を始める。

寝間着を脱いだり、体を拭いたり、髪の毛を整えたり……男子がいないというのは良いものだ。



「ウルスっていう国は後どのくらいなの〜?」

「今から出ればお昼までには到着できるかと」

「早めにいこ」



任務は可及的速やかにだ。

私はベッドに腰掛けて伸びをした。

万歳の姿勢になった私からスルリとキャミソールが剥ぎ取られる。

私の身支度はメイドの仕事である。

上半身裸になった私の髪の毛をクロエが梳かす。

そしてピンと上を向いた尻尾はカサンドラが梳かす。

きなこもちの裏側についた鏡を見ると、真っ赤な瞳を寝ぼけ眼にした美少女がいる。

……可愛い。

その美少女が微かに笑った。

起き抜けさえも可愛い自分の容姿に満足したのだ。



「髪型はどうしましょう?」

「ストレートにする」



異国に友好アピールするならこの美髪は素晴らしい武器になる。

ヤコ先生とカサンドラによるとウルス国はそう簡単に滅びるような国ではないらしい。仮にも、魔王領と接してきた国である。

ならばたぶんまずは予定通りウルス国を救援することになると思われる。

下着をつけて、去年の誕生日で着たドレスを着て、編み上げのブーツを履く。

最後にキュッと腰のコルセットを締める。

寝ぼけ眼の幼なげな美少女は、まさしく百合園の女王とか言われそうな風格を備えた吸血姫へと変貌した。

最後にサラリを髪の毛を払う。



「パーフェクトですわお嬢様。ウルスの王も瞬時に跪いて靴を舐めるでしょう」

「えっと、救援に来たんだよね……?」

「舐められたら負けよ。使者って国の顔なんだから」



エル子はすっかり使者の専門家みたいな態度だ。大陸を統一した軍事国家であるアルグレオにとって使者も殴り込みも大差ないのかもしれない。



「でも最初のあなたたちすっごい評判悪かったですよ?」

「えっ、なんで? 教授のせい?」

「エル子が乱闘したって、ニュースになった」

「それ相手貴女でしょ!?」



舐められては困るが喧嘩を売るのも良くない。それがエル子達を反面教師にした私の結論だ。

あくまで物腰は丁寧に、それでいて毅然とした対応をする。

コミュ障の私には難しい任務だが、こうやって高貴な感じの衣装に着替えればなんだかやれそうな自信が湧いてくるのだから、私の精神構造の単純さも大したものである。







出飛び立つとすぐに眼下の景色が変貌していった。

荒野にポツポツに緑が見えるようになり、緑の割合が増え、やがて一面の草原へと姿を変える。

その草原に点々と赤黒い塊りが落ちているのが見えた。



「……何かの生物の死体みたいだわ」

「あれはおそらくウルスの飼っている魔物、電気羊ですね。ドラゴンに啄まれたのでしょう」



電気羊。

サンダーウールが取れる羊だ。

家の絨毯や武器にも使っている。私にとってはとても馴染みのある魔物である。

ドラゴンに根こそぎ齧られた死体は原型を留めていないけど、骨だけでも結構な大きさがある。

ショコラの飛行高度は低いので地上の様子がよくわかるのだ。

赤黒い塊りとなった死体は私たちの通り道に沿って続いている。

電気羊は草原に放し飼いになっているらしい。魔王軍はそれをおやつみたいに食べていったのだ。


やがて前方の空に薄っすらと青く霞む建物が見えてきた。

たぶんあれがウルス国だろう。



「……なんか浮いてませんか?」



街が物理的に基盤ごと浮いている。アルグレオの塔に負けず劣らずすごい光景だ。

私達は思わず見入った。



「魔法で街を浮かせているそうです。街へはいつもあの真下から入っておりました」

「すごい魔法だね〜」

「ふ、ふぅん、高さは大したことないわね」



建っている建物はたしかに東方のものだ。私も前世でよく知ってる感じの和風……あるいは中華圏だろうが? どうも混じっていてよくわからないが東方風の伝統建築みたいな形をしている。

それが地上百メートルくらいの位置に浮いている。

蜃気楼か何かかと思ったが違うらしい。

さらに近づくと、その町の下に白い生き物が沢山の蠢いているのが見えた。

羊だ。

たぶんあれが電気羊だろう。



「ああやって保護してるんでしょうか?」

「そうかもね、建物も無事みたい」

「ショコラ、おりて」



ショコラは私の指示に従って素直に高度を下げ、地面に着陸した。

思ったより平気そうだけど、ドラゴンに襲われたならドラゴンで乗りつけるのはまずいだろう。

私にもそのくらいの思慮はあるのだ。

ショコラにはその辺で草でも食んでいてもらうことにして、歩いて行くことにする。

そうやってしばらく歩くと、羊の間から人間達が出てきた。



「ようこそ、セレストエイムの魔王姫ですね?」



彼らは恭しく立礼をすると迷うことなく私に向かって言った。







「はは……あだ名でございます。どうかお気になさらぬよう」

「えと……」

「おっと、失礼しました。我々はこのウルス国の使いです」

「会えて光栄です。セレストエイム殿」

「噂以上の美しさに少々はしゃぎすぎましたな」



自己紹介しようと思ったが、彼らは名乗るまでもなく私がトモシビ・セレストエイムだと確信しているらしい。

いかにも好々爺と言った感じの白髪のお爺さん達が和気藹々と話している。

なんだか出鼻を挫かれてしまって何を言うのか忘れた。

でも代表の私を差し置いてエステレア達が発言することはマナー的に許されない。

口下手でも代表たる私が口火を切る必要がある。

私は小さな胸を張って精一杯偉い人感を出してみた。



「とにかく、王様にあってあげ……あいたいです」

「ええ、もちろん。どうぞこちらへ。王も心待ちにしております」



エステレア達と視線を交わす。

緊張する。

ドラゴンの顎門に飛び込むような気分だ。

2階建てのプレハブ小屋くらいある電気羊の群れをかき分けて、魔法陣の描かれた人工石にのると転移が発動した。

ほお、とため息とも歓声ともつかない声が周囲から聞こえた。



「これが魔王姫か!」

「人外の美貌に魔王の力を持つ幼な子……」

「原作通りだ……」



正面の一際高いところに鎮座してるのが王様らしい。

サンダーウールがふんだんに使われたモコモコの椅子に座っている。

私はスッと前に進み出てカーテシーをした。



「こんにちは、トモシビ・セレストエイム……です」

「おお、めんこい声だな。私はエン帝、このウルスを治めるものだ。はるばるグランドリアからよくぞ参られた。ゆるりと過ごすが良かろう」

「ありがと」

「トモシビ、救援です。ゆるりと過ごしてはいけません」



スライムの声が鼓膜に直接響く。

骨伝導だ。

いや、わかってる。話すタイミングを掴めなかっただけだ。



「エンてい王」

「王はいらんぞ」

「ドラゴンが来て危ないから……特別に、救援してあげる……ます」

「ほう、魔王姫自ら特別に助けてくれると言うのか」

「うん、だから、もう安心」

「それは心強いな。しかしその危ないドラゴンは追い払ってしまったぞ」

「そうなの?」

「そうだとも」



やっぱり自力で追い払ってしまったらしい。

どうしたものか?

この場合やることはとりあえず使者として友好を結ぶこと……もう結んだっぽいからそれは良いか。

ならば急いでドラゴンを追わなきゃいけない。



「そっか……じゃ、かえるね」

「い、いや、待たれよ。ドラゴンは二度襲ってきた。まだこの辺にいるはずだ。三度目の襲撃もないとは限らん。魔王姫がいてくれたらどんなに心強いか」



エン帝は大袈裟に被りを降った。

なんだか変な感じだ。

歓迎はされているようだが、どうも芝居掛かった感じがして信用しにくい。

彼が日に焼けた大きな手を叩くと、横から一人の若者が進み出た。



「こいつはシン、我が息子だ。次の襲撃までこのシンに世話をさせよう。どうかしばしの間この国に留まってほしい」

「よ、よろしく……魔王姫」



シンとかいう王子はぎこちなく笑った。







「魔王姫っていうのは、吟遊詩人の語るシリーズものの詩のことだよ。すごく人気があって舞台にもなったんだ」



シン王子が歩きながら語る。内気そうなのに饒舌だ。退屈させまいと気遣っているのかもしれない。

大体どこの国でも貴族は紳士的である。気品がないと外交で困るからだ。



「ほうほう、それの主人公がトモシビ様というわけですか」

「その通り。でももう舞台はやめた方が良いかもな」

「どうして?」

「あ、貴女の役に相応しい存在がいないからさ」



彼はキメ顔をした。

もしかして口説かれたのかもしれない。背後でクロエの舌打ちが聞こえた。

桃の香りのする庭園の縁にある廊下を歩き、彼はいかにも特別性といった豪華な部屋の扉を開いた。



「ここを使ってほしい、周りの部屋は侍女の方々でどうぞ」

「侍女!? わた……むが」

「今はお静かに」



カサンドラに口を押さえられたエル子が怒っている。私のライバルを名乗る彼女としては受け入れ難い扱いらしい。



「宴の用意ができたら迎えに来るよ。それまで旅の疲れを癒して下さい」

「あ、まって」

「はい?」

「ゴーレム背中にのせた、黒いドラゴンは、私のペット」

「ああ、それは大丈夫。攻撃しないよう命令していますよ……では」



ドアが閉まった。

やっぱり泊まることになるのか。でも魔王軍がまた襲って来るというなら仕方ない。

私がブーツを脱いでベッドに寝転ぶと、エステレアがコルセットを緩めてくれた。

女子のドレスというのは疲れるのだ。

私達はしばしの間、与えられた部屋でくつろいだのだった。



vtuberの柚月ここあさんがこの作品を紹介して下さいました!!本当にありがとうございます!!(名前出すのまずかったら伏せます)

ネタバレとかとても気を使って頂いて申し訳ないです。

昔自分の書いたあらすじを女の子の声で朗読されるって頭がフットーしそうになりますね……。


※次回更新は2月27日になります。

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