進化する猫耳
※3月31日誤字修正、文章校正しました。
「アルグレオのゴーレムも古代のものの模倣ですので、操り方も同じかと」
レメディオスは面倒臭そうに答えた。
「こいつを暴走させるのも十分可能ってことね」
「でも大陸が違うのに技術は同じなの〜?」
「古代には繋がっていたと言ったでしょう。同じ事を何度も言うのは好きではありませんので」
レメディオスはすごく見下した表情をした。
それが癇に障ったのかカサンドラがズイっと前に出てさらに見下した顔で口を開いた。
「貴女はまともな口の聞き方からお習いになった方がよろしいかと」
「似たような話し方をする貴女に言われる筋合いはありませんが」
「トモシビ様の眷属と敗者のエルフでは立場が違うのです」
「私は負けていません。私が到着する前に負けていましたので。敗者は貴女の方では?」
2人は嫌な笑いを浮かべながら睨み合った。
どちらも悪の女幹部みたいな立場なのに仲が悪いらしい。
あの後、結局村のお祭りは中止された。
ゴーレムは一体を除いて全て破壊され、騒ぎを聞いて駆けつけた騎士団によって村は守護を受けることとなった。
私に懐いたゴーレムは連れて帰ってきた。
エステレア達との戦闘で手傷を負っていたらしく、動作が鈍いので修理をしなければならない。
そんなわけでゴーレムに造詣が深いレメディオスに話を聞こうと思い、私は村から帰るなり学園に直行したのだ。
「ねえねえ、そんなことよりこいつに名前つけたの?」
興奮してゴーレムの全身を触りまくっていたエル子が言った。
「うん、きなこもち」
「きなこもち? なんか意味のある名前なの?」
「大豆を挽いた粉と砂糖をまぶしたお餅で、東方で食べられているそうです」
茶色くて丸っこいのでそう名付けた。
「ふぅん、美味しそうですね。今度探してみましょう」
「きなこバニーにしない? きなこバニー」
「きなこもち、おいしいよ」
「貴女がつける名前全部食べ物じゃない、食いしん坊すぎない?」
「エル子が食いしん坊エル子、バニーばっかり」
「バニーは食べ物じゃないから!」
ハンバーグ数切れしか食べられない私が食いしん坊のはずがない。
絶対にエル子の方が食いしん坊だ。
ちなみに当のゴーレムはマンティコアにじゃれつかれている。
噛みつかれたりペシペシ叩かれたりしているが破損はしていないあたり中々頑丈だ。
「襲撃者ヲ検索……ハロー、ミルク」
「グルルルル」
「コチラコソヨロシク、私ハきなこもちデス」
「ガオゥ」
ベシッと叩かれるきなこもち。
いつも静かなマンティコアが鳴き声を出すのはコミュニケーションのためである。
だから乱暴だけどたぶん挨拶のつもりだろう。
ロボットと魔物が勝手に会話をしているのだからシュールなものだ。
「おおい、貴様ら! 何をやっとる!」
「あ、ヤコ先生だよトモシビちゃん」
「校庭でマンティコアを放し飼いにするでない! む、こやつは……」
「きなこもち、プロメンテで拾った」
私は事情を話した。
お祭りに招待されたことから始まり、いきなり変な場所に飛ばされた事、ゴーレムが暴れたこと、ネットワークが繋がって″窓″の機能が拡張されたこと。
「ふむ? このゴーレムが貴女の霊術に干渉したと?」
「うん」
「面白い……これは私が預かります。修理も引き受けますので」
「不安ですね、何か罠を仕掛けるかもしれませんよ」
「それならスミス氏を呼んで管理させますので」
「それよりトモシビよ、先程飛ばされたと言ったな? どこに行っておった?」
「白いとこ」
魔王城みたいな所だ。見たことのない不思議な空間だった。
私の説明を聞くうちにヤコ先生は真剣な顔になってきた。
「ふうむ、王権とやらがなくて良かったのう」
「知ってるの?」
「そこは世界のヘソみたいなもんじゃ」
「おへそ?」
「まあ移動したのは事故じゃろう、気にするな。それよりゴーレムの暴走じゃ」
ヤコ先生は私の肩に手を置いた。
「お主は自分立場を分かっておるか?」
「う、うん」
「今やお主を利用したい者なんていくらでもおる、それはわかるな?」
「わかる」
「ならば一つ教師らしい事を言うぞ。知らない大人を信用するな」
先生は幼学校の教師みたいな事を言った。
完全に子供扱いだ。
「普通に子供じゃろ。招待されたからといって軽く行くでない。相談せよ。信頼できる大人を頼れ」
「……わかった」
「そこの雌犬は勿論信頼できぬぞ?」
「トモシビ様以外に雌犬と」
「というわけじゃ、治安部隊にはワシが言っておくから犯人探しなんてせずに遊んでおれ」
先生は魔導院の方に歩いて行った。
心配してくれているらしい。
心がじんわり温かくなった。
今となってはこうやって普通に13歳の子供として扱ってくれる人は貴重だ。
たぶんそういうのが信頼できる大人なのだろう。
お祭りが中止になり、暇になった翌日。
私はフェリスの部屋を訪れた。
ちょっと私には高い位置にあるチャイムを手を伸ばして鳴らす。
扉の中で籠った音が響いた。
「フェリスー」
うんともすんとも言わない。
しばらく待っても返事がないので私は中に踏み込むことにした。
ドアを開くと微かに妙な香りが鼻腔をくすぐった。
室内は私の部屋と比較すると汚い。
まあ私の部屋はメイドが片付けてるだけであって、世間一般の一人暮らしと比較すれば綺麗な方だろう。
ちなみに私は魔導錠に魔力を登録してもらったのでフェリスの部屋に自由に出入りできる。
そこはお互い様なのだ。
寝室に行くとベッドが膨らんでいた。案の定寝ているようだ。
フェリスは私といない時は大体寝ているらしい。
授業中も結構寝ているのでたぶん一日の大半は寝ているのだろう。
私は部屋を見回した。
いつもはフェリスが私の部屋に来るので、フェリスの部屋をまじまじと見回す機会は案外ないものである。
目につくのは壁にかけられた謎の爪痕のついた板……たぶん爪研ぎ用だ。
木製の椅子にも爪痕がある。おそらく最初はこの椅子で爪研ぎをしていたのだろう。傷がつきすぎて板を買ったのだ。
私は頭に魔力を集中させてみた。
私の頭上のあたりにポンと猫耳が生える感覚。
手で触るとちゃんと触られた感覚がある。
猫人と同じになろうとイメージしすぎているせいだろうか?
魔力で作られた一時的なコスプレでも本物と変わらないのである。
そうして猫人になった私は板を軽く引っ掻いてみた。
……硬い。やめよう。私の大事な爪が割れてしまう。
次に私は部屋の隅にある大きなパルプの箱に注目した。
中には何もない。
入ってみる。
「おー……」
すごいフィット感だ。思ったのより3倍くらい居心地が良い。
体が四方の壁に密着している安心感は何者にも変え難い。
なるほど、これが猫の気持ち……。
「…………」
私はしばらく箱を堪能してから、ゴソゴソと外に出た。目的は箱ではない。
ふとテーブルに謎の粉が散らばっているのに気がついた。
香辛料のような良い香りがする。
お皿に盛られているのを見ると零してしまったらしい。
「フェリス、フェリス……」
「にゃむ……?」
体をユサユサ揺らして起こすと、フェリスは薄めを開けて私を見た。
「うにゃ……」
「フェリス、起こしにきた」
「トモシビちゃん」
フェリスは一つ伸びをすると、私の首に抱きついてベッドに倒れ込ませた。
「にゃあ……あったかい……」
私を抱き枕にしてそのままスリスリするフェリス。
尻尾を尻尾に巻き付け、にゃあにゃあと飴玉を転がすような声で鳴きながらスリスリする。
なんか変だ。
フェリスは寝起きは良い。起きる時はすぐ起きる。
こんな酩酊したような彼女は見たことが無い。
ふとフェリスから例の良い香りがした。先程より何倍にも濃縮されたそれが私の鼻腔を襲った。
私の意識がトロリととろけた。
「いいにおい……」
しあわせ。
難しいことがかんがえられない。
なんだろう? この匂い。
フェリスの胸元になんかついてる。
なめてみる。
「にゃ〜くすぐったい」
「おいしい」
フェリスの胸元についている粉をペロペロなめる。
なめるともっとしあわせ。
ふぇりすの尻尾がにょろにょろ動いて私の尻尾を刺激した。きもちいい。
尻尾だけじゃない、肌全部きもちいい。
「ねこみみねこみみ……」
肌をすり合わせる。
すりすりすり。
「トモシビちゃんもマタタビ舐めちゃったんだね〜…………」
「またたびー……?」
私が舐めて綺麗にしたフェリスの胸元からはもういい匂いがしなくなっている。
「…………あ……トモシビちゃん!?」
……?
フェリスの顔がシャキッとした。
どうしたんだろう。
私はねこみみを噛んだ。
「にゃっ」
「ねこー……」
「トモシビちゃんごめん、出かけるの忘れてた」
「でかけない……きもちいから……」
「う〜……クロエちゃんなら何とかできるかな? ちょっと運ぶね」
「きゃー」
お姫様だっこだ。
どたどたゆれる。階段登ってるみたい。
「……すき」
私はフェリスの首筋にギュッとだきついた。
気がつくと私は3人に覗き込まれていた。
「トモシビちゃん、大丈夫?」
「うん」
「トモシビ様、マタタビでこうなったらしいですけど覚えてますか?」
……覚えている。
良い香りがして頭がクラクラして……。
あの粉がマタタビか。
「なんで効くんですかね? 猫耳まで生やしたせいでしょうか?」
「尻尾の付け根を弄りすぎたのかもしれません。お嬢様がこんなに猫ちゃんになられるなんて……私、責任を感じずにはいられません」
「エステレアさん、すごい笑顔ですよ」
尻尾の付け根をトントンされるのは好きだけど、たぶんエステレアのせいではない。
たぶん、神経とかまで猫人のものを作っているせいではないかと思う。魔王の魔力で身体内部に干渉しているのはまずいだろうか?
これも一度先生に相談してみようか。
ただマタタビに酔う感覚はすごく気持ちが良かった。
私はたぶん将来もお酒が飲めないと思うので、マタタビを代わりにするのも良いかもしれない。
「トモシビちゃん、さっきの事なんだけど……」
「さっき?」
「ええとね……つがいだから、変じゃないよ」
「……?」
「も、もう行こっ」
フェリスは玄関の方に行ってしまった。
私が何か言ったのかな? 抱き抱えられてからは全然覚えていない。
私は猫耳を消そうか迷って結局そのままにしたのであった。
マタタビって効かない猫もいるみたいですね。
トモシビちゃんは人一倍効きます。
それどころか普段から全ての状態異常に弱いです。とてもザコです。
※次回更新は18日月曜日になります。