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後方悪役令嬢面と父親面と黒幕面

※三人称視点になります。

※1月13日誤字修正、ご報告ありがとうです!



正教会は国教である。

人々は傷や病気を治すために教会の聖職者に助けを求める。軍隊にも聖職者が配置されている。

彼らは医者であり宗教家だ。

魂の救済を説くだけでなく実際に痛みや苦しみから救ってくれるのだから国民からの信頼は厚い。


ティラナス総主教は正教会のトップであり、議会の重鎮の一人でもある。

政治に口を出す事はほとんどないが、社会倫理や道徳規範の番人として目を光らせている。

そんな彼は今、食堂でお昼のニュースに目を光らせていた。



「トモシビ嬢は今日もお休みですか」



そう言いながら彼の向かいに座ったのはステュクス家当主代行のカインだ。



「そのようですな」

「お気持ちはわかりますよ。元気がもらえますからね」



これだからにわかは、みたいな顔をする総主教。

この総主教が最近やたらとトモシビにご執心なのをカインは知っていた。



「私は心配しているのだ。最近の彼女は少々攻め過ぎている」



彼は厳格な表情で首を振った。

たしかにそうも見える。

なにしろ魔物をグランドリアに住まわせると言うのだ。いくら稀代の英雄でもヒヤリとする言動である。

が……この総主教が言っているのはそこではないことをカインは知っている。

この男は以前からトモシビの大ファンなのだ。

トモシビがスカートをたくし上げたら憤慨し、セレストエイムの料理が食べたいと言えば学園の食堂に導入させる。

最近は毎日欠かさず手紙をしたためて放送室に送り付けていると報告を受けている。



『トモシビちゃん今日も可愛かったね、お小遣いあげるからもっと可愛くなってね』

『送った服は届いたかな? ぜひ着てみてね! 絶対似合うから!』



カインは彼の送った手紙の内容を思い出して笑いそうになった。

正教会の信者も神への寄付がそのまま女の子に貢がれているとは夢にも思わないだろう。

ちなみに貢がれたお金はそのまま孤児院に寄付された。

トモシビが放送でお金は送らないで欲しいと言ったら、今度も服やアクセサリーを送るようになった。

期待に応える主義のトモシビは普通に着た。

総主教は大層喜んだ。



「何度嗜めても聞く耳を持たない、困ったものだ」



最近トモシビはファンの中年男性達を弄る楽しさに目覚めたらしく、やたらと挑発的である。

ファンが離れるかと思いきやそんなことはなかった。

彼らは口では説教臭いことを言いながら、トモシビがローアングルで綺麗な脚を見せつけると身を乗り出して見ようとする。

総主教もその一人だ。むしろその中でも最右翼であると言える。



「前の議会でも対面におりましたがお話はされましたか?」

「いや……しかしアイコンタクトはした」

「アイコンタクトですか」

「私を見て安心したようだ。初めての議会は不安だったのだろう。しばらく見つめ合っていたよ」



トモシビは彼の顔など知らない。

安心などするはずがない。

自分のことをトモシビのパパか何かと思っているらしい。

内心馬鹿にしていてもカインは彼にツッコミなどしない。

カインは婿養子であるが誰よりもステュクスらしい男だった。

ステュクス家は魔王のスパイである。魔王が封印された後も代々その任務を継いできた。

カサンドラは協力関係ではあるが上役ではない。

ステュクス家の人間が彼女の霊術によって監視されている事も実は知っている。

しかし婿養子の彼はその呪いを受けていない。彼だけは自由に行動できるのだ。



「それはそうとご存知ですか? 聖火教の話」

「聖火教? トモシビちゃんではない方か?」

「え、ええ、本家の方です。彼らは今度も聖火祭にトモシビ嬢を招待したそうです」

「何? つまり……」

「はい、おそらくトモシビ嬢を取り込もうという狙いでしょう」

「先を越されたか……甘い顔をしていればつけ上がりおって」



実はこの総主教も同じ事を考えていたのだ。トモシビを担ぐ新興宗教を庇護して、傘下に加えようと画作していたのである。

トモシビ派は聖火教の派生ではあるが、トモシビを崇める以外に特に教義はない。

大部分はただの熱狂的なファンで構成されている。

総主教はトモシビを正教会の高い位置に付ける事で共存できると考えたのである。



「どうしたものかな……中止させようにも表向きはただの祭りだ。今まで見逃していたのが裏目に出たか」

「なぜ見逃していたかと追及されてはこちらもたまりませんからな」



賄賂を取って見逃していたのだ。それを公表されては自分たちも困る。

カインはしばらく目を瞑って考えたフリをすると、たっぷりと勿体つけて提言した。



「ふむ……ではこういうやり方はどうでしょう?」







アンテノーラは馬車から外を見ていた。

プロメンテ村はそう遠くはない。閉鎖的で騎士団の守護も受けていない王都では一切話題にならない村だ。

プロメンテ村の歴史は古い。

言い伝えによると本当に聖火神が住んでいたらしい。

村にある玉座は聖火神が座ったそうだ。

ただの御伽噺と一笑に付す事はできない。

それを裏付けるものがあるからだ。

それが古代から受け継がれたゴーレムの存在である。



「ゴーレムってあれか、アルグレオで使ってた」

「そう」



グレンの問いにアンテノーラは短く答えた。口を開けば怒鳴りつけてしまいそうになる。

アンテノーラはイラついていた。

正教会がプロメンテ村の防衛力のゴーレムを暴走させる。

アンテノーラの元にそんな情報が齎されたのだ。



「何でそんな事しやがるんだ」

「何回も説明したでしょ!」



理由は三つある。

一つ目は聖火祭を中止させるため。

二つ目はトモシビに聖火教の悪印象を与えるため。

三つ目はゴーレムを消した後、軍を駐留させて正教会の影響下におくため。

アンテノーラはそれを聞いて飛んできた。トモシビが危険に晒されるならなんとか助けるつもりだった。



「とっ捕まえて計画を阻止すりゃいいじゃねえか」

「だめ」

「なんでだ?」

「どうでもいいでしょ! とにかく貴方はあの子の盾になって守りなさい! できるでしょ!?」

「それは言われなくてもやるがな」



イライラする。

なんてこの男にトモシビは髪留めを与えたのだろう。なぜ自分には何もくれないのか。

不安感、焦燥感、不満感。

プロメンテへ向かう馬車の中でアンテノーラは落ち着きなく指で膝をトントンと叩いた。

グレンはトモシビをストーカーしていた所を拾った。

トモシビのボディーガードを探していたところだったので渡りに船だった。


アンテノーラは聖火教も正教会も嫌いだ。

あんな脂ぎった男どもに可憐な妹……たまにお姉様にもなるトモシビを渡すわけにはいかない。

どちらも彼女を利用しようとしているだけなのだ。

アンテノーラとしては双方が共倒れになれば良いと思ってる。

ならばどうすべきか?



(計画通りに聖火教をめちゃくちゃにして、その後正教会の陰謀を突き止めたフリして暴露する、それがベスト)



アンテノーラはサラサラの黒髪を乱暴にかきあげた。

魔王を裏切り、トモシビ側の二重スパイとして役に立とうとした直後、魔王軍の実質的な指揮官だったカサンドラが降伏した。

アンテノーラは何もできず、そのままトモシビからも何の連絡もなかった。

ひょっとして見捨てられた? アンテノーラは焦った。

実際トモシビはアンテノーラが魔王のスパイだったなどとカケラも思っていないのだが、アンテノーラは見抜かれていると信じていた。

役に立つ所を見せなくては本当に見捨てられてしまう。それが怖かった。







それから3時間ほど後、アンテノーラは群衆の中からトモシビを見ていた。

天使だ。見ているだけでうっとりする。

アンテノーラの機嫌は一時的に治った。

トモシビは例の聖火神が座ったと言う玉座に無表情に座っている。暇そうだ。



(あの子ったら、お人形みたい)



なんて可愛い妹なのだろう。

4歳も年下の妹分……その幼い容姿から繰り出される女王のごとき振る舞い。

あの時の感覚が蘇る。

アンテノーラの頭の芯がジンジンと疼く。

周囲はぶつぶつと耳障りな歌を歌っている。グレンは横で『いい表情してんな』などと呟いている。

先程はフレデリックと話していたが、余計なことは言っていないようだ。トモシビについて熱く語っていただけだ。

ステュクス家はトモシビ派を全面的にバックアップしているので、アンテノーラも彼とは知り合いだ。仲良くはないが。


歌が佳境に入る。

トモシビの髪の毛に炎が灯った。

聖炎だ。

彼女はさらに魔力を解放し、炎を燃え広げさせた。

そして……パッと煙のように消えた。

群衆はざわめいた。

アンテノーラも一瞬驚いたが、すぐ冷静になった。転移の魔術で人混みに紛れ込むくらいトモシビならできるだろう。

しかし、なぜ今?



「ゴーレムが狂ったぞ!」

「逃げろ!」



奇しくもそのタイミングで工作員が声を上げた。







「待機モードニ移行シマス」



ゴーレムの目が緑色に光っている。

混乱の最中、再び現れたトモシビを前にして一体のゴーレムが大人しくなったのだ。

アンテノーラは物陰から一部始終を見ていた。



「ネットワークニ接続シマスカ?」

「……うん」

「申請ヲ許可シテクダサイ」

「申請とはなんでしょう?」

「これみたい」



トモシビの目の前に赤い魔法陣が現れる、″窓″と呼ばれる彼女の霊術だ。



「ペット……? お嬢様、項目を増やされたのですか?」

「アップデートされた、たぶん……インタフェースないから、自動で……ゴーレムから?」

「一生懸命説明するお嬢様可愛い……もう二度と消えないようにしっかり抱きしめておきましょう」



あのメイド、何様のつもりだ。

アンテノーラはギリっと奥歯を噛み締めた。

自分ですらあんなにスリスリした事ないのに。たかがメイドの分際でペットたるこのアンテノーラより上のつもりなのか。



「ネットワーク再接続……オ帰リナサイマセ、マスター」

「お帰りなさいとは?」

「トモシビ様を魔王様だと思っているのです」

「あ、めすいぬ」



カサンドラである。

他にもトモシビの取り巻きが集まってきた。

他のゴーレムは破壊されたらしい。取り巻きにマンティコアにフレデリックらもいるのだ。グレンは過剰戦力だったかもしれない。

一応彼も単独でゴーレムの一体を仕留めていたがアンテノーラは見てもいない。

アンテノーラは隠れた。カサンドラは彼女にとって鬼門だ。何を言われるか分からない。



「理由は……くふふ、トモシビ様ならお分かりでしょう」

「……暴れたのも、私のせい?」

「いいえ、それは別の何者かの仕業かと」

「何者かって誰よ?」

「フェリスさん誰か怪しい人いました?」

「ん〜……そういえばグレンとあのステュクス家の人がいたよ」



まずい、彼女の存在を忘れていた。

アンテノーラは考える。

フェリスは驚異的な聴覚で自分の存在に気付いていた。

フレデリックも改めて訝しむだろう。グレンはうまく打ち解けた、でも自分は?



(まさか……私のせいにされる!?)



アンテノーラに味方はいない。

フレデリックにも散々便宜を図ったのに信用されていない。

グレンにも計画を阻止しない理由は教えなかった。信用してもらえるとは思えない。



「アンテノーラさんって……あー、あの人?」

「たしかにステュクス家ならやりかねませんけど……」

「くふふ、なるほどなるほど」



もうダメだと思った。

その時、トモシビの声がした。



「アンテノーラじゃないよ」



心臓が跳ね上がった。



「なんでそう思うの?」

「私の臣下、だから」

「えぇ……まあ、セレストエイム様がそう言うならそうなのかな」



アンテノーラの心がスッと軽くなった。胸の支えが取れた。

世界が色を取り戻した気がした。

彼女らはそれきり追求をやめ、ゴーレムを調べ始めた。

アンテノーラは満たされた気分で現場を離れた。

その横に誰かが並んだ。

振り向くとグレンがいた。



「まあ、なんだ、良かったな」

「ふん……貴方もご苦労様って言ってあげる。さっさと帰りましょう」

「そうだな」



馬車に乗る。長居は無用である。

帰り道にグレンが言った。



「またこういうことがあれば呼べよ」

「はあ?」

「俺は情報がない、あんたは戦力がない。協力すればトモシビを守りやすくなる」

「……そうね、それもいいかもね」



そう答えるアンテノーラは穏やかな表情をしていた。







「……報告は以上です」

「首尾良くいったようだな」



実行犯の聖騎士からの報告を聞いて総主教は頷いた。



「しかしトモシビ嬢が消えたとはどういうことでしょうな?」



首を傾げるカイン。



「ゴーレムがトモシビ嬢に服従したというのも引っかかります」

「やはりトモシビちゃんには何かあるのだろうな」

「それはそうでしょうが」



不安要素があるのは気持ちの悪いものである。カインは小物だけに用心深かった。



「気持ちはわかるぞ、トモシビちゃんがこれ以上悪い子にならぬよう見守らねばな」



総主教は相変わらずの父親面である。

カインはこれ以上彼とこの話題を論議しても無駄だと悟った。



(まあいい、ゴーレムの残骸は手に入った)



ステュクス家は武門ではない。

騎士団にも大きく勢力を広げたとはいえ、所詮彼らは外様である。手放しで信頼はできない。

情報はあっても戦力が足りない。

それはステュクス家全体の抱える問題だった。

それを是正するための鍵を手に入れたカインは、表向き穏やかな表情で相槌を打った。



ゴーレムも色々種類があります。アルグレオで使われてたのはカクカクしたロボットみたいなのですね。古代に作られた像がヌルヌル動いてる感じのやつはもう少し高度です。


※あけましておめでとうございます。休み終わりだと思うと吐き気がする今日この頃です。


※次回更新は1月11日月曜になります。

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