異世界ムカデは凶暴です
全員の顔が引きつった。
木々の隙間から押し寄せるように、ウネウネと蠢くムカデの大群が姿を現したのである。
見渡す限りの蟲、蟲、蟲。
最大50センチはあるムカデが重なり合って、何百とこちらに迫ってきている。
すぐにテーブルを収納……だめだ。
「運んで!」
小物はすぐ片付けられるがテーブルは畳む必要がある。
エクレアとフェリスが運んでくれた。素晴らしい身体強化だ。
走りながら畳んで収納する。
「魔物だよね! なんで?!」
「魔物ではありません、虫です」
エステレアの言う通り魔物ではなく、ただの大きいムカデである。魔物はもっと異形なのだ。
しかしただのムカデとはいえ、この数の群れに襲われたら……どうなるんだろう?
想像したくない。
「トモシビ!例の爆弾は?!」
「飛び散って服につくかも……」
「そんなこと言ってる場合ですの!?」
でも気持ち悪いものは気持ち悪いのだ。
かと言って炎の魔術などを使えば山火事になるかもしれない。
「と、飛んできましたわ!!」
「私が盾になるわ!」
エクレアが走りながら剣を抜き、刀身に魔法陣を描き始める。火の式と……エンチャント。早い。
刀身が炎を纏った。当然、真剣である。
赤熱するその剣でエクレアは飛んできた羽ムカデを瞬く間に数体切り捨てた。
なにこの子、強い。
炎の魔法剣は扱いが難しい。少なくとも私にとってはそうだ。
単純に自分も火傷してしまうからである。しかし彼女は手慣れた様子で使いこなしている。
切った部分を瞬時に焼く事でムカデの体液やらを飛び散らないようにしてくれてるようだ。
「素晴らしい働きです。これならお嬢様も安心ですね」
「どこまでも追いかけてきますね。どうしましょう姫様」
「先生のところまで逃げるにしても息が続くとは思えないですわね。なんとか森を抜けたら炎が使えそうだけれど」
真っ先に脱落しそうなのは私である。正直もうやばい。喋る余裕すらない。
ジェット噴射によるブースターの助けを借りてなんとか走っているのだ。
ムカデ達はエクレアが振り回す炎を見て、動きが鈍り、飛ばなくなった。警戒しているのだ。
「燃え広がらない方法があれば……あら? 燃えない火……? 」
「あ」
「そういえば」
「聖炎です!」
そういえばそんなのがあった。後で知ったがやはりあの時メンバー全員に聖炎が発現してたらしい。
しかし期待されても今は無理である。酸欠で頭が朦朧としてきたからだ。
「まっ……今、むり……」
「お嬢様、私が……」
「私の背中に!」
死にそうな私を抱きかかえようとするエステレア。
だが流石のエステレアも私を抱っこして走るのは無茶だ。そこにフェリスが助け舟を出した。
フェリスは身体能力が高い。私一人おぶってまだ余裕があるようだ。尻尾で私のお尻を固定してるのもすごい。
などと冷静に分析してるがさっきから私は助けられてばかりだ。せめて少しくらい役に立ちたい。
魔力を集中……太陽を作るイメージ。
「はぁ、はぁ、いつ見ても素晴らしいです」
クロエのその吐息は息切れか興奮によるものか。ともかく私の髪の毛の先端に火がついた。あとは全体化するだけだ。
「う……」
魔力が一気に吸い取られていく。エクレアも入れて10人分だ。ジェットを連続して使ってたのもあり、かなりきつい。
「え、すごい。なにこれ」
「聖炎です!ある程度操れるので武器に移せるはずです!」
各々剣を抜いて聖炎を灯していく。刀身から立ち昇る炎は先程エクレアが使ったものより激しい。
普通にエンチャントしたものなら熱くて持っていられないかもしれない。
走る速度を緩めてもムカデは近寄ってこない。
そのまま普通の歩きになり……立ち止まる。
ムカデ達は私達を遠巻きに見るだけだ。
「いけそうだね」
「これがトモシビ様の力なのね」
「息を整えながら森を抜けましょう。できればもう諦めて欲しいのですけれど」
「にゃあ、なんかあったかくて元気が湧いてきたよ」
フェリスの猫耳が燃えている。物理的に、である。聖炎が猫耳から出ているのだ。シュールだ。
この調子だと私のお尻を支える尻尾も燃えているかもしれない。
ゆっくり警戒しながら後退していく。
と、その時。
「危ない!」
一匹の羽ムカデが飛び出してきた。私とフェリスに向かってきたそれは、エステレアの剣に阻まれてボトリと落ちた。
まずい。聖炎がハッタリだと分かってしまう。
が、しかし。
「燃えてる……?」
落ちたムカデは炎に包まれ、瞬く間に白い灰を残して消えてしまった。
「すごいわ! どうなってるの?」
「聖炎です!まさに聖炎です!魔を浄化するのです!」
「よくわからないけど、効くみたいだね」
「ムカデだけ綺麗に燃やしてます。地面も焦げていません」
これはすごい。
魔とは虫の事だったのか。それなら浄化するのも吝かではない。夏は寮全体をこれで燃やそう。
「これからはスリッパで潰さずに済みます。良かったですねお嬢様」
「よかった」
そんな呑気な会話をしてる間にエクレアが切り込む。ついに攻めに出たのだ。
剣がムカデに触れるや否や炎に包まれる。もがくムカデが別のムカデに触れて、さらに炎が広がった。そうやって何匹も巻き込んで焼き尽くした。
凄まじい威力だ。
ムカデはあまりの威力に怖気付いたのか、我先にと逃げていった。
「ふぅ、皆無事ですわね」
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「うん」
フェリスに下ろしてもらう。
まだ揺らめいている聖炎に手を入れてみるエクレア。
「全然熱くないのに不思議だわ」
「トモシビはもう何が何だかわからないですわね」
「トモシビ様の奇跡です。記録しておかないと……」
「私だけそれでてないよ?」
「フェリスさんはお耳と尻尾から出ております」
「ええっ!?」
気づいてなかったようだ。猫耳をピクピク動かしている。触りたい。
「さて、戻って報告しないとね。私たちはなんとかなったけど、他の子達が襲われたら大変な事になるよ」
「うん、危ないよ」
「ちょっと待って、何か忘れてる気がしますわ」
そうだ。ティータイムしてたら何か……。
「ルーク!ルークですわ!メイ、通信を」
「はい」
メイは先ほどのキーホルダーを取り出す。
「通信は、ダメです。位置は……こっちの方角ですね」
「方向がわかるなんてすごいですね」
ここまで小型の通信用魔導具自体が高価な代物だ。それに加えて位置まで知らせるというのは聞いたことがない。最新型なのかもしれない。さすがは王女である。
私達はすぐに魔導具の示す方角に向かった。
「いた!」
「ルーク!」
木に寄りかかるようにしてルークが倒れていた。気を失っているようだ。
「ええと、まず気道の確保?」
「普通に呼吸してるから大丈夫です。頭を打ってますけど……脳出血はないようです。すぐ目覚めますよ」
慣れた感じで容態を見るクロエ。そういえば私がアルコールにやられたときも治療してくれたんだった。神官としての技能だろうか。
「クロエ、頼もしい」
「そうですわ。ルークに代わってお礼を言います」
「あ、ありがとうございます……うぇひ、うぇひひひ」
「クロエちゃんどうしたの?」
「喜んでいるのですよ」
嬉しかったのだろう。
ここは危険区域ではないが街の外だ。気絶したところを襲われたら命はない。
お茶会していた私が言えることではないが危険と隣り合わせなのである。
しかし、魔物を見つけてやられたにしては怪我が少ない。
倒したなら魔物の死体があるはずだし、バルザックがいないのもおかしい。
油断はしない方が良い。ルークを襲った魔物が私たちを見て隠れたのかもしれない。
「襲われたなら近くにいるかも」
私の言葉に皆はハッとした様子で動きを止め、周囲を見回した。
シンと静まり返っている。
いないか?
「あそこ!何かいる!」
フェリスが何か見つけたらしい。草むらを指差して叫んだ。
石でも投げてみようか、と思ったらすぐに出てきた。
それは見たことがない男子生徒だった。おそらくBクラスだろう。
「お前らそいつの仲間か?」
そいつとはルークのことだろうか。
「ええ、私の従者ですわ」
「お、王女様か。狼男もそうか? 大変な目にあったんだ」
「何があったの?」
彼が言うには探索中、巨大な鳥のような生き物に出会ったらしい。
「頭が10個くらいある化け物だった。もう一目でやばい相手だ」
「巨大ってどのくらい?」
「教室くらいかな」
「きょっ、教室?」
それはもう鳥じゃなくて多頭の龍、ヒュドラか何かでは?
どう考えても私達の勝てる相手ではないと思う。
「それで気付かれる前に逃げようとしたんだが、そいつと狼男が現れて……」
バルザックはなんとそのヒュドラ(仮)に戦いを挑んだそうだ。ルークも頑張って応戦したは良いが、弾き飛ばされて倒れた。ヒュドラはルークにトドメを刺そうと迫ったが、突然魔法の反撃を食らって飛び去ったらしい。
バルザックはそれを追って行ってしまったとのこと。
「なんでそんなに馬鹿なのかしら……」
「でもすごかったぞ。たった二人であんな化け物と戦って。相打ちで追い払ったんだ」
俺なんて逃げてただけなのに、と彼は自嘲気味に言う。確かに凄い。もしかしてルークってやる時はやるタイプなのだろうか。
「バルザックはどうしよう? 放っておくわけにはいかないよね……はぁ」
「一応班員ですしね、はぁ……」
フェリスとアナスタシアが揃ってため息をついている。しかしどうしたものか。
バルザックは位置のわかる魔導具も持ってないし、探しようがない。
「飛んでいった方向は?」
「北の方だな。危険区域だから行かないほうがいいと思う」
「そうですわね……やっぱり一度先生に報告しましょう。私達だけでは手に余ると思いますわ」
「大人の力で探してもらうしかないね」
「うん」
ムカデにすらあれだけ手こずったのだ。
本格的な魔物がでたら待っているのは最悪、死である。バルザックを探して二次災害が起こってはたまらない。
さっさと帰還して先生の判断を仰ぐのが懸命だろう。
魔物とか危険生物ばかりの世界では技術は進歩しても、娯楽とかあんまりなさそうですよね。