聖なるものは華やかに
※三人称時点になります。
※1月日誤字修正、ご報告ありがとうございます!
グレンは商店街を歩いていた。
帽子を深めに被り、サングラスで顔を隠すという怪しい格好をしている。
彼はしばらく歩いた後、本屋の前で速度を落とした。
首を動かさずに周囲を素早く見回し……店内に入る。
向かうは雑誌コーナー。
(立ち読みしてやがる……)
目当ての場所に先客がいる。
彼はしばらく店内で時間を潰すことにした。
5分、10分。
彼は焦った。本を選んでいるふりをしてタイミングを伺う。
やがて立ち読み客が退いた。
誰もいない。
彼は素早く目当ての雑誌を手に取った。
そして会計に向かう。
最も緊張する瞬間だ。
「……はい、どうも。お釣り」
「……」
店員は特に反応しなかった。慣れている、といった感じだ。
(やった……やっちまった)
彼の中には9割の興奮と1割の後悔がある。
こんなものを買ってどこにしまうのか?
誰かに見つかったら何を言われるだろう?
だがどうしても我慢できなかった。
カバンに入れた雑誌を覗き込む。
服を半脱ぎにしているトモシビの写真が見える。
(おいおいおい、やばいだろこれは)
体のラインがはっきり見える。
彼は雑誌をカバンに隠したまま読み漁った。
不思議なものである。
他の女なら何とも思わなかっただろう。
よく見知った同級生……しかも好きな女のグラビアというものはこれほどまでに興奮を掻き立てるものなのか。
去年見た水着も危なかった。
実際彼はほとんどトモシビを直視していなかったのだ。1日かけて体を意識しないように慣らしたのである。
そのおかげで平静を装うことができたのだが……この写真ならじっくり見ることができる。
それがまずい。
今度会った時、絶対想像してしまう。
(あの制服の下にこんな……)
「グレン」
「うおっ!!」
彼は勢いよく振り向いた。
そこにいたのは、写真に写っている当の本人だった。
相変わらず女子を引き連れている。
やばい。
探しても全然会えないのになんでこんな時に限って向こうから。
彼の背中に冷たい汗が流れた。
「何やってるんですか? 完全に不審者なんですけど」
「いや……本屋にな」
「セレストエイム様の写真じゃん」
一瞬でバレた。
Bクラスのギャルだ。彼女らが回り込んで鞄をのぞいたのである。
グレンは言い訳も出来ず黙った。
いや最初から言い訳などしようというのが男らしくなかった。
「うわ〜……やっぱり男の子ってこういうの買うんだね」
「こっそり見てるのがさらにキモいです」
「べ、べつに良くない? 女だって買うし、こっそり見るかも」
「何言ってんのエクレア?」
「まって」
思いっきり蔑まれかけたその時、トモシビが小さく言葉を発した。
「私のグラビア、ほしかったの?」
「……そうだ」
「どうして?」
「お……」
無邪気な顔してなんと邪悪な質問か。グレンは何も言えない。
なぜこれが欲しい? 何のために?
(決まってんだろ……)
老けた顔をしているが彼はこれでも15歳の少年だ。青春真っ盛りのリビドー溢れる年頃なのである。
「……おふせ」
「ん?」
「私におふせ、したいの?」
おふせ?
お布施。金銭等を贈与すること。
何の話かわからない。
グレンのあまり優秀とは言えない頭は空白になった。
「そっか、トモシビ様に印税入るんだ」
「そ、そうなのか……?」
「はい、お嬢様グッズは全てお嬢様に何割か還元される仕組みになっております」
「もうこれ以上お金あってどうすんだって感じよね」
何だそれは。
グレンは悔しくなった。
そして次に胸が苦しくなった。
容姿が良い。ただそれだけで山のように金が入ってくる。そんな世界があるという。
身近なクラスメイトであったはずの想い人は、いつのまにかそんな遠い遠い世界の住人になっていた。
トモシビは打ちのめされている彼を見て小首を傾げると、後ろでポニーテールにしていた髪を解いた。
「あげる」
「なんだ……リボン?」
「シュシュ。腕に、つけてあげる」
彼女の繊細な指先が触れる。
心臓がドキドキする。
こういうのは女の装飾品だ。チンピラ筆頭の自分が付けても馬鹿にされるだけだ。
ライあたりに何を言われるか分からない。
頭でそう思っても拒否することなどできない。
「はい……買ってくれて、ありがと」
トモシビは花が咲くような笑顔を向けた。
シュシュから甘い香りがする。
彼女の髪の香りだ。
グレンの頭がカーッと熱くなった。
香りというのはどうしてこうも感情に訴えかけてくるのか。
「これからも、たくさん買って」
「お、おお……」
「部屋を……私でいっぱいに、させてあげる」
グレンの脳裏には瞬時にイメージが浮かんだ。ポスター、グラビア、部屋に溢れるトモシビグッズ。
その中にもらったシュシュはない。肌身離さず身につけるからだ。
この布切れが世界中の何よりも清浄なもののように感じる。
これはもう聖なる布だ。
「お嬢様、もうそろそろ……」
「うん」
「今から旅行行くのにあげちゃって良いの?」
「いっぱいあるから」
聖女だ。
グレンは理解した。
自分の人生は彼女のためにある。
彼女と自分では世界が違う。
だがそれがどうした。彼女をあらゆる穢れから守るのが自分の役目だ。
それはこの薄汚い世界で生きてきた自分にしかできない。
決意を新たにしたグレンは、早速彼女を守るために後をつけることにした。
カサンドラが御者台に座ると、マンティコアは嫌そうな顔をした。
元々このマンティコア達は彼女が操っていた者達なのだが、どうやら完全にトモシビに乗り換えたらしい。
当然のことである。
マンティコアは魔王に従うのだ。むしろ魔王にしか従わない。
「言うこと、きいてあげて」
トモシビが顎の下を撫でるとマンティコア達は気持ちよさそうに目を細めた。
撫でられて喉を鳴らすマンティコアなど久しぶりに見た。およそ千年ぶりだ。
チラチラと重なるのは過去の幻影。本当に親子のように似ている。
(魔王様も猫好きでした……)
カサンドラはほっこりした。
降伏して良かった。ここに来てから彼女はずっとそう思わされている。
食事も良い。魔王領とは比べ物にならない。
マンティコアを撫で終わったトモシビが後部座席から出発の許可を出した。
それを受けたカサンドラが発信の合図を送ると、マンティコア動力の馬車はすぐに猛スピードで走りだした。
目的地はプロメンテという町である。
そこで行われるという祭事に参加するのだ。
「グランドリア中の聖火教徒が集まる一大イベントです!」
「お祭りかー、地方のお祭りって意味わかんなくて楽しいよね」
「グランドリアで異教徒の集会なんてよく許されてるわね」
「なんででしょうね? こっそりやってるからバレないんじゃないですか?」
もちろんバレている。
聖火教の指導者がステュクス家と取引して見逃してもらっているのだ。カサンドラはそれを知っているが、言うつもりはなかった。
どうせステュクスもトモシビに支配されることになる。その時は聖火教も国教になっているだろう。
些細な事でトモシビの頭を煩わせる必要はない。
カサンドラの頭の中にはもう算段は付いていた。
流れに逆らわなければ良いだけだ。
そうすれば自分の望んだ通りに進む。
(……大体は、ですが)
まあ、ほんの少しだけ手を加えれば良いだろうと彼女は予想している。
流れを作るのは人々の意思だ。無数の意思が同じ方向を向いた時大きな力が生まれる。
時に、そんな力を個人で操る者が出現する事があることをカサンドラは知っている。
そういう者を人々は王だとか教祖だとか神の子だとか言って祭り上げるのだ。
トモシビがトモシビである限り勝手にそうなる。
それを傍で待つだけだ。
(楽しみですね、魔王様)
カサンドラは今、千年ぶりに幸せだった。
村のあちこちで炎が上がっている。
篝火だ。
中には民家の2階まで炎が届くようなものもある。
プロメンテは聖火教徒が集まって作った村だ。最初からこの祭りを考えて設計してあるので火事になったことはない。
中央には巨大な藁人形が作られており、お祭りの最後はそれを燃やすことになる。
聖火神が炎に帰る様子を表しているのだと言う。
当時の光景が重なった。
伝承とは歪んで伝わるものだが、これに関してはそのままだった。
「うわあああ! 魔王軍だ!」
「ちょっと通りますよ」
「ごめんねー」
爆走するマンティコア見て街の入り口に立っていた見張りが逃げた。
トモシビ達は鞄がぶつかったくらいの気安さで謝ったが、マンティコアの馬車から降りるつもりはないらしい。
カサンドラは小気味よく思いながらマンティコアのにゴーを出した。
「すげー……これいつまで燃やしてんの?」
「明日までですよ」
「あのでっかいの何?」
「聖火神様ですね。お祭りの最後に燃やすのです。あ、ご安心下さい、今回はトモシビ様も並んで燃やしますから」
「やめて」
世紀末覇者のごとく村を睥睨しながら進んでいくトモシビ達の前に、老人が現れた。
「お待ちしておりました、トモシビ様」
「長老です。正教会的に言うと大司教ですね」
「こちらへどうぞ、少し話をいたしましょう」
大司教とは教区のトップだ。教皇の下あたりだろう。
カサンドラはおかしくなった。
やはり伝承とは歪んで伝わるものだ。
彼らは聖火神を崇めていながら魔王には恐怖しているのだ。
その2人は……同じ存在だと言うのに。
フレデリックはトモシビ派の者達を引き連れて祭りを見ていた。
聖火教トモシビ派はその半数以上が新しく入信した王都の人々だ。
このプロメンテの聖火祭も初めてである。
「トモシビ様は? トモシビ様のお披露目はまだなの?」
「もうすぐですよ」
今、彼らは村の中央広場に陣取っている。
集会所からトモシビが出てくるのを待っているのだ。
トモシビ派と従来の聖火教の対立はないように見えて根が深い。
トモシビを新たな神とするトモシビ派と、あくまで過去の聖火神を至上とする聖火教の長老達。
しかし彼らにしてみてもトモシビは神の子や救世主といった位置付けであり、敬意を払うべき存在なので無碍にはできない。
トモシビ派には勢いがあった。
勢力拡大は彼らにとっても望ましい。
「きた!」
篝火が灯った。その炎に照らされて純白の衣装を纏った少女が静々と出てきた。
「お……おおおおお!」
フレデリックはテンションが上がった。
まるで結婚式に着るような穢れない純白。そのくせ露出度は高く、ビスチェタイプで肩が丸出しになっている。下半身は何層にも重なった花弁のようなスカートで覆い尽くされている。
しかしフレデリックは知っている。
実はスリットが入っており、タイミングによっては太ももまで見えるのだ。
そしてその下には……ガーターベルト。
地鳴りのような歓声が轟く。
一体何人いるのだろう。千人、1万人、いやもっと多いかもしれない。
トモシビは一瞬眉根を寄せるも、すぐすまし顔で歩みを進めた。
ヘッドドレスは後ろ髪を覆い隠すように長い。そこから見える真紅の髪先のアクセントが素晴らしく映える。
「ぎゃあああああ!! ぎゃわいいいい!!!」
うるさい。
すぐ側で聞こえた絹を引き裂くような歓声にフレデリックは耳を塞いだ。
邪魔だ。
それどころではない。
神の花道だ。聖なる少女のオンステージだ。
その美しさだけで空間を神聖不可侵な領域へと変貌させる。
見たか、旧時代の遺物どもめ。
これが神だ。
聖少女だ。
そしてプロデュースしたのはこのフレデリックだ。
トモシビはたっぷり時間をかけて歩みを進め、その美貌を見せつける。
そして広場の一段高いところにある椅子に座った。
長老より高い。
それは彼らがトモシビを一先ずは尊重しているという事である。
しばらくして歓声が落ち着いて来ると、隣の女性がしゃがみ込んだ。
「ああ……ああ……死ぬ。綺麗すぎて死にそう」
「おい、しっかりしろ」
「触らないで!」
死ぬとは穏やかではない。
先程狂気じみた歓声をあげていた女性が誰かに介抱されているらしい。
おそらくフレデリックが連れてきたトモシビ派だろう。
振り向く。
そこには見覚えある男女がいた。
「おや?」
グレンと……女性の方はステュクス家のアンテノーラ。
フレデリックはこの2人を連れてきた覚えはなかった。
すごく神秘的な美貌の女の子が神秘的な感じで神秘的なことをしたら誰でも聖なるものを感じると思います。
可愛いってチートですね。
※次回更新は28日月曜日になります。