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あだ名は潤滑油です



温かい。

柔らかい。

そして良い匂いがする。

いつものようにエステレアが私を抱き枕にしているらしい。



「んー……」



私も抱き締め返してみた。

今日は学園に行かなくても良いので、いくらでも布団の中で微睡んでいられるのだ。

春眠とは暁を覚えないものである。私はこれまで早起きしすぎだったのかもしれない。

そんなことをモヤのかかった頭で考えているとバン、とドアが開く音がした。



「お嬢様!!!」

「……?」



エステレア?

ドアを開けたのは紛れもなくエステレアだ。後ろにはクロエもいる。

じゃあここにいるのは……。

目を開ける。

私の目の前にあるカサンドラの顔がニタリと笑った。



「くふ」

「ひっ」



飛び起きた。

目が完全に覚めた。

エステレアが駆け寄ってきた。私はその腰にしがみついた。



「エステレア! なんかいる!」

「夜中にお嬢様の褥に忍び込んだのですね……」



エステレアは私を守るように手で抱き寄せ、もう一方の手で剣をスラリと抜いた。カッコいい。



「侍女としてトモシビ様を懐で温めて差し上げて、あわよくば玉体を弄りたいと思っただけなのですが」

「何という下衆な発想……恥を知りなさい」



自分を棚に上げて糾弾するエステレア。まあ、やってることは同じでも家族のエステレアと不法侵入の捕虜では立場が違うのだ。



「どうやってここへ? 貴女は騎士団で取り調べを受けているはずです」

「つまらないので抜け出してしまいました」



カサンドラはニコニコ笑って首を傾げた。何が悪いのか分からないと言わんばかりの態度である。

先日、捕虜として私が王都に連れてきたカサンドラはその場であえなく御用となった。

魔人だからではない。彼女は指名手配犯なのだ。

魔封器を盗んだ罪と私に対してそれを使った罪で普通に捕まったのである。

私の取りなしで情報と引き換えに罪を軽くしてもらっているのに抜け出してしまっては意味がない。



「トモシビ様がいつでも部屋に来て良いと仰ったのを思い出して、居ても立ってもいられず」

「とにかくお嬢様の身支度を整えますので出ていきなさい」

「身支度! まさかトモシビ様のお、お尻尾のお手入れなどですか!? ぜひとも私にお任せを!」

「クロエ、つまみ出しなさい」

「ええっ!? 無理ですよう」



カサンドラはニコニコしている。

彼女の私を見る目はまるで母親のそれだ。やけに慈愛に満ちている。

この人特有の何を企んでるか分からない感もその時だけは形を潜めている。



「侍女に、なりたいの?」

「はい、もうそのつもりです」

「……じゃ、今日一日、ついてきて」



仕方ない。

連れてきたのは私なのだから彼女がまた何かしでかしたら私の責任である。



「お嬢様!」

「更生させて、社会ふっき、させてあげなきゃ」



犯罪者だろうと生きる権利はある。

そろそろ彼女も非行はやめて自分の人生を再スタートさせなければならない時期だ。

他の魔物達にも何か社会貢献させるべきかもしれない。

魔物達を捕虜にしたものの、どうやら王都民からはあまり良く思われていないらしい。

イメージアップが必要だ。



「だからめすいぬは今日一日、職場見学」

「はい! 喜んで!」

「しょうがないお嬢様です……スライム、指導は任せます」

「はい。魔物メイドのスライムです」

「これはご丁寧に……」



スライムは将来的には魔物を取りまとめる予定になっている。

頭が良いので大抵のことはなんとかしてくれる。

スライムだって一度は罪を犯した身だけど、今ではとても頼りになる子だ。

カサンドラ達もそうなれば良い。


しかしそれにしても、寝ぼけていたとはいえまさか私がエステレアと間違えるとは。

以前から思っていたけど、この2人はどこか似ている。

黒髪だし、匂いもそっくりだった。

もしかしたら遠い親戚なのかもしれない。







「トモシビちゃ〜ん」

「フェリスぅ」



身支度をしていたらフェリスが来た。

両手でハイタッチしつつ、鼻先を合わせてちょっと触れさせる。

猫の挨拶、鼻チューである。



「こ、これは?」

「トモシビとフェリスの挨拶です」

「私もやってよろしいのですか?」

「だめですよ、フェリスさんとだけやるから良いんです」



ちなみにこれをやるようになったのは、私が獣人に猫姫様として認知されてからのこと……つまりつい最近だ。

何かフェリスの中でも変化があったらしい。



「じゃ、行こ」

「そうだね、早く終わらせて遊ぼ〜」

「お休みの日にどこへ行かれるのですか?」

「魔導院ですね、トモシビ様はご多忙なのです」

「ちなみに皆で行く理由は貴女のような不審者に襲われないようにです」

「くふふふ! これはこれは!」



冗談めかしているが笑い事ではないのだ。

有名になるにつれ私には敵が増えてきた。

敵というのは他でもない、変態である。

王都の人々は概ね私に好意的ではあるが、それは私の容姿に起因するものだ。やることなすこと全肯定してくれるのは信者だけだ。

魔物を勝手に捕虜にしてきた私の行動に異を唱えるものは多かったのである。

先日、ニュースをやったらこんな手紙が来た。



『魔物を移民させたと聞きました。なぜそんなことをするのですか? もしかして可愛ければなんでも許されると思ってませんか?』



私は答えた。



「許されちゃうのが、私だから」



次の日、意見が殺到した。



『調子乗んな。罰としてパンツ見せろ』

『横から失礼します、私の股間の魔物も保護して頂けませんか?^^』

『トモシビちゃん、えっちな悪い子になっちゃったねえ。お仕置きが必要かなあ』



そんな感じのが山ほど届いたのだ。

流石に少し身の危険を感じたものの、この私がロリコンおじさんなんかに怖気付いたと思われるのは癪である。



「でも……おじさんなんて、私が足蹴にしていじめちゃえば……簡単に言うこと、聞いちゃう……よね?」



反響がすごかったらしく、次の日は放送自粛となった。

そして今に至るというわけである。







「君のことがだんだん怖くなってきたよ」



スミスさんも放送を見ていたらしい。魔導院につくと私はすぐに奥に通された。

VIP待遇も良いとこである。



「あれは変な手紙書く人が悪いんですよ」

「いやあれだけじゃなくて……まさかドラゴンの素材を持ってくるとは思わなかったからね」

「なんか、とれた?」

「ああ、硬い鱗と爪は何にでも使えるし、羽には浮遊器官がある。肺には大気の膜を作り出す魔力器官があるし、極め付けは心臓だ」

「心臓」

「うん、心臓の中に強力な魔力が蓄えられている。まだ解析中だけどね」



十分だ。

運ぶのに苦労したぶんの成果はある。

私の倒したドラゴンは頭が吹き飛んでいたので労力に見合わないのではないかと思っていたがそんなことはなかった。



「ほうほう、ドラゴンの死骸も役に立つものですね」

「貴女の部下ではないんですか?」

「まさか。トモシビ様に牙を剥く愚か者などこうなって当然なのです」

「トモシビちゃん、この人一応脱獄犯なんだけど……」



ラナさんが付き物が落ちたように良い笑顔をしているカサンドラを目線で指し示した。



「大丈夫、社会ふっきさせる」

「うん、トモシビちゃんは小ちゃいのに偉いね。でも魔導院は機密があるから連れ歩かないようにね」

「ん」

「残りの魔物達はどうするんだい?」



捕虜にした魔物達のことである。

彼らも社会貢献させなければならない。

今はセレストエイムに留めてあるのだが、将来的には廃村に住まわせようと考えている。

そういう場所は放っておけば野良ゴブリンなんかの住処になるのだが、予め捕虜の魔物を住まわせておけばそれを防げると思ったのだ。

そうやって彼らが数を増やし、敵性ゴブリンが数を減らせば付近は平和になるはずだ。



「悪くないね。彼らが本当に人類に敵対しなければだけど」

「監視役が必要ですね」

「騎士団はダメなの〜?」

「余裕がないよ」



監視もそうだが、魔物を統括するためにはもう少し意思疎通をしたい。

捕虜にした魔物達は大人しいとはいえ人間に服従してるわけではないらしい。

私の言うことはよく聞くが、他の人間の言うことはあまり聞かないのだ。

私に降伏しただけで人間に降伏したつもりはないということなのだろう。

間に立つ者が必要である。


スライムの言うことなら少しは従うので、魔物同士の方が良いと思うが適役がいない。

カサンドラ達魔人は捕虜なので却下である。

人間に慣れていてなおかつ理知的な魔物。

そんなのいるだろうか?

……いる、かもしれない。







カツンカツン、と靴音が響く。

魔導院から帰った私達は寮の地下室を開けて学園迷宮へと降りた。

隠し扉を開けて……さらに歩く。

目的地は私の教団の礼拝堂と化した隠し部屋である。



「これはトモシビ様! よくいらっしゃいました!」

「……なにこれ?」

「ふふふ、気に入っていただけましたかな?」



司祭のおじさんは不敵な笑みを浮かべた。

礼拝堂の中は以前とは見違えていた。

まず明るい。

照明が多いのだ。

そして壁、天井問わず貼ってあるのは私の写真だった。

食べ物を頬張っている写真、朝寝巻き姿で窓を開けている写真、グラビアの切り抜き、スカートをたくし上げる写真、運動後に胸元を開けて扇いでる写真。

ほぼ隠し撮りではないか。

おじさん以外にも何人も信者がいて拝んでる。



「うわぁ、随分と様変わりしましたね」

「預言者クロエのおかげです」

「クロエ、まさか貴女が……」

「ち、違います。私はもっと明るく楽しいのがトモシビ様の好みだとアドバイスしただけです」



そうだけど……。

なんでドルオタ部屋みたいになっているんだろう。この人達って本当はただの私の熱心なファンなのだろうか。

新興宗教にはまるのもアイドルにはまるのもそう変わらないものなのかもしれない。

それより今日来たのは以前ここにあったものを思い出したからだ。



「おじさん、あの魔物は?」

「そこにいますよ」



おじさんは私のポスターを拝んでる信者を指さした。

……?

よく見たらそれが例の魔物、オーガ亜種だった。



「服着てますけど……」

「トモシビ様は可愛いのが好きと仰いましたので……可愛いでしょう?」



私達は言葉をなくした。

しかも1匹ではない、奥からあと4匹出てきた。

たしかに……こうして見るとちょっと変な顔の大きな人間に見えなくもない。可愛くはないけど。



「トモシビちゃん……」

「フェリス、大丈夫、オーガじゃない」



わたしは慌てて言った。

正確にはオーガではないのだ。

彼らは私を指差して何事か話し始めた。



「トモシビ……様、ホンモノ……」

「ダメ……トートイ……」

「何か喋ってるよぅ……」

「どうやらまともな魔物のようですね、エステレア」

「良い教育を施されたのでしょう」

「ははは、そう言って頂ければ」

「この魔物、何? オーガじゃないの?」

「えと……潤滑油」



私は怖がるフェリスの尻尾を優しく撫でた。

ちょっと驚いたけど要は彼らもただのドルオタだ。趣味を弾圧してはいけない。

この魔物は人間に慣れていて頭も良い。

言葉も覚えたらしい。

丁度良かった。

この魔物を派遣して捕虜の魔物達と仲良くして貰えば良いのだ。なんなら魔物製造機もレメディオスから返してもらおう。

やっぱり組織に潤滑油は必要なのだ。

私がそう話すと司祭のおじさんはたいそう喜んだ。

私の役に立てるのが嬉しいらしい。

それから私達は少し話しをして部屋に戻った。

カサンドラは終始ニヤニヤしていた。



アイドルとかに対する姿勢一つとっても色んな人がいますね。

特にトモシビちゃんみたいにいちいち挑発してくる子には色々いそうです。


※次回更新は12月7日月曜日になります。

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