自称反抗期のお嬢様は運命に抗う
私の脳裏を閃光のように情報が駆け巡った。
焼け焦げた誰だか分からない死体。
それは私の父、ブライト・セレストエイムのものだ。
当然だ。ドラゴンのブレスを食らって生き延びる人間などいない。
心の中で叫び声が止まらない。
あの焼け焦げたゴブリンみたいなものがお父様の成れの果てなのだ。
深い奈落のような絶望の後、マグマのような怒りが私の血管を駆け巡った。
「お前には魔王の力がある。ドラゴンも人間も一瞬で焼き尽くす。お前は使いこなせる。その最強の力はお前にしっくりと馴染む」
馴染むのは分かってる。封印されていようが、どうすれば引き出せるのか分かるのだ。
山のような魔神を焼き尽くした力、それが6個分だ。
こんなドラゴンなんてものの数ではない。
「似たような事が昔あった」
…………?
怒りが急速に冷めた。
夢だ。
さっき見たのは想像の産物だ。
私の目が現実の光景を映し出す。
ブレスはまだお父様に届いていなかった。
私は無限に引き延ばされた知覚の中で一瞬の夢を見ている。
「お前はどうする?」
助ける。それ以外にない。
お父様が死んだらそこでもう敗北だ。
そうなった時点で何をやっても無駄なのだ。
例えドラゴンを全て倒しても、魔王領を平定して平和をもたらしても、ずっとマイナスのままだ。
私の理想の人生とは完全にズレてしまう。
私は今、白昼夢を見ているのだろうか?
こんな時にロリコンおじさんなんかに関わっていられない。
なんとかしなければならないのだ。
ブレスを防ぐ? どうやって?
魔術も間に合わない。距離も遠い。
このままじゃ本当に想像通りになる。
お父様をパーティーに入れておけば良かった。
封印された魔王の力を頑張って引き出しても、当たる寸前のブレスを今からどうにかできるとは思えない。
魔王の力なんて所詮はこんなものだ。当てにしてはいけない。
いつだって役に立つのは考えに考えた私の知恵だ。
魔王は馬鹿だ。もっと知恵を巡らせて応用すれば良かったのだ。
力の持ち腐れだ。
あんなにすごい幻影都市を作るような魔法があったなら……。
…………あった、なら。
引き延ばされた一瞬の、さらに刹那の閃きが私の頭を駆け抜けた。
「あ」
その間抜けな声は誰のものだったのだろう。
お父様の居た場所を青白い凶暴な輝きを放つ熱線が通り過ぎた。
陽炎でゆらめく大気の中から地獄のような光景が現れる。
あまりの高温で石が赤熱して輝き、それ以外は全て焼け焦げて黒色に染まっている。
そこにお父様はいなかった。
「今なんかした!?」
した。
思った通りだ。
「街にとばした」
お父様は今あの幻影都市にいるはずだ。
やけに整然と並んだ綺麗すぎる街だと思った。
それもそのはず、あの街全てが魔導具の回路だったのだ。
幻影都市はこの魔王領全体に重なり合ってる。
距離など関係ない。
この魔王領の中ならどこにいようと一瞬で発動できるのだ。
私なら。
『ああ……! そうです! トモシビ様ならできるはずです!』
カサンドラが興奮してる。
おそらく、あのお城と玉座が管理装置だろう。
だとすると玉座への拝礼は元々街の移動システムを使う権利を付与するためのものだったのではないだろうか。
強力な魔導錠のようなものだ。魔力を登録したもの以外は入れない。
誰も彼もが自由に街に出入りできてはセキュリティ的に困る。
行って帰って来る分だけ使えるとか、自分にしか使えないとか色々制限があるのだろう。
しかしそんな制限も私にはない。
私は最初から登録されていたのだ。
……管理者として。
ドラゴンがこちらを向いた。
どこか知性を感じる目が怒りに燃えている。それが私を見つめて、ガパっと口を大きく開いた。
ブレスが来る。
「こっちも街に跳ばしてよ!」
「大丈夫」
大したことない。
たかが石が赤熱する程度だ。死体が黒焦げになる程度だ。
全然大したことなんてない。
前方に冷却用の″窓″を設置する。
何重にも重なった冷却用の魔法陣が空間に設置される。
私はそこへ手を突き出した。
ドクンと、原子力エンジンみたいな見えない心臓が大きく脈を撃った。
ドラゴンの口が光り輝く。赤から白へ光の色が変化していく。
火力勝負だ。私の最も得意とするもの。
見えない心臓が力を解放するカタルシスに打ち震える。炎を吹き上げながら鼓動を刻む。
それが脈を打つたびに高揚感とともに魔力が横溢していく。
足りない。
私はまだ満足しない。
もっと壊したい。
もっと。
私は燃え盛る心臓を掴むようにに手を握りしめた。
もっともっと……。
「うわっ! なに!?」
私の全身が発火した。
熱くない。これは聖炎だ。
脈打つ太陽から噴き上げる炎を手に集約する。
そうだ、私の炎はワイバーンを蒸発させる。
ドラゴンブレスなんて……。
「消し飛ばして……あげる」
死の光が双方からほぼ同時に放たれた。
十分に魔力を溜めたドラゴンブレスはさっきより太い。私の部屋を飲み込むくらいのサイズはある。
だがその眩い光を放つ神話の熱線は、さらに強力な灼熱の奔流に簡単にかき消された。
「!?」
大気が揺れた。
地上の人間と魔物が動きを止めた。
爆発的な空気の膨張による衝撃波が周囲のあらゆる物体を叩き、風圧シールド越しに私達の髪を靡かせた。
レーヴァテインはそのままドラゴンの首を貫通し、2匹目の翼をもぎ取って青空の彼方に消え去った。
熱風が吹き荒れる。
首のないドラゴンが地面に落下しザリザリと地を削った。
続いて翼を焼かれたドラゴンがゆっくりと着地する。
残りの3匹のドラゴンは、空中を走るプラズマ化した大気の軌跡を見てくるりと反転した。
「逃げるわ! 追いかけるからもう一回今のやって!」
「つかれた……」
「燃費わるっ!」
体がだるい。
パーティーが終わった後みたいな気分だ。
「スライム、まだ魔力ある?」
「……満タンです」
あれ?
言われてみるとスライムの魔力供給は受けてない。しかも私自身の魔力も尽きてない。
テンション上げすぎて疲れた……いや、ホッとしたのかな。
追いかける気にもなれない。
一息ついたのも束の間、逃げるドラゴンの一匹が光の柱に飲まれた。
見上げると雲を切り裂いて空飛ぶ船みたいな姿が見えた。
セレストブルーの砲撃だ。
意外と早かった。
衝撃波は来ない。
出力が小さいのだ。
『お嬢様、ご無事で!』
もう一発、砲撃がドラゴンを貫く。
ドラゴン3匹は撃たれながらフラフラと逃げていく。
これで戦争は終わりだろうか?
地上の魔物もクラスメイトとセレストブルーがいれば余裕だろう。
私はそれを眺めながらこの後の処理を考えたのだった。
残りの魔物がほぼ掃討されたころ、私は野外にテーブルを出してお茶を飲んでいた。
漢方薬みたいなのを色々入れたお茶だ。
クロエが最近この手のお茶に凝ってるのである。
生姜とか入ってるのでちょっと辛いけど体が温まる。
戦場でのティータイムもまた良いものだ。
ちなみに身嗜みはもう整えた。
私は自他共に認めるお嬢様の中のお嬢様なので、いついかなる時も優雅で可憐でなくてはならないのである。
「ただいま戻りました」
来た。
その声に私は弾かれたように立ち上がった。
カサンドラにお父様を連れてきてもらったのだ。
彼女の横には監視の先生とエステレアとエクレア、それにお父様がいた。
お父様は少し焦げてるけど大体無事だった。
腕も足もついてる。
……良かった。
「トモシビ!」
両手を広げて駆け寄るお父様
私も腕を広げて駆け寄り……お父様をスルーしてエステレアに抱きついた。
「今のは抱擁の場面だぞトモシビ」
「エステレアとする」
「さすがはお嬢様、薄汚れたご主人様に抱きつかれてはお召し物が汚れてしまいます」
「……セレストエイムよ、お主このメイドにどういう教育してきたんじゃ」
「最初からこうですな」
一瞬お父様の方に抱きつこうと思ったけど、やっぱりやめた。
エステレアの方が柔らかいし良い香りがする。
「トモシビ、今回私はお前に助けられたらしいな……」
「くふふ、無様に嬲られるセレストエイム伯の姿はお笑いでしたよ」
「黙っておれ雌犬」
「貴女こそお黙りなさい女狐」
「不甲斐ないことだ、さぞや見損な」
「お父様、めっ」
私は人差し指を立てて言葉を遮った。
あのお父様が弱気になったものだ。
分からなくはない。
武力一つで世の中渡ってきた男が敗北し、13歳の娘に助けられたのだ。
きっと娘の前で格好良いところだけ見せたかったのだろう。
私は女だけど前世は男だし、強さには拘りがある。だから分かる。
「トモシビ……」
「…………めっ!」
「うむ?」
「慰めのお言葉が思いつかないのですね、お可哀想なお嬢様」
「お父様」
何を言えば良いのか分からない。
何しろ私は反抗期なのだ。
お父様は最強とか言われてるけど、私だって最強を目指して頑張っているのだ。
子はいずれ親を超えるものである。
私はドラゴンは倒せてもお父様は一人では倒せない。でもいつか倒せるようになりたいと思ってる。
それまでは堂々と最強でいてほしい。
だから……いや、違う。
不甲斐ないとかあるとか強さとか本当は全部どうでもいい。
なぜ私が父親の心中を察しなきゃいけないのだ。
私の言いたいことはそんなことじゃない。
「生きてて、よかった、大好き」
……やっぱり言わなきゃ良かった。
あまりの恥ずかしさにエステレアの胸に顔を埋めてしまう。
仕方ないではないか。
何しろ私は……反抗期なのだから。
トモシビちゃんは肌が白いので照れたりするとすぐ赤くなります。
バレバレなので顔を隠したがりますが、隠してもバレバレな上にメイドが余計喜びます。
※次回更新は11月30日月曜日になります