表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/199

少女は各地でアイドル扱いされる

※三人称視点になります。



「何から何までありがとう猫姫様」

「私、なにもしてない」

「お嬢様はこの程度何もしていないに等しい、と仰っております」

「さすがはトモシビ様」

「全部猫姫様のおかげだ」



言うほど全部猫姫様のおかげだろうか?

ディラは訝しんだ。

結局移民の手続きをしたのは彼女の母親だ。獣人が家を作るまで仮に住む場所を探し、貸し家や仮設住宅の手配したのは主にメイドだ。


猫姫様ことトモシビも張り切っていたのだが、書くのが遅い上に文章が拙いので書類仕事はできず、貸し家探しをしている途中で疲れ果ててダウンしてしまった。



「トモシビ様の役目はそういうのじゃないしね」

「お嬢様ったら、ちょっと散歩に行くくらいの気軽さで他人を救ってしまうのですから」



メイド達に絶賛されるうちにだんだんトモシビも満更でもなさそうな顔になってきた。

たしかに彼女が言わなければ誰も移住など考えなかったであろうことは事実だ。

獣人達を救うべく一生懸命奔走していたのも賞賛されるべき行為だ。

ただ悲しいくらいに体力がない。

ちなみに今もトモシビは猫人少女におんぶされている。

ディラですら歩ける距離を歩けない。

周囲の助けを借りなきゃ何もできない。

文字通りおんぶに抱っこである。



(ひょっとして……それが逆に良いのかも?)



ディラは思慮深く考察した。

貧民のためにボロボロになって駆けずり回る為政者などディラは見たことがない。

しかも為政者が見たことないほどの美少女の姿をしていると来れば人気が出るのも頷ける。



(陛下なら絶対こんなことしないしね)



ディラはトモシビのカリスマの秘密を知りたかった。

ディラはアルグレオの皇族であり、それ以上に彼女のライバルだ。

彼女が王器を備えているならばディラも備える必要がある。



「オルクスはどうするの? 領主じゃなくなるの嫌がるよ」

「獣人村の村長とか適当に役職作って煽ててやればいいんじゃないですか?」

「文句言ったらまた脅せばいいわ」



獣人はその半分がセレストエイムにそのまま残り、もう半分は帰って村人に移住を伝えるという流れになるようだ。

残りの村人の中にはあの故郷の地を捨てられないと言う人もいるかもしれない。そういう人を説得するのだそうだ。

とはいえ少人数で森の中に残っても魔物にやられるだけだ。生きる意思があるなら全員まとめて移住が望ましいだろう。



「貴女って獣人なの? この耳なに?」



ディラは彼女に生えた猫耳を引っ張ってみた。



「やめて」

「あっ、耳は優しく触らなきゃダメだよ」

「感覚あるの?」



指先で耳をくりくり触るとトモシビは気持ち良さそうにもぞもぞ動いた。

魔力で作ったものだと言うが、魔力というのは一度変化すれば元に戻すことなどできない。水や石やエネルギーに変化させることはできても逆はできないのだ。

それを可能にしたのならすごい発明である。

しかしこの本当に人間かもよく分からない少女はそんなすごい発明を飾りにしか使わない。

つまり彼女にとって魔法とは飾りなのだ。

彼女の本質は別にある。

それをディラは知っている。


オルクスというのは今までの領主だそうだが、ポッと出のトモシビに一瞬で領主の座を奪われてしまった。

哀れだが他人事ではない。

アルグレオでも同じことが起きたのだ。

ディラは去年トモシビと戦った日のことを思い出した。

地下に落ちた時、すでにトモシビは迷宮都市のリザードマン達を味方につけていた。

あれが全部ディラ達の味方だったとしたらどうだろう?

グランドリアに勝ち目などなかったはずだ。

人気、カリスマ性、アイドル性、なんと呼ぶのか分からないが、トモシビの持つそれは戦争の勝敗を左右するほどの力だったのだ。

ディラが興味があるのは魔術よりもむしろそちらの方なのだった。







トモシビが帰ったという知らせはまたしてもセレストエイム中を駆け抜けた。

深窓の令嬢だったトモシビは昨年の夏休みで戦う美少女としての顔を見せつけ、ただでさえアイドル地味ていた人気はもう大変なことになっていた。



「どこにいるんだろ……」



夕暮れの道を歩きながらクリスティナは呟いた。

どんなに流行っていても流されない人間というのはいるものだ。

それどころか流行に反発を覚えてしまう、そういう者は一定数いる。

かつてのクリスティナはその一人だった。

領主のご令嬢がコネで入学したのだと思っていた。

調子に乗って講演なんてすると聞いたので見に行った。

まず美貌に圧倒された。

生で見る領主の娘は同じ人間とは思えないほど整った顔をしていた。

背が低いのにスタイルが悪く見えないのは顔が小さいからだと知った。



(また生で見たい……)



すごい魔法使いだった。

天を貫くような見たことのないレベルの魔術を使っておいて、名前に突っ込んだら年相応に恥ずかしがっていた。

見た目通りの完璧人間ではなかった。

可愛かった。

それから彼女の事を考えるようになった。


しばらくして彼女が雑誌に載っていた。

5冊買った。友達に配るためだ。

友達は既に買っていた。

彼女の話で盛り上がるのは楽しかった。

彼女の使った魔法を練習してみた。

無理だった。

彼女が付けてるという尻尾のアクセサリーを買った。

ポーズとかも真似した。

彼女と一体化したみたいで嬉しかった。

彼女を好きな状態が楽しい。彼女の情報を追いかけている時間が楽しい。

彼女の近くへ行くために魔法学園の試験を受けた。

普通に落ちた。落ち込んだ。

トモシビはもうクリスティナの生活の中心になっていた。



「トモシビお嬢様めんこかったねえ」

「ありがたやありがたや」

「もうそんな季節だったかねえ」



すれ違った老人達が、珍しい動物が里に降りて来たみたいな会話をしている。

クリスティナは彼らの来た方角に向かって急いだ。



「制服やばくない?」

「制服すごい似合ってたね!」

「可愛かったねー」



通りすがりの女子達が観劇かコンサートの帰り道みたいな事を言っている。

制服。

魔法戦クラスの制服だ。

クリスティナも持ってる。自分で作ったのだ。

しばらく走るとその憧れの制服を着た一団が見えた。

いた。

全員可愛い。肌や髪の毛の質感が一般人とはまるで違う。

その中心に背の低い女の子がいた。銀髪に赤い髪先、トモシビ・セレストエイムお嬢様だ。

クリスティナは足を止めて見入った。



「あ……」



そのお嬢様が自分を見て反応した。



「試験うけた?」

「い、いえ……それは」



受けたけど落ちたのだ。

思わず恥ずかしくなったが、それより覚えていてくれたことに感動した。



「あれ? その尻尾、こちらでも売ってるんですね」

「あ……はい! トモシビ様グッズ全部持ってます!応援してます!」

「ありがと」



手を握ってくれた。

温かい。

その温もりがじんわりと染み込んでいく。

唇がピンクで可愛い。まつ毛が長い……。

そうやってぽーっとしていたらトモシビ達は手を振って去って行った。



「貴女ってやけに慕われてるのね」

「当然です。セレストエイムではお嬢様を見るのは縁起が良いと言われております」

「珍現象か何かなの?」



彼女の髪の毛が風にサラサラと揺れる。

美しすぎる。やはり生は違う。



(やっぱり、王都行こう)



学園に入れずとも行かなくてはならない。そしてもっと近くで応援するのだ。

クリスティナは決意した。







魔人とは魔力によって変質した人間のことを言う。

地脈の影響などで生まれた時に大量の魔力が宿ることでそうなる。

魔物と同じく、体内に魔力を司る器官が備わるのが特徴だ。

ただし人間はよほど特殊な魔力を受けなければ魔物化することはない。

その理由は、人間は最初から魔力が備わっているためとも構造が複雑だからとも言われてる。

もし生まれたとしても長くは生きることができない。

人食いの本能を抑えきれず人間を襲うようになるからだ。

待っているのは駆除か、野に逃げて強力な魔物に食われるかである。


ただ、まれに生き延びる個体がいる。

それは何らかの理由で人間を食う必要がなかった者か、あるいは隠し通せるほどの強力な個体だった場合だ。

カサンドラはその両方だった。

彼女は人間を食う必要などなかった。

それは彼女の魔力器官の持つ性質によるものだ。



「はあ……」



カサンドラはだらしなく机に突っ伏していた。

机の上には瀟洒な額縁に入れられた写真が飾られている。

メイド姿のトモシビと撮ったツーショットである。

額縁をそっと持ち上げ、魔力を込める。

写真のトモシビが炎のように赤く染まる。

同時に写真のカサンドラも全身が薄らと光った。

彼女の魔力器官は全身……ではない。

血液だ。

全身の血液に魔力が宿っているのである。


そして魔力器官は霊術に直結する。

彼女の霊術もまた血液を用いる。

彼女の血液を取り込んだ相手は彼女の言うことに逆らえなくなるのだ。

魔物だろうが人間だろうが関係ない。

あたかも彼女の意思を分け与えられたかように命令を聞くようになる。

物心ついた頃には力の使い方がわかっていた。

人食いなどしなくて良かった。操った人間の血液を吸えば飢えは凌げた。

血液の飢えを満たすのは血液が一番ということであろう。

伝説の吸血鬼はきっと自分と同じタイプの魔人のことだろう、とカサンドラは推測している。


カサンドラは何十年も人間社会で過ごした。

しかし限界が来た。

彼女は老けなかった。

不審に思った近所の住民に秘密を暴かれてしまったのである。

そうして逃げて出会ったのが魔王だった。

魔王は優しかった。トモシビと同じように。



「トモシビ様の体液飲みたい……」



血液じゃなくて良い。唾とか汗とかあるいは……なんでも良い。

先日見てしまったのだ。

ステュクスの娘が彼女の唾液を舐めるのを。

いや見たというのは正確ではない。体験したと言うべきだろうか。

ステュクス家の者には彼女の血液をふんだんに与えている。アンテノーラとて例外ではない。

それはもはや眷属と言っても良い。

操るのみならず、アンテノーラが経験したことをカサンドラが経験したかのように味わうことができるのだ。

衝撃的だった。

しばらく快楽で動けなかった。

だが、その瞬間プツリと繋がりが途切れた。

眷属化が解けたのだ。

一体何が?

その答えはすぐに出た。トモシビの唾液だ。

たぶん……なんかすごい魔力でカサンドラの血液を無効化したのだ。

何しろ魔王と同じ存在である。そういうこともあるだろう。


前回の作戦失敗のせいでカサンドラの権力は弱まった。

とは言っても魔王を失った魔王軍に指揮官などいはしない。

魔王の側近だったカサンドラがまとめ役になって調整していただけだ。

だが作戦は失敗し、魔王の力はトモシビに奪われてしまった。

その結果、魔物達はカサンドラには任せておけないと勝手に動くようになったのである。

彼らの内の過激派はトモシビを殺せば魔王の力が解放されると考えているらしい。

カサンドラの霊術でも強力な魔物は操れない。血と魔力が足りないのだ。

失意のカサンドラは砦に引きこもることにした。

魔王領では、ここが一番トモシビがいる場所に近い。

トモシビが殺害される心配はしてなかった。

馬鹿な魔物達にトモシビが倒せるなら苦労はしない。

クルルスの像を消滅させるような相手と正面から戦って勝てるわけがない。



「はぁ……もうトモシビ様の犬になりたい……」



カサンドラはトモシビのことを魔王の娘のような存在だと認識することにしている。

それなら魔王とトモシビ、2人に仕えても背反しない。

ちょっとお転婆で反抗期を拗らせた世継ぎである。

何しろ彼女はもう待つことに疲れていた。

魔王は目覚めない。

あの時からずっと眠ったままなのだ。



(そんなに楽しい夢を見ているのですか? 魔王様……)



それなら自分だって夢を見たい。

あの学園祭の時のように、トモシビの見せてくれる甘美な夢の中に溺れていたい。

カサンドラは仕事に疲れたOLのように着のままでベッドに横になった。


1時間後、トモシビがその砦に攻めてくるという知らせを受けていそいそとシャワーを浴びに行った。



制服ってもうそれだけで可愛いからすごいですよね。

でも可愛い子は何着ても制服並み可愛いので反則だと思います。


※次回更新は11月2日になります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ