城外活動部
王都グランドリアに住む者にとって街の外というのは未知と同義である。子供達は基本的に王都から出た事がないし、あっても馬車の中だ。
城外活動部の体験入部には約50名が集まったわけだが、そのスリルを楽しみにしていた者達は肩透かしを食らうことになった。
ヤコ先生が持ってきた依頼が『採取』だったからだ。
集まった生徒達は5人1組となり、野草やキノコを採取する事となった。
「つまんねーな、おい」
近くにいるバルザックがぼやいた。
私の班員ではない。単に同じ方面へ来ただけだ。
私の班は、私、エステレア、フェリス、クロエ、そしてエクレアである。
少し前、集合場所で私を見つけたエクレアは、尻尾を振り回す犬のように駆け寄ってきたのであった。
「トモシビ様!」
「あ、エクレア」
「エクレア、騎士を名乗るには貴女はまだ未熟です。お嬢様の期待に応えられるよう粉骨砕身努力するのです」
「が、頑張るわ」
エクレアはやたら偉そうなエステレアに面食らっていたが、私の騎士になるという思いは時間を置いても変わらなかった。一時の気の迷いではなかったらしい。
ちなみに他の二人は、というと。
「アンとトルテも誘ったんだけど、逆に止めようとしてきたから置いてきちゃった」
とのことである。止めようとするのも無理もないかもしれない。
だが、それを聞いて憤慨するエステレアとクロエ。
「私が直々にお嬢様の素晴らしさを教えねばならないかもしれませんね」
「はじめましてだよね? フェリスです」
「エクレアよ。トモシビ様の騎士見習いになったの」
「そ、そうなんだ。よろしくね」
変なノリに怯えるフェリスが私としては唯一の癒しであった。
さて、そんな感じで結成した私の班は現在アナスタシア達と同じ方面を探索中である。
アナスタシアはいつものメイ、ジューンと取り巻き男子のルーク、それにバルザックだ。
バルザックはぼっちなので、先生に無理やりアナスタシアの班に入れられたのである。
彼は女子ばかりで居心地が悪いのかしきりにルークに絡んでいた。
もっとも、ルークは相槌を打つくらいしか会話をしていないのだが。
「これがマタンゴもどきだっけ?」
エクレアが樹の根元に毒々しいキノコを見つけたようだ。私はすぐさま″窓″を開いて答える。
「それは毒のマタンゴの方」
「トモシビちゃんのそれすごいね!」
フェリスが私の″窓″を覗き込む。私が見ているのは植物図鑑の画像。こんなこともあろうかと予め色んな図鑑のページをスクリーンショットしておいたのだ。
「あーあ、フェリスもすっかりそいつらの手下か」
「友達だもん。そんなのだからバルザックこそ友達の一人もいないんだよ」
言い合いを始めるフェリスとバルザック。
そういえばこの二人は同じ村の出身だと言っていた。実はわりと交流があったのだろうか?
「なに? 俺はお前らが襲われねえように見張ってやってんだろうが」
「サボってるだけのくせに。みんな強いからバルザックなんていらないよ」
「……言うようになりやがったなフェリス」
バルザックがフェリスを睨みつけながらゆらりと立ち上がる。
やばい。
それを見て体が動いた。
「……なんだちびっ子、関係ねえだろお前」
顔を青ざめたフェリスの前に立ち塞がる。少し遅れて近くにいるメンバーが私の脇を固めた。
「関係ある」
「ちっ……べつに何もしねえよ。女殴るのなんざ面白くもなんともねえ」
バルザックは反転すると少し離れた木の根元に腰掛けて黙りこんだ。
「大丈夫?」
「トモシビちゃん、みんな、ごめんね」
「気にしないで」
フェリスの耳が垂れている。かわいい。
でも……『いらない』か。
一人班行動に参加せず距離を置くバルザックの姿は私の胸になぜか突き刺さった。
昔そんなことがあった、気がする……。
私は意を決してバルザックに声をかけてみることにした。
「バルザック」
「ああん?」
「見張りお願い」
「あぁ? 舐めてんのか。もうやらねえよ」
だめだ、すっかりヘソを曲げてしまった。
そこで少し離れた場所を探索していたアナスタシア達が戻ってきた。私の図鑑を見るためだ。
「トモシビ、これエーテル草であってる?」
「……あってる」
「こっちは何ですの?」
「…………ハイエーテル草?」
一応フォルダで区分けしているのだが、やはり調べるのに時間がかかる。図鑑を引くのとそう変わらないのだから当然といえば当然だ。
そんなわけで私は皆が持ってきた採取物を調べることが仕事である。
見た目通り日光に弱い私としてはずっと木陰にいられるのはありがたい。
「おいちびっ子、その魔法もっと使いやすくできねえのかよ。本で調べるのと変わらねえじゃねえか」
自分はサボっているくせに文句だけは言うバルザック。しかしそれは私も感じていたことだ。
例えばスクリーンショットをタグで分けて検索するとかできないだろうか?
「……できるかも」
実は今使っている『フォルダ分け機能』は私の自作である。
障壁の研究を一段落させた私はここのところ毎日、暇な時にこの″窓″を開いて解析していた。その結果、三つのことがわかったのである。
一つ目は圧縮魔法陣で動作しているということ。魔力絵の裏に細かな魔法陣が描かれておりこれがまさしく電子回路のようになっているのだ。
ほとんどは未知の式であるのだが、それでもなんとか規則性を見つけ、自分で試してみて判明したのが『リンカー』と名付けた式である。
このリンカーが二つ目だ。
これはその名の通り魔法と魔法をリンクさせる式なのだ。例えば、パーティー機能へのリンカーが仕込まれた魔力絵を励起させるとパーティー機能の魔法が発動する。
三つ目は″窓″を改竄できるということ。
既存の″窓″の上に私の魔力で魔法陣を追加することによって機能を追加できたのである。私は試しにフォルダを作成しリンカーをセットした。さらに画像の種類ごとにリンカーを埋め込んで区分け完了である。
しかし、よく考えると一つの画像は一つのフォルダにしか属さないという法はない。″俺″のよく知るコンピュータのディレクトリ構造を作ってみたのだがこれは不便である。リンカーというものを活かしきれてないのだ。
ならばどうしよう? 画像に複数のタグのリンカーを埋め込み、呼び出せるようにすれば良いのではないだろうか?
「トモシビ様……? お疲れですか?」
「あれはお嬢様が考え込んでおられる時のポーズです。邪魔してはいけません」
「ぼーっとしてるだけじゃないのね」
文字をタグとしてその文字を画像とリンクさせることはできる。
それなら一歩進んで、文字を入力して入力した文字のタグのリンク先に飛ぶという魔法式を作れないだろうか?
リンカーだけを作っておいて、後から文字を入力してリンク先を出すのだ。つまり検索システムである。
「トモシビちゃんこれは? ……あれ? どうしたの? 」
思考を中断してフェリスの持ってきた植物を調べる。例えばこれは草、緑、サイズ小、鋭角な葉など色々特徴がある。その特徴をタグにすれば良いのだ。
「ヨモギ、雑草」
「な〜んだ」
いや、だめだ。
それだとタグの文字列を正確に入力しなければリンクしない。『鋭角な葉』というタグを『鋭い』などと入力したら失敗してしまう。つまりタグを一字一句正確に入力する必要があるのだ。それなら一覧を作った方がマシだろう。動物植物、針葉樹広葉樹などといったカテゴリで分けで絞り込むしかないか。
もう少しスマートなやり方がありそうなのだが……。
「あれ? トモシビちゃんそこ」
「え?」
なんだろう? フェリスは私のスカート横を指差す。
嫌な予感がした。
「虫が止まってるよ」
「!?」
ムカデに羽が生えたような姿した奇怪な虫がゆっくりと鎌首をもたげるのが見えた。
……無理。
全身が泡立った。
「エス……エステレアッ!エステレア!!」
「ト、トモシビ様?」
私はあまりの気持ち悪さに触ることもできず助けを求める。エクレアが困惑しているがそれどころではない。
「あらあら」
スタスタとやってきたエステレアがなんでもない事のように木の枝で払い落とした。
地面に落ちたそれが這いずり回るのを見て距離を取る。
こいつは飛ぶのだ。油断できない。
草むらへ消えるのを見届けてホッとした瞬間、抱きしめられてしまう。
「ふふふ、怖かったですね。もう安心ですよお嬢様」
エステレアはやたら良い笑顔で頭を撫でてくる。その安心感に私は身を任せた。
「トモシビちゃん、虫苦手なの?」
「苦手」
「お嬢様はお屋敷にゴキブリでも出ようものなら見つかるまで決して寝ようとしませんでした」
「それなら私もたまにありますわ」
「アナスタシアもゴキブリ大嫌いだもんね」
「ちっ、これだからお貴族様はよ」
バルザックが話に入り込んできた。たしかに地べたで寝転んだりする彼は虫など平気だろう。
「何か言いまして?」
「女子供のおままごとには付き合ってられねえぜ」
「失礼ですが、貴方がお嬢様とおままごとなど100年お早いかと。私ですらあまり付き合って頂けません」
「お前がやりたいのかよ」
「エステレアさん……良ければ私が付き合います」
「いえ、お嬢様でないと意味がないのです」
クロエの申し出を申し訳なさそうに断るエステレア。
そういえば最近、魔法のことばかりで彼女の誘いは断っていた。ちなみにエステレアのおままごとというのは私に配偶者や姉妹の役をやらせて呼び方を変えさせようとするだけで、普段とやる事は大して変わらない。
「アホらしくなってきたな」
立ち上がり、どこかへ歩いていくバルザック。
「ちょっと、勝手に行動しないで!私が班長なんだから従って下さらないかしら?」
「ギャーギャーうるせえなブス。もっと面白えもの探しにいくんだよ。ルーク、てめえも来い!」
名指しされたルークがアナスタシアを見る。
「……お目付役お願いね」
「はっ」
まあ、この辺は大体歩き回って覚えてるし、彼らの向かう方角は他の班の多い平原だ。
そもそもここら一帯は安全区域で魔物などほとんど出ない。安全なはずだ。
「ふぅ」
「ちょっとおトイレ行ってくるね」
「私も」
男二人が見えなくなった途端に気を抜き始める八人。
当然ながらトイレの設備などない。大自然である。
こういう時、男女混合だとあまり言いだせないものだ。
次からは女性オンリーチームにすべきかな。トイレ対策も何か考えておこう。
「貴女達だけだと気が楽ですわねぇ」
「私、今日会ったばかりよ?」
「トモシビの従者なら身内みたいなものですわ」
屈託がないアナスタシア。
採取物も集まったしここらで休憩にしよう。
私はアイテムボックスから折り畳み式のテーブルとティーセットを取り出す。
「え、え、なにこれすごい」
「貴女、本当にお茶好きなのねえ」
エステレアとメイがすぐさまお茶の用意を始めた。クロエも慌ててそれに続く。ちなみにティーカップはティーカップウォーマーに入っている。暖房用の魔導具を利用したけっこう高価な代物だ。こんな物をも楽に持ってこれるアイテムボックスはまさにチート、と思っていたのだが。
「荷物全部入れたらいいのではなくて?」
「これ以上入らない」
唯一の弱点は収納空間がそれほど大きくない事だ。ティーセットとテーブルと私の着替えなどを入れたらいっぱいである。
全部いらないだろ、などと無粋なツッコミを入れそうな者は幸いこの場からいなくなっていた。
「王女様ってやっぱり普段は演技してるのね。こんなに普通の人だと思わなかったわ」
「そうねえ、やっぱり国民の前では威厳を出すようにしてますわね」
エクレアは明るくてよく喋る。今日初めて会ったばかりのメンバーとも打ち解けている。その顔がふと真面目になった。
「……トモシビ様もそうなの? 私には演技をしていたの?」
「……違うと思う」
たしかにエクレアには女王様みたいな気分で接していた。
ただ演技というと違う気がする。たぶん先日の私も、虫を怖がってエステレアに甘えるような私も私の一部なのだ。
私と向き合うエクレアに少ししゃがんでもらって顔の高さを合わせる。
彼女の赤い髪が一房頬にかかっている。私はその髪をかきあげてみる。
「全部私の一部、だから」
「あ……」
「受け入れて」
偽った自分を認めてもらっても意味がないのだ。そしてそれは相手も同様である。
「私もエクレアを受け入れるから」
「トモシビ様ぁ……」
エクレアは自分の体を搔き抱いてなにやらくねくねしている。
どうもエクレア相手だとこういう感じになってしまう。本当に演技してるわけではないのだが。
「トモシビちゃんなんかカッコいいね」
「貴女達もああいう感じでやってほしいかしら?」
「私はご遠慮いたします」
「え、私は、どうかな」
アナスタシアを素気無く断るメイと満更でもなさそうなジューン。
「あら? ジューン、貴女やっぱりそっちの気があるのですわね」
「違うよ!やっぱりってなんだよ!」
「わ、私もそういうのじゃないわ」
「そうですわ。そっちやこっちではなくピンポイントでお嬢様だけなのです」
エステレアの言葉にエクレアも同意する。アナスタシアは感心したような表情でこちらを見た。
「トモシビはカリスマがあるのねぇ」
慕われるのは良いことだ。しかし私の恋愛対象というのはどうなのだろう?
今のところ男に対する忌避感のようなものが女の子相手にはないのは事実だ。
例えばグレンあたりに耳を噛まれたり太腿を撫でられたりする……気持ち悪い。地獄絵図である。
しかしエステレアにやられると……悪い気はしない。ではクロエやエクレア、フェリスならば?
……忌避感はないが、エステレアとは少し違う気がする。というか、それぞれ違う。
「姫様、連絡です」
メイが真面目な声で、水晶の嵌ったキーホルダーようなものを取り出した。通信用の魔導具だ。青く点滅している。
声が聞こえてきた。
『魔物と遭遇しました。でかいな。これから……おい! ばっ……』
「どうしたの? ルーク?」
通信が切れたようだ。
私たちは顔を見合わせた。
もしかしたら危険な状態なのだろうか? バルザックがいるし、そうそう魔物に負けたりはしないと思うのだが……。
その時、私の対面にいるアナスタシアの背後にソレは現れた。
トモシビちゃん達のいるグランドリア周辺は湿気が少なくて夏でも涼しいので虫はそんなに多くありません。梅雨のない国って羨ましいですね。
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タイトル『トモシビの夢 〜クソザコお嬢様は天を目指す〜』に変更しました。
クソザコは言い過ぎかな……。