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彼女は天に堕ちていく

※三人称視点になります。

※2月4日、10月6日誤字修正、ご報告重ねてありがとうございます!



王城の大ホールで開かれた晩餐会で談笑しながら、アスラームは焦りを感じていた。

家の代表となった彼はとても忙しい。挨拶回りに始まり、彼の派閥の大人達に連れ回され、語り合うのは社交的な彼にとっても神経を使う。

彼らは国の重要事項をこういう場で決めるのだ。賄賂も根回しもここで行われる。

事前に勉強をしたとはいえ15歳の彼には厳しい世界だ。政治の大海で溺れているようなものである。

それはつまりトモシビにかまう暇がほとんどないという事だ。

彼女は今、数人の若い貴族達に囲まれていた。



「はい」

「…………くっ」

「もう一回、はい」

「うおおおお!」



貴族の一人がトモシビの投げたパンのかけらを口で受けているのだ。

一体何をやっているのだろう? アスラームは頭が痛くなった。



「褒めてあげる……ね、ダメダメワンちゃん」



トモシビは靴を脱ぎ、ニーハイタイツに包まれた足をプラプラと振った。

犬役の貴族は意を決してしゃがみこみ、頭を差し出す。

その頬をタイツに包まれた足がゆっくりと撫でた。

犬役の貴族はぶるっと震えた。

犬の真似をさせられ、這いつくばって足で撫でられて、普通なら激昂してもおかしくない状況。

しかし彼はただ夢を見ているように従うだけだ。

それを周囲の貴族達は『待て』をする犬のような顔で見ている。

本当に『待て』をしているのである。

アスラームはふーっと止めていた息を吐いた。



「……ご安心ください。彼女を落とせる男などおりません」



飲み物を持ってきた執事が耳打ちする。

分かっている。

アスラームは彼女が落とされる心配などしていない。

逆だった。

彼女が彼らを堕とすのを懸念していたのだ。







最初、アナスタシアと共にホールに現れたトモシビに貴族達は会話をやめて注目した。

いつもの長い髪をショート風にまとめており、その顔立ちと相まって中性的な雰囲気を発している。

袖の開いた黒っぽい異国風のドレスはどこか威圧的で彼女が肯定的な気持ちで来た訳ではないことを示しているようであった。

一瞬後、貴族達は彼女に群がった。

彼女はもはやグランドリアの至宝だ。

アスラームにもこうなることは分かっていた。

弱体化したアスラームの家を出しぬき、女神を射止める絶好のチャンスだ。

女神自身が不機嫌でも関係ない。

アスラームも他派閥党首との会話を切り上げて彼女の下へ向かおうとするが人集りに阻まれる。

わざと阻んでいるのだ。今この場においてアスラームは邪魔者なのである。



「落ち着きなさい、一度に喋りかけてもわかりませんわよ」

「これは失礼」

「それだけ皆、彼女に興味があるのですよ」

「飲み物でもお持ちしようか、美味しいバターティーを入れよう」

「ばたーてぃー」

「ああ、トモシビ嬢もきっと気にいる」



社交界とは会話を楽しむ場だ。参加する者達も当然会話力を磨いて来る。

容姿を褒めそやしたり、好物のお茶や彼女の友人、家族の話をしたり、あの手この手で気を引こうとする。

それに短く答えるトモシビ。

一見無表情だが、美味しいものや楽しいことで少し笑う。

それは彼らに不思議なほどの多幸感をもたらした。

そして楽しませることに成功した者は周囲に優越感を抱くのである。

彼らはより彼女に気に入られるように躍起になった。

ある者は食べ物を取ってくる。

ある者は飲み物を持つ。

またある者は彼女の腰に手を触れた。



「……おすわり」

「え? なに?」

「おすわり」



彼は手を退けた。トモシビの雰囲気が変わったのを感じたのだ。



「前に会った、犬に似てる」

「え、犬? 俺が?」

「はははは! 犬だってさ!」

「犬って呼んであげる、いい?」



顔を近づけられて彼は息飲んだ。



「い……いいよ、わかった」

「語尾に、ワンって言って」

「なっ」

「言って、ワンちゃん」

「わ、わかった……ワン」

「……どうして、興奮してるの?」



犬役は何も言えない。そんな彼にトモシビは初めて小さな笑顔を向けた。



「気持ち悪いから、しっかり躾けてあげる……ね」



その様子を遠目に見て、アスラームは胸が空くような爽快感と嫉妬を同時に覚えた。







男どもにかしずかれるトモシビを見て、アンテノーラは自分でもよく分からない感情が湧き上がるのを感じた。

彼女は支配する側だった。

幼い頃からその容姿で貴族の男どもを虜にしてきたし、成長してからは婚約の申し込みも殺到した。

社交界に出れば貴族の子女が群がった。互いに牽制し自分を求め合う者達を見て、アンテノーラは自分は特別な人間だと知った。



「何をやってるの?」



トモシビと男どもは不思議そうに彼女を見た。

気に入らない目だ。

彼らは自分の派閥の者達である。自分にこそ媚びへつらうべき者たちだ。

アンテノーラはトモシビの手を取った。



「ちょっと来なさい!」

「ちょ、ちょっと、アンテノーラさん!」

「うるさい!」



トモシビには服従するくせにアンテノーラは止めようとする男ども。一体どういうつもりなのか?

この湧き上がる激情は嫉妬なのだと思った。

彼女はそのままトモシビを引っ張ってホールの近くにある女性用の更衣室に入った。

トモシビは大人しく付いてくる。

アンテノーラは彼女を叱るつもりだった。淑女があんなことをしてはいけない、自分の妹分ならもっとエレガントに振る舞うべきだ、などと。

しかし言葉は出てこなかった。

その代わり押し倒した。



「わあ」



彼女の香りを胸いっぱいに吸い込むと頭の奥がカッと熱くなるのを感じる。

この美しい少女は今、自分の腕の中にいる。

そのことに満足した。

ドレスの裾が捲れて、トモシビの足が太ももまであらわになった。

黒くツヤツヤしたニーハイタイツと太ももの間に白いレースの飾りが付いている。

彼女の足は肌が隠れていてもその造形だけで魅力的なのだと気がついた。



「起こして」

「あ……」



囁くような声にアンテノーラは気圧された。

上から退くと、彼女はスッと立ち上がって手頃な椅子に座った。



「ご、ごめんなさい、わざとじゃないの。ちょっとふらついて」

「大丈夫……私の前では、みんなそうなる」

「そう……そうね、あのね、私も……ワンって言ったら足で撫でてくれる?」



馬鹿なこと言った。

アンテノーラは後悔した。

だが銀髪の少女は面白そうに口角を上げた。



「まず跪いて」

「は、はい」

「忠誠の、ぎしき」



銀髪の少女が自らの左手を持ち上げ、アンテノーラに見せつけるようにその手の甲に口付けをした。

その仕草は淫靡さと神聖を同時に感じさせた。

そして許しを請うように跪くアンテノーラに左手の甲を差し出す。

なんて美しい手だろう。いくら形を変えてもシワの一つも寄らない。その先にある爪は濡れているかのように艶めいて透き通り、爪裏の桜色が天然のマニキュアのごとく少女性を主張していた。

その手の甲の中心に少しだけ……ほんの少しだけ光が見えた。

……濡れている、彼女の唾液で。

心臓が高鳴る。

ここに、自分も、口付けをしろと言うのか。



「なめても……いいよ」



思ったことを言い当てられ、頭がカーッと熱くなった。

口を近付ける。犬のように。

頭が熱い。何も考えられない。

もうどうなってもいい、もうアンテノーラは自分の意思では止めることなどできなかった。

そして、その震える唇がホイップクリームのような手に触れ……舌を出して本能と少女の命ずるままにその蜜を舐めた。

同時に少女の左手がアンテノーラの頭を撫でた。

背筋に電流が走った。



「あっ……」



ビクビクと痙攣する。目の前の景色が遠くなる。甘い痺れが全身を貫く。

少女はその様子を見下ろして薄く笑った。



「これでアンテノーラは……私のもの」

「はぁ……はぁ……」



耳元に唇が近づく。

脳がとろけるような甘い香りと声がアンテノーラの心を天上に連れて行く。



「妹の、ペットになっちゃった……ね」



アンテノーラの頬を涙が伝った。

堕ちた、と感じた。

もうこの少女には逆らえない。

きっと魔王軍に与していた過去の自分こそが闇で、この少女は光なのだろう。

天使のような少女に闇から引き上げられたのだ。

だが、それでも彼女は堕ちたと感じていた。

アンテノーラは真っ逆さまに天に堕ちていった。







「お嬢様! お嬢様はサービスしすぎです!」

「サービスが、やれって言った」

「いいえ、もう我慢できません! 今日は私が満足するまでタイツでコネコネしていただきますからね!」

「エステレアさんがそうしたいだけだよね?」



パーティーの後、アナスタシアはメイドに叱られるトモシビを眺めていた。

最初、トモシビは社交会を嫌がっていた。

群がる男性貴族にどう対処するかで頭を悩ませていた。彼女はどうやら政治が苦手らしい。

アナスタシアから見ても彼女に政治的な駆け引きをさせるのは心配である。

お世辞にも向いていない。

というわけで考えた結果……クラスメイトのニコラにやるみたいにひたすら上から目線で振る舞うことに決めた。

トモシビの方が上位者だと分からせるのだ。

アナスタシアが王女でありながらあまり言い寄られないのは彼女が毅然としているからである。

トモシビも気合を入れて上位者として振る舞った。

その結果、ステュクス家のアンテノーラといくつかの貴族がトモシビのペットになった。

成果は上々である。



(ここまでやるとは思わなかったけれど……)



トモシビはすごい子だ。

神だ魔王だと言われているが彼女の年相応な面を見てきたアナスタシアには可愛い妹にしか見えない。

トモシビは毎回社交会ごとにペットを増やすのだろうか?

一体王都はどうなってしまうのか。

王女としては今更ながら一途の不安を覚えるのだった。


アナスタシアさんや親しい友達はトモシビちゃんのこういうやり方に慣れっこですので今更驚きません。

しかしエステレアさんは自分にやってくれないので不満です。大事にされてますね。


※次回投稿は10月12日月曜日になります。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは…魔神かな?魔族の神でも魔法の神でもなく…魔性の神。 なんちゅう傾国の美幼j…少女。
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