無駄に父性の高い教団
※誤解を生みそうな表現をいくつか修正しました。
私は眠気で開きにくい目をこすって魔物を見た。
オーガっぽいという言葉を思い出す。
『っぽい』というのはつまりこういうことか。
それは緑色の肌を持った、2メートルくらいの人型の魔物だった。
一見、大きなゴブリンのようだがゴブリン特有の臭いはしない。
小型だが体系はオーガそのものである。
オーガ亜種とでも呼ぶことにしよう。
そいつは襲いかかるでも逃げるでもなく黙ってこちらを見ている。
エステレアがそっと私を下ろす。
彼女が剣を抜くとオーガも構えた。
なんだか普通のオーガよりふた回りくらい知能が高そうである。
「まって、エステレア」
私の周りに大小の″窓″が出現した。
座標演算用の″窓″だ。
開き、演算し、他の窓にその結果を受け渡し、消える。そして最後に私の描いた電撃の魔法陣に数値を受け渡す。
オーガ亜種の脳天に音も立てず目にも見えない電撃が炸裂した。
ドッと電池が切れたように前のめりに倒れる魔物。
たぶんまだ生きてると思う。
電撃なら例え最大レベルの魔力で撃ってもオーガなら死なない程度のリミットがあるはずだ。
この座標指定はどうしても演算でタイムラグが出るので、かつての巨大スライムみたいにピンポイントで脳髄の信号を乱したりはできないが、このくらいなら眠くてもできる。
とにかく魔導院に連絡して連れて行ってもらおう。
こういう新種っぽい魔物はそれが一番である。
もしかしたら何かの特殊能力で街に侵入して来るのかもしれない。
私は魔導院に連絡を取ろうと″窓″を出した。
「お嬢様、何か動いております」
エステレアが注意の声を上げた。
たしかに後頭部の髪の毛のあたりがピクピク動いている。
なんだろう?
頭に筋肉がなければこんな動きはしない。オーガは脳みそが筋肉で出来ているということだろうか。
と、髪の毛の一部がモサリと分離した。
『横取りとは汚いですね。さすがはトモシビ・セレストエイム』
そこから声が聞こえた。
この嫌味ったらしい言い方はレメディオスだ。
通信機?
いや、よく見ると髪の毛ではない。
毛だらけの芋虫、つまり毛虫だ。
私は両腕をキュッと胸につけて身を引いた。
やってから気がついたが我ながら乙女な反応である。
でも仕方ないではないか。思わずこうなってしまうのだ。
『教授謹製の毒蛾の幼虫よ。帰る途中に魔物がいたから付けておいたの』
『うまく行けば巣まで案内してもらえるかと思いまして』
「汚いのはそちらです。帰るふりをしてお嬢様出し抜こうとするなど」
『偶然見つけただけです』
どうやらラーメン屋で眠った後、エル子はレメディオスに引き渡されたらしい。
エル子とレメディオスは一緒に住んでおり、夜中抜け出したエル子を不審に思って、付けておいた虫で居場所を察知したのだそうだ。
次からはエル子が部屋に入る前に聖炎を浴びせよう。
「魔導院に連絡する」
『ダメよ、私が先に見つけたんだから』
「魔物の所有権は倒した者、お嬢様にあります」
「お待ちください」
横から男の声が聞こえた。
暗がりから出てきたのは見覚えのある中年男性だった。
王都内乱の時に見たのだ。
最前列のフレデリックの横でひざまずいていた。
つまり私の信者だ。
「それは我が教団のものです。引き取りに参りました」
信者のおじさんは聞き逃せないことを言った。
「どういうことです?」
「その、通信の方々が」
「大丈夫、友達」
『えっ……そうね! と、友達! 友達なんだから!』
「……とりあえずここでは人目につきます、トモシビ堂へどうぞ」
「トモシビ堂?」
「地下の隠れ家のことです。この建物から入れます」
彼は何のてらいもなく魔物を肩に担ぐと、民家に向かって歩き出した。
なかなか見事な身体強化だ。
あの隠れ家は私の住む寮の地下にある。
方角的には一緒だ。
もはや真夜中も良いところだが、一旦寝て起きたらそれなりに眠気も覚めてきた。
私は彼について行く事にしたのであった。
「あの事件の際、我々は志を同じくする者達と交流を得ることができました」
地下道には足音と信者のおじさんの声だけが響いている。
あの民家の地下室がそのまま地下道への連絡通路となっていたのだ。たぶん勝手に掘ったのだろう。
『志って?』
「お嬢様を崇める者達ですね」
「はい、我が教団の入信者も増えましたし、トモシビ様の聖騎士団とも繋がりができました」
『まさかその聖騎士団とは……』
「アルグレオからの帰還者と聞いています」
『貴女、本当に神様扱いされてたんだ』
私の騎士団は教団と接触した事で聖騎士団にパワーアップしてしまったらしい。
現在、彼らはセレストエイムで訓練を受けているのだが、その中の数人が交代で王城近くのセレストエイム屋敷に住むことになっている。
あの事件の後、グランドリアは軍の再編をしたのだ。
特に多大なる活躍をしたセレストエイム軍は天下にその名を轟かせた。
辺境で使うだけでは勿体ないということで、この王都に館を構える事となった。
つまり別荘だ。
費用は王都の軍が出してくれた。
私は寮が気に入ってるので寮で良い。なんと言っても近いし。
あとそれから所領もかなり増えた。
これからは実家も贅沢できる……と思ったらそんなことはない。軍拡に費やされるからだ。
「聖騎士団は心強いですが、問題はステュクスです」
「アンテノーラの」
「はい、トモシビ様と近しいとは言え、彼らは国の諜報を司る者達です。警戒してもしきれません」
『どういうこと?』
「我々は異教徒ですからな」
そういえばそうだった。
グランドリアは正教会を国教と定める国である。
異端は厳禁。異教も広めたらNGである。
このクロエの作った教団はもう公然の秘密となっている。グランドリアに利益があるので黙認されているものの、脅威と見なされたらすぐ排除されるであろう。
ステュクス家はそれを判断できる立場にいるのである。
「あまり深く付き合いつもりはなかったのですが、彼らはそうは思っていないようでした」
「つまりあの女と同じで馴れ馴れしいと言うことですね」
「神のご友人を悪く言うことはできませんが……」
信者のおじさんは迷いなく進んで行く。
そして唐突に立ち止まると、壁に手をついた。
ここはあの隠し部屋のある壁だ。
「彼らはお近づきの印にとある物をくれました」
『怪しいわね』
「ええ、それがこれです」
隠し部屋の中、部屋の真ん中にあった魔法陣の上には祭壇が置かれている。
……たぶん私を祀る祭壇だ。
この真上の辺りで私が生活してることを考えるとなんだかシュールである。
そして部屋の隅には大きなガラスケースの水槽に入った肉の繭みたいなものがある。
これは知っている。魔物製造機だ
ノースドリア村の近くで見つけたやつだ。
「元々はアルグレオの技術と聞きます……それが魔王軍に渡り改造され、グランドリアが回収したものです」
『なになに? 何のこと? 見えないから口で言ってよね』
「セルの本体……改造されて、魔物の製造機になった」
『ほう、面白いですね』
レメディオスの声が興味深げな色を帯びている。
そのオーガ亜種はここから産まれたものだと言う。
『……材料は? 魔物化前の生き物は何だったのです?』
「分かりません。何もしてないのに定期的に魔物を吐き出すのです」
『なるほど、ただの母体ではなさそうですね』
人間を襲うことはないと言う。
産まれて最初に見たのが人間なので人間を親と思っているのだろうか?
しかし襲わないとは言え所詮は魔物、あまり言う事を聞かず脱走してしまったそうだ。
「トモシビ様の世界征服のための戦力に使おうかと思ったのですが……」
困ったものです、とおじさんは腕組みをした。
困ったもの……ではない。
「気持ち悪いから、使わないで」
私は全否定した。
全体的に気持ち悪い。
仮にも私を祀る聖堂にそんなもの置かないでほしい。
それに私は何も武力で征服などするつもりはない。
本当に魔王の所業ではないか。
「し、しかしトモシビ様も魔物を使っておられるのでてっきり……」
「かわいくないのはだめ」
マンティコアは顔が怖いだけで猫だし、スライムは肉塊だけど愛嬌がある。どちらも可愛いくて良い子だ。
でもこのオーガ亜種は可愛くない。
フェリスが見たら即殺されそうだ。
生まれてしまったものは仕方ないから魔導院に移動するとして、これから生み出すのは禁止だ。
「そうは言いましても、勝手に出てくるので……」
『貴女に相応しい邪教ではないですか、ふふふ』
「私の教団をばかにしないで」
「おお、なんと勿体ないお言葉……」
私の発見した魔物製造機は魔導院にまだあるはずだ。
そちらの方は定期的に魔物を吐き出すなどという傍迷惑な機能はなかった。
だからおそらくこれはステュクス家は独自のルートで手に入れたものなのだろうけど……彼らはなぜ魔導院に持っていかないのだろうか?
独自の研究をしていたということだろうか?
そう考えるとたしかにあまり信用できない連中である。
『……こうしましょう、その魔導院で私が研究するのです』
レメディオスが楽しそうに言った。
『悪いようにはしません。研究成果はグランドリアとトモシビ・セレストエイムに還元します。約束しましょう』
「貴女がお嬢様に味方を?」
『大丈夫よ、教授は研究を与えておけば大人しいから』
いわゆる研究馬鹿だ。
スミスさんと気が合うかも知れない。
私はその提案を受け入れることにした。
「いい?」
「もちろんです、神の御心のままに」
なんだかんだで彼女はこの分野の第一人者なのだ。やる気を出して研究してもらえるなら御の字である。
おじさんは最後に迷惑かけたことを謝った。
これで依頼は達成だ。
報告では私の教団の名前は出さず、地下に設置してあった魔物製造機を見つけ出した事にする。
時刻は深夜3時、私はその辺の処理は後回しにして早々に帰宅することにしたのであった。
「……っていうことが、あった、とさ」
「また無茶な事してたんですわね、この子ったら」
アナスタシアが私の頭を撫でた。
今は授業合間の休憩時間である。
昨日の武勇伝を話したら案の定呆れられた。
「私も連れて行ってくれたらよかったのに〜」
「そうです、私も行きたかったです」
「勝負だから」
「クロエは爆睡していたので」
「てかクロエは教団がそんなもの隠してた事知らなかったの?」
「私はあくまでトモシビ様のメイドですから」
クロエはほとんど私と一緒にいる。
いないときは執筆活動をしている。
あの地下の隠れ家には全然足を運んでいないのだ。
「魔物を戦力にしようとしてたというのは危険ですね、中止させて正解かと」
「確実に異端扱いされますね」
「でもトモシビの教団なのにトモシビにも知らせずそんなことしてるなんてね」
「そっちにも呆れますわねえ……」
「ああ、彼らに悪気はないんですよ」
私の知らないうちに成果を用意して私を喜ばせようという実にお茶目な魂胆なのだとクロエは語った。
要はサプライズプレゼントがしたいのだ。
無駄に父性が高い。
サンタクロースみたいな邪教である。
「でもそんなもの教団に渡すなんてステュクス家はどういうつもりなんだろうね?」
「自動で魔物を吐き出すキリン体なんて魔導院にも登録されておりません」
「……むしろ処分に困って教団に持ち込んだとも考えられますわね」
なるほど。
定期的に自動で魔物が産まれるものなど持っていても邪魔になるだけだ。
それならいっそプレゼントとして譲ってしまえということか。
「なんかずるいね」
「勝手な話ですね」
「なんたってステュクス家だからね、トモシビもあまり近付かない方がいいよ。素直だから騙される」
「わかった」
「そうですね、お嬢様は人を疑うことを知らない天使なのですから」
「今度の晩餐会でも注意しなきゃですね」
ああ、それがあった。
お城で晩餐会があるのだ。国中の貴族連中が招かれる。
もちろんあのステュクス家の三人もくる。
アスラームも来る。
その他諸々の諸侯も来る。来られないなら代理が来る。
定期的に開かれる社交の場だ。
人見知りがぶり返したらどうしよう?
いつもの放送とは違う、改まった場だ。
バルカ家の影響力が下がった以上男がわんさか寄ってくるだろう、とジューン達は予想している。
結婚相手としてアプローチしてくるのだ。
魔物より厄介な人達だ。
私は少し気が重くなった。
オーガは緑色の鬼みたいなやつですね。
ゴブリンよりはましですがトモシビちゃんの感覚では可愛くないので不採用です。
※次回更新は10月5日月曜日になります。