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真夜中の冒険



5階の高さにある窓の外にエル子の顔がボウっと浮いている。

怖い。



「エス」

「しっ」



エル子は唇に指を当て、静かにしろというジェスチャーをした。

私は慌てて口を閉じた。

こっそり入ってきたからには何か用があるのだろう。

彼女は棒立ちの私の腕を掴んで引っ張った。



「じゃ、行こっか」

「どこに?」

「魔物の侵入経路を探すの。先に見つけた方が勝ち。どう? 面白そうでしょ? やる?」



侵入経路……昼間、先生が言っていたオーガみたいな魔物が街に侵入したという事件のことだ。

つまり彼女は今からこの部屋を抜け出して調査しようと言っているのである。

こんな夜中に。

たった2人で。

なんという無茶、なんという元気。

しかしなんと……面白そうなのか。



「やる」



私は二つ返事で了承した。







私達は静まり返る真夜中の王都を歩いている。

深夜外出というのは不思議な高揚感がある。

いつも人で賑わってる往来に人がいないというのはただそれだけでどこか不安になるものだ。

しかしそれは同時にワクワクするような冒険の予感を感じさせてくれるのである。

私にとってこういう突発的なイベントは歓迎すべきレクリエーションだ。

もう寝るだけと思っていた今日にまた一つ楽しみが増えてしまった。


季節は春真っ盛りだが、外は非常に寒い。たぶん0度前後であろう。

体温の高さに定評のある私も寒さを感じる。

私はシルクの豪華なネグリジェタイプのパジャマに毛皮のケープを羽織っている。

建物の間の隙間を吹き抜ける風がヒュウと鳴いた。



「見つけた!」



その隙間に向かってエル子が杖を構えた。

闇の中で何か動いている。

人間ではない。

白い毛皮に四つ足、魔力は全く感じない。

大型犬くらいの大きさはある。

その生き物は機敏な動きでエル子に飛びかかった。



「はやっ!?」

「わぉん!」



普通に大型犬だった。

犬は一瞬にしてエル子の杖を奪い取ると、そのままエル子に飛び乗ってマウンティングし始めた。

エル子は必死にもがくが、犬は巧みに重心に体重かけて押さえつける。

これは前途多難だ。

魔物どころかただの犬に負けている。

ライバルとして悲しくなる。



「見てないで助けてよ!」

「犬は魔物じゃない、人畜むがい」

「私は人畜に含まれないの!?」



……まあ、たしかに狂犬病とか持ってたら大変だ。

王都で野良犬なんてそんなに見ないけど、ここは貧民街の近くなのでいてもおかしくはない。

私はやる気なく模擬刀を取り出して、犬を突いた。

やれやれである。

犬はアウトボクサーみたいなフットワークでそれを避け、今度は私に飛びかかってきた。



「わあ」



模擬刀に噛み付かれ、引っ張られる。私はその勢いで倒れてしまう。

強い。

勝てない。

いや魔法を使えば勝てるけど……それはそれで悔しい。

私は誇り高きセレストエイムのお嬢様だ。

勲章持ちの英雄だ。

ただの犬1匹に本気を出すなどこの私のプライドが許さない。



「ハッ、ハッ、ハッ……」

「!?」



犬の股間を見て、私はプライドを捨てた。

ただのマウンティングではない。私に発情しているのだ。

しかもヘコヘコと腰まで振ってる。

私はもがいた。

しかし大型犬はそれを嘲笑うかのように押さえつけてくる。

犬の舌が私の顔に触れそうになる。



「エステレアぁ……」



もはや一刻の猶予もない。魔術で追い払おう。

だが火力の高いものは使えない。

電撃でも犬みたいな小さな生き物は死ぬ可能性がある。

今の私は手加減がうまくいかないのだ。

できるとしたら……聖炎で脅すくらいだろうか?

ほんの数瞬の自問自答。

しかしそんなことをしてる間にスッと犬の体重が消えた。


……なんだ?

起き上がる。

チャッチャッと石畳みに爪を立てる音が聞こえる。

路地裏を犬が走って逃げていくのが見えた。

エル子が助けてくれたのだろうか?

彼女は私と同じようにへたり込んでいる。



「……次、行こ」

「……そうね」



……まさか犬に不覚を取るとは思わなかった。

魔法使いの恥晒しだ。

私達は示し合わせて、なかったことにしたのであった。







次に向かったのは酒場だ。

冒険者に依頼を出している所である。

私達は依頼の内容を詳しく知らないのでまずはここで聞き込みをする必要があるのだ。


中は賑わっていた。

入っても気付いてもらえないくらいに皆ハメを外して騒いでいる。

きっと週末だからだろう。

明日が休みであるというのは心強いものなのだ。

そんな冒険者達を避けて壁沿いにカウンターへ向かう。



「マスター、ミルクおねがい」



私は背の高いカウンターからヒョコッと顔だけを出してマスターを呼んだ。

この人は顔見知りだ。

グレンの舎弟の父親で、実質私の舎弟の父親のようなものだ。



「……お嬢か、こんな遅くになにやってやがる」

「依頼、受けてあげる」

「依頼だぁ?」



私は事情を話した。

マスターは酒を作りながら無愛想に鼻を鳴らした。



「ダメだ」

「なんでよ!」

「お前らは騎士団予備隊だろ。冒険者登録はできねえんだよ」

「じゃあ内容だけ教えなさいよ」

「……お前外国人だろ? 在留証は?」

「ざ……ざい?」

「ねえのか、携帯してろって言われたよな? 通報するぞ?」

「え、あ、う」

「……あっちいこ」



これはダメだ。通報されてしまう。

私はエル子の手を引いてカウンターから離れた。

どこかに張り紙があるはずだ。

そこにある程度の内容は書いてあると思う。

辺りを見回す。

宴会状態の冒険者達の中で、一人寂しくジョッキを傾けているおじさんが見えた。



「おじさん」

「お、これはこれは……今のときめくメスガキ様じゃねえですか。相変わらずお美しいこって」

「なに、この人? 貴女の知り合い?」

「冒険者のおじさん……前髪すかすかだから、私がかまってあげないと可哀想」

「へー、貴女もちゃんと下々のこと考えてるのね」

「へっ……メスガキが一匹増えてやがる。いいよ、無理してこんな小汚ねえおっさんに構わなくて」



おじさんは卑屈な笑みを浮かべてエールをあおった。

そしてげっぷをする。もう見るからに小汚い。

どうやら私が有名になりすぎて拗ねているらしい。

卑屈で小汚い。

しかし私はこのおじさんに愛着があるのだ。放っておけない。

前世を思い出して心がざわつくのである。

私はどんなに偉くなっても、この孤独で人生諦めてて優れた才能も容姿もない疲れはてた男に感情移入してしまうらしい。


……そうだ、こうしよう。



「おじさん、依頼受けて」

「あん? なんの話だ?」



私はおじさんに事情を話した。

私達が依頼を受けられないならおじさんに受けてもらって、私達はその手伝いで勝負をするのだ。



「おねがい、おじさん」

「はぁ、お前いつもいつもそれでいけると思ったら大間違いだぞ」

「でもおじさん一人じゃ、心配だから」

「俺がメインでやることになってんのかよ」



面倒臭いおじさんはごちゃごちゃと面倒臭く渋ったが、最後にはいかにも面倒臭そうな口調で機嫌良く引き受けたのであった。







「クソが、今からなんて聞いてねえぞ」



魔導具のランプを持ったおじさんが先導する。



「べつに貴方は来なくて良かったんだけど」

「ガキ2人を夜中に放り出せるかよ」

「おじさんは髪の毛薄いけど、人情厚い」

「やっぱり放り出したくなってきたな」



私達は今、貧民街の一角を歩いている。

時刻は深夜一時、学園方面は真っ暗だがこの辺はまだ明かりの灯る家も多い。

娼館と思しき店や深夜の飲食店などもある。

それらを完全スルーして奥に行くと緑に囲まれた公園が見えてきた。



「ここ?」

「ああ、一匹目が現れたのはここだ」



おじさんはコートのポケットに手を入れ、探偵みたいに歩き回る。

その後をチョロチョロついて行く私達。

少し奥に入るとそびえ立つ壁があった。

石壁のように見えるがつなぎ目はない。いわゆるローマンコンクリートで出来ているのだ。

侵入したとしたらこの壁が壊れている可能性が高いだろう。しかし、昼間警備員が見て回ったがどこも綻びはなかったそうだ。

私達も念のため見て回ったが何もない。

ダメだ。

これは予想以上に手間がかかりそうである。

さすがの私も疲れてきた。



「ふあ……」

「なんだ、眠いのかメスガキ?」

「だらしないわね……キェー……」

「変なあくびだな……ちょっと休憩するか」



おじさんは来た道を戻っていく。

私達はトボトボとその後に続く。

眠い。

どこかに座りたい。

その思いを察したかのように……というか察したのだろう、おじさんは深夜営業の飲食店に入った。



「チリトンコツ一つと子供用二つ」

「あいよ」

「なにここ……なんか食べるの?」

「らーめん……」

「食えなきゃ食えないで残していいぞ、俺が食うからな」



ラーメンの匂いだ。

この世界にも当然麺類はある。グランドリアではパスタが主流だが、この貧民街にはラーメンを出す店が一箇所だけ存在すると聞いたことがある。

それがまさにここだったらしい。

しばらくテーブルに突っ伏していると子供用ラーメンが運ばれて来た。

まずはスープを一口。

……トンコツだ。

このいかにも体に悪そうな懐かしい味。

ミルク感があってクリーミーな中に脂のコクと旨味がどうのこうのして、それが硬めの細麺とよく絡む。



「おー……」

「あ……美味しいこれ……」



テーブルに突っ伏しながらチマチマ食べる。

髪を耳にかけて……スープを飲む。

そして麺を一本食べる。



「おー……」

「うまいなメスガキ、お前らこれ食ったら帰れよ」



……なんだか本当に眠くなってきた。

おじさんがなんか言ってるけど、もう頭に入らない。

聞いてるのに聞いてない。

何かに集中してる時みたいに意識が理解を拒むのだ。

そうこうしてるうちに私の視界が閉ざされていく。

眠気が聴覚から視覚へと浸透していく……。







意識が浮上する。

私は誰かにおんぶされているようだった。

良い匂いがする。

おじさんではない。



「……エステレア」

「あらお嬢様、おはようございます」



お早くない。まだ辺りは暗い。

どうやら私はエステレアに背負われて帰路についているらしい。



「おろして、エステレア」

「それはできません」

「……どうして?」

「こんな夜中に抜け出した罰です。私と繋がったまま市中引き回しの刑にお処しいたします」

「おー……」



エステレアは私をヌンチャクみたいに操って前に移動させると、そのままお姫様抱っこの体勢で固定した。

エル子はどこ行ったんだろう?

おじさんは?

……そもそもなぜエステレアが?



「最初からお嬢様の後をつけておりました」

「……さいしょ」

「はい、お嬢様がお休みになるまで見守るのがメイドの役目です。あの闖入者が来たこともバレバレでございます」



じゃあ、もしかして犬を追い払ったのもエステレアか。

私達は最初から保護者付きで冒険をしていたのだ。

なんともしまらない話だ。

……まあいいか。

楽しかった。

結局調査も勝負も有耶無耶だけど、たまにはこういうのも悪くない。

エステレアの柔らかい体に包まれてまた眠気が襲ってくる。

規則的に歩く振動が心地良い。

が……不意にその振動が止まった。



「……お嬢様、少々我慢下さい」



エステレアの緊張した声が聞こえた。

私は首を起こして前を見た。

暗闇の中に異形の体が浮かび上がっていた。



古代ローマではコンクリートを使っていたらしいですね。しかも通常のコンクリートより何千年も寿命が長いんだとか。

作中でも昔からある建物はそういう素材を使ってます。でももっと昔からあるものはもっと謎の素材です。


※次回更新は9月28日月曜日になります。

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