パパ活をします
※9月2日誤字修正、ご報告感謝です。
「跪きなさい、魔王トモシビ様の御前ですよ」
私の隣に立つクロエが厳かに告げた。
私は椅子に深く腰掛けて偉そうに足を組んで座っている。
その私の前に罪人のようにうな垂れた少女がいる。
少女は許しを請うように跪いた。
「ああ、足を……魔王様のおみ足を、どうか……」
私はなるべく妖艶な感じで笑うと、足先を突き出した。
生足だ。
産毛の一本すら生えていない。
足の裏まで柔らかな赤子のような肌。
その先にはツヤツヤと光る丸く小さな爪がある。
一片の穢れもない自慢の足だ。
その足に彼女は縋り付いた。
「ああっ! う、美しすぎます……!」
「……」
スベスベの肌と肌が触れ合う感触に私は少し身をよじった。
息荒く足を撫で回しながら彼女は何かを催促するかのようにこちらをチラッと見る。
「なめても、いいよ?」
「お嬢様、命令口調でお願いいたします」
「な、なめて」
「吐息混じりで、耳元で!」
「……なめろ」
「ッ!!!」
耳元でソッと囁く。
少女……というかエステレアの体が痙攣するようにビクンビクンと動いた。
そして背を逸らして止まったと思うと、ばね仕掛けみたいな勢いで飛びかかって来た。
「全部舐めます! 全部舐めますとも……! お嬢様…… はむっ」
「!?」
椅子に押さえこまれ、耳を噛まれる。
私の体に電流が走る。
ぬちょぬちょと音を立てて耳に舌が侵入する。
一瞬にして全身の力が抜ける。
この快感によって力が抜けるという感覚は何度味わっても慣れない。
前世ではこんなことはなかったように思う。男の快感と女の快感は違うのだ。
「エステレア……それはやめて……」
「いけません……これは奉仕です……私は奴隷でお嬢様は魔王……奴隷は奉仕しなくてはなりません」
「うぅ……」
こんなに言う事を聞かない奴隷が存在するだろうか?
いや奴隷どころかメイドとしてもおかしい。
エステレアは私がこれに弱い事を知っていてわざとやっているのだ。
私は主人なのに。
こんな事が許されて良いのだろうか?
思い知らせてあげなければならない。いきなり耳を噛まれたらどれだけびっくりするかを。
私はエステレアの頭を抱き寄せた。
「あーむ」
「……あら?」
耳を噛んでやった。
エステレアは不思議そうな声を発して動作を止めた。
私はしたり顔で彼女に説教しようとした。
「分かった?」
「眷属にして頂けるのですね! さすがはお嬢様!小悪魔ちゃんなのに立派なヴァンパイア魔王様です!」
設定が増えた。
喜色満面で私を思いっきり抱きしめるエステレア。
ちなみにクロエは止める気は一切ないようだ。お給料を叩いて買った最新式のカメラを興奮した様子で構えている。
そこで不意に扉が開いた。
「……ん、すまん」
すぐに閉まった。
チラッと見えたのはお父様だ。
絶対にまた勘違いしていると思うのだが、その気づかいがなんか気持ち悪い。
私はお父様が考えているような事をしているわけではない。
王都を混乱に陥れた例の事件から数日、私は私設騎士団や教団にかしずかれる立場となった。
今までのように幼い喋り方と態度では威厳がない。
もうすぐ上級生になるのだし、新入生に馬鹿にされるのも怖い。
ということをエステレア達に言ってみた結果、この魔王ごっこをやることになったのである。
「いいから入って」
「うむ……」
手早く服を直して入室の許可を出すと、お父様は静かに入ってきた。
ちなみにお父様はしばらくこちらに滞在するつもりだったらしいのだが、思ったより魔王領の魔物の動きが活発なため、予定を大幅に繰り上げて明後日帰ることにしたそうだ。
ここは女子寮なので父親と言えど男性を泊めるのはよくないと言う声も……主に私の心中からあったものの、どうせ空き部屋ばかりなので私の部屋以外うろつかないという条件で許可してもらったのである。
しかしそれにしても、私の部屋ならノックもせずうろついて良いというわけではない。
お父様は、手櫛で髪を整える私を眩しそうに見つめている。
「トモシビ、おいで。父が抱っこしてやろう」
「やだ」
「一度くらい抱かせてくれても良いではないか」
「やだ」
「ご主人様、その発言は犯罪です」
「ううむ……では今の王都を案内してくれぬか? せっかくトモシビが外へ出るようになったのだ、一緒に出かけようではないか」
お父様とエステレアに手を繋がれて、宇宙人よろしく連行される自分を想像する。
「……やだ」
「なぜだ?」
「私は、反抗期だから」
私はそっぽを向いた。
反抗期っぽいのは事実だ。
ノックをしなかったり訳知り顔でソッと扉を閉めたり、いちいちイラッとしてしまう。
一応、私も年頃の娘である。父親に知られるには恥ずかしい事がある。
しかし『分かってます』という顔でこれ見よがしに配慮する様子を見せられるとそれはそれで腹が立つのだ。
それはその恥ずかしい事を知られているのと同じではないか。
お父様はそんな私を見て少し思案するとこう言った。
「……魔導書を贈ってやろう」
私はピクリと反応した。
「……魔導書?」
「どこぞの店に入荷していたのを見た。東方の魔導書だぞ。それを買ってやろうではないか」
「東方……」
「その代わり、父に抱っこさせてくれ。それから一緒に出かけるのだ」
きっとタコみたいな魔物を召喚する邪悪な異本みたいなやつだ。
ほしい。
「しょうがないから、やってあげる」
東方の魔導書と聞いては黙っていられない。
私はそっぽを向いたまま手を広げてるお父様に歩み寄って腕の中に収まった。
「うむうむ……」
「変なとこ、さわるの禁止」
「ご主人様といえど通報いたしますので」
「エステレア、お前も先程やっていたではないか」
「ふふふ、なんか親子って感じでいいですねえ」
良くない。
私を抱きしめるお父様はほっこりしているがそれもなんだか悔しい。
私は身をよじって腕の中からスルリと抜け出した。
最後に残った猫尻尾が手の平から抜けると、お父様は名残惜しそうに手を握ったり開いたりした。
「ふむ……では外へ行こうではないか。デートだ」
「親子でデートですか……」
「おやめください、このエステレア、大恩あるご主人様を殺めたくはありません」
「分かった、デートはやめよう。父と娘の絆を深める野外活動としよう。略してパパ活だ」
デートと一体何が違うのだろうか。
まあ私も反抗期と言いつつ反抗しきれない部分はある。
″俺″という男の人生が上乗せされている私は、反抗期の娘を持った父親の方の気持ちも分からなくはないのだ。持ったことないけど。
こんな可愛い私に反抗されたら気が気ではないだろう。
なんだかんだでたった一人の父親なのだ。
少しくらいサービスしてあげても良いかもしれない。
こうして私は実の親にパパ活をする事になったのであった。
数十分後、私はお父様に情けをかけた事を後悔していた。
「トモシビが載っているぞ!」
「ニュースですね、トモシビ様格好いいです」
「こっちにも載っている!」
「それはファッション誌です、お嬢様がモデルをしたのですよ」
「なんだこれは! スカートが短すぎるぞ!」
「はずかしいから、やめて」
大騒ぎである。
いつものクールで落ち着いた雰囲気はどこかへ行ってしまったらしい。
私のニュース記事を見て感動し、私推薦の商品を見て文句をつけ、私の載った雑誌を見てはしゃぎ回った。
これが私の父親だと宣伝して回ってるようなものだ。
お父様は商店街の街角にある本屋の雑誌を見ながら一頻り騒いだ後、私の写真があるのを選んで3冊ずつカバンに入れた。
「なんで、3冊?」
「切り抜いてデスクに置く用と家で見る用、それとステラへのプレゼントだ」
さっきスカートが短いとか言っておいて、自分はガン見するつもりなのだろうか。
呆れたものである。
「でもトモシビちゃん、私もあんまりスカート短いのは……だ、ダメだと思うよ」
「どうして?」
「だって……見せたくないんだもん」
フェリスは恥ずかしそうにしている。
お父様とエステレアは肯首で同意を示した。
現在、パパ活中なので私とお父様が並び、後ろから3人が付いてくるという構図になっている。
フェリスは暇そうだったので誘ったのだ。
今日の私の服装は割と清楚な感じのブラウスとフワッとした長めのスカートなのだが、普段はなるべく足を強調している。だってその方が可愛いのだ。
スカートが短くても下着が見えなければ良い。
階段などではちゃんと隠してる。
その隠す動作にこそ男はグッとくるものだ。
でも最近フェリスは私を守るような動きをしている気がする。
自分の体で男子の目線を遮っているのだ。
嫉妬なのだろうか?
私としては悪い気はしない。
商店街をブラブラしながら買い物を楽しんだ私たちは食事をとることにした。
そちらは商店街ではない。
もっと王城近くの高級なお店である。
「ここはグランドリアにいたころよく食べに来た店だ」
「いつもありがとうございます」
私の対面に座るお父様が言う。
それを聞いてウェイターがお礼を言った。
南部風のお店のようだ。
「全員好きなものを頼むといい」
私達は頭を寄せ合ってメニューを見た。
前菜とメインとデザートをそれぞれ選ぶ形式のようだ。
王室のフルコースほど高級ではないがそれでもそれなりの値段がする。
「お嬢様、魚介のパエリアですわ」
「海老もあるよ、オリーブオイルで煮込むんだって」
「昨日、南海から仕入れたものです。セレストエイム様にもご満足頂けるかと」
「どっちも、たべたい」
「アイボールはありますか?」
「申し訳ありません、当店にはございません」
このグランドリアは色んな小国の連合体のような国である。
南部にも色んな地方があり、料理にも特色がある。
このレストランはジェノバとはまた違う地方をベースにしているらしい。
私は前菜は軽いスープにした。一食分は食べきれないので、いつも通り皆から分けてもらう事にしたのだ。
「エステレア、パエリアちょうだい」
「ではムール貝をお召し上がりください。ご飯はお嬢様ポンポンには重くなるかと」
私は結局アヒージョとパエリアを少しずつもらい、お父様がグイグイ勧めてきたオムレツもしょうがないので少しもらった。
じゃがいもや玉ねぎの入ったやけにボリュームのあるオムレツである。
それから、メインの子羊の石釜焼きがやってくる。
私は実はセレストエイムでも食べたことがあるが、生後間もない子羊はラム肉特有のクセがなく柔らかくてとても美味しい。
蓋をあけると素晴らしい香りが鼻をくすぐった。
石釜の遠赤外線でじっくり焼き上げ、トマトやニンニク、唐辛子を効かせたソースをかけてある。
見ただけで美味しそうだ。
私は口を開き、そのジューシーなお肉にかぶりつこうとした……その時、事件は起こった。
「魔物だ!」
叫び声が聞こえた。
にわかに外が騒がしくなってきた。
お父様は脇目も振らずに飛び出した。
私達も互いに目を合わせ、外に出た。
王都の住民が走っている。
その後ろにエイのような魔物が飛んでいる。
どこぞの村で見た魔物だ。
エイはバラバラに逃げる住民の一人に目標を定め、高度を下げた。
「危ない!」
ボンッと低めの炸裂音がしてエイの頭が吹き飛んだ。
フェリスの蹴りの一撃だ。
今隣にいたはずなのになぜそこに?
舌を巻く速さである。
エイの体が建物に当たって壁の一部を壊した。
一匹仕留めたフェリスはさらに次の獲物に飛びかかっていく。
どうやら何匹もいるらしい。いくつか旋回しているのが見える。
向こうでもエイが一匹落とされた。たぶんお父様だ。
本格的な戦闘が始まった。
フェリスとお父様は屋根から屋根へ縦横無尽に飛び交って次々にエイを落としていく。
それを見ている私の頭上に影が差した。
上を見る。
「おわっ!」
クロエが女子らしからぬ悲鳴を上げた。
旅客機みたいな生き物が急速にこちらへ向かってきていた。
トカゲっぽい質感に翼竜のような羽が生えている。
旅客機みたいと思ったのは大きさとフォルムがちょうどそんな感じだからだ。
ドラゴンである。
ワイバーンと言った方が良いだろうか?
本物のドラゴンよりちょっとランクの落ちるやつだ。
そのワイバーンがこちらへ突っ込んできている。
さらにまずい事に頭のあたりに魔法陣が見える。
何かやる気だ。
飛び道具か、それとも体当たりを補助するための魔術か。
何をやろうが被害は甚大だ。
このまま突っ込んで来ただけで、この場所は飛行機の墜落現場に早変わりである。
「お嬢様!」
「まかせて」
私は頭上に″窓″を出した。
その″窓″に手をかざす。
私の中でドクンと見えない心臓が脈を打った。
前に見た天脈のような渦巻く魔力が体の奥底から湧いてくる。
″窓″の外側にレーヴァテインの魔法陣を描く。
″窓″には氷の魔法式が描かれている。熱波を防ぐ冷却装置だ。
ワイバーンの体が燃え上がった。
すごいスピードだ。
頭だけでさっきまでいたレストランに匹敵するほど大きい。
隕石のように襲い来るその生物に、住民が悲鳴を上げる。
ドクンと脈を打つ感覚。
私の中の燃える心臓から魔力が迸った。
火に水を垂らしたような音を立てて光がワイバーンを飲み込んだ。
一瞬遅れて突風が吹き荒れる。
住民がまた悲鳴を上げた。
ワイバーンは落ちてこない。蒸発したか、もしくは灰になってどこかへ飛ばされたのだ。
我ながらすさまじい威力である。
スカイサーペントを消滅させたレイジングスターほどではないが、もはや一人の人間が出せる魔力ではない。
魔王の力を封印した影響だろうか。
「ちょ、ちょっと今のはびっくりしましたね……」
「トモシビ! 無事か!?」
「うん」
お父様が血相変えて駆けつけた。
頭を撫でられる。
私は素直に撫でられてあげた。
それから少し遅れて治安部隊がやってきた。
「これはトモシビ嬢にセレストエイム伯まで……いや助かりました」
「バーノンおじさん」
「遅いな」
「返す言葉もないであります」
遅いが彼らも精一杯やっているのはわかる。
現在、例の事件のせいで騎士団を再編しており、治安部隊も人手が足りないのだ。
「トモシビ嬢には本当に毎度助けられてますな、いやはや申し訳ない」
「……トモシビは治安部隊と懇意なのかね」
「ええ、我らの姫、いや女神のようなものであります」
「ふふふ、そうか……君の名前は?」
「バーノンであります」
「覚えておこう」
お父様の機嫌が良くなった。
私が褒められるとすぐこうなるのだ。
パパ活どころではなくなった私達は、そのまま治安部隊に事情聴取をされることとなった。
王都への魔物襲来などという数日前なら大事件として扱われるはずのこの事件は、思ったより騒がれることはなかった。
もう王都住民もいい加減慣れてきたらしい。
魔封器がなくなった影響は思ったより大きいのかもしれない。
その原因の一端を担う私としては少々責任を感じるのであった。
ここから第5章になります。
前回より時系列的には前のお話です。
トモシビちゃんみたいな大火力魔法が使えたら気持ち良いだろうなって思います。
特にクレーター作ったり周囲の破壊を伴ったりするやつはより一層解放感ありそうで好きです。
※次回更新は9月7日月曜日になります。