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お嬢様の長い夢



波の音がする。

私は海を見ていた。

白い砂浜に水平線が見える。

この景色は見覚えがある。

たしか夢で見たのだ。いや現実でも見たかな。

夢も現実も同じようなものだと誰かが……ロリコンおじさんが言ってた。



「どんな気分なんだ?」

「……?」

「そんな美少女になるってどんな気分?」



どんなと言われると……最高の気分である。

鏡を見るのが楽しいし、お洒落も楽しい。

注目されるのも好きになった。

私に欲情する男を見るのもゾクゾクして癖になる。

女の子だって私に見惚れる。女の子と触れ合うのは気持ち良い。

前世が″俺″という男じゃなければこんなに自分の美少女っぷりを実感出来なかっただろう。



「そのわりに随分と苦労してるようだが」



苦労はする。私はか弱い美少女なのだ。

100メートルも全力疾走できない私が戦いをしてるのだから苦労しないはずがない。

若いうちの苦労は買ってでもしろ……なんてそんな殊勝な気持ちはない。

でも私はやりたい事をやっている。それで背負う苦労はそんなに辛くはない。



「俺もそうだったら良かったのにな」



姿は見えないが、声に後悔と哀愁が滲み出てる。

私は哀れみを感じた。

そうか。

このおじさんはロリコンじゃなくて……私みたいなロリ美少女になりたかったのか。

可哀想。

私は思わず口角が上がってしまった。



「え、ちが……なんだその顔」



おじさんの声が遠くなった。







「……お嬢様、お嬢様?」

「……エステレア」



私は目を覚ました。

起こしてくれたのは私の専属メイドであるエステレアだ。

黒髪に黒い瞳がメイド服とよく似合っている。出るところが出て引っ込むところが引っ込んだプロポーションは15歳には見えない。


頭がぼーっとする。

なんだか長い夢を見ていた気がする。



「どうなされたのですか? 早く支度をしなければ入学式に遅れてしまいますわ」



そうだった。

今日はグランドリア魔法学園の入学式だ。

じっくり時間をかけて身支度を整えて行かなくてはならない。







鏡の前に座った私の服をエステレアは容赦なく剥ぎとっていく。

パジャマのボタンを片手で開けつつ、もう片方の手は服の中を弄るように動く。

キャミソールを脱がされ上半身裸にされてしまう。

鏡には、うさぎのように真っ赤な目、シミ一つない白い肌、おまけに毛先だけが赤い銀髪という目立つ容姿をした美少女がいる。

とても可愛い。

まるで理想を詰め込んだゲームのキャラクターのような可愛さだ。

その芸術品のような肌をエステレアの手が這い回る。

腰からお腹、胸を避けて脇腹へ。

妙に手つきが気になる。

触れるか触れないかみたいな指先。

それが首筋を通り、顎を通り、頬で止まる。



「あら? 今日のお嬢様は……」



鏡の中には顔を赤くした美少女がいる。

気持ち良くなってる自分を見るのが恥ずかしいのだ。いつもは平気なのになぜか意識してしまう。

変な夢を見たせいだろうか?

エステレアは優しくもどこか妖しい手つきでその美少女の髪の毛や肌を撫でていく。

そしてその手がついに下半身に伸びた。



「エステレアさん! 今日は私のはずです!」



その瞬間、勢いよくクロエが入ってきた。

エステレアが舌打ちをした。







クロエは恍惚とした表情で私の尻尾を撫で、ブラシで梳っていく。

結局この尻尾はまだ付いている。

いや、付いているというのは正確ではない。

これは物質化した魔力の塊なので尻尾である必要はないのだ。

頑張れば形を変えることもできる。

ヤコ先生の狐みたいな耳もそうやって作ったものだそうだ。

封印前の尻尾とは一緒に見えて成り立ちが違うのである。



「クロエのせいで遅くなってしまいました。今日は新入生にお嬢様のご威光を示さねばなりませんのに」

「私のせいですか!?」



エステレアは私の髪の毛をセットしながら真面目な声でボヤいた。

今日は後ろに流したストレートヘアの端にエクステみたいな三つ編みを作っている。

手抜きと思われても困るのでワンポイントを入れてみたのだ。

いつものゴスロリアレンジした制服の胸には勲章が光っている。

尻尾はアクセサリーに見えるように小さくする。

立ち上がって出来を確かめてみる。

右側、後ろ、左側、正面と回って……ピースを顔にくっつけてポーズ。



「パーフェクトですわお嬢様!」

「まさに百合園の女王って感じですね!」



どの角度から見ても可憐だ。

今日は魔法学園の新学期初日。

私は今日から2年生になるのだ。







私は寮から出て体育館へ向かった。

入学式に出席するためだ。

もちろん私は入学する側ではない。

教員とか生徒会がいる側に座るのである。

皆私を見ている。私の噂が広まっているのだ。

もはや気にもならない。



「トモシビちゃん、手繋ご〜」

「? うん」



いつも繋いでるのに改めて言ってくるフェリス。

普通に繋ごうと手を差し出すと指を絡ませてきた。

いわゆる恋人繋ぎというやつである。



「フェリス、みてみて」

「なぁに〜?」



精神を集中する。

……集中する。魔力を操作する。自分の魔力じゃないので難しい。

集中。

ポン、と私の頭に勢いよく猫耳が生えた。



「あれ? これ火じゃないよ?」

「今度は触れる」

「ええっ! 猫人になっちゃったの? じゃあ一緒にマタタビ舐め合いっこできるの?」

「な、なんですかそれ? すごくエッチな響きです」



マタタビは私には効かないと思う。

あくまで魔力で作った擬態の猫耳だ。

やろうと思えば天使みたいな羽根にもできるし、悪魔の尻尾も生やせる。

何の効果もないけどコスプレみたいで楽しい。

フェリスも一年でちょっとだけ背が伸びた。元々猫人は小柄なのでまだ他と比べると小さいが、私よりは大きい。

ちなみに私は全然変わらない。

これはもうそういうものだと思うしかない。

しかし私の魅力はむしろ増したような気がする。

新入生の男子などもう目を見開いて体ごとこちらに向け、あからさまに私を見てたりする。

髪をサラリと払う。視線が熱くなる。

男などこんなものだ。

彼らは大体この私の『闇属性に堕ちた聖女』みたいな外見に弱いのだ。

彼らのざわめきが聞こえる。



「あれセレストエイムだよな、トモシビの魔法の」

「トモシビの魔法の……」

「魔法に自分の名前付けるだけのことはあるな……」



私は俯いた。

恥ずかしい。

顔が熱くなってきた。

あの時はついノリで言ってしまったけど、よく考えるととても恥ずかしい。



「……」

「どうしたのトモシビちゃん?」

「照れておられるのですわ。可愛いお耳が赤くなっております。もじもじお嬢様です」

「大丈夫ですよ! トモシビ様の武勇伝は私がしっかり広めておきましたからね!」

「やめて」



全然大丈夫じゃない。

あの戦いで私の発動した身体強化リミッター解除全体化……灯火の魔法の効果は凄まじく、魔物の群は鎧袖一触で倒されてしまったらしい。

人的被害はなしだ。

ほぼ一般人の見習い冒険者までもがマンティコアと戦えるほど強くなったそうだ。

魔力枯渇と処理能力の限界で気絶した私はお城のベッドで目を覚ました。

周りには国王一家とお父様と女子チームの皆がいて、喜ばれたり抱きつかれたり心配されたりした。

その後、私の受勲が行われた。

私は今度こそ本物の英雄となったのだ。



「トモシビー! 早くいらっしゃい! もう始まってしまいますわよ!」

「急ご」



アナスタシアが手を振っている。

私は小走りで彼女の元に向かうと、スカートを手で押さえながら座った。

アナスタシアが私の頭を撫でた。

エステレア達は私の後ろに座る。

破格の待遇である。

王族と並んでいる上に、付き人まで出席しているのだ。

私は叙勲と同時に名誉騎士の称号を得た。

位の高い称号ではないが、私が軍で活動するには必要なものなのだ。



「やあ、久しぶりだね。休みは有意義に過ごせたかい?」

「まあまあ」



私の左隣に座るのはアスラームだ。

あの戦いの後、バルカ家は領地のいくつかを没収され力を失った。

精霊に操られていたハンニバルも罪に問われて求心力を失った。

しかしアスラームは逆に名声を得た。

彼は私が気絶した後、セレストブルーを操って多大な戦果を挙げたのだ。

私に刃を向けた事も知られているが、愛の力で精霊の使命を跳ね除けたなどという解釈がまことしやかに広まっている。

それから年度末のダンスパーティーに誘われたり色々あったわけだが、彼は特に変わってない。







校長の長い挨拶を聞き流し、私達は教室に向かった。

ドアを開けるといつものメンバーがいた。

チンピラばかりの濃い面子である。

少しだけ懸念していたが、どうやらクラス替えはないらしい。

ちなみに担任もヤコ先生だ。



「お主らが誰も留年しなくて何よりじゃ。新しい担任が来ると思ったか? 今年もワシじゃ、喜べ」



なんだかんだで彼女以外にこのクラスを指導できる人はいない。

私としても魔王の力の事を相談できるので助かる。



「知っての通り魔物の活動が活発になってきておる。魔封器が失われた今は王都に侵入してくる可能性も高い。お主らも積極的に戦闘に参加してもらうことになるので覚悟しておれよ」

「お嬢に封印したんだからお嬢が魔封器の役割になるんじゃねえのか?」

「無理じゃ」

「なんで?」

「今までの魔封器はわざと少し封印を弱くしておいたのじゃ。そうする事で魔王の気配を漏らして、魔物を遠ざけたり大人しくさせたりしていたのじゃよ」



私の封印は特別強めにしているらしい。何しろ卵6個分も魔王の力を宿したのだ。緩めるわけにはいかない。



「魔王領の魔物はむしろトモシビを狙ってくるじゃろう。守ってやれ」

「まかせて」

「いやお主は守られる方なんじゃがな」

「今まで通りじゃねえか」

「今までよりもっとじゃ。魔王軍と本格的な戦争になるかもしれん」



投獄されたカサンドラは当たり前のように姿を消してしまった。

奴隷の首輪は外されていたそうだ。

そしてその後、魔王領から魔物の侵入が激増した。

国境の守りを担当するセレストエイムは軍備を増強し、私のお父様も忙しく飛び回っているそうだ。



「トモシビも気をつけてな。体に異変があればワシに言うんじゃぞ」

「異変とは? ふふ……あれの日ですかね?」

「うわ、キモ……」

「しねばいいですのに」



先生も自分以外の人間に封印したのは初めてらしい。

私は魔王と似た体質だそうだし、何が起こるか分からない。

前の尻尾が私に馴染んだのだって想定外だったのだ。


もう魔王の力はもう使えない。

先生は切り札として力を引き出すことが出来るらしいのだが、私が試すのは禁止された。

何が起こるか分からないからだ。

残念だ。

なるべく頼らないようにしてたが、魔王の力は強大だった。

いざという時に使えたらどれだけ心強いか知れない。


ただ……思うのだ。

エステレアの言う通り魔王の尻尾が私のものになっていたのは、魔王の力か意識かそんなようなものがそれを選んだからではないかと。

魔王だって魔王でいるより世界一可愛い私になりたいに決まっている。

ならば、この卵6個分の魔王力だってそのうち私化するかもしれない。

私が魔王を完全支配する日も遠くない……かもしれない。



「では今日はこれまでじゃ。明日からはまた授業再開するからな。解散!」



こうして私の一年が終わり、色々あった割に大して変わらない日常がまた始まったのであった。



ここまで見てくれてありがとうございます!

4章はここまでになります。

この作品を投稿し始めたのが約一年前なのですが、作中時間でも一年経ちました。こんなに続けられるのは完全に読者様のおかげです。お礼の方は後で活動報告で言いたいと思います。

前回とか最終回直前みたいな感じでしたが一応まだ続きますので、良ければお付き合い頂けたら嬉しいです!


※5章開始は一週間開けて8月31日からになります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「魔王でいるより世界一可愛い私になりたいに決まっている」 ……確かに! [一言] 遂に進級…トモシビちゃんにも後輩ができる立場になったと思うと、感慨深いものがあるな…
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