布団を被って内緒話してるような気分
※7月28日、誤字修正しました。
スカイドライブは風で飛ぶわけではない。体全体が重力の楔から解き放たれるのだ。
推進にはブースターを使うが、大幅に魔力を節約できる。
それより何より最大の利点は、固まれば複数人に効果を発揮できるという点である。
なので、このようにエステレアとフェリスが遠慮なく飛びついてきてもバランスを崩す事はない。
「準備いいよトモシビちゃん!」
フワリと浮き上がった3人は低空を滑り、現場指揮をしていたクロエとエクレアを拾い上げた。
2人は一瞬驚いたが、すぐに理解して私にしがみついた。
なんだかんだでこれが安定のパーティーだ。
「もっと、ギュッてして」
「こ、こう?」
「ギューっ! お嬢様っ……お嬢様ギューっ!」
4人が私の全身に抱きつく。
柔らかい。そして温かい。
私はこうしてると魔力が回復しやすくなるらしい。
男とくっついたところでゴツゴツして臭いだけだが、女の子同士だとやっぱり違うものである。
エステレアなど太ももに顔を埋め、シートベルトを締めるように私の尻尾を体に巻いている。
やりたい放題やってるように見えるが、ブースターで効率よく加速するにはこうしてがっちりホールドする必要があるのだ。
重心を安定させないと回転してしまうのである。
「燃やし尽くすんですねトモシビ様!」
「燃やさない」
このセレストブルーの外壁は硬い。
前の戦いでも攻撃は受けていたがほとんど傷付いていない。
そんな装甲でも私の魔法なら貫けるだろう。ハンニバルみたいなのが乗っていなければ焼き尽くすこともできると思う。
しかし、それではダメなのだ。
それでは……彼女が死んでしまう。
私はスカイドライブなしでこの船を浮かせる方法について心当たりがあった。
セレストブルーの船体に魔法陣が浮かんだ。
装甲に魔力を通しやすいミスリルを使っているので砲を撃つのに砲門はいらない。
どこからでも好きな角度に撃てるのである。
それが私の真正面に魔法陣があるということは私を狙っているということだ。
「つっこむ!」
「ええっ! トモシビちゃんのレイジングなんとかだよ!?」
「レイジングスターですね。トモシビ様スペシャルブックに乗ってますよ」
「なにそれ!?」
「新訳聖火書限定版の付録です。トモシビ様の名言集から好きなもの嫌いなものまでトモシビ様を徹底解剖してみました」
ごちゃごちゃ言ってる間にレイジングスターが発動した。
私が正面に張った障壁に当たって、花火をまき散らしたように光の粒子が弾けて消える。
なかなかの火力だ。
スカイサーペントを落とした時のレイジングスターと比べたら雲泥の差とはいえ、これほどの出力は常人では出せない。
どこから魔力を調達しているのか?
実はさっき空で戦った騎士が答えを持っていた。
セルである。
彼らは量産されつつあった国産のセルを徴収していたのだ。
それを使って長時間飛んだり大威力の魔法をぶっ放したりしているわけだ。
レイジングスターの光が途切れた。
そのままのスピードで船首に突っ込む。
向かうはブリッジだ。
窓に向かってパイルバンカーを撃ち込む。ガラスが割れて中から突風が吹いてきた。
そこを強引に通る。
「いた!」
やはりここだった。
私がクッションを敷き詰めた艦長席には今、プラチナが座っていた。
スカイドライブの設置場所はこの艦長席の前だ。代わりのメインエンジンである精霊術師がいるならここだと思っていた。
他にブリッジにいるのは3人。アスラームのチームメイトだ。
「トモ……」
「まもって!」
電光石火。
私は窓から飛び込んだそのままの勢いでプラチナに飛び付いた。
椅子が軋んだ。
衝撃は少ない。クッションがあるからだ。
周りの3人がセルを取り出すのが見えた。
私は即座に停止信号を発した。
セルの魔力の胎動が止まった。
この3人の相手はエステレア達に任せよう。
「離れなさい!」
私に抱きつかれて驚くプラチナを黒い幕が覆っていく。
それは1秒も経たずに繭のように2人を覆い隠した。
中は真っ暗だ。
私達の体重がフッと軽くなるのを感じる。
効いてる。船の高度が下がっている。
セレストブルーを浮かせていたプラチナの精霊術が効力を失っているのだ。
「な、なんすかこれ? 魔王の力?」
「これは日除け、私の力」
日除け″窓″だ。
もちろんただの日除けではない。
改造してある。
改造の内容は……魔力信号の遮断。
エル子に停止信号で飛空挺を落とされた経験から、私は自前で信号遮断するシステムを考えたのだ。
いちいち貴重なヒヒイロカネの武具を潰すわけにはいかないし、スカイドライブなどをいきなり停止させられたら死につながる。
この日除けは飛んでくる特定の魔力を吸収して私の魔力に変換することができる。
魔力信号だろうと魔力は魔力なので同調させたら魔術式に組み込めるのだ。
精霊なるものが何者かは分からないが、プラチナは精霊術を航行中ブリッジでずっと使っていた。
それだけ使われたら彼女が重力を作り出す度に魔力信号が飛び交っていることにだって気がつく。
おそらくどこかにいる精霊と交信しているのだ。
その信号を防げば精霊による影響下から抜け出せるはずだと考えたのである。
「プラチナ、正気に戻った?」
「さ、最初から正気っす! 魔王を倒すのが私の使命! アスラーム様と……」
「ちがう」
口調が砕けている。プラチナは友達にはこういう口調になるのだ。
私のことをまだ友達だと思っている証拠だ。
私は髪に聖炎を灯した。
ユラユラと揺れる幻想的な炎の明かりが2人を照らした。
まるで布団の中で内緒話してるみたいだ。
「私はこの船で色んな場所に行って、冒険して、色んなものを見て……それを写真に撮る」
「写真……? 何の話っすか?」
「今から私が、新しい使命をあげる。プラチナはカメラマンとして、私の写真集を出す」
「カメラマン……いやなんで私が」
精霊に操られてるとは一体どういう状態なのだろう? 洗脳? 暗示?
おそらく洗脳に近いものだと思う。
プラチナは精霊信号を遮断してもまだ迷ってるらしかった。
まともな判断力と思考能力はあるように見える。
ならば説得あるのみだ。
私はプラチナと顔を近づけて″窓″のカメラで写真を撮った。
「こんな感じ」
「あ……」
「また一緒にジェラート食べて……楽しいこと、しよ」
楽しい未来を思い描くのだ。
友達に尻尾が生えたくらいで殺し合いをするなんて、これほど馬鹿げたことはない。
そんな精霊は私が排除する。
私は画像のプラチナの顔に魔力で猫のヒゲを描いた。
そして空いたスペースには……彼女の主人でも描いてあげよう。
「なんでゴブリンを?」
「これアスラーム」
「えっ!?」
彼女は絶句した。
「ふ……ふふふ、トモシビ様……絵下手すぎっす」
プラチナはようやく笑顔を見せた。
精霊による洗脳みたいなのが解けた。いや、説得できたというべきだろうか?
何にせよ大丈夫だと思う。
「そうっすね……アスラーム様も一緒ならいいっすよ」
「うーん……」
「新婚旅行すればいいっす。それならついて行くっす」
「それは良い考えだね」
眩しい光が目を刺した。
日除け″窓″が消されているのだ。漆黒の″窓″は虫食いのように欠けて、一瞬にして綺麗サッパリ消えてしまった。
「ただそれには少しだけ……障害があるようだけど」
何度も聞いたよく通る声。
彼もいるんじゃないかとは思っていた。
このセレストブルーを運用した経験があるのは学生だけだ。
ならばこの船に大人の反乱軍ではなく、彼らがいるのは必然である。
私が船長なら、さしずめ彼は副船長だった。
その彼……アスラームがエステレア達と対峙していた。
私はけっこうショックを受けている自分に気がついた。
私はアスラームに思ったより親しみを感じていたらしい。
「プラチナを殺さないでくれたんだね。嬉しいよ。まだ完全に魔王化していない」
「お嬢様は魔王化などしていません」
「そう見えるのはトモシビさんの強い意志のおかげだろう。でも時間の問題だ」
彼は剣を抜いた。アスラームのチームも武器を構えた。
5対5だ。
Aクラス対Bクラス、アスラームチーム対私のチーム、合コンもどきの共同戦すらしたことがある。
なんでこうなったのだろう。
いつのまにか船の降下は止まっていた。プラチナの弟が見えないからたぶん彼の仕業だろう。
「あ……頭痛い……」
「あっちにあるセルに、カバーがあるから。それ頭につけて」
また信号を受信し始めたプラチナに私は指示を出した。
薄く伸ばしたヒヒイロカネを頭に巻く姿はまるで危ない人みたいだが我慢してもらいたい。
プラチナが消えたのを確認すると彼は口を開いた。
「まず尻尾を切り落とす。それからゆっくり時間をかけて治療しよう」
「だからもうすぐ封印するって言ってるでしょ!」
「無理だ。もう完全に一体化してる。封印は命を奪うことになる」
「なぜそのような事が分かるのですか?」
「クズノハ先生に伺いました。確かな情報です」
「え……」
じゃあ……私はどうなる?
一生魔王として生きていかなければならない?
思い当たる節はある。
先生が何度も封印を延期したのは尻尾の魔力が急激に変化していたせいではないだろうか?
この尻尾が大きくなり出したのは本当に私と一体化したからでは?
エステレアはむしろ尻尾が私化してると言っていたが、アスラーム達に違いは分からないだろう。
「大丈夫さ。父上にだって手出しはさせない」
「……治るの?」
「お嬢様……」
「トモシビちゃん……」
「保証はない。でも治らなくても僕がずっと側にいるよ。安心して」
「アスラームのざこ」
彼はキョトンとした。
いきなり罵倒されたのは予想外だったらしい。
話にならない。安心できるはずがない。
アスラームはザコだ。
精霊なんかに支配されるなんて。
尻尾が生えたくらいで皆してうじうじ悲観的になって。
私は魔王の尻尾なんかに負けなかった。彼は負けた。クソザコナメクジだ。
「なんだって?」
「ざこアスラーム。精霊に操られてるよわよわ頭。ゴブリン顔。えと……えと、ざぁこ」
彼は眉根を寄せた。
私はなんかスッキリした。
要するに無策なのだ。
精霊の命令と自分の意思のせめぎ合いで妥協点を探した結果なのだろう。
正気に見えるが彼も操られているのだ。
そもそも女性を口説くのに刃を向けている時点でもうダメだ。
普段の彼なら絶対やらないだろう。
「やっぱり、少し魔王化しているようだね。荒っぽくなるけど我慢してくれるかな」
「我慢はきらい」
上から目線も嫌いだ。
私はスラリと量産品の剣を抜いた。
アスラームから得体の知れない魔力信号が発せられる。
「でも安心して、アスラーム。今から私が……」
「今から僕が……」
助けてあげるから。
プラチナちゃんはあまりベタベタした感じの人ではなさそうですね。普通の友達の距離感です。
そしてアスラームくんはブサメンだったらけっこうキモがられてたような気がします。
※次回更新は8月3日月曜日になります。