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お嬢様の表情は分かりにくい

※三人称視点になります。

※7月13日文章校正しました。



「お迎えにあがりました。我らが新たなる神」



フレデリックは前から考えていた決め台詞を吐いた。

目の前にいるのは神だ。

別大陸で神と称された皇帝を下し、今グランドリアの誇る騎士団を鮮やかに撃破した神。


彼女を取り巻く人々は一斉に跪き、祈りを捧げている。指揮をとったのはもちろん彼だ。

少しは驚かせることができただろうか?

そう思って彼はその小さな神を仰ぎ見た。

全く動じていなかった。

彼女は相変わらず神秘的で高貴で泰然自若として美しかった。

フレデリックは感嘆した。



(全てお見通しということか)



実のところ、トモシビはびっくりして固まっているだけである。

表情に乏しく、実際神秘的で高貴な感じの見た目をしているので周りからはそんなような感じに見えてしまうのだ。



「……お嬢様、尻尾をお持ちします」

「ありがと」



エステレアが、ウェディングドレスの裾を持つベールガールのように神の尻尾を持ち上げた。

それを見て彼らはいっそう畏まった。

あれこそ神が魔王を調伏した証であることをフレデリックは知っている。クロエのしたためた新訳聖火書に書いてあった。

つまり、誇示しているのだ。



(神の力の象徴を……)



当然、トモシビにそんなつもりは一切ない。

ただ驚いて尻尾に力が入ってしまって持ち上がっただけである。

それを察したエステレアが誤魔化したのだ。



「ほら、トモシビ様驚いてるじゃない。こんなフラッシュモブみたいなことするから」

「私じゃありません。そこのフレデリックの仕業です」



エクレアとクロエがヒソヒソと声を潜めて何か言った。

幸か不幸かフレデリックにはほとんど聞こえなかった。



「ええとね、トモシビ様の騎士団と信者でトモシビ様奪還計画を立ててたの。そしたら治安部隊の人が、トモシビ様が危ないって……それで、来たのよ」

「信者とは聖火教のですか?」

「ベースは聖火教ですけど、聖典も教義も違いますよ。言うなれば聖火教トモシビ様派でしょうか? 聖典ってなんだと思います?」

「クロエが、書いてたもの?」

「そうです! すごいでしょう! フェリスさんの書いた部分もちゃんと乗ってますよ!」

「ええ〜、恥ずかしいよ〜」



どこから出したのか、いそいそとコートやマフラーを着込みながら談笑する神とその眷属。

マイペースな彼女らにフレデリックは焦った。

時間がないのだ。

トモシビが囚われていた牢の周辺はもはや戦場と化している。ちょっとした内戦状態だ。

政治的に敗北したとは言え、王都騎士団の半分はハンニバルの息のかかった者である。

軍がほとんど丸ごと敵なのだ。

治安部隊の一部がトモシビについたところで焼け石に水である。


今対抗できているのは強力な戦力が2つも味方してくれているからだ。

一つはグランドリアでも屈指の力を持つセレストエイム軍。



「あの、ともかく教団の隠れ家へご案内いたします。お話はそこで」

「仕方がありませんね」

「そうね。早く案内しなさい」



そして、もう一つはこの偉そうなアンテノーラと信用できないステュクス家だった。






「隠れ家って、どこにあるの?」

「我が神のよくご存知のところですよ」



彼らはトモシビ達を魔導具で透明化すると、散り散りになって別れた。

案内するのはフレデリックとトモシビの私兵数人だけだ。

学園生徒ではないはずの私兵も制服を着ているのをアンテノーラは不思議に思ったが、彼らの向かった先を見て合点がいった。

学園だったからだ。


彼らはそのまま魔法理論クラスの校舎へ入ると、辺りを見回し、地下への扉を開けた。

そこがいわゆる学園迷宮の入り口になっていることはアンテノーラも知っている。

以前スカイサーペントによって破壊された部分に作られたものだ。


冷んやりとした空気が肌を刺した。

完全な暗闇、静かすぎて幻聴が消えるくらいの静寂。

地下迷宮とはこんなに怖いものだったのか。

本来ならこの暗闇から魔物が飛び出してくるのだ。殺意を持って。

アンテノーラは初めてのダンジョンに足が震えた。



「へ、へえ……学園の地下ってこんな感じなんだ。や、やっぱりさ、寒いのね」

「…………はい」



トモシビが手を伸ばし、アンテノーラの手を取った。

彼女は驚いてトモシビを見た。



「な、な、な」

「手、つないであげる」

「な……生意気、生意気な! 私がつないであげるんだから! この! このこのこの!」



両手で頰をこねくりまわす。

全然痛がらない。

無表情にされるがままになっている小動物のような美少女はとてもシュールで、アンテノーラは気が紛れた。



「ひゃたしの手、ひゃったかいよ」

「ふ、ふん……そうね、貴女は妹みたいなものだものね。迷子になるから繋いであげる。感謝しなさい」



などと言ってもトモシビはまったく動じない。

見抜かれている。

アンテノーラは顔が熱くなった。

自分が怖がっているのを見て手を握ってくれたのだ。

包容力を感じた。幼女のくせに、まるで理想の王子様のよう……などと変な方向に思考が行ってしまう。

こんな時に親の仇のような目で見てきそうなメイドや他の取り巻きは、不思議と何も言わない。



「……ワタシは以前、この遺跡の隅から隅まで体を伸ばしました。覚えていますか?」



トモシビの胸のあたりから中性的な落ち着いた声がした。

見ると、グニャグニャ動く気味の悪い肉の塊がトモシビの胸元にいた。スライムと呼ばれる魔物だ。



「うん」

「あのときです。騎士団の立ち入っていない部屋の存在を見つけたのは」

「教えてくれればいいのに〜」

「楽しみを奪う事になります。トモシビなら自分で見つけたがる。そうでしょう?」

「そうかも」



そういうものだろうか? アンテノーラにはそんな冒険心はない。

好戦的な魔法戦クラスの気持ちはよくわからなかった。

それでトモシビを匿う隠れ家を探していたクロエ達にスライムがこの場所を教えたのだそうだ。

背に腹は変えられないと言う事である。

アンテノーラが恐怖に震える暗闇も彼女らは慣れた感じで進んでいく。



「でも魔物がいないと張り合いないわ。こいつらにも経験積ませたいのに」

「こんなとこに住みつくのなんて虫くらいだろ。もう虫は相手したくねえよ」

「アルグレオでは練習相手虫ばっかりだったもんな」

「なんという無能。お嬢様の目に入る前に虫を撃滅する。あなた達の人生でそれ以上重要なことはありません」



何度か階段を降り、まさしく迷宮のような通路をグルグルと回って、やがてフレデリックは何の変哲も無い壁に手をついた。

手から光が漏れる。

魔法陣である。

壁が回転扉のようになって開いた。

中に入る。

教室くらいの部屋に明かりが灯った。



「あ」



トモシビが部屋の中央に駆け出した。

繋いだ手が離れる。



「魔法陣だよトモシビちゃん! これ読める?」

「まって、がんばって読む」

「お嬢様、そんなに尻尾を立ててはいけません。スカートが……」



興奮しているらしい。

目の輝きが違う。自分のことなど忘れて部屋に描かれた魔法陣に見入っている。

アンテノーラの内側から、自分でも理解できない黒い感情が湧いた。



「あ、アンテノーラ」



トモシビが、思い出したかのようにこちらを見た。



「……なに」

「これ、つけて」



トモシビは自らのマフラーを外すとアンテノーラの首に優しく巻いた。

温かい。それに良い香りがする。

彼女の中で嵐のように渦巻いていた黒いものが消えた。

わざと弄んでいるのか、それとも気付いてフォローしたのか。

どちらにしろ彼女に感情をコントロールされていることに違いはない。

全てお見通し。

身震いがする。

もしかしたらスパイだということまで本当に……。

アンテノーラは彼女が神と呼ばれている理由を知った。







「トモシビは脱出したか」

「そのようですな」



トモシビの父、ブライトは娘が降下した付近を見て安堵した。

王都の誇る正規軍は最強を自称するブライトをもってしても簡単な相手ではない。

セレストエイムから連れてきた騎士は100人程度、これでは時間稼ぎにしかならない。

魔王軍の動きが活発な現状では大規模な軍を動かすわけにもいかなかったのだ。



「引き上げるぞ」

「お嬢様にお会いにならなくてよろしいのですか?」



よろしくない。

しかし、ここで自分が出しゃばる必要はない。

王都でのトモシビはブライトの想像をはるかに超える存在になっていた。



「神に親がついていては格好がつかんだろう」



数日前、娘が魔王として処刑されると聞き激怒した彼は、飛ぶような速さで王都に駆けつけた。

必ずかの邪智暴虐の王を除かねばならぬと決意した。

そこでニュースを見た。

トモシビを処刑しようとしているというバルカが逆に退陣させられていた。王は悪くなかった。

商店街にはトモシビの写真が飾ってあった。お嬢様尻尾やお嬢様水などのトモシビをモチーフにした商品が売られていた。

通りではデモが起きていた。トモシビの釈放を求めるものだ。

そこで彼は娘を神だと崇める集団と出会った。



「お嬢様は戦略家ですな」

「そうだな、私にそっくりだ」



側近は困ったように口をつぐんだ。

彼らが言うには、トモシビは全てを予見していたと言う。

トモシビが味方につけたのは王族だけではない。大陸を股にかける豪商のゴールドマン、王都で大きな影響力を持つステュクス家や官僚達、貧民街や治安部隊まで取り込み、この時に備えていたそうだ。

娘の信頼厚いクロエが言っていたので事実なのだろう。

全てはトモシビの手の平の上……なのだそうだ。



「ならば私が来たこともお見通しなのだろう」



さっき地上に降りる前にこちらをチラッと見た。

助けを求めるなら求めているはずだ。しかしトモシビは何も言わず行ってしまった。

今は会わなくて良い。そういう事なのだろう。

ブライトは娘の心の機微を読むのは得意だと自負している。



「ノースドリアの村で機を待つぞ。治安部隊にも伝えろ」

「はっ」



ブライトは撤退命令を下した。

トモシビの命は助かったが事態は深刻だ。

この先もハンニバルと騎士団は大きな顔をして王都に駐留するだろう。


これはもう軍によるクーデターである。

この先どうなるか、娘の目には見えているのだろうか?

少なくともブライトには何も見えなかった。



トモシビちゃんは怒ったりはしても人を嫌うことってあんまりなさそうな性格ですね。

アンテノーラさんも美少女なので寒がってたらマフラーを貸したりします。


※次回更新は7月20日になります

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― 新着の感想 ―
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