クソザコお嬢様、神になる
※7月6日、7月19日誤字修正、ご報告ありがとうです。
「トモシビ嬢、元気そうで安心したよ。君はなかなか遠慮深いタイプなようだな」
「……?」
ハンニバルは破顔した。
処刑しようとしたくせに何を言っているのだろう?
皮肉を言ってるわけではなさそうだ。
気味が悪い。
「いつでも頼ってくれと言っただろう」
言いながら彼は何も付けてない腰から剣を抜くような動作で手を動かした。
空中から長大な剣が姿を現していく。
一流のパフォーマーのような滑らかな動き、その動作だけで彼の強さが理解できた。
なにしろお父様が大体そんな感じだからだ。
「待っていても来ないのでこちらから出向いてしまったよ」
彼は私達のクラスに配られた両手剣より一回り大きな……なんかもうドラゴンとか殺せそうな大剣をブンと振った。
どう見てもここで殺す気だ。
正規の手続きなど完全無視で、なりふり構わず処刑を断行しようと言うのだ。
私達は思わず後退りをした。
「お……お嬢様は成り行きで卵を割ってしまっただけです。封印すればそれで良いではないですか」
「……そうか、それは大変だったな」
彼は不気味なほど穏やかな目で私を見ている。
「今、楽にしてやろう」
殺気が走った。
いや、殺気ってなんだか分からないんだけど、何となく殺されそうな気がした。
私の体は半ば反射的に魔法を発動していた。
ショートカットと障壁を組み合わせた複合魔法スタングレネードだ。
お父様にすら通じた対人兵器である。
だが破裂して爆音と閃光を解き放つはずのその球体は彼に当たる直前でスッと消えた。
遅れてエステレアが放った爆弾も消えた。
彼は眉一つ動かさない。
……ダメだ。原理は知らないが魔力が消える。
彼が一歩踏み込む。床がミシリと音を立てた。
来る……と思ったらクルリと後ろを向いた。
ガチンと音が鳴った。
「早く逃げろ!」
「隊長」
隊長だ。
治安部隊のナザレ隊長が後ろから攻撃したらしい。
「治安部隊には別に命令を出したはずだが」
「あいにく元総司令に従う義務はない」
剣と剣がぶつかる。
魔法が飛び交う。
動きが見えない。
良い歳したおじさん2人の激しすぎる戦いを前に、私とエステレアは部屋の隅に避難する。
どうしよう?
私はエステレアとアイコンタクトした。
殺されるなら脱獄する方がマシだ。罪には問われないだろう。
出口で戦っているのでそちらから脱出は不可能だ。
逃げるなら、壁だ。
壁を転移で抜けるしかない。
まあ壊しても良いけど、後で弁償させられるかもしれないので却下だ。
この壁の向こうには何があっただろうか?
私はマップを出した。
周囲にいくつかアイコンがあった。
「エステレア」
「もう捕まっております!」
「追え、外へ回れ」
転移発動。
ハンニバルがどこかにいる部下に命令を下したのが聞こえた。
私はここぞとばかりに密着して来るエステレアと共に壁の外に移動した。
やろうと思えば脱獄くらいすぐできるのだ。ただ監獄の壁は超えられても法の壁があるというだけである。
ゴウと凍てつく風が私の髪を旗のようにはためかせた。
寒い。
私でも寒い。
壁の外は空中だった。
それもそのはず、あそこは地上50メートルの塔の上にある特別製の牢獄なのだ。
ブースターで体勢を立て直す私達に、騎士団の数人が襲いかかろうと回り込む。
が……その試みは失敗に終わった。
地上から飛んできた高射砲のごとき火線に阻まれたからだ。
さらにその隙を突いてなにやら猫っぽい人型がこっちに突っ込んできた。
「トモシビちゃ〜ん!!」
「わぁ」
エステレアを彷彿とさせるフェリスのタックルを受けて私とエステレアはあらぬ方向へすっ飛んだ。
フェリスはそのまま私の首に抱きついてきた。尻尾が尻尾に絡まる。
温かい。
フェリスが張っていた風圧シールドの中に入ったのだ。
「フェリスぅ」
「トモシビちゃん、これ!」
フェリスは丸い物体を差し出した。
スカイドライブ。
私の魔導具だ。
私はそれを握り閉めるとすぐに発動させた。
そしてもう一つ、丸いものがフェリスから私の胸元に飛び込んできた。
「トモシビ、やはり離れるべきではありませんでした」
「スライム」
スライムは私が捕まる時に治安部隊に預けて生物室に送ってもらったのだ。
まさかそれから何日も拘束されるなんて思わなかった。
「みんな心配したんだよ! 署名集めたり……トモシビちゃんのお父さんも……わっ」
「話は、あと」
しつこく襲いかかる騎士団から急旋回して離れる。
おそらくハンニバル直属のエリートだろう。要するにそれは大陸最強の軍勢という事だ。
普通なら勝てない。
いくら私の魔法が強力でも、反応できない速度で動いて即死させられてしまう。
だが空中なら話は別だ。
空中では彼らも私も筋力ではなく魔力で移動する。
私にはスカイドライブがある。
これがあれば私の姿勢制御の下手さも補うことができる。有り余る魔力を飛行に回せる。
ドラゴンにすら追いつくのだ。
大陸最強部隊であろうと負けない。
私は通信を開いた。
「フェリス、エステレア……クロエ、エクレア、あと下にいるみんな……攻撃、開始して」
『はい!』
先程、下から砲撃したのはたぶんエクレア率いる私の騎士団候補達だ。
チラッと見たところ下には大勢の人がいる。
彼ら以外の協力者もいるかもしれない。その全てに指示を出す。
銃弾とスタングレネードを放ちながら複雑な軌道で飛び回る私を追う騎士団。
彼らは前方と下からの攻撃を的確に避けながらさらにファイアボルトまで撃ってくる。
「エステレア!」
「迎撃します!」
エステレアが爆弾で迎撃した。
自画自賛だが、爆弾は便利な魔術だ。
爆風のおかげで上位の魔術であろうと打ち消せる。
これなら……。
「お嬢様!」
金属音がした。エステレアの盾が吹き飛ばされるのが見えた。
彼女は手を抑えている。怪我はしていないが盾を飛ばされた時に捻ったらしい。
……石だ。
私にとって最も恐ろしい攻撃、投石である。
どうする?
魔王の炎を風圧シールドの後方に張ってバリアにしようか。
石だけを燃やすようにするのだ。
……いや、ダメだ。石以外を投げられたら防げない。しかも相手が見えなくなる。
蛇行して回避運動で避けるのだ。
ドッグファイトが始まった。
戦闘機ではないので必ずしも追う側が有利ではない。
手数は私達が圧倒的に多い。
ただし相手は大陸最強部隊、ただの一発も当たらない。カスリもしない。
ブォン、と彼らの投石が凶暴な音を立てて通り過ぎた。
「掠めたよトモシビちゃん!」
「大丈夫」
コントロールが良い。
いつまでも避けられはしない。
でも私の魔力は最強部隊だろうが凌駕してるはずだ。
こうやって飛び回り、魔力切れを待てば勝てるはず、そう思っていたのだが……。
「あの人達、全然元気だよトモシビちゃん!」
「……おかしい」
「精霊の力でしょうか?」
わからない。
とにかく彼らの魔力が全く減らないのである。
どうやら普通の相手ではなさそうだ。
作戦を変更しよう。持久戦では勝てない。
「みんな、私の言う通りうって」
私は全員に指示を出した。
彼ら……騎士団8人を一箇所にまとめるよう牽制するのだ。
同時に私はスピードを上げる。回避運動は中止だ。
自然と彼らは私の後ろに集まる。
急旋回、ついてくる。
急降下、ついてくる。
彼らの先頭が弾を取り出した。
私は上空に飛び上がり太陽に向かう。目眩しだ。
「散って!」
私達は三手に別れた。
惑わされる事なく一瞬で3人を捕捉し、別れようとする彼ら。
視線すら交わさないで役割分担をするのは彼らの練度のなせる技なのだろう。
だがそのせいで彼らの中心に私が転移したことに気がつかなかった。
その瞬間に勝負はついた。
私の体から放たれたリング状の衝撃波が全ての騎士を吹き飛ばした。
障壁で指向性を持たせた衝撃波だ。
私はこれをバンカーブレードと名付けた。
土の魔術で砂を混ぜ込んだりすれば金属も切断できると思う。だからブレードなのである。
ちなみに今回は別の物を混ぜ込んでおいた。
「ッ……!!」
彼らの体がビクンと硬直した。
いくら鍛えても電撃には抗えない。
衝撃波で飛ばしたのはリンカーで落雷を付けたサンダーウールの糸だ。
指向性のある制御された衝撃波なら計算通りに飛ばすのはそんなに難しくない。
そしてその落雷は先程別れた私……に見せかけた身代わりの魔導人形に向かう。
アースはなくとも、電気のプラスとマイナスを発生させればこうして電撃を誘導させることができるのだ。
彼らはそのまま気絶したらしい。
魔力が散ってないので生きてる。大陸最強部隊はこの程度では死なない。
「助けてあげて」
『ええー、なんでだよ?』
落下する彼らを救助する指示を出したら聞いたことない声がした。たぶん私の騎士団候補だろう。
「将来の、私のファンだから」
『返事はイエスだけ! 教えたでしょホアン!』
『お、おう……』
エクレアはなかなか彼らを手懐けているらしい。
殺してしまったら家族や友達に恨まれてしまう。
どんな人間であっても殺さなければ味方になる可能性があるのだ。
だって私は何も悪いことをしていないのだから。
彼らは元々敵ではない。尻尾が取れたらまた元に戻るはずだ。
それはハンニバルも同じである。
そう思いたい。
戦いに勝った私は空に敵がいないことを確認し、地上に目を向けた。
真下にいるのはエクレア達、それに何人か魔法戦クラスの制服が見える。クラスメイトだろう。
その周囲には大勢の見物人。
離れてしまった監獄の方では治安部隊らしき人達と騎士団本体の戦いが始まっているようだ。
ほとんど暴動……いや内乱状態だ。
さらに街の家々からも野次馬が見上げているのが見える。
「トモシビ様ー!」
その全ての視線を受けながら私は優雅に降下する。
エクレア達の前にフワリと降り立つ。
この空気ときたらどうだ。
まるで舞い降りたヒーローを見る視線。
こんな時にやる事は決まっている。
私はちょこんとスカートの裾を持ち上げ、カーテシーをした。
歓声が上がった。
それに混じって、ザッと靴を鳴らすような音がした。
視線を戻す。
近くにいる全ての人が跪いていた。
騎士団候補だけではない。私を取り囲んでいた老若男女が跪いている。
その中の一人が言った。
「お迎えにあがりました。我らが新たなる神」
浅黒い整った顔、Bクラスのフレデリックだ。
そしてその横にいるクロエが会心のドヤ顔を披露していた。
トモシビちゃんは動体視力もクソザコです。卓球のボールも早くて見えません。でも反射神経は頑張って鍛えてそれなりになってます。
※見たことのない上がり方ランキングを更新していて戦慄しました。言葉もないです。ありがとうございます……!
※次回更新は13日月曜日になります。