処刑されそうです
※6月29日加筆しました。
「いかがですかお嬢様? グランドリアとアルグレオのお茶を混ぜたブレンド茶です」
「さわやか」
いつものお茶に黄金の蜂蜜茶の甘い香りが合わさって心地良いハーモニーを奏でちゃってる。
大陸間の友好を繋いだ記念のお茶として流行るかもしれない。
ティーカップからそっと唇を離す私の挙動をじーっと見つめるエステレア。
「ふふふ、今日も私がお嬢様を独占です。ぷるぷる唇もプニプニ太腿も全部私のものです」
「きたえたから、そんなにぷにぷにしてない」
「まあ!そこまで仰るなら確かめてみませんと」
エステレアは嬉々として私の太ももに手を這わせた。
確かめるまでもない。
私の体は相変わらず全く変化がない。エステレアも日常的に触っているので知っているはずである。
変化があるのは尻尾だけだ。
「やっぱりプニプニのままですわ。はむ」
「ひゃう」
「可愛いお耳も相変わらずです」
耳が弱くなったのは入学してからだと思う。
私の体は変わらずとも内面は変化した。
人見知りも表面的には分からないようになったし、知らない人とお喋りもできる。
なにより部屋の中に篭るより外に出るのが好きになった。
まあ……今は外には出られないんだけど。
私はベッドに寝転ぶと、モフモフ尻尾を股の間から通して抱き枕のように抱え込んだ。
尻尾が大きくなったのでこんなこともできるのだ。
「よいしょ」
「か……」
「寝よ、エステレア」
「かわいいいいいい!!」
両手を広げてベッドにダイブするエステレア。
そのまま尻尾を抱え込む私をさらに抱え込んでゴロゴロ転がる。
「どうしてすぐ可愛い仕草をしてしまうのですか!? お嬢様は!」
楽しい。
どうせ出られないのだから気を楽にしてリラックスしよう。
……そう、出られないのだ。
正確には出てはいけないのである。
なにしろ私は投獄されているのだから。
何が悪かったのか、と言われると運が悪かったのだと思う。
私はこの部屋に来た経緯に想いを馳せた。
アルグレオから帰還する日、大勢の住民が飛空挺を見送りに現れた。
公式な見送りではない。
街の住民達である。
皇帝やエル子はあれ以来会っていない。
忙しいのかもしれない。
まあ、そのうち嫌でも会うことにはなると思う。
何しろ今度は本当に友好関係を結んだのだから。
敵だったあちらの兵士達も見送りに来た。
飛空挺を守っていた男子達は彼らと仲良くなったらしく親しげに話していた。
前線でも色々ドラマがあったのだろう。結果的に目立ったのは私だが皆が守っていてくれたから勝てたのである。
そんなわけで私達を乗せた飛空挺セレストブルーはアルグレオを離れ、帰路に着いた。
私の騎士団候補生達は乗っていない。スミスさんが一足先に転送遺跡で帰ることになり彼らもそれに便乗したのである。
スミスさん曰く、盛大な戦勝パーティーを用意してくれるそうだ。
それを楽しみにしつつ、行きと同じ航路を何事もなく通り、王都に着いた飛空挺セレストブルー一行は本当に盛大な歓迎を受けた。
赤絨毯が敷かれ、楽隊によるファンファーレが鳴り響いた。
名実共に国の英雄である。
私達ははしゃいだ。私はフェリスに抱えられて持ち上げられ、クルクル回された。
そして下船した私たちは誇らしげに行進した。
行進していたら治安部隊が自然な感じで割り込んできて私を誘導した。
きっとMVPの表彰とかやるに違いないとと思ったら……あえなく御用となった。
またか、という感じだ。
今度は一体何をやってしまったのか?
ガッカリはしたが、大した動揺もなかった。
でも今回は様子が違った。
「トモシビ嬢、申し訳ないが今日から特別な監獄に入ってもらう。面会謝絶だ。誰にも会えない」
「…………え?」
「なぜお嬢様が? お嬢様は何も……」
いつになく殺気立った目をしたナザレ隊長に私は冷や汗をかけるならかきたい気分だった。
「その尻尾がバレたからだ。ハンニバルは国家緊急事態を宣言した。君を捕まえて処刑するためだ」
体が震えた。
つまり精霊に見つかったのだ。
魔物なら倒せる。アルグレオだって仲間が沢山いるからそんなに怖くなかった。
でも私の国が私を殺しに来たらどうすれば良い?
私は付き添いのエステレアを見た。顔が真っ青だ。
「だがそうはさせない。君は死んではいけない人間だ。奴らに捕まる前にこちらが先に確保する事にした」
「た、助かるのですか?」
「分からん。なんとか時間を稼ぐつもりだ」
「……尻尾を、封印するまで?」
「そうだ。しばらく不自由するだろうが我慢してほしい」
それから私は特別な牢に入れられた。
中はそれなりに綺麗だった。王族とか上位の貴族が入るところだそうだ。
しかしガチャリと閉められたドアを見てギョッとした。取っ手がないのだ。
それを見て実感が湧いてきた。
私は今、獄中にいるのだと。
それから3日が経った。
時が経てば監獄であろうと慣れる。緊張が薄れてきた私はこうしてゴロゴロする事にした。
ちなみにエステレアはガンとして私から離れなかったので一緒に幽閉された。
本当に助かっている。命を狙われている状況でこんな暢気にしていられるのは側に彼女がいるおかげだ。
一人きりなら耐えられないと思う。
使節団としてアルグレオに行った時のことを思い出す。
あっちは私の貞操の危機だったが今は命の危機だ。
深刻さが段違いである。
それにあの時は皆もいた。
そういえばフェリスやクロエやエクレアはどうしてるだろう?
連絡は取ろうと思えば取れるはずだ。
私は身一つがあれば通信も映像配信もできるのだ。
でも捕まってる身でそんなことしても良いのだろうか? それを口実に変な罪を着せられて治安部隊が庇いきれなくなったりしないだろうか?
何しろ情報がなくて何も分からないのだ。
そう思った私は新しい″窓″の機能拡張の開発を急いだ。
モニター魔導具のコピーである。
以前から挑戦して難航していた作業だが、″窓″を弄る時間はいくらでもあった。
「……できた、と思う」
これでいけるはずだ。
ここのモニターは前世とは違って3D映像を投影する。
送られてくる魔力に3Dの情報が乗っているわけだ。
おそらくカメラ魔導具に魔物の一部を使っているからだと思う。魔物は物を平面でなく立体で認識している。
その情報が送信されるから3Dなのだ。
2Dの動画を通り越していきなり3Dなのだからすごいものである。
で、問題はそれを立体的に投影するパーツだったわけだが……私は3D情報を無視することにした。
つまり3D映像を2Dに直して″窓″で映すのである。
送信される魔力を解析すればどれが3D情報かは分かる。あとはそれを排除して2D動画として表示すれば良いのだ。
今は丁度お昼だ。
私がいなくてもニュースが流れるはずである。
私はモニター″窓″を出現させてみた。
『こんにちは、ニュースグランドリアのお時間です』
「……成功」
「さすがはお嬢様」
報道官のロナウドさんだ。最後に会った時と変わりない。
前は私がメインキャスターだったけどいないのだから仕方ない。
しかし、なんでこんなに国に貢献した私が投獄されなくてはならないのだろう。
魔王が怖いのは分かるがあまりに理不尽である。
『さて、今日は昨日に引き続き魔王の復活についての特集を予定しています。ゲストのアンテノーラ・ステュクス嬢、よろしくお願いします』
『よ、よろしく』
モニターに知ってる顔が写った。
私の大ファンらしいアンテノーラである。
『アンテノーラ嬢はトモシビちゃん……渦中のトモシビ・セレストエイムさんと懇意にしていたとか』
『そうですね、妹のように思っていました』
『しかし貴女は一般クラスで彼女は魔法戦クラスです。そんなに接点があるようには思えませんが』
『あの子は私の家を頼って来たのです。バルカ家から守って欲しいと』
……たしかにその通りだ。
ざわめきが聞こえた。
ロナウドさんが続きを促す。
『あの子は以前からずっとバルカ家に狙われていました。おかしな噂を流されたり、付け回されたり……怖かったのでしょう。出会った時はまともに喋ることすらできませんでした。かわいそうに』
アンテノーラは俯いて悲しそうに言葉を紡いだ。
まともに喋れなかったのはアンテノーラがほっぺを引っ張ったからなのだが……嘘は言っていない。
『それに関しては複数の筋から同じ証言があります。バルカ家のご子息に無理やり婚約を迫られていたと』
『事実です』
「まったくの事実ですわ」
『なるほど、事情はわかりました』
なんだか痴情のもつれで私がこんな目に合わされてるみたいな話になってる。
ニュースによると私の解放を求める署名はすでに5万を超え、議会ではハンニバル氏の解任請求が出されているそうだ。
ありがたい限りだ。
ストーカーみたいな扱いを受けているアスラームには悪いけど、よく考えると間違った事は言っていない。物は言いようである。
「どうやらお嬢様に楯突く愚者はバルカだけのようですね」
「……うん」
一先ず処刑はなさそうである。
そんなに親交もなかったアンテノーラがここまでしてくれるとは思わなかった。政治的な理由もあるにしても命の恩人だ。感謝してもしきれない。
それに王都住民も官僚も貴族も殆どが私の味方のようだ。
日頃の行いだろうか?
ありがたいことだ。
今度ニュースに出たらお礼を言おう。
それからさらに2日が経った。
私は毎日ニュースを見ていた。
なんでも明日、緊急事態は撤回されるらしい。
ハンニバル氏は総司令の任を解かれるのだそうだ。
つまり失脚である。
なんだか知らないが色々な人が動いてくれたようだ。
私は寝ているだけだったのにバルカに勝ってしまった。
私ってすごい。
ひょっとしたらもうすぐ解放されるかもしれない。
早く皆に会いたい。
フェリスなんてきっと寂しくてニャーニャー鳴いてるに違いない。
そうやって私とエステレアが喜んでいるとコツコツと足音が聞こえた。
「……開けろ」
低い声。
ガチャリと錠の開く音がした。
開いた扉の前には豪華な軍服を着た壮年の男がいた。
私は彼を知っている。
前に一度会ったことがある。
それはアスラームの父、ハンニバルだった。
トモシビちゃんはピンチでもわりと頭の働くハードボイルドな主人公です。
※次回更新は7月6日月曜日になります。