魔王を侵食するお嬢様
※三人称視点になります。
※11月26日矛盾点を修正しました。
塔の街をトモシビ達が歩いている。
祭りの時のグランドリアと変わらない賑わいを見せるこの街を、彼女らはあっちを見たりこっちへ寄ったりキャイキャイ騒ぎながら観光している。
その後を少し遅れてコソコソと付いて回る者がいた。
メガネ2こと、イトゥーである。
「護衛も楽じゃねえな……」
彼は小声でボヤいた。
自由時間が潰されていることが辛いのではない。彼がトモシビの後をつけ回るのは趣味も兼ねている。
ただ人が多くて見失いそうになるのだ。
やってる事は完全にストーカーだが、彼自身は護衛のつもりであった。
現在、街には地下に引きこもっていたはずのリザードマンたちの姿も見える。
演奏をする者、大道芸をする者、物を売る者、種族や貧富を問わず外に出て騒いでいるようだった。
皇帝の敗北によって社会が変わったかと言えばそんなことはない。
相変わらずリザードマンは下層階級であり、皇帝は皇帝である。
しかしトモシビの放送を見て、抑圧されてきた者達の溜飲は下がった。
情報に疎いリザードマン達に放送を見せたのはアスラームとジグである。
トモシビからはモグラ作戦とやらで撹乱して欲しいと言われたものの、少人数で無数のゴーレムや虫やその他を撹乱するのは容易ではなかった。
しかし地下からわらわらと大軍が出てくればどうだろう?
そう考えたアスラーム達は自分達も物量を使うことにした。リザードマン達を一斉に地上に出すことによる撹乱である。
彼らを地上に導くのは難しくなかった。皇帝が倒されるところを放送すると言えば食いついた。
地下にモニターはないのだ。
アスラーム達は手分けして彼らを地上に導いて、適当な民家などにあるモニターで放送を見せた。
ちなみにイトゥーはその時負傷して引っ込んでおり、飛空挺の窓からそれを見ていた。
皇帝の失態を見て大いに笑ったリザードマン達は、日を跨いだ今もまだお祭り気分で地上を闊歩していた。
「おっ神様じゃねえか」
リザードマンがトモシビに挨拶をした。
「神様? 何のこと?」
「トモシビ様のことですよ」
「ああ、ここでも布教したのね」
「何でもいいさ。皇帝に勝ったんだから本物だ。おかげで気分がいいぜ」
神様とはトモシビのことらしい。
何がどうなってるのか知らないがトモシビは彼らを手懐けているようだ。
リザードマンは一頻りトモシビ達と話した後離れた。
その後も彼女は色んな人物に声をかけられた。
人気者だ。
フェリスと手を繋いだ手を機嫌良さそうにリズミカルに振って歩いている。
心なしか足取りも弾むようである。
これはかなり機嫌が良い。
長らくストーカーを続けてきたイトゥーはトモシビの癖を知っていた。
(にわかのリザードマンとは違うんだよ)
彼女らはいつもの制服姿ではない。全員薄着である。
トモシビなど肩を大きく出した上半身にショートパンツで足を出してグランドリアでは見た事ないくらい解放的な格好をしている。
そしてその上から現地人の着るようなフード付きのローブみたいなのを羽織っている。日光対策なのだろう。
薄手だがないよりは良い。
ローブがなければ彼は興奮で護衛どころではなかったかもしれない。
……と、思ったら脱いだ。
日陰にあるテラスに座った。何か食べるつもりらしい。
「酸っぱい! これ何? ヨーグルト?」
「馬乳を発酵させたやつですね。私達も飲みました」
「ここヨーグルト系多いよね」
「お肉も、おおい」
「トモシビちゃん、これ一緒に食べよ〜」
「これってソーセージ?」
「じゃ、私こっちから食べるから、フェリスあっちから食べて」
「うん!」
トモシビとフェリスはソーセージみたいな物体の両端を咥えてそのまま食べ始めた。
(おいおいおいまじか)
髪を耳にかける動作があざとい。
やがて2人の口がぶつかりそうになったところでフェリスが離した。
それから皆でキャッキャッウフフと笑い始めた。
トモシビはアグアグと残りを食べようとするも、横からエステレアが掠め取って食べた。
トモシビは艶やかな唇をペロリと舐めた。
ドキリとした。
まるでサキュバスのようだ、とイトゥーは思った。
一時期彼女が魔物だという噂があった。それを聞いて彼は本当にサキュバスの幼体なのではないかと考えたりもした。
あの子供特有の生命力溢れる肢体。
蜜でコーティングした絹糸のような異常に艶やかな髪の毛が弾む。
良い匂いがしそうだ。実際する。
髪の下に見える鎖骨、それにうなじ。
うなじが……。
「く、くそっ……メスガキめ……!」
目が吸い寄せられる。
皇帝はメスガキの色香に屈服したが彼はまだ負けていない。負けていないと信じている。
基本的にこの国は冬でも暑いのでトモシビ達の着ている服も生地が薄い。
尻から腰にかけてのラインが見える。
小さいが男とは全く違うまろやかな曲線。
そして尻尾が……。
そこで突然ガシッと肩を掴まれた。
振り向くとアスラームがいた。
彼らのチームが全員揃って彼を見ている。
アスラームは笑顔だ。しかし目が笑っていない。
「あ……」
「何をやってるのかな?」
「あ……ご、ごぇっ……っす」
「え? ああ護衛か。 じゃあ後は僕らが引き受けるから行っていいよ。ご苦労だったね」
「あ…………っす」
モゴモゴと何かを言いながらクルリと後ろを向いて逃げるイトゥー。
彼は強者には弱いのだ。
それを見送ったアスラームは、トモシビの臀部を見つめる。
「今のやつみたいな目になってるぜ、アスラーム」
「いや……人聞きが悪いなテルル」
だが否定はしなかった。
彼にはどうにも彼女のお尻が気になって仕方ないのである。
前から気になってはいたが、ここに来てその気持ちは増して来ている。
あのエルフの少女とトモシビの格闘など、スカートで暴れるものだから色々と丸見えだった。
あまりの刺激の強さに目を背けた。
無防備もほどほどにして欲しい、アスラームは切実に祈った。
無防備もほどほどにして欲しい。
グランドリア国王、ヴィクターは頭を抱えた。
モニターにはエルフの少女とレスリングをするトモシビが映っている。
これは輸入品を解析して作った国産モニターの試作品だ。
国王自らモニターのモニターをしていたところ、突然放送が始まったのである。
それは遠く離れたアルグレオでトモシビが演説している光景だった。
通常、アルグレオの放送が大陸を超えて届くことはない。
モニターからモニターへ魔力を中継させて広げる方式なら少しの魔力を伝播させるだけで良いのだ。
しかしトモシビの放送は違った。
彼女の魔力は強力だった。
トモシビが発した魔力は天に届き、映像情報を保持したまま天脈に乗り、グランドリアに到達した。
それはほとんど偶然のような確率の出来事だったが到達してしまった。
結果、魔力の流れは最適化され、後続の放送までもがその搬路を通るようになってしまったのである。
ヴィクターの執務室だけではない。
王城の食堂でも、噴水広場でも放送は始まっていた。
大勢の人がそれを見た。
トモシビの挑発に歓声が上がった。
少女2人の見苦しい喧嘩にさえ夢中になった。
スポーツの中継のようなものだ。国の代表が戦ってる姿を直接見られるのはあまりに魅力的だった。
それは国王たるヴィクターも同じであった。執務を忘れて見守った。
そしてその時が来た。
スカートが捲れて尻尾の付け根が見えたのだ。
そしてヴィクターは今頭を抱えているというわけである。
作り物ではない。生えている部分が見えてしまった。
誤魔化せるだろうか? と彼は自問自答した。
一瞬だったし民衆はどうにでもなるかもしれない。
問題は……。
(ハンニバルか……)
アスラームの父、ハンニバルもまた精霊憑きだ。
トモシビに魔王の力が宿ったという事実を知れば大変な事になる。
ヴィクターは初めて見るアルグレオ皇帝とそれを手玉に取るトモシビを見ながら、ハンニバルが気がついていない事を祈った。
「トモシビちゃん、なんか尻尾大きくなってない?」
「……なってる?」
なっている、とスライムは内心頷いた。
間違いない。
今、彼は女子の溜まり場と化している飛空挺のブリッジにいる。
この飛空挺に乗ってからというもの、邪魔者が多すぎてスライムはろくに喋ることができなかった。
それどころか姿を表すことすらできなかった。
しかし今なら大丈夫だ。
一日千秋の思いでトモシビのポケットに潜んでいたスライムは今、テーブルの上で伸び伸びと寛いでいた。
「なっております。前より毛並みが良く、モフモフでございます」
「ブラッシングしてるからでしょうか?」
「……まずいかもしれませんわね」
「美味しいよ〜」
「尻尾も舐めたの!?」
「可愛いからこのままでよくね?」
「よくないと思います」
スライムは声を発した。
魔物である彼はやはり魔力に敏感だ。
以前はこの尻尾とトモシビ本体は魔力の質が違った。別の魔力を発していたのだ。
それが今では区別がつきにくくなってきている。渾然一体となって同じ魔力を発しているように感じる。
「……あまり良い兆候とは思えません」
と、スライムは久しぶりの長台詞を締めくくった。
「……魔王化が進んでいるということかしら?」
「やばくね?」
「やばいよ〜! トモシビちゃん退治されちゃうよ!」
「ま、魔王化って……具体的にどうなるの?」
エクレアが不安そうに周囲を見回す。
しかしその答えを持ち合わせているものはいなかった。
「……さあ?」
「お嬢様、何かおかしな兆候は現れていますか?」
トモシビは考え込んだ。
スライムはトモシビの首筋に移動してすり寄った。
少しでも主を慰めるためである。
「そういえば」
「な、なに?」
「悪いくせができた、かも」
「お嬢様、それは」
「変態おじさんをからかって、遊んじゃう癖」
トモシビは真剣な表情で呆けたことを言った。
「それは前からだよトモシビちゃん」
「あまり変わってないみたいですわね……」
「私は、魔王よりつよいから」
「尻尾の方がお嬢様化しているようですね。さすがはお嬢様」
「そ、そうなの?」
「そんな事あるのかしら?」
たしかにどちらかというとそっちの方かもしれない、とスライムも思った。
フェリスとのトレーニングのお陰かトモシビの尻尾はもう手足のように動かせるようになっている。
そして敏感度合いも上がっている。
最近ではフェリスと尻尾をからみ合わせるだけで、主が何かを堪えるようにしているのをスライムは知っている。
定着しているのだ。
しかし仮にトモシビに影響がなかったとしても危険なのは変わらない。
アスラーム達バルカ家の件があるからだ。
スライムはアスラームは嫌いではない。生物室で飼われていた頃からの付き合いだ。むしろ人間のオスの中では一番マシだと思っている。
ただしトモシビに牙を剥くならば話は別だ。
そしてそれは他の人間にも同じだった。
彼は考える。
もし……万が一ではあるが……もしもの時はかつてのように地脈を吸って……。
「スライム、めっ」
「……はい」
トモシビがスライムの体を撫でた。
スライムは心がスッと軽くなるのを感じた。
この主はとても楽観的で博愛的で平和的だ。
危険そうなことばかりやるがいつも最後には解決してしまう。
スライムはこの件もそうなるように祈ったのであった。
スライムは這いずり回る冒涜的な肉塊ですがトモシビちゃんは可愛いと思っているようですね。
あとそういえばたまにこういう三人称視点を挟むのは主人公を客観的に見せたいからだったりします。
あと主人公の知らない情報も出したいですしね。
※次回更新は6月29日月曜日になります。