スカートで馬乗りは良くないです
※6月2日誤字修正。ご報告ありがとうです!
私にとって受け入れ難い事実ではあるが……どうやら身体能力において私はエル子より下だったらしい。
「ふぅ、ふぅ……10秒で勝ちね。自分で言ったわよね?」
「むぅぅぅ……」
「そこの! カウントしなさい!」
「はっ」
終わりの見えない不毛な戦いに終止符を打つべく、押さえ込んで10秒経てば勝ちというルールを半ば強引に決めた私だったが、今は逆に押さえ込まれてしまっていた。
負けそうである。
魔術は使えない。どうやら妙な魔法で封じられているらしい。
だからこんなことになっているのだ。
この状態で打てる手はあるにはある。
聖炎だ。
あれは魔術ではない。最初から使おうと思えば使えたのだ。
使いたくなかっただけである。
私の聖炎は虫を焼く魔法だ。
なんでもかんでも焼き尽くすのは魔王の力との組み合わせだ。
今この場でエル子を焼き殺すこともできるだろう。なんなら服だけ焼くなんてこともできると思う。
やろうと思えばなんでも焼き尽くせる。
そういう魔法だ。
私の力ではない……なんてことは言わない。
この尻尾は私の手に入れた魔導具のようなものだ。
相手だって魔導具や芋虫を使ってる。
「10……」
エル子は私を必死で押さえ込んでる。
私が力負けしているのだ。
前は互角だったのに。
私に勝つために頑張って鍛えたのだろう。
もちろん私も鍛えたのだが、やっぱり私の腕力は全く変わらなかった。
私のステータス表示は相変わらず魔力以外一切伸びていない。
私が頑張って鍛えたものはやっぱり全く成果が出なかった。
「9……」
相手は息も絶え絶えだ。
飛空挺を落とし、魔術を封じて、魔王の力を持つ私相手に知恵と努力で挑んでいる。
私は体の下で潰れてる尻尾を意識した。
これを使えば簡単に勝てる。
「奥の手がある、そんな顔ね」
その通りである。
でも……どうする?
いつものように自分に問いかける。
私が理想の私だったら……使うだろうか?
努力を積み重ねて習得してきたものを潰されて、降って湧いたようなぽっと出の魔王の力で勝つ?
……その勝利が一体何になるんだろう?
私は何も成長しなかったということを自分自身に思い知らせることになり、エル子は敗北したとしても成長した実感を得るだろう。
それは私の目指す勝利ではない。
知恵と努力で挑まれたなら、私は知恵と努力で上回って勝つ。
私の経験と私の知恵と私の力……体は全然成長しないけど、せめて中身は強くなっていると私自身が納得したい。
ならばいつも通りだ。
力で勝てないなら知恵で勝つ。
今使えるものはなんだろう?
ショートカットも使えない。
あれは私が魔力を乗っ取られていようが使えるはずだが、どうやらそれも封じられているらしい。
そもそも″窓″が出せないのだ。
何か空間に細工をされているらしい。
ならば聖炎だろうか?
魔王の力はなしだ。
効果はただ虫を焼くだけ。
しかしそれは私自身の力だ。
「虫を燃やしてくれた霊術でしょ? やってみるといいわ」
見抜かれている。
エル子は見たことがないはずだが私はこの街で聖炎を使ったことがある。それで知っているのだろう。
聖炎付きの平手で皇帝を殴った。
タブロバニーの壁を燃やした。
あとは……地下で虫を燃やした。
あの時だろうか?
たぶん拡張区の採掘現場を火の海にした時だ。
……思いついた。
私は有りっ丈の魔力を凝縮した。
「……やってあげる」
私の体から炎が迸った。
エル子は一瞬ビクッとしたが私を押さえつける力は緩まない。
人体には無害だと知っているらしい。
だが私の狙いはエル子ではない。
下に。
一点集中で下に浸透させるのだ。
「3……2……」
エル子は勝ち誇った顔をした。
その瞬間、私の背中に触れる砂の感触がなくなった。
「え……!?」
地面に穴が空いたのだ。
私が丁度入るくらいの小さな穴。
2人の体勢が崩れた。
私はその穴に自分の体を押し込むと、アリ地獄のようにエル子を引きずり込んだ。
ドサっと2人の体が落ちた。
「いっ……」
「……った」
砂がクッションになったおかげか大したことはない。
不思議の国のアリスみたいだ。
ミミズの時を思い出す。
私はアスラームみたいに運動神経が良くないので、普通に背中から落ちた。
エル子も同じだ。
2人が起き上がる。
私の方が早い。
こういう泥臭い戦いも私は経験してる。その差だろう。
私は彼女に馬乗りになった。
「はぁ……はぁ……」
「くぅ……」
マウントポジションである。ここから覆すのは難しいはずだ。
ここは街の地下、迷宮都市の真っ只中だ。
私があの採掘場で聖炎を使った時、一部の岩まで灰になって消えていた。それを思い出したのである。
おそらくあれは虫の死骸、あるいは虫の一部が地下に残ったものなのだろう。
鉱石みたいな硬い岩だ。
この無数の塔の土台を支えるくらいの硬い岩。
色んなものに虫の素材を使っているこの都市は街の下まで虫でできていたというわけだ。
私は上を見た。
天井からはサラサラと砂が降ってくる。
砂が詰まってしまったらしい。
これでは戻れないかな?
「あ、当たってる……!」
「?」
「下着で! 直に!」
「……これは見せパン」
スカートで馬乗りになっているのだ。当然そうなる。
戦闘をするのだから当然私は見られても良いような下着を着けている。
「パンツでしょ!」
パンツではある。
ペチパンツみたいなショーツの上に履くやつではなくて本物の下着の類だ。
見られても良いスパッツみたいな感じだが素肌の上に履いている。
言われてみると私もなんか……気になってきた。
「も、もじもじ動くのやめて……!」
エル子は手で顔を覆ってしまった。
そこまで恥ずかしがられると私も恥ずかしい。
でもまあ、私の勝ちだ。
「あ、あんたは……」
不意に誰かの声がした。
振り向く。
「トモシビ……様」
羞恥に頬を染める強面の男がいた。
それはいつか拷問したギャングだった。
「アナスタシア」
『トモシビ! 無事!?』
「うん」
良かった。
ここなら船内と通信できる。
ここはギャングの家である。
私が落ちた地点から少し歩いた地点である。
『どうなったの? 一騎打ちは?』
「勝った、ほら」
「くっ……殺しなさい」
エル子はギャングにもらった拘束具で拘束されている。
『良かった。さすがトモシビですわね。じゃあこの魔術使えなくする魔法解かせてもらえるかしら?』
「わかった」
私達が落ちた後、両軍で小競り合いが始まったらしい。
エステレア達は最前線にいるようだ。
変な魔法で魔術が使えない分、苦戦しているとのことである。
私はエル子に魔法を解くように言ってみた。
「無理よ」
「とかないと……」
「拷問ですかい!? 待ってました!」
「ち、ちがうの! 杖が壊れちゃったから解除できないの!」
彼女の言によると、あの杖で空間をシフトして兵隊達の持つ魔導具でそれを維持する……という魔法だそうだ。
杖がトリガーであり、私が壊してしまった以上再びシフトさせることはできないと言う。
「じゃ、もう全員降参して」
「するわけないでしょ。私個人が負けてもまだ私達は負けてないんだから」
「やっぱり拷問しましょうや!」
「む、無駄よ! 私が言ったって陛下と教授が許さないわ!」
それはそうか。やられたのはエル子だけだ。
他の兵隊……やけに数が多いし本当に学生か疑わしいものだが、兵隊達は健在である。
『はぁ、これは面倒臭そうですわね』
「……そっちは、まだ大丈夫?」
『ええ、強化は使えるからそう簡単には……トモシビ、貴女まさか』
「うん、行ってくる」
ここから戻るのは難しい。
穴は塞がってしまったのだ。
ならば行くしかない。
目指すはタブロバニーその最上階、皇帝のところだ。
私は通信を開けるので指揮を取ろうと思えばどこででも取れる。
私はアナスタシアとの通信を繋げたままアスラームに通信を開いた。
とりあえずお互いの情報交換だ。
『やあ、無事かい?』
「うん」
『トモシビ様!お久しぶりです!』
ドMの声がする。無事合流できたらしい。
私がドMに放送で伝えたのは、あの地下への入り口になってるレストランに来てほしいということだ。
ちゃんと察してくれたようで何よりである。
それからアスラーム達は売られた奴隷が襲って来たので説得して味方につけた、と言った。
『奴隷……ねえ』
『信用できるかはわからないが、頭に入れておいてくれ』
『それで貴方達はそのままトモシビと合流して皇帝の塔に行くんですのね?』
『それがそれもいかなくなった』
アスラーム達を見失った敵軍は無闇に散るのをやめたらしい。
本拠地であるタブロバニーの守りに入ったそうだ。
ドMの偵察でそれを知ったアスラーム隊はどうにか地下から突破口を探していたとのことである。
『中々都合良く勝たせてくれないですわね』
「当たり前じゃない。貴女達だって援軍が到着したら終わりよ」
「……えんぐん、いるの?」
「そりゃそうよ。いきなり来たんだもの、用意できるわけないじゃない。教授の本隊がすぐ到着するはずよ」
『それは困りましたわねえ』
アナスタシアがお肌の調子が良くない時みたいな口調で言った。
どうしようか。
どうやら早めに決着を付けなきゃならないらしい。
奴隷がこちらに寝返ってくれる可能性もあるが期待はできないだろう。
「……じゃ、アスラーム達は撹乱して、モグラたたき……みたいに」
『モグラ叩き? 地下と地上を行き来して撹乱するということかな?』
「うん」
『君は?』
「一人で、皇帝のとこ」
『ええー……』
「いきたい、おねがい」
『エステレアさん達が怒りますわよ?』
アナスタシアとアスラームは困惑した。
いや、言いたいことはわかる。
バカなことをしようとしているのかもしれない。
しかし……その方がカッコいいではないか。
彼らのターゲットであるアスラーム達に暴れて貰えば手薄になると思う。
私ならいざとなれば中からタブロバニーを燃やすことも可能だ。
まさか彼らも私一人で乗り込むとは思うまい。
…………思わないと思いたい。
「ちょっと、私は?」
説得しているとエル子が自己主張した。
彼女はこのギャングに預けるつもりだが……。
ギャングを見る。
ギャングはぐへへと笑った。
……まずいかな?
彼はレメディオスと取引があるが反皇帝だ。エル子は一応皇帝側のはずである。
何されるかわからない。
私に懐いているとは言えギャングはギャングなのだ。
連れて行くしかないか。
「しょうがないから、連れてってあげる」
「くっ……屈辱だわ」
一応、侵入経路も考えてある。
地上と地下のマップを合わせれば見えてくる。
迷宮都市の何もない部分にあるタブロバニーの根っこだ。
トモシビちゃんはなんだかんだで目的のために手段は選ぶ方ですね。
色々と拘りがあるんでしょう。
※次回更新は6月8日月曜日になります。