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魔法使いの戦い



唐突に始まった電波ジャックを、ディラは近くの民家から接収したモニターで見ていた。

モニターで見るトモシビは赤い目を光らせ、いつも通りの高貴で人外じみた美貌に、いつもより3割増しくらい偉そうな態度で語りかけてくる。



『この戦いは親善試合……ただのゲーム。負けても何もないから、安心して。ただし……』



カメラを反転させる。映ったのは皇帝の塔……タブロバニーだ。



『私の目的は、あれのてっぺん』

『皇帝だね』

『皇帝をやっつけて、屈服させてあげる……こんな小っちゃな女の子に、屈服させられちゃう皇帝……見たい?』



妖しい笑みを浮かべる彼女。

皇帝の情けない姿を見たい者は多いかもしれない。

皇帝は敵を作りやすい性格なのである。

迷宮都市のリザードマン達はおろか市民の中にも叛意を持つ者はいるかもしれない。



『私は最強だから、邪魔する人は……しんじゃうかも』



ディラはそろそろ我慢できなくなって来た。

完全に自分を忘れてる。これでは皇帝が彼女のライバルみたいではないか。



『私に従うなら……』



彼女は言いながら、スカートを摘んで持ち上げていく。

ハレンチだ。

一体何を考えているのだろう。

彼女の真っ白な足が露わに……。

ディラは思わず叫んだ。



「そっ、そこまでよトモシビ・セレストエイム! 貴女が陛下の所へ行くことはないわ!」

『トモシビちゃん、外でなんか言ってる』



窓から彼女達がヒョコッと顔を出した。



「なぜなら! ここで!この私に負けて平伏すからよ!」

『しびれを切らしたようですわお嬢様』

『……しょうがないから、また分からせてあげる』

『トモシビ様、一人でやるの?』

『大丈夫。勝敗は、戦う前にきまってる』



映像がプツッと切れた。

なんだか腹の立つ言い方をしていたと思ったが、やる気になったのならディラとしては構わない。

ディラは座っていたリトルバニーから立ち上がって腕を組むと、仁王立ちで敵を待った。

やがて乗り物の一部が開き、バナナの皮を剥いたように下に垂れ下がった。

階段になっているらしい。

そして、機体の中から彼女が現れた。

彼女は日差しに目を細めると、日傘みたいな形の物体を頭上に出現させる。

レースみたいな細やかな装飾が付いていて前に見た時より豪華になっている。


そして優雅な動作でゆっくりと降りて来る。

相変わらずの美しさ。

生で見るとオーラのようなものすら感じる。

ディラはこんなに美しい人間を他に知らない。

ディラはこれでも王族だ。その容姿を褒めそやされて育った。

それまで自分は世界一の美少女だと思っていた。

しかし彼女を一目見たその瞬間、敗北を認めてしまった。

悔しくて絡んだ。

ライバル宣言までした。

せめて戦いでは負けたくなかった。



「勝負は戦う前に決まってる……いい言葉ね」

「どこかの偉い人の言葉」

「へえ……もうカメラは使わないの?」

「魔力つかうから」

「ふぅん、じゃあこっちで用意するわ。そこの貴方、持ってきて」

「はい」



周囲の兵隊に命じるとすぐに目玉カメラが出てきた。

同時に彼に目線で問いかける。

準備はいいか、と。

彼が頷いた。

勝負は戦う前に決まっている……全くその通りだと思った。

ディラは杖を取り出し、その石突きで地面をドスッと叩いた。



「さあ……! 貴女の無様な姿を全国ネットで流してあげるわ!」



その瞬間、トモシビがハッとしたような顔をした。

空間が変化したのを感じ取ったのだろう。

このディラとトモシビの周囲一帯はもう現世ではない。魔術を拒絶する異空間になったのである。

兵隊達に持たせた空間操作魔導具と連動させた空間魔法の一種だ。


魔術は空間に魔力を固定させる作業が必要である。

そうやって魔法陣を描いているのだ。

この空間操作魔法は、その効果範囲を魔力の固定ができない異界の空間へシフトさせてしまう。

このため魔導具などは使えるにも関わらず魔術だけが使えなくなるのである。

異界化結界……と、ディラ達は名付けて呼んでいる。


トモシビが形の良い眉を寄せた。魔術が使えないことに気がついたらしい。



「ふふっ、どうしたの? かかってこないならこっちから…………?」



ディラも異変に気付いた。

背後に控えるリトルバニーが全く動かない。

振り向く。

巨大芋虫は電池が切れたように横たわっていた。

寝ている。



(これは……停止信号!?)



停止信号で止められている。

まさかさっき使ったせいで?

しかしなぜ信号のパターンがバレているのか? セルやタブロバニーとは違うパターンのはず。

ディラの頭は疑問で飽和状態になった。

彼女は知らないが、トモシビがやったのはハッキング手法で言うブルートフォースアタックである。ゴキブリの信号パターンから見当をつけて手当たり次第試したのだ。


ディラは慌てて杖を発動しようする。

この杖は様々な機能がある複合魔導具だ。

虫を召喚しようとしたのである。

しかしこれもできなかった。

杖はブゥンと小さく唸ってそれきり沈黙した。

ディラは驚愕した。

こちらには停止信号などない。

ならばこれは……。



(回路を書き換えられてる!? いつの間に!?)



杖に取り付いていた人形がポロリと落ちた。

デフォルメされたトモシビの姿をしている。それは落ちると縮みはじめ、すぐにチェスのポーンのような形に変わった。

魔導人形である。

ディラは魔導人形を知らなかったが、遠隔操作できるゴーレムのようなものだとすぐに理解した。

これが杖の魔法式をめちゃくちゃに破壊したのだ。



(戦う前に決まってる……ってこういうこと?)



虫も杖も封じられた。

これでは何もできない。

ただの運動音痴の少女だ。

しかし……それはあちらも同じである。

ディラは自分と同じくただの運動音痴少女になったはずのトモシビを見た。

トモシビもディラを見た。

視線が交差した。







『キエエエエエ!!!』



エルフの少女が杖をぶん投げた。



『あいた』



銀髪少女は不意をつかれたのか、慌てて構えた剣を弾き飛ばされてしまう。

そして間髪入れず拳を振り上げて遅いかかるエルフ。

殴るのかと思いきやその艶やかな銀髪を引っ張り始めた。



『顔はやめてあげる!』

『いたい、髪もやめて』

『どこならいいのよ!』

「……何やってんだあいつら」



モニターで無様なキャットファイトを繰り広げるトモシビ達を見てバルザックが呆れている。



「なんか考えがあんでしょ」

「そーそー、セレストエイム様ってほんと悪知恵働くんだから」

「……今はこちらに集中しようか」



アスラームとしても気になるところだが、彼らはそれどころではない。

トモシビの指定した場所まで行がなければならないのだ。

いや行くだけなら良い。

しかし追っ手が厄介なのである。



「魔術に魔導具に虫にゴーレムまで……隠れるのも一苦労だな」



隙を見て家から家へ移動しているものの、何しろ数が多すぎる。

止むを得ず交戦した相手は魔術を使ってきた。

グランドリアから連れて来られた奴隷である。

アスラームはさっきから熱心にモニターを見ている捕虜……先程倒したその奴隷の一人を見た。



「君も彼女が気になるかい?」

「まあな」

「トモシビ様のお知り合いですか?」

「そういうわけじゃないが……」

「あんたグランドリア人でしょ? なんであっちに忠誠を違うの?」

「忠誠を誓ってるわけじゃねーよ」



ただの成り行きだ、と彼は語った。

元々彼は貧民であり、両親を亡くして天涯孤独の身だった。

貧民街の住人は大体貴族が嫌いだ。貧民を作るような政治をしてるから、というのが理由である。

彼もその例に漏れず嫌いであった。

だからグランドリアに忠誠心などない。

良い暮らしができるアルグレオの方がマシであった。



「あの子が俺らのリーダーになるって聞いてたんだ。可愛い子だからみんな楽しみにしてた」

「なる訳ないじゃん」

「皇帝に愛人にされかけて逃げたって言ってた。皇帝だの貴族だのってのはクソみたいなことばかりしやがるんだ」

「君は皇帝が嫌いなのかい?」

「嫌いだね」



僥倖である。

彼は気持ち的には皇帝よりトモシビの方に傾いているようだ。

貴族を憎む思想にはアスラームとしては思うところがないわけではない。

しかしこの際それは棚上げすることにした。



「ならどうだろう? 皇帝を痛い目に合わせるのに協力する気はないかな?」

「……仲間を裏切れって? 舐めんなよ」

「お仲間も引き込んじゃいなよ。てかあんたらまとめてセレストエイム様のとこに行けば?」

「はあ?」

「あーしだって孤児院の貧民なのにスカウトされたかんね。セレストエイム様なら全員面倒見てくれるって」

「ぜ、全員?」

「セレストエイム様ならよゆーよ、よゆー」



余裕……だろうか?

セレストエイムはそれほど豊かな土地でない。

アスラームは訝しんだが、トルテとアンは怪しいセミナーか新興宗教でも勧めるような自信に満ちた態度で勧誘している。



「で、でも俺らグランドリアの裏切り者だぜ? 今度は教育してくれたこの国も裏切るなんて……」

「売られただけじゃん。違法奴隷を保護してくれてサンキューって事でいいじゃん」

「いい……のか?」



だんだん捕虜の心が揺らいできたらしい。

孤児院の2人は外見に似合わず優秀だ。トモシビの目に叶うだけのことはある。

アスラームはほくそ笑んだ。



「うん、そうだ。今度は君たちが両国の架け橋になれば良いじゃないか」

「架け橋……?」

「トモシビさんの言う通りこの戦争は元々親善試合だ。終わったら親善しなきゃならない。そうだろう?」

「そうなのか?」

「その時、両国を知ってる君たちが架け橋になるんだ。トモシビさんの下でね」

「な、なるほど……俺たちが……」



戦争は落とし所が必要だ。

滅ぼすか、併呑するか、国交を開いて交易するか。

滅ぼすのも支配下に置くのも難しいなら、やはり友好しかない。

それにどの道奴隷は取り戻さなきゃならない。

彼らを味方につけることができるなら目下全ての問題が解決する。

そんな調子で代わる代わる説得するとすぐに捕虜は折れた。

調略成功だ。



「よし、君を解放する。仲間の元へ戻って彼らをこの付近から遠ざけてくれ」

「それだけで良いのか?」

「時間がないからね。なんなら仲間を説得してそのままトモシビさんの下へ行くといい」

「ああ、そうしてみるよ」



いきなり信用などできない。トモシビの示した地点まで彼を連れて行くわけにはいかない。

とりあえず拘束を外して解放することで誠意を示すくらいが限界であろう。

最後に黙っていたバルザックが話しかけた。



「あのちびっ子……トモシビも貴族だぜ。あいつは良いのかよ?」

「ああ、だってあれ見ろよ」



彼はモニターを顎で指した。

トモシビは地べたに転がりながらディラにしがみついている。



『な、なんのつもり!? なんで抱きしめてくるの!?』

『押さえ込み……10秒で、私のかち』

『か、勝手にそんなルール……!』

「弱っちい貴族の令嬢のくせに、あんなに泥まみれで体張ってるんだぜ」



全国ネットで放送される両国代表の戦いは、何の力もない少女2人が低レベルな喧嘩をしてるようにしか見えないのであった。



両軍大将同士の戦いですね。

剣を極めたらもう剣はいらないみたいな感じかもしれません。


※次回更新は6月1日月曜日になります。

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