バニーは戦場へ行った
※三人称視点になります。
※5月11日文章校正。
「通った」
「あら、あっさりね」
エル子ことディラはライバル認定した相手のあまりの不甲斐なさに拍子抜けした。
危ないところではあった。
あの威力の魔法を連発されたら何もできずにやられていたであろう事は彼女にも想像がついた。
しかしどんなに大仰な兵器を使っていても所詮は人間だ。意表を突けばこうして地味なやり方でやられてしまう。
潜ませていたゴキブリは魔物ではなくただの虫だ。
それゆえ魔力の量も虫程度しかない。
改造した虫をトモシビに悉く潰されてしまった経験から、レメディオスらは一見して魔力を持たない普通の虫ならば気付かれずに近付けるのではないかと考えたのである。
「ただのゴキブリならあいつらも見逃すはず……当たってたわね」
「さすがは教授だね」
当たっていない。
グランドリアではゴキブリは見つけ次第殺すのが常識であり、生き延びたのはたまたまである。
そんな何の変哲も無いゴキブリだが、実は1つだけ処理を施してある。
魔法の中継機としての機能だ。
受け取った魔力を増幅して飛ばすのである。
ちなみにホログラム・モニターもこれによってネットワークを形成しており、少ない魔力でやり取りできるようになっている。
魔力の少ない虫達は増幅するために生命力を消費して死んでしまうので使えるのは一度切りである。
そのカードを効果的なタイミングで使えたことにディラは安堵した。
グランドリアの空飛ぶ乗り物は徐々に高度を下げ、街の中心あたりに落ちて来る。
あとは取り囲んでこの乗り物を占領したら終わりだ。
「白兵戦用意して。私はあれ出してくるから」
「了解」
ちなみに使った魔術は機能停止コードだ。
タブロバニーの触角とセルを停止するための魔法式である。
奪ったものを利用される可能性を考えればそのくらい用意しておくのは当然、とはエルフの教授レメディオスの談である。
本来なら直接本体を弄って操作しなければならない魔法式であるが、グランドリアから学んだ魔術のおかげで遠隔操作ができるようになった。
グランドリアがアルグレオの技術を利用しているように、アルグレオもまたグランドリアの魔術を学んだのであった。
「気をつけろ! 来るぞ!」
戦線を離れたディラに変わってクリスが指揮を取る。
不時着した乗り物から魔法が飛んできた。
魔法はアルグレオ軍の1人に当たる直前でグニャリと軌道を変え、後方に逸れて爆発した。
威力が高い。
当たっていたら重症は免れなかっただろう。
(殺意高すぎでしょ……)
クリスは背筋が寒くなった。
空間操作の魔導具は全員に持たせてある。
これによってクリスの持つ本体を起点として、ある程度の範囲の空間を歪曲することができる、
どんな高威力の魔術でも空間を曲げて逸らしてしまえば関係ない。
これもそう何度も使えるものではないが、かの国の魔法の威力を考慮した対策である。
魔法に続いてワラワラとあちらの兵隊が出てきた。
待ち構えていたアルグレオの兵隊が魔導具から一斉に魔法を撃つ。
相手は難なく盾や魔術で防いでしまう。
そしてそれこそゴキブリのような素早さで突撃して暴れ始めた。
アルグレオ兵が押されていく。既に脱落者も出ているようだ。
タブロバニーは一度撃ったきり沈黙している。
あれはやったらやり返すだけで防衛以外には興味を示さないのだ。
「無理はしなくていい! どうせ相手は乗り物から離れられない!」
グランドリアの兵士は魔力の量も多く個々の能力が高い。まともに当たれば負ける。
しかし魔法を避けずに防いだのは乗り物を傷つけられたら困るからだとクリスは理解していた。
ならば取り囲んで持久戦にすれば良い。
とはいえ懸念はある。
(なぜ彼女がいないんだ?)
あちらの大将とも言える彼女……あの小さな女の子の姿がどこにもない。
また何か策を弄しているのだろうか。
警戒しなくてはならない。
彼は考えを巡らせ始めた。
「クラクラする……」
「トモシビちゃん、ほら、尻尾だよ」
「うん……」
メイドに膝枕されつつ、猫人少女の尻尾をニギニギしている少女を見てアスラームは複雑な気分になる。
魔力源を失った飛空挺をトモシビは一人で制御し、不時着させたのである。
膨大な魔力が必要だったはずだ。
その結果、魔力が底をついて倒れてしまったのだ。ついでにスライムもそれなりの魔力を失った。
彼女によると友達と触れ合ってリラックスしていれば魔力の回復が高まるらしく、先ほどからこの有様である。
彼女に感謝する反面、何もできなかった自分の不甲斐なさに対する憤りもある。
「聞いてくれ」
彼は声をあげた。
「精鋭を選んで攻撃に出ようと思う」
守ってばかりではジリ貧だ。
幸いにして相手はそこまで強くない。
今、攻撃が止んだのは好機だ。
こちらから撃って出るなら今しかない。
守りに強いグレンをここの指揮官として自分と数人で攻勢に出る、と彼は提案した。
「メンバーは僕のチームとバルザック君、双子にエクレアさん達3人だ。すぐに……」
「待って、私はトモシビ様と残るわ」
エクレアがアスラームの言葉を遮った。
驚きはない。
トモシビがこの状態ならば一緒にいたがると予想はしていた。
「分かった。君たちはどうする?」
「行くに決まってんじゃん」
「エクレアの分も働いてやるよ」
トルテとアンが口々に言った。
戦力的にはトモシビがいれば助かると思われたが、この状態では残すしかない。
そして心情的には比較的安全な場所にいてもらえることに安堵を覚えていた。
「じゃあトモシビさんをよろしく、姫様」
「言われなくてもですわ」
30分から1時間もすればトモシビは回復する。そうすれば飛空挺の守りも楽になるだろう。
アスラームは膝枕されながら無表情に手を振る彼女に微笑むと、艦橋へ向かった。
乗り物の上方から数人が飛び出して来た。
「ゴーレムを起動する。こっちは任せて」
「了解」
そろそろ来るかもしれないと思っていた。
クリスの武器は魔導具だ。
というよりアルグレオ軍で使われる武器はほとんどが魔導具である。
魔術というものがほとんど発達しなかったこの大陸では代わりに魔導具が発達した。
その中でもクリスが得意とするのはゴーレムの操作だった。
敵が進む方へ3体のゴーレムを向かわせる。
ゴーレム達は自らの作る三角形の中心に各々の砲を向けて撃つ。
バラけた熱線が交差して網のようになった。
進行方向を防がれたグランドリアの特攻隊が足を止める。
そこへさらにゴーレムで包囲にかかる。
人間では出来ないような軌道で飛び回るゴーレムは、グランドリアの魔法使いに十分に対抗できるはずである。
クリスはそのゴーレムを一度に10体、20体操ることが出来た。
「楽しませてくれよ!」
クリスは温和な顔にどう猛な笑みを浮かべた。
「つまんね」
バルザックがぼやいた。
強敵ではない。彼の言う通りつまらない相手だ。
アスラームはすれ違い様に2体の人形……ゴーレムを切り捨てながら手応えのなさを感じていた。
彼の剣は量産品ではない。
バルカ家に伝わる聖剣とも言うべき由緒正しい品だ。
その切れ味はミスリルの比ではない。ゴーレムの装甲などもろともせず貫き、切断する。
ゴーレムの熱線もトモシビの魔法を見慣れた彼らにとっては見劣りしてしまう。
ちなみに彼もゴーレムの存在は聞いたことがある。北の大陸でもどこぞの異教の団体はそういうのを発掘して使っているらしい。
(とはいえ、時間稼ぎにはなるか)
下を見るとマッドな薄ら笑いを浮かべた操縦者が見える。
使者としてグランドリアを訪れたヒューマンの少年だ。
彼の周囲からは湧き出るようにゴーレムが現れ、鳥の群れように次々と飛び立っていくのが見える。
キリがないと思われた。
「こいつらに構うな! 排除するのは進行方向だけでいい!」
「命令すんなよクソ」
文句を言いながら素直に従うバルザック。飛ぶのは下手だが有り余る身体能力でなんとかしている。
(しかし突破したとして……)
アスラームは考える。
この数が飛空挺攻めに加わったら流石に危険かもしれない。
と、戦場を俯瞰したその時、前方から巨大な渦巻く光が放たれたのが見えた。
クリスの後方から放たれた光の渦は幾筋にも分かれ、それぞれが曲がりくねりながら敵に襲いかかる。
光のシャワーだ。
避けきれず何人かは当たってしまう。
その中の1人がバランスを崩して墜落していくのが見えた。
「お、お待たせ……」
息を切らせて走ってきたディラは、背後に一軒家ほどもある芋虫を従えている。
あれが彼女のとっておきの虫であることを彼は知っている。
「生きてるの? 落ちた人」
「大丈夫でしょ。グランドリア人は魔法に対して強いらしいから」
しれっと言うディラ。
リトルバニーと名付けたこの芋虫は頭部から強力な砲撃を行うことができる。
敵に向かって誘導する特殊な光線を発生させるのだ。
光線が何なのかはディラもレメディオスも分からない。
「バニー! トドメを刺すわよ!」
芋虫に命令するディラ。
しかし芋虫は頭を振った。
空腹を訴える意思が伝わってくる。
「一段落したらセルを2個あげるから! それでいいでしょ!」
虫を操るのはディラの得意技だ。彼らの意思や感情がなんとなく伝わってくるのである。
とはいえ、虫は彼女に服従してるわけではない。
ご褒美をあげることで言うことを聞かせているのである。
芋虫はゆっくりと鎌首をもたげる。
しかしそこで止まってしまう。
肝心の標的が消えていたからだ。
「あら? あいつらは?」
「落ちた仲間を追って下に降りたよ。友達想いだね」
下は街中だ。遮蔽物が多いので空を飛ばれるより止めにくい。
リトルバニーの砲撃も標的が見えなければ誘導しない。
「なら城攻めするだけね。行くわよバニー」
巨大芋虫はガラスが軋むような鳴き声をあげた。
「え、ちょっと。あいつらの相手は?」
「援軍にあの子達を送るから、持ち堪えなさい」
そう言って彼女は薄情にもさっさと歩き出してしまう。
彼女の相手は決まっている。
あのトモシビ・セレストエイムだ。
ライバル認定した彼女と決着を付けたいのだろう。
もしかしてあっちもそのつもりで引っ込んでいるのかもしれない。
ならば自分はもう1人の大将首、アスラーム・バルカとかいう少年の方をやるべきなのだろうか?
と、クリスはゴーレムを難なく撃破していた少年を思い返す。
手強かった。
ディラの言うあの子達がいれば対等に渡り合えるだろうか。
あの子達とはアルグレオ軍で最も魔法に秀でた者達……すなわちグランドリアから攫ってきた元奴隷のことである。
みんな大変ですけど今のところ主人公は寝てます。
どうでもいいですがこういうのを書き始めると日常回を書きたいという欲が出てきますね。
※次回更新は5月18日月曜日になります。