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誤射で殺しかけました



飛空挺の居住スペースは広いようで狭い。

ちょっとした要塞程度の規模がある船であっても2クラス以上が詰め込まれるともなれば一人一人に部屋を用意できるはずもなく、必然的に相部屋が多くなる。

その辺はAクラスもBクラスも貴族も平民も平等である。

格差を付けて変な確執が生まれてはよろしくないのだ。

私も特別扱いの個室を用意するということはなく、大人しくエステレア達と一緒の部屋で休んでいる。


今、その部屋で悲鳴が上がった。

私の悲鳴である。



「エ、エス……!」



視界の端に何かがいた。

黒いものがじっと止まっている。

どう見てもやつだ。私の一番嫌いな虫。

虫は全部嫌いだけどこいつだけは格別に嫌いである。

見てるだけでゾワゾワする。

なぜ冬に?

寒さに耐性を持った個体なのだろうか?

ならばここで仕留めておかなければ安息の日は来ないだろう。

もちろん仕留めるのはエステレアの仕事だ。



「エステレア!」

「あらあら」



エステレアが壁を伝っておっとり近づくとさっと逃げた。



「!?」

「残念、逃げられましたわ」



その虫……ゴキブリは無重力なのに律儀に床を這ってドアの下の隙間から出て行ってしまった。



「エステレア……」

「お可哀想なお嬢様、そのようにプルプルと震えて……今日は私がずっと抱きしめてさしあげますからね」

「いつもしてるじゃない?」

「たぶん暖かい間に卵を産んで飛空挺が完成してから孵ったんでしょうね」



そうだろうと思う。

奴だけはどこにでも入り込む。密閉された工場と船の二重の囲いの中はさぞ暖かかっただろう。

逃げたということはまた出てくる可能性があるという事だ。

この無重力の船内を縦横無尽に飛び交い、気付いたら腕を這っているなんてこともあるかもしれない。

24時間突然の恐怖に晒されてしまうのだ。



「トモシビ様の聖炎で船ごと焼いたら?」

「でも目立つと攻撃されるかもしれませんよ?」



色んな正体不明物体が浮かんでる空域だ。

これまで見えたものは全部迂回して行くことでスルーしてもらえたが、巨大な火の玉が飛んできたらあちらとしても身の危険を感じて反応するかもしれない。

残念だが燃やすのは私の部屋だけにしよう。

見つけた時にさっさとやれば良かったとも思う。

でも怖くて硬直してしまうのだ。


ちなみに私の尻尾はまだ付いたままなので聖炎も自在に操ることができる。いつになったら封印してくれるのか先生に聞いてもそのうちとしか言わない。

たぶんこの戦いが終わったら封印するつもりなのではないだろうか。

切り札は多い方が良い。



「トモシビちゃん、花が見えたよ!」



部屋を燃やしているとフェリスが報告に来た。

花、とは例の空中に浮いている謎の巨大花のことである。



「前あった場所と同じですね」



ここまでゆっくり慎重に航行して4日目。空中の障害物は増えたり減ったり位置がずれていたりしたわけだが、この花は変わっていなかったようだ。



「まってて、着替える」



私が休んでる間はアスラームやアナスタシアが艦長代理をしてくれている。

あの花もちゃんと避けてくれるので心配ないと思う。

それよりあれが見えたということはもう間もなく南の大陸に到達するということである。

あと数時間で戦いが始まるかもしれないのだ。



「髪型はいかがなさいますか?」

「ストレートで」



長い銀髪をなびかせて屈強な軍人を率いる少女。

うん、やっぱりここはストレートが一番絵になると思う。

この飛空挺で来るということはあちらには伝えてない。

当然だ。

わざわざ教えてあげる必要はない。

とにかく空からガーッと攻めてガーッと占領するのである。

うまくいけばそれで終わりだ。







ブリッジに入ると皆が窓の外を双眼鏡で見ていた。

相変わらずの白い花がUFOみたいに浮いてる。

大自然の中にいきなり巨大モノリスが現れたかのような奇妙な違和感を放っている。



「ごきげんよう、トモシビ」

「おつかれさま」

「あれって何なの? 魔力ないらしいけどなんで浮いてるの?」

「分からない」



分からないので関わるのはやめておこう。

触らぬ神に祟りなしである。

大きく迂回して横を通り過ぎ、やがて後方に過ぎ去って行く花を見送ると今度は地平線にうっすらと大陸が見えてきた。


ついに来た。

皇帝を叩いて飛び去ってから約3ヶ月、私は帰って来た。

こっちが友好的に接してるのにあっちはスパイを送り込むわ、監禁しようとするわで今までやられ放題にやられて来たわけだが今度はこちらの番だ。



「へーほんとに砂漠なんだ。下ほとんど真っ茶色じゃん」

「ここはまだマシな方よ。街の近くなんて砂しかなかったんだから」

「なんでそんなとこに住んでんの?」

「魔物が少ないって言ってたよ〜」



さらに進むとぼんやりとした棒が見えてきた。

タブロバニーだ。

皆言葉を失って見入っている。

驚いてる驚いてる。



「トモシビさん、スピードアップしよう。ここからは対処の暇を与えない方がいい」

「うん」



その通りだ。

私はアスラームの言葉に頷くと魔力を込めた。

推進力はただの風を噴射するブースターなのでそこまで急加速はできない。

少しGがかかって体が背もたれに押し付けられる。

ぼんやりと蜃気楼のようだったタブロバニーが見る見るうちにハッキリとしていく。

下にはまばらに村や建物が確認できる。

住民は騒ぎになっていることだろう。

……そろそろ良いかな。

私はおもむろに命令を下した。



「主砲、ようい」

「主砲用意しろ!」

「トモシビさん」

「わかった」



ちなみに主砲は私だ。用意するのも私だ。

自分で命令しておいて自分で用意して自分で撃つ。

もう私以外いらないのではないか?

いやそんなことはない。

この飛空挺は皆で動かしているのだ。

一番こき使われてるのが私でも私が艦長だから仕方がないのである。


飛空挺の前方に描いてある魔方陣が光った。

レイジングスターだ。

主砲が必要なので予め描いておいたのである。

私以外でも魔力を込めれば使える。



「はっしゃ!」



衝撃が船を叩く。

空気を切り裂いて一条の光が空を走った。

ちなみにこれでも出力は絞ってある。



「うはー……すっげえ……」

「邪魔なやつ全部撃ち落として来ても余裕だったんじゃねえか?」

「そんなわけないでしょう」



光の矢はタブロバニーの頭を貫いて虚空に消えていった。

皆が目を見張った。

私は動揺で目を見開いた。

……やってしまった、かな。

ちょっと精度に難があったようだ。

脅しで掠めるくらいにするつもりだったのに……。

皇帝死んじゃったかも……。

皇帝との思い出が走馬灯のように頭を走る。

ろくな思い出がない。



「お嬢様、心を痛める必要はありません。あのような者、お嬢様と比べれば虫けらのような存在です」

「あ、あまり高威力の攻撃はしないことになってたはずだけど……」

「やっちゃったものはしょーがなくない? もうさっさとあの塔に乗り込んで終わりにすればいいっしょ」



良いのかな?

なんだか悪役になった気分である。

でもやろうと思えばここから街も塔も焼き尽くす事もできるのだ。

もう降伏してほしい。



「あ、見てください!」



クロエが指差したのは吹き飛んだタブロバニーの頭だ。

……なにやら焦げ跡が動いている。

人間、かな。



「皇帝ですよ! 無事です! 良かったですねトモシビ様!」

「……よかった」



ホッとした。私は人間に炎は使わないと決めたのだ。破るところだった。

いや破った気もするけど誤射ならノーカンだ。



「よくねえよ。もう一発撃ってぶっ殺そうぜ」

「だめ! ちゃんとルールに則って占領するの!」



バルザックがフェリスに窘められている。どうも最近この2人の力関係も逆転してきた気がする。

皇帝は何か叫んでる。全然聞こえないけど多分怒ってるんだろう。

見てるとおかしな事に気付いた。

焦げ跡が再生していくのだ。

粘液のようなものが滲み出て、剥き出しの部屋を覆っていく。

皇帝が隠れて見えなくなった。

粘液はグニョグニョ気持ち悪く動いて元の頭の形になった。

さらに色が変わっていく。固まっているのだ。

そして数分後にはすっかり元通りになってしまった。

……あの芋虫って生きてるんだろうか? なんで中身空洞なんだろう?

いや、よく見るとさっきと少し違う部分がある。

ツノがある。

触角とは違う、尖ったツノが4つ生えてる。

しかもなんか……光ってる。

やばい。



「右によけて!」

「全員何かに捕まれ!」

「え、なに?」

「うわっ」



もちろん、避けるのも私だ。

全力でブースターを吹かす。皆が壁の方向に引き寄せられる。

スリッパが散乱してバラバラ落ちた。

誰だ、こんなもの持って来たのは。

それも私だ。



「きゃあっ」



巨大芋虫……タブロバニーのツノからお返しとばかりに放たれた閃光が船の真横を通過する。

危なかった。

あれは魔術じゃないので障壁で合わせるのは難しい。



「おいおい撃って来たぞ!殺す気かあいつら!」

「先に撃ったのはこっちだから、かまわない」

「わあ、トモシビちゃん男らしい」

「トモシビ、変なとこで冷静だよね……」



頭を吹き飛ばす気はなかったと言って芋虫が信じてくれるだろうか?

ブリッジでは喧々諤々の議論が繰り広げられている。

反撃すべきとか、あくまで主砲は脅しに徹するべきとか、地上戦に移行すべきとかである。


どうするべきだろう?

一応、親善を目的とした模擬戦のはずなのだが本当に戦争になってしまっている。

こうも両国の関係が拗れてしまってはそれも仕方ないのかな。

今更だけど、エル子と殺し合うなんてしたくないな……。


その時、ふと、私の目が部屋の隅に黒い影を捉えた。

……いた。



「エステレア!いた!」



ゴキブリだ。

何事かとそちらを見るブリッジメンバー。

ゴキブリの黒光りする体に魔方陣が浮かんだ。



宇宙船にもゴキブリっていてもおかしくないですよね。

某ゴキブリ漫画ではいたと思います。


※次回更新は5月11日月曜日となります。

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