飛空挺セレストブルー
※7月26日、誤字修正しました。
飛空挺のお披露目は盛大に行われた。
私達がそれに乗ってアルグレオに出発するその当日の事である。
屋根が取り払われた工場がそのまま発着所になり、そこで式典が執り行われた。
集められた私達ABクラスは王様の激励やら楽隊の演奏を聞き流し、騎士団に守られながら飛空挺に乗り込んでいった。
スポーツのワールドカップで外国に行く選手団みたいである。
「おーい、テスタロッサちゃん!」
例の目玉カメラを構えたリノ先輩が手を振っている。
前世なら報道陣のカメラやマイクが押し寄せてたような状況だろうが、今世ではそれらしき機材はこれだけだ。
そこを通り過ぎる際、いつものように髪の毛をサラリと払ってみた。
いい絵が撮れただろうか。
それからタラップを上がり、各々の持ち場へ散っていく。
私はブリッジだ。
エレガントな廊下を抜けて、ブリッジに上がる。
が……その前にやる事がある。
「エステレア」
「御意」
ペタリとエステレアが貼ったのは土足厳禁の張り紙である。
私のブリッジを汚されてはたまらない。
それからモフモフしたうさ耳のついたスリッパを10対ほど出しておく。
自分達の分だけではなく男子の分も用意する私。なんて優しいのだろう。
「ブリッジに上がるときは、はきかえて」
「あ、ありがとう」
アスラームが戸惑いながら履き替える。
あとは私の席だ。
威厳のある立派な座席だがこのままでは私に相応しくない。
無骨すぎる。
まずは触り心地の良い真っ白なカバーを掛けてみる。
汚れやすいので気をつけないといけない。
それから持参したクッションパッドを敷き、動物の形をした可愛いクッションを5つほど設置して……ボフっと座る。
両側に2つずつ、もう1つはぬいぐるみみたいに抱える。
なかなかのフィット感だ。
なにしろ成人男性を想定した座席なので私には大きい。それを埋める必要があったのだ。
「さすがはお嬢様。とてもお可愛いですわ」
「これ、おねがい」
「はい」
続いて取り出した絨毯をクロエとエステレアが敷いていく。
固定された椅子が邪魔なのでいくつかのピースに分けてある。
繋げれば全面を覆えるのだ。
最後に良い香りのするルームフレグランスを置いて、と。
こんなものかな。
「おいお嬢、戦う男の乗り物だぞ。乙女チックにすんじゃねえよ」
「戦うお嬢様の乗り物ですので」
「いいんじゃねえか。好きにさせてやれよこのくらい」
「良い趣味だと思うよ。僕も何か持って来れば良かったかな」
「お嬢に甘すぎだろお前ら」
ファンシーなもふもふスリッパを履いたチンピラはシュールだ。
私は椅子に座って足をプラプラさせた。
座ると足が床に届かないのだ。
足置きも持ってくるべきだっただろうか?
足置きと言えばドMはどうしてるだろう。皇帝に捕まって拷問されてなければ良いが……。
「うわっ、なんだいこれは」
と、ブリッジの入り口でスミスさんが声をあげた。
「お嬢様のご意向です」
「靴脱ぐのはいざという時心配だなぁ。そもそも浮き上がるのにクッションなんか意味あるのかい?」
……ないのかな?
椅子ごと浮き上がった事ないから分からない。
ちなみにスミスさんはオブザーバー兼技師として乗ることになる。飛空挺を動かす方法は難しくないが、使われてる魔導具や設備が壊れた時のために詳しい人が必要なのだ。
同じような大人は何人かいるが、基本的に船を動かしたり戦ったりするのは私達だけである。
「ティータイムはできるのかしら?」
「スコーンも焼きたいですね」
「トモシビ達は飛んだ時何飲んでたの?」
「魔術から直接のんでた」
私もティーセットは持ってきたが、考えてみるとお茶会は難しいかもしれない。
何しろ無重力である。前世のスペースシャトルでは飲み物はストローで飲んでいたと記憶している。
私も前の時は口の中に魔術で水を出して直接飲んでいたからよく分からない。
「トモシビさん、そろそろだ」
そうこうしていると外の観衆が退避して行くのが見えた。
出航の時間だ。
カウントダウンが開始される。
「3……2……1……」
「すたーと」
「……トモシビ君」
あ、私がスタートさせるのか。
艦長席の前にあるスカイドライブに魔力を込める。
メインエンジン点火といったところか。
連動して機体の各所にある浮遊器官が次々と効果を発揮する。
それらの魔力源はスパイから接収したキリン体の心臓……制式名称セルだ。
水晶よりはるかに多くの魔力を蓄えることができるのだが、いかんせん作り方がエグいのでグランドリアでは量産できていない。
まあ予備は確保してあるし、天脈から魔力充填できるようにしてあるので大丈夫だと思う。
フワリと体が浮き上がるのが分かる。クッションシートと接していたお尻が圧力から解き放たれた。
シートベルトがなければそのままブリッジを漂っていただろう。
「飛んでるよトモシビ君! 成功だ! ああ……人がゴミのようだ!」
「お嬢様のお力はこんなものではございません。家がダニに見えるくらいまで上がりますわ」
「まだ上がるのかい!? 素晴らしいよ! 君を研究員に推薦して本当に良かった!」
スミスさんがはしゃいでいる。
男はいつまでたっても少年のようなものと言うが、彼もその例に漏れなかったらしい。
もちろん私も空を飛ぶのは好きである。
こんな大きな飛空挺が浮き上がる様子は心が躍る。
そういうのは死んでも治らないという事であろう。
「観測班、頼みますわよ」
「分かってる」
観測班のメガネ2が答える。
機体各所に物見を設けて、それぞれに魔力を見ることのできる魔導レンズが取り付けてあるのだ。
飛行中は暇な人が交代で見張りを務める。
なにしろこの世界の空には障害物が多いのだ。しっかり見ていないと危険極まりない。
やがて王都の家々が地表に張り付くミニチュアみたいに見えるまで高度が上がった。
いつ見ても良い眺めである。
シーカーを出すとモヤモヤとした魔力が漂っているのが見える。
天脈だ。
これに繋げばあとは安泰である。
「素晴らしいぃぃ! 最高だ! 星の神秘だ!」
「これが天脈か……不思議なものだね」
「トモシビ君! まだベルト外したらだめなのかい!?」
「だめ」
前世の飛行機でも安定するまではダメだった筈だ。
よく分からないけどこの飛空挺でもたぶん危ないと思う。
「天脈、せつぞく」
「天脈接続!」
「アンテナ出せ!」
……………………。
「お嬢様」
あ、また私か。
出せって、なぜ艦長たる私が命令されているのだろう。
魔導鍵を解除する要領で魔力を込める。
飛空挺上部からタブロバニーの触角がせり出していく。
触角は魔物素材で強化してもっと効率良く魔力を集められるようになっている。
グレンの前にある端末に機体状況が映る。
システムオールグリーン。
問題なく魔力が行き渡っているようだ。
一先ずこれで安心だ。
シートベルトを取ると私の体がクッションごと浮き上がった。
やっぱりクッションは無意味だったようだ。
しかしすぐに柔らかいものに抱きとめられる。
「エステレア」
「私が代わりにお嬢様専用クッションになりますわ」
「ちょっと甲板に出てくるよ!」
「落ちないでよおっさん」
壁や天井にぶつかりながら外に出ていくスミスさん。
飛空挺には一応甲板もある。外に出られるのだ。
そこも無重力なので危ないけど、捕まるところがあるので滅多に落ちたりはしないだろう、たぶん。
見渡すと皆慣れない無重力にはしゃいでるようだ。
周囲には各人の小物や使ってないスリッパが浮いている。
これはテープかなんかで固定しないとダメか。
もうちょっと考えるべきだった。
「見てトモシビちゃん、逆さまになって天井歩けるよ」
天井に足を付けて踏み出すフェリス。
しかし歩を進めた途端に反作用で体はそのまま宙に浮いて飛んで行ってしまう。
そんな彼女をうまくブースターを吹かしてキャッチするエクレア。
メイが球体になって宙に浮く水を見て途方にくれている。
「これじゃティータイムは無理ですわねぇ」
「楽しいけど不便だね。移動するのも一苦労だ」
「……ちょっと待ってて下さい」
プラチナが弟と手を合わせて目を閉じる。
その途端、双子の周囲に漂っていたスリッパがポトリと落ちた。
魔力特有の違和感が空間に広がっていくのを感じる。
「あいたっ」
クロエが落ちた。
双子を中心として近い者から次々と床に落ちていく。
私もエステレアごと椅子に落ちた。
双子の精霊術だ。いつも浮いてるのとは逆で落とすこともできるらしい。
その不可視の力はみるみるうちに広がっていき、瞬く間に部屋に重力を作ってしまった。
「こんなもんでどうっすか?」
「バッチリです。これなら紅茶も入れられます」
1Gとまではいかないが格段に過ごしやすくなった。
私にとっては少々邪魔な精霊さんもなかなかどうして役に立つではないか。
この飛空挺は私が生身で飛ぶより遅い。アルグレオまでざっと3日以上はかかるだろう。
私は散らかった部屋のものを片付けながらどうやって快適な旅にするか考えるのであった。
アルグレオまでの航路は私が開拓した道をそのまま通る事になる。
まずジェノバまで行ってそこからひたすら南へ行く。
もうクルルスの像はない。
スッキリしたようで殺風景で物足りないような気がする。
今でもあの魔神が一体何だったのかは分からない。なんで突然動き出したのかも不明だ。
とにかく、あれがいなくなったおかげでこの航路が拓けたと言えなくもない。
してみるとあれは番人のようなものだったのだろうか?
ともあれ、もうあの山のような怪物の脅威はない。
世界を救った私に感謝である。
さて、海に出てからはそれまで以上に注意深く目を光らせる必要がある。
途中にある謎の雲や謎の花、それに透明な魔物がいるからだ。
生身で飛んでた時はスルーできたが小さすぎて見逃された可能性が高い。
この飛空挺が近くを通ったら何をされるか分からない。
もしかしたらクルルス以上の脅威が飛び出すかも知れないのだ。
あれらのあった地点は概ね記憶している。
そこを大きく迂回して避けつつ進んで行くことになるだろう。
未知とは恐ろしいものだ。
だが心を惹かれるのもまた事実である。
世界で最も勇敢で可愛い私率いる飛空挺セレストブルーは未知なる空を進んで行く。
願わくば……。
「トモシビちゃん、何書いてるの?」
「航海日誌」
「ああ、報告書ですわね」
「スコーンが焼けましたよ。休憩にしませんか?」
「あと一文だけ」
戦争に行くとは思えない和やかさである。
ええと、願わくば……。
締めはどうしよう。
「トモシビ神の加護があらんことを……でいいじゃないですか?」
「あんたそろそろ異端審問にかけられるんじゃね?」
神の加護でいいか……信じてないけど。
この旅に神の加護があらんことを、と。
精霊さんは頼めば普通に魔法を使ってくれます。チートです。
我々が生きてる間に宇宙に出ることはあるんでしょうか。私も一度は無重力を経験したいですね。
※次回更新は5月4日月曜日になります。