戦争準備します
※4月13日、文章校正しました。
「……では最後にトモシビちゃん」
「この放送は、一日おきにやるから、明後日また見てね……おねがい」
「はい、オーケー」
終わった。
一息ついて胸をなで下ろす。
ニュース配信を配信したからこれでもう5回目くらいになった。
見物人が多くて緊張するのだ。
元々人前で話すのは苦手な私である。未だに神経を削りながらやっている。
最近は学園の中だというのに一般人まで押しかけている。
この放送室はそれなりの大きさがあった教室を改造したものだ。
放送に使うスペースを除いて見物人でみっしり埋まっているから……何人だろう。
よく見ると廊下にも溢れてるから100人くらいいるかもしれない。
「お疲れ様ですお嬢様」
「トモシビちゃん、お昼食べに行こ〜」
「うん」
フェリス達が駆け寄ってくる。
お昼休みは一時間しかないのに私が終わるのを待っていてくれたのだ。
「よし、こっちだ……どいてくれ! 通れねえだろ!」
「ありがと」
グレンが群衆を搔きわける中を私達は進んで行く。
彼はずっとガードマンみたいなことをしてくれているのだ。
彼は体が大きいのでこういうのはうってつけだ。
「あ、こっち向いた」
「かわいー」
「トモシビちゃーん! お嬢様ー!」
声が聞こえてくる。思わず顔が緩みそうになるのをこらえる。
私のアイドル力の高まりを感じる。
そんな群衆に混じってステュクス家のアンテノーラがいるのが見えた。
目をキラキラさせて見ている。目が合うとつまらなそうな顔になって逸らした。
何なんだろう。
毎回見に来てくれるが彼女はいつもそんな感じだ。
ツンデレさんなのかもしれない。
「トモシビちゃん」
後ろからフェリスが抱きついてきた。私の首に両手を回して後頭部を抱え込む。
「?」
「呼んでみただけ〜」
体を擦り付けるようにスリスリしてくる。
そしてそのまま周囲に見せつけるように歩く。
……所有権を主張してるのだろうか。
たしか猫が体をスリスリするのはそういう理由だったはずだ。
寂しいのかな。
またニュースを引き受けたのは失敗だっただろうか?
なんか最近忙しいのだ。あまり遊ぶ暇もなくなってきた。
研究が2つ、マラソンとかのトレーニング、部活、当然勉強もしなきゃいけない。
一緒にトレーニングする事もあるけど、そのせいで疲れて寝るのも早くなった。
手を広げすぎだ。
前から言われてたけどさらに広げてしまった。
ニュースの原稿を覚えるから朝も慌ただしいし……。
グータラしてた日々が懐かしい。
人間の性根というのは早々変わることはないらしい。
「もっと休むことにする……かな」
私は尻尾を絡ませながら言ってみた。
「そうだよ〜、トモシビちゃんもうお金いっぱいあるんだからもっと遊ぼ?」
「もういっそ研究とかは丸投げしたらどう? ″窓″のやつは私とトルテとアンがアルバイトでやるわ」
「ああ、いいかもですね。スライムの研究はスライム自身ができますし」
「……うん」
良いかもしれない。
私が全部やる必要はないのだ。
魔導院の研究はほぼ私の手を離れつつある。
私の″窓″が私独自の力だと分かったからだ。
今の研究方針は″窓″を模倣した魔導具開発の方にシフトしている。私の力の根源の解明なんかはお金にならないのだ。
とりあえず……アルグレオとの親善試合が終わったらまたどこか旅行でも行こうかな。
私は首筋にフェリスの温もりを感じながら食堂へ向かった。
季節はもう冬、そろそろ生足が辛くなって来た時期である。
「……古代文明の残滓はそこら中に残っておる。遺跡、魔導具、魔術などじゃ。今では失われた技術によって作られておるものが多い」
教室にヤコ先生の声が響く。
4限目は歴史の授業だ。
魔法戦クラスであろうが教養は必要である。
当然、歴史だって習う。
「各地にある遺跡もそうじゃな。あれらも未知の技術だらけじゃ」
「ゴーレム、とか?」
「そうじゃな。それに構造自体も謎が多い。それ、お主が見つけた隠し部屋の魔法陣もまだ解明できておらんじゃろ」
あの複雑な二つの魔法陣の事だ。
遺跡全体が魔導具だという事なので、おそらくあれら魔法陣もそのパーツなのだろうとは言っていた。
大陸間の転送のために何かの役割を果たしているのだろう。
そもそもある遺跡の入り口だって突然現れたというし、とかくこの世は謎だらけである。
「アルグレオの技術も元は古代の模倣じゃろうな。大陸間の交流が途切れたことで忘れ去られたのじゃろう」
虫を改造する技術なんて悍ましいものがこちらになくて良かった。
あの皇帝の住む塔……というか芋虫のタブロバニーもそんな技術で作られたものなのだろうか。
古代人というのはよほど発達した文明を持っていたのだろう。
そんなすごい文明が衰退した理由はよく分からない。
しかし実際に衰退している以上何か相応の理由があったと考えるしかない。
「ま、テストにはほとんど出さんから別に覚えなくても良いぞ」
「なんだそりゃ、何のためにやってんだ」
「昔のことより今のことに比重を置く、そういう方針じゃ。お主らはさっさと強くなってもらわなきゃならんからな」
「まだ足りないのかよ」
「足りているかどうかはこの先の親善試合で分かる。お主らの場合はな」
にわかに教室の緊張感が増した。
アルグレオとの親善試合はもう1ヶ月後に迫っている。
仮に負けたとしても何かあるわけではないが、やっぱり国民にはがっかりされるだろう。
ちなみに試合はほぼ実戦形式でやることになった。
民間人には手出し禁止、殺傷力の高いものは禁止、相手の本部を占領した方が勝ち。
親善とは名ばかりの代理戦争だ。
もう相手はほぼ敵国みたいなものなので遠慮はいらないらしい。
「では5限目はBクラスと一緒に魔導院に行くぞ。荷物は持って行って現地で解散じゃ。お主らに見せるものがある」
「勿体つけんなよ」
「機密事項じゃからな。我々とて古代の模倣ばかりではない。ちゃんと前に進んでおる。それを見せてやろうと言うのじゃ」
先生はニヤリと笑った。
魔導院の裏の倉庫。新しく出来たそこには巨大な建造物が出来上がっていた。
「君たちが乗る……船かな。名前は決まってない。君達が決めるといい」
私が船長になる予定の船。
極秘裏に勧められていた大陸間を渡るための飛行船だ。
……いや、飛空挺と言うべきだろうか。
そのロマン溢れる物体に皆は言葉を失っている。
「格好いいでしょ?」
ラナさんがニコニコしている。
大きい。
飛行船みたいな流線形のフォルムはスッキリとスマートで、水上に浮かぶ船とは全く異なる形をしている。
船というより宇宙戦艦みたいだ。
未来的なデザインである。
後部にはブロック型のユニットが接続されている。
これが居住区かな?
「羽の部分をシールドから外に出せば急激な方向転換が可能だよ。天脈に接続してない時は魔力を節約しなきゃね」
「……乗るってどういうことだ?」
「乗って飛んで行くんじゃぞ、お主らが」
「飛ぶ? 乗って?」
「理論上問題なく飛べるはずだよ。スカイサーペントだって飛ぶだろう?」
事情を知ってる私達以外は戸惑っているようだ。
しかし案内される内、次第に実感が湧いてきたらしい。
「……な、中を見てもいいんですか?」
「いいよ、君達が乗るんだからしっかり見て覚えてね」
「ひゃっはー!」
「うおおおお!」
一部テンション高い男子達が中に乗り込んでいった。
私達も続いて船内に足を踏み入れる。
入り口は上の方にあるのでタラップが用意されている。
その辺は前世の飛行機と同じである。
「お城に似てるね〜」
「グランドリア様式ですね。同じ所の職人によるものでしょう」
瀟洒な意匠が散りばめられており、廊下にもカーペットが敷いてある。
土足で踏み入れるのを躊躇するほどエレガントだ。
手すりが天井にもあるのはたぶん浮いてる時は無重力になるからだろう。
うまく考えられている。
大規模な空間拡張の魔法がかかっているらしく、見た目よりけっこう広い。
はしゃぎ回る男子を尻目にブリッジに向かう。
艦の一番前にある部屋だ。
前面に窓、タブレット端末を改良したパネルがいくつか設置されている。
おそらくこれで操作を行うのだろう。操舵輪みたいなのはないらしい。
私は一段高いところにある艦長席に座ってみる。
……良い感じだ。
ここから号令をかけるのだ。
「船の名前、かんがえた」
「な〜に?」
「フライングパパにゃ」
「トモシビちゃん私のお父さん好き過ぎない?」
ダメかな。
可愛いのに……。
私のネーミングセンスなんてこんなものだ。地雷とか爆弾とか……。
いや地雷はご先祖様か。
…………?
地雷ってこの世界にあったっけ?
昔はあったのかな?
……まあいいか。
「フライングお嬢様フットでどうでしょう?」
「セレストエイム様そんな足太くなくね?」
「僭越ながら対エルフ用イカ型決戦兵器に変えてはいかがでしょう」
「メイ、貴女はそろそろイカ離れしなさい」
「そのご命令は……姫様でも……」
ネーミングセンスは皆似たようなものだったようだ。
結局、なんだかんだ話し合って名前は決まった。
『セレストブルー』だ。
私の名前と青い空の中を疾走したあのイメージを合わせたのである。
なかなか悪くない。
ちなみに私達の間で勝手に決めた名前だがゴリ押しするから大丈夫だ。
このセレストブルー号であのエルフや皇帝を驚かせてやるのが楽しみである。
それから帰宅した私はいつも通りトレーニングをする事にした。
トレーニングの内容はその日によって変わる。マラソンに魔術練習、剣術などだ。
今日やっているのは剣術の稽古である。
お父様と戦ってからはやめていたが最近また始めた。
しかもただの稽古ではない。
「……てやっ、てやっ」
敵をしっかりイメージするのだ。
イメージした敵の剣を……避ける。
そして打ち込む。
半身になって避けられた。
稲妻のような一撃が私を襲う。
剣で受ける。
受けた衝撃を再現して自ら吹っ飛んでみる。
強い。
エル子を想定したはずなのに強い。
私の想像力が豊かすぎるのか。
「……何やってるんだい?」
と、声がかけられた。
見なくてもわかる、アスラームだ。
申し訳ないけど今は忙しい。
このリアルシャドーは集中力が全てだ。
前世の漫画で見たのをヒントに編み出した修行である。
「見える?」
「ん? うーん……」
敵の姿が、だ。
私がそれなりのレベルに達していたら見えると思う。
やがて想像上のエル子は私の剣に斬られて血反吐を撒き散らしながら倒れていった。
……なんか可哀想なことをしてしまった。
次からは電撃とかで決着をつけよう。
「セレストエイムの舞踏か何かかな? とても美しいね」
「ちがう、剣の稽古」
「えっ」
全くわかってなかった。
仕方ないか。
私の修練が足りなかったということだ。
がっかりした私の表情を見て彼は慌てた。
「ごめん、敵をイメージしていたんだね。それは良い訓練だと思うよ」
爽やかに笑っている。
彼はトレーニングしているとたまに会うのだ。
ちなみに彼以外にもグレンやクラスメイトがなぜかよく通る。
「でも、生身の相手がいた方がもっと良いんじゃないかな」
アスラームは剣を取り出した。
私は彼と剣を交えたことは一度もない。
模擬戦をしたこともない。
刃物を持って女子寮の前をうろついていたのは気になるが、せっかくなので少し相手してもらう事にした。
建物の間に静寂が吹き抜ける。
剣を打ち鳴らす音は響いていない。
なぜなら私の剣は受けるまでもなく全て体捌きだけで避けられているからだ。
カスリもしない。
「……うん、基本は守ってるね」
涼しい声で言うアスラーム。
私の剣をギリギリまで引きつけてからスッと避ける。
だめだ。
見てから余裕である。
勝てる要素がない。
私は剣を下ろした。
「どうしたんだい?」
「……私にも、打ち込んできて」
避けられるだけじゃ面白くない。
せめて彼の剣を見せてもらおう。
「そうかい、じゃあ……行くよ!」
その瞬間、私の眼前に剣が止まっていた。
私は目をパチクリさせてのろのろと自分の剣を動かした。
……何もできなかった。
上段からの振り下ろしだったと思う。
見えてはいた。
見えてはいたが、反応できなかった。
「……受けはこう、直接受けたら力の差でやられる。受け流すんだ」
彼が私の剣を修正する。
剣に沿って相手の剣を滑らせるような感じ。
ゆっくり剣を合わせて何度かやってみる。
「うん。そんな感じだね。君は障壁を完璧に使いこなせるんだから大丈夫さ」
「うん」
「アルグレオとは殺し合いになるかもしれない。気を張って身を守ってくれ。君はただでさえ狙われやすいんだからね」
「……ありがと」
「どういたしまして」
手振って後ろを向くアスラーム。
そういえば前にもグレンにこんな感じで教わった。
あの時はクッキーをあげたけど……。
「待って……これあげる」
やっぱりお礼は必要だ。
アーモンドクッキー。あまりのアーモンドで作ったやつである。
それを差し出す。
「あ、ありがとう。嬉しいよ」
戸惑っているが本当に嬉しそうだ。竜のキーホルダーをあげた時より嬉しそうである。
やっぱり食いしん坊なのかな。
アルグレオとは実戦形式の危険な試合をするのだ。
彼の言う通り油断せず気を張っていかねばならない。
今度こそ去って行く彼を見送って、私はまたリアルシャドーに戻ったのであった。
ちなみに食いしん坊なのは言うまでもなくトモシビちゃんの方です。
※次回更新は20日月曜日になります。