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スパイは綺麗なものに憧れる

※三人称視点になります。



少年はモニターを見ていた。

ここは王都の玄関口にある噴水広場と呼ばれる場所。

そこにはモニターと呼ばれる大型魔導具が設置されている。

映像が浮かび出る不思議な魔導具だ。

アルグレオから齎されたこの魔導具は、何が仕掛けられているか分からないという理由で一時期撤去されていた。

ところが先日再び設置され、今日からまた放送を始めると言う。



(何も仕掛けてないらしいけどな)



少年の名前はホアンという。

アルグレオのスパイである。

ただのスパイではない。

元はこのグランドリアの住人だった。

借金のカタに奴隷として売られ、向こうの研究所で半年ほど教育を受けたのである。

彼の頭にはグランドリアに対する忠誠心はない。奴隷に落とされ売られた忌まわしい国だった。

それに比べてアルグレオは素晴らしい。好きなだけ食事は与えられ、教育も受けさせられ、魔法使いとしての能力開発までしてもらった。

自分はグランドリア出身のアルグレオ人であり、その出自が役にたつなら喜んでスパイもする。

彼はそう思っていた。


いたが……今はその辺の事情は忘れている。



「映った!」



出た。

トモシビ・セレストエイムだ。

モニターから飛び出た彼女はあの時と全く変わってない。

見物人の間から歓声が上がった。

久しぶりの放送だ。



『…………』

『トモシビちゃん』

『あ……ニュース・グランドリアの時間、だよ』



無表情に両手を振る彼女。

愛想はあまりないのに妙な愛嬌を振りまいている。

以前メインキャスターを勤めていた報道官は隅に追いやられ、メインがトモシビになってる。

噴水広場に集まった人々は概ね彼女のファンのようだ。

そして何を隠そうホアンもそうだった。



(今日もかわいいなぁ……)



彼が初めてトモシビを見たのはアルグレオの研究所で、モニターを通じてであった。







当時、研究所の休憩室にいた彼は、突然モニターに映ったその美少女に目を奪われた。



『私、トモシビ……それでここは、皇帝の愛人のおへや』



複雑な経歴を持つとは言え、彼も年頃の男子だ。可愛い子には弱い。

ましてやベッド上の寝姿や周囲の美少女と密着してふざけ合う彼女の映像はそういった娯楽に免疫のない彼には刺激が強すぎた。



「なんだあ? トモシビ・セレストエイムじゃねえか」



同じ休憩室にいたドワーフの言葉で名前を覚えた。

ドワーフは技術者だ。

研究所の設備や魔導具は彼らが作ったのでこうして設備点検などに来るのである。



『皇帝のあほー! ロリコン!』

「ぶははは! あの嬢ちゃん達いつも楽しそうだな」

「……知り合いなのか?」

「お? 気になるか坊主」

「皇帝の部屋にいるのにあんなこと言ってるからな」



と、目を逸らしながら言うホアン。

そんな彼の内心を顔を見透かしたようにドワーフはニヤニヤと笑った。

ホアンは奴隷ではあるが、この研究所ではむしろドワーフや研究員以上に大事にされている。

あの劣悪な奴隷商の管理下と比べたら天国だ。

これも彼がアルグレオに忠誠を誓う一因であった。

実際のところその奴隷商はアルグレオの手先であり、グランドリアは奴隷商を取り締まる側であったのだが、それは彼の知るところではない。



「お前と同じグランドリア人だ。皇帝にスカウトされてんだとよ」

「じゃ、じゃあここに来るのか?」

「あー……来るんじゃねえか? 知らんけど」







(結局来なかったな……)



ドワーフというのは仕事以外ではいい加減な性格をしているらしい。適当なことばかり言うのだ。

彼としてはけっこう心待ちにしていたのである。

その後、トモシビ達が帰還する予定の日の前日に、自然に溜まっていた魔力で転送魔法陣を使用してグランドリアに渡ったのだ。



『今日から、私がニュース伝えるから……ロナウドおじさんが、マスコットになりました』

『コメンテーターね』

『こめんてーたー』

『実際には2人で掛け合いでやって行く事になる。堅い話や補足説明とかも私が担当させてもらうよ』

『そっか……じゃ、ニュースよむね』



なんとメインは彼女が務めるらしい。

自らの立場を説明する報道官の声をあまり取り合わずに進めて行く。

彼女にとってはどうでも良いことなのだろう。

ホアンにもどうでも良かった。



『本日の魔物分布と、魔物予測は……これ』

『ふむ、北東部に偏りがあるね。魔王領に近い部分のようだけど』

『えと……騎士団は、魔王軍による、組織的な策謀であるとの、証拠を掴んでおり……あ、これ私が掴んだ。すごい?』

『トモシビちゃんがかい? すごいじゃないか』

『みんなで掴んだものだから、勘違いしたら、だめ』



勘違いさせたのは自分である。

先程自分の手柄を主張した舌の根も乾かぬうちに別の事を言ってドヤ顔をする彼女。

しかしそこに突っ込む人はいなかった。

噴水広場の視聴者も温かい目で見ている。

そしてホアンはもう少し熱い視線で見ている。

さらにニュースは続く。



『……敵対勢力の、国内における、情報工作、あるいは破壊工作、が、懸念されており……ロナウドおじさん、分かりやすく言って』

『いわゆるスパイだね。スパイに気をつけようという話さ』



その言葉に思わず身を固めた。

自分の事だ。

さすがに平和ボケしたグランドリアでもスパイがいる事くらいはバレていたらしい。



「ちょっといいでありますか」



肩を叩かれた。

落ち着いた男の声だ。

内心の焦りを悟られないようにゆっくりと振り向く。

見知らぬ中年男性がいた。治安部隊の服装をしている。



『どうやって、気をつけるの?』

『怪しい人がいたら通報するとか、機密情報の管理を厳重にするとかだね』


「何か?」

「トモシビ嬢を熱心に見ていたようですな」

「まあ、ファンなので」


『スパイって、いっぱいいるの?』

『この端末によるとこれまで13名を捕縛しているそうだよ。治安部隊は優秀だね』


「ファンならトモシビ嬢を悲しませるような事はするべきではないのではないですか?」

「何のことか……」



完全にバレている。

逃げるしかない。

彼はポケットの転送魔導具に手をやり……魔力を込めようとした。

その瞬間、 体に衝撃が走った。

ホアンはスイッチを切るように瞬間的に意識を断ち切られてしまう。

背後から別の男が空間から滲み出るように現れて彼の体をキャッチする。

それを見た中年男性……治安部隊のバーノンはタブレット端末を取り出して何事か操作した。



『ロナウドおじさん、数字が増えた』

『また一人リアルタイムで捕まえたようだね。いや世の中どんどん便利になっていくね』



その端末は、魔導院がトモシビの″窓″を元に開発した試作品をさらに改良したものだ。

マジックボードの情報を送信できるので、映像までは送れずとも数値データや文字、グラフくらいなら共有できる。

開発には当然、トモシビが関わっている。

なのに今度は自分の手柄を誇ることもなく、知らんぷりで無知な少女を演じている。

バーノンは年端もいかない少女のプロ根性に感心したのだった。

本当は試作品と形が変わっていて気付かなかっただけなのだが。







(ああかわいい)



アンテノーラは胸が締め付けられるような思いがした。

妬ましい。

自分もああなりたい。

360度どこから見ても美しいあの顔、何をしても許される幼げな愛嬌、なのにどこか扇情的で女としての魅力が漂う体と仕草。

妬ましくてたまらない。

それなのに……目が離せない。

アンテノーラはトモシビを見るとドキドキする。

嫉妬にかられながらも好きなのだ。

見るのも嫌なのに見てしまう。

彼女を滅茶苦茶にしたい。自分だけのものにしたい。壊したい、壊したくない。

狂おしい。



「むふー……むふー……」

「おい、あんた出過ぎだ」

「は? なに?」

「邪魔になるだろ、下がれよ」



やたら体格の良い男子生徒が彼女をたしなめた。

周囲を見回す。近寄ってしまっていたらしい。

アンテノーラは渋々下がった。

見物人の数は多い。

皆、トモシビを見に来たのだ。

もちろんアンテノーラもそうだ。



「あんたもファンなのか? あいつの」

「あいつ? 馴れ馴れしく呼ばないでくれる?」



なんだこいつ、とアンテノーラは男子生徒を睨んだ。

どこかで見たことがある。

有名人だ。

脳内で検索をかける。

情報局高官の娘であるアンテノーラならずとも知っているレベルの人物。

……グレンだ。

トモシビのクラスメイト。

彼はアンテノーラとは……彼女の所属するステュクス家とは因縁がある。



「なんで貴方が警備員してるの? グレン君」

「あいつを守るのが俺の役目だ」

「罪滅ぼしでもしてるの?」

「なんの」

「スパイの」



グレンは黙った。

今では見る影もなく没落しているが、昔彼の家はそれなりの地位にある貴族だったと聞いている。

その没落の原因は……スパイ容疑だった。

魔王軍と通じたというのだ。

そしてそれを告発したのがステュクス家であった。



「昔のことなんざ俺には関係ねえ。生まれる前の話だ。お前らの家にも恨みなんか」

『……じゃあ、トモシビちゃんの身近にスパイがいたらどうする?』

「あ、ちょっと黙ってて! 聞き逃したじゃない!」

「この女……」



この忙しいときにグレンなどにかまけてしまった事をアンテノーラは後悔した。

スパイなんて身近にいる、その通りだと思う。

何しろ捕まっただけで13人……いや14人である。



『私のファンにしてあげる』

『ははは、それは素晴らしい対処法だ。トモシビちゃんがいれば王都は安心だね』

『まかせて、実績もあるから』



妙なことを言った。

実績。

その言葉にアンテノーラは思わず身を固めた。

ファンにスパイがいる、そういう風に聞こえた。

隣を見る。

グレンは神妙な顔をしている。

彼のことか……それとも。



(まさか、気付いてる?)



自分のことか。

お見通しだというのだろうか。

グレンの家を告発したアンテノーラの家こそが本物のスパイであることに。


アンテノーラさんは感情が激しすぎてSなのか何なのか分かりませんが、とにかくかわいい女の子が好きな感じの人だと思います。


※次回更新は13日月曜日になります。

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