いつまでもプニプニしていられません
※3月30日誤字修正、ご報告申し訳ありません。
※9月5日、文章校正しました。
「ほうほう……つまり全てワシが正しかった。そういうことじゃな?」
「そう、かも」
たしかに先生には、みだりに魔王の力を使うなと言われていた。
昔の魔王みたいに迫害されないように味方を作れ、そう言われていた。
しかしこの勝ち誇った顔を見ているとなんだか腹立たしくなる。
そもそも、私だってそうしていたつもりだ。村を救ったのにあんなに怖がられるとは思わなかった。
「村を救ったのに理不尽だ。そう思っておるな?」
「バレた」
「もっと目立たぬようやることだってできたじゃろ? 大方お主のことじゃから派手な魔法で驚かそうと思ったのじゃろう」
その通りである。
私のことを救世主だとか言ってたから喜ぶと思ったのだ。
「切り札は使うなと言ったはずじゃがのう」
「……いつ封印できるの?」
「なんじゃ、強力すぎて怖くなったか?」
「うん」
「いつもこう素直なら可愛いやつなんじゃがな……」
「まあ! お嬢様はいつも素直であらせられます!」
「そうじゃな、反抗的なのはお主じゃった」
まあ、彼女は私の代弁してるようなものなので私が反抗してると言えなくもない。
私としても先生をやり込めるエステレアを小気味好く思っているのは否めない。
「封印はそのうちとしか言えん。準備がいるでな。その準備も遅れがちじゃ」
「なんで?」
「騎士団も忙しいからじゃ。お主らが今回遭遇したような魔物の大発生は他にも多数報告されておる。その対処に追われているらしい」
「じゃあそれも全部魔王の仕業なのかしら?」
「その可能性はお主らのおかげで高まったと言えるじゃろうな」
私たちの持ってきた残骸を指して先生は言った。
大型の魔物の肉でできたカプセルみたいな物だ。
キリン体に似ているが、もっと大型で色んな生物の破片を張り合わせたようないい加減な造形をしている。
私たちはあの後、村から帰る前に森に寄ることにしたのである。
目に見える範囲のオークは片付けたが生き残りがいるかもしれない。
それに調査がまだ半分だ。
エイが魔王領から来ていたのはわかったが、森で何が行われていたのかは不明だった。
そんなわけで森の奥へ進んだところ、この大型のキリン体……おそらく前に奪われたものを元に魔王軍によって改造されたのであろう。
それが設置されていた。
窓みたいなのがあった部分が開いていたので中を見たら、オークの幼体みたいなのが入っていた。
どうやらこのキリン体を母胎にしてオークを量産しているようだ。
アルグレオの技術を吸収し、魔王の技術と合わせて邪悪な禁術みたいなのが誕生してしまったらしい。
湧き上がる嫌悪感を堪えながら屠った。
その後、母胎となっている改造キリン体をスカイドライブで浮かせながらなんとか運んで来たのである。
気持ち悪いが重要な手がかりだ。
「ともあれ任務は完了じゃ。よくやったぞ。後は帰ってしっかり休むが良い」
ちなみにエイも何体かいたので倒して来た。
浮遊器官も手に入れ、村も守り、調査して改造キリン体のサンプルまで手に入れてきた。
任務としては120%達成してきたわけだが、私としてはあまり手放しでは喜べない心境なのであった。
部活が終わり、帰宅した私は学園の周りを走っていた。
「はぁ、はぁ……」
いや正確には、学園の周りの道のほんの一部をのたのた走っていた。
そんな私に、隣で走るフェリスが声をかけてくる。
「あとちょっとだよトモシビちゃん!」
正確には、フェリスは走ってない。早歩きしかしてない。
私は死にそうになりながら必死でついて行く。
最近気温が下がってきたので私でもマラソンができるのだ。
今やってるのは言わば自主練だ。
色々と思うところがあるのだ。
私は強くなりたかったが、それは核兵器みたいになって皆に恐れられるためではない。
そんな状態は私の理想ではない。
どこにもファンがいないではないか。
もっとキラキラした羨望の目を向けて欲しいのだ。
最強で最かわで人気者で何よりも自由で、それで精神面も理想の人格になりたいのだ。
村人達のあの目は何か違う。
それにもう一つ、魔法が強ければ体力が無くても良いのだろうか? そんな事はない。
肉体的にも皆の足を引っ張らないくらいにはなれるように努力した方が良い。
今まで暑くて体力作りをサボってた私だが、そう考えてマラソンを始めたのである。
「やったねトモシビちゃん! 500メートル達成だよ!」
「まだ……」
「トモシビちゃん!?」
フェリスに寄りかかるようにして倒れる。
ビクともせず受けてめてくれるフェリス。
私は全身の力を抜いて荒い息を吐いた。
持久力強化もなしで500メートルも走ったら私はこうなるのだ。
ちなみに夏の間はその半分も走れなかった。
「ここまでだね。足プルプルしてるよ」
「あと……3キロ……やる……」
「生き急ぎすぎだよトモシビちゃん」
よいしょ、とフェリスにおんぶされる。
彼女は息も切らしていない。汗もかいてない。私も汗がほとんど出ない体なので濡れたりはしない。
私の火照った体とフェリスの冷んやりした体が触れ合う。
体温が共有されて気持ちが良い。
「帰ってご飯食べようね。2人とも待ってるよ。トモシビちゃんが食べるまで食べようとしないんだから」
「あ……帰りながら、尻尾レスリングしよ」
「ストイックすぎるよトモシビちゃん」
尻尾レスリングとは、尻尾と尻尾で引きあったり押しあったりするやつだ。
尻尾筋が鍛えられる。
封印する予定の尻尾を鍛える意味があるのかは分からないが、お尻らへんの筋肉も一緒に鍛えられるんじゃないかと目論んでる。
私も戦う者である以上、いつまでもプニプニしていられないのである。
この尻尾、魔王の力は所詮借り物の力だ。
そのうち封印する。
封印した後も私の魔法はそれなりに強力なのだが……しかしである。
魔王の力は本来魔王のものなのだ。
この力を逆に使われたら私の魔法など通用しないのではないだろうか?
めすいぬことカサンドラはあまり憎めない人だが魔王はたぶん敵なのである。
というかそもそも、魔力支配は先生ですら持っている力だ。
他にも使い手がいないとは限らない。
もしかしたらアルグレオと戦う時にもそんな魔導具を使われるかもしれない。
それならば、備えるべきだ。
何をするにも体力は基本なのである。
「トモシビ様! フェリスさん!」
ラウンジではクロエとエステレアが待っていた。
「今日はレプタットから送られてきたお肉ですわ」
「これ、なに?」
「野生のシカだそうですよ」
「シカは村ではよく食べてたよ〜」
鹿肉のひき肉の塊を焼いたやつ。
つまり鹿肉ハンバーグだ。
レプタット村の領主の息子……オルクスはマンティコアの餌代と食肉を約束通りちゃんと送ってきているのである。
それを私は半分孤児院に渡して、半分はこの寮に寄付することにしていている。
レプタットは魔封器がなくなったが、そもそもあの村は魔封器の恩恵をあまり受けていなかったらしい。
元から森の中にある村であるため、魔封器で住民の魔力を隠しても迷い込んでくる魔物はいる。そうしてしばしばオーガなどに力無い住民が襲われるのだ。
そういう弱肉強食の村なのである。
駐留した騎士団はその野生っぷりに呆れている、とラナさん達が言ってた。
そんなわけで騎士団が駐留したことでむしろ前より安全になったそうだ。
「お嬢様、まずはこちらを」
エステレアがハンバーグを手早く切り分け、塩胡椒だけを振る。
私はそれにフォークを刺して口に運ぶ。
弾力がある。よく練られた肉を噛むと肉汁が染み出してくる。
どうやらつなぎを使っていないらしい。
お肉100%だ。
上質な牛肉の赤みのような味。
「お嬢様、あーん」
続いて、デミグラスソースをかけたものをエステレアが差し出してくる。
最初は塩胡椒、次にソース、一口ごとに違う味付けで食べるのが私の食べ方である。
ソースも合う。
赤みの硬い部分もハンバーグにする事で柔らかくジューシーになっている。
モニュモニュ噛んで飲み込む。
「まんぞく」
「お嬢様はお肉がお好きですのに、どうしてお体のお肉は増えないのでしょう?」
「私は全部、えねるぎーにしてるから」
「エネルギー効率悪すぎるよ」
「トモシビ様はまだ身長も体重も変わっていないんですか?」
「私の見立てではコンマ1グラムも変わっておられません」
身長が伸びないのは分かるが、体重が変化しないのは不思議である。
それは筋肉も贅肉も変化してないということだ。
もしかしたら、マラソンしても筋トレしても私は全く変化しないのかもしれない。
それでもまあ……やらないうちから諦めるのは良くない。見た目変化しないだけで燃費が良くなったりするかもしれない。
とりあえず運動の後の肉料理は美味しい。
エネルギーは不足しているのだろう。いつもより多めに食べられる気がする。
付け合わせのニンジン、ジャガイモ、玉ねぎもいただく。
全部バターでソテーしてある。ホクホクと野菜の自然な甘さで舌を休める事ができる。
ちなみに付け合わせの野菜はスライムの分もある。
スライムは食卓の上で野菜を捕食している。
そのスライムのお皿に、フェリスが麻雀のすり替えみたいな早業で玉ねぎを突っ込んだ。
すごい、誰も気付いてない。私がやると皆に気付かれるのに。
今度やり方を教えてもらおう。
「食べたら、ポケ人バトルしよ」
「いいよ〜。寝るまでやろうね」
ポケ人バトルは魔導人形を使ったバトルである。
人生色々ゲームのコマだった人形は魔導人形に改造されて比較的自由に動かせるようになった。
これを使ってバトルして遊ぶのだ。
集中力がいるので魔力操作の練習になる。
人形の性能はフェリス達が高いが、私は魔力の扱いが上手い。
総合力で見れば意外と良い勝負ができるのだ。
ちなみにポケ人バトルの名前は私が考えた。
「お嬢様、先に入浴してお着替えになってからにいたしませんと」
「そうですね。いつも様子を見に行ったら2人とも寝てますから」
「魔力使うから眠たくなるんだよね」
ポケ人バトルで遊んでいると、フェリスはだんだん姿勢が崩れてきて寝ながら操作するようになる。
私はうつらうつらして倒れる。
そこでエステレア達に起こされるのがいつもの流れだ。
勝敗は不明である。
なぜなら人形の方も寄り添うように寝ているからだ。
「今日は特に色々あったんですからすぐ寝ちゃいますよ」
「マラソンまでしたもんね。トモシビちゃん体力ないのにタフだよね」
「お嬢様はすぐご無理をなさるのですから……」
「無理してないよ」
無理はしてない。
私には目標があり、そこへ進む意思が変わらずある。考える事はあれど迷う事はない。
味方もいっぱいいるし大好きな皆もいる。
一人じゃないというのは何をするにも心強いものだ。
実のところ、変な目で見られようとおかしな噂を立てられようと、私はこうやって皆と食べて遊んで寝てしまえばストレスなんて飛んでいってしまうのだった。
魔導人形は市販品ではありませんが、クマのカズトーリさんにおねだりして優先的にもらっているようです。
※次回更新は一週間後で4月6日月曜日になります。