スーパーお嬢様タイム
祈祷が終わり、餌を前にした犬のようにはしゃぐクロエに促されて体内の魔力太陽、聖炎とやらを全体化してみた。
その結果、私の髪の毛から出たような炎がクロエとエステレアの指先から発生したのである。
「ビャァァァァ!!見てください!私にも!」
「お腹が温かいです。お嬢様の魔力を感じます……」
クロエは喚き散らし、エステレアはお腹を押さえてうっとりしている。
すごく疲れた。やっぱり距離関係なく9人分の魔力を消費したらしい。他のメンバーは今ごろ阿鼻叫喚かもしれない。
ソファにもたれ掛かると眠気が襲ってきた。
うつらうつら舟を漕ぐ私を見てエステレアが慌てる。
「お嬢様、ちゃんと入浴してお着替えになられてからお眠りください」
「ねむたい」
「いけません、もう……」
私を抱き上げてお風呂場に連れて行こうとするエステレア。聖炎はもう消えたようだ。
「あ、あの、待ってください」
「お嬢様はお疲れです。申し訳ありませんが」
「いえ! 私にお手伝いさせてください!」
「何ですって!?」
エステレアはいきなりキレた。
「いい加減にしなさい! これ以上お嬢様分を我慢したら私は何をするかわかりませんよ!」
「そんな、なにも我慢しろだなんて」
「貴女が見てたらできない事があるのです!」
「な、何をする気なんですか?!」
たぶんクロエが想像している事とは違う。エステレアは決して『そういう事』はしない。
「つかれたからまた明日」
「……わかりました、今日はこれでお暇させて頂きます」
私が言ってようやく納得してくれたようだ。
深々とお辞儀をして出て行くクロエ。
それを見届けたエステレアは一転して鼻歌でも歌いそうな顔で私の服を脱がせ始める。
「やっとスーパーお嬢様タイムの始まりですね、お嬢様。お覚悟を」
「普通がいい」
「我儘を言ってはいけません。手早く済ませますからしばしご辛抱ください」
我儘を言っているのはエステレアではないだろうか。彼女は私の髪の毛を素早く梳かしてからシャンプーを馴染ませ、優しく撫でるように頭皮をマッサージする。
その心地良さといったら。
脳神経が痺れていくような感覚。自然と目が閉じていく。
「痒いとこはございませんか?」
耳元で囁く声がまた心地良い。
「ここですか……?」
何も言ってないのに太ももに手を伸ばすエステレア。
そのままマッサージするかのように揉みほぐす。
ぼーっとして抵抗する気も起きない。
「全然凝っておりませんね、ぷにぷにです」
シャンプーをお湯で丁寧に流し、頭にタオルを巻いて湯船に浸かる。
いつのまにか自分も洗い終わっていたエステレアも一緒に入ってきた。
本来ならメイドが主人と一緒に入るなど褒められた事ではないらしいのだが、我が家では当たり前である。
「お嬢様はなんでそんなにお綺麗なのでしょうか?」
「? エステレアも綺麗」
私は自分のことを絶世の美少女だと思ってる。しかし女性的な魅力でいうならエステレアは私以上かもしれない。
私は顔も小さく足も長い方だが、やはり子供にしか見えない。胸もない事はないという程度だ。いや実際に子供なのだが。
対してエステレアは、胸も豊かなくせに腰ははっきりとくびれている。私の世話で引き締まった体はモデルのようで、もし私が″俺″そのままならドキドキして一緒に入浴などできないかもしれない。
「私など男に変な目で見られるだけです」
エステレアは自分の胸を見てそう言った。エステレアは自分の体が性的な対象に見られるのを嫌がっているようだ。
「お嬢様の美しさは天上の芸術です。神の生まれ変わりと聞いて納得いたしました」
「たしかに」
少なくともこの体は″俺″の理想の女の子だ。芸術作品と言っても過言ではないかもしれない。
「ですからお嬢様」
「ふあ」
ぞくっとした。エステレアが不意に耳元で囁いたのだ。最近気付いたのだが私はこれに弱い。エステレアもそれが分かっているらしく、スイッチが入ると執拗にウィスパーボイスで攻めてくる。
「お嬢様を愛でるのは芸術鑑賞と同じ。高尚な趣味なのです」
そう言って背後に回ったエステレアに全身を撫で回される。首筋に舌を這わせたかと思うと、耳にかぶりついてきた。
「んっ……」
「ふふ、かわいすぎて食べちゃいました」
いつもならここでやりたい放題やられるところだが、これ以上お風呂で続けるとのぼせてしまう。
いつも私が湯船に入っている時間は30秒ほどしかない。体温が高いせいかすぐダウンしてしまうのだ。
ちなみにエステレアは冷え性なので長く浸かっている。冬場などは私が湯たんぽ代わりになったりしているほどだ。
そんなわけで私は気力を振り絞って反撃する事にした。
「どうなさ、ッ!?」
唇と唇が軽く触れただけ。キスというのもおこがましいほどの接触。
しかしそれだけでエステレアは真っ赤になってしまった。
「ああ……あ……」
「また今度」
固まってるエステレアを残して先に上がる事にしよう。
さっさと体を拭いて、用意されていた下着と寝間着を着る。
寝間着は今日買った肌触りの良いやつだ。
髪の毛は魔術で乾かす。火と風の式を調節して温風を出すのだが、湿度と出力を調整すればすぐに乾いてしまう。熟練すれば前の世界でいうドライヤーより効率が良いのである。
濡れても全然絡まない不思議な髪を魔法陣と重ねた櫛に通すと、サラサラと流れる。
……あの聖炎は髪に悪影響はないようだ。やっぱり燃えてるように見えるだけか。
浴室からエステレアが出てきた。
「エステレア」
「ひゃい!」
「髪乾かしてあげる」
「お、お嬢様にそのような……」
「やりたい」
もう一度、魔法陣を構築して、彼女の艶のある黒髪に櫛を通していく。スッと通すごとに水分がなくなってサラリと乾く。エステレアは落ち着いてきたようだが、まだ少しもじもじしている。
「唇の熱が消えません……」
エステレアはこう見えて純情だ。普段私にやりたい放題やっているように見えて変な所には一切触れることはない。
耳を噛んだりはするが……でもキスなどするとこの通りである。
大人びているがまだ14歳なのだ。
それなのに私のために普段から色んな雑用をしてくれている。自分の時間などほとんどないはずだ。
メイド服が私服となるほどに。
不意に彼女の事が愛しくなった。
「エステレア、いつもありがと。大好き」
「?!」
言ってしまった。
さすがに恥ずかしくなってきた。震え始めたエステレアを放りだしてベッドに潜り込む。
背後で奇声が聞こえた。
私も布団の中でしばらくは悶えていたが、いい加減疲れていた私はそのまま押し寄せる眠気に身を任せたのであった。
翌日、眼が覚めるとエステレアに抱き枕にされていた。
足に足を絡ませて、全身でしがみ付いていて身動きが取れない。
よほど寝心地が良かったのか、いつもは私より先に起きて支度をしているのに、今日ばかりは幸せそうな顔でぐっすりである。
「おきて、おきて……」
このままでは何もできない。そう思って声をかけるが結果は思わしくない。
疲労が溜まっているのかもしれない。
昨日の考えが頭をよぎる。エステレアを休ませてあげたい気持ちもあり、無理やり起こす気にもなれない。
どうしたものかと考えていると家のチャイムが鳴らされた。
「クロエです!お迎えにあがりました!」
ちょうどよかった。クロエに手伝ってもらおう。魔導錠を遠隔解除して部屋に入れる。
クロエは私達の様子を目にして少し驚いたようだ。
「私が見てたら出来ないことって……いえ大丈夫です。全然良いと思います」
クロエはまだ何か勘違いしている。それはいいからエステレアを優しく解いてほしい。遅刻してしまう。そう伝えると彼女はニヤニヤしながら快く了承した。
「では、し、失礼しますねー……わー……わー」
クロエは布団をめくり、私とエステレアの肢体の絡みを目にして喜んでいる。
私もエステレアも下はショートパンツなのでそれっぽく見えるのだろうか。
「寒……あ、お嬢様……クロエ?」
そうこうしてるうちにエステレアが目を覚ました。もはやクロエにはさん付けもやめたらしい。
「おはよ」
「おはようございます。申し訳ありません、私としたことが……すぐ支度いたします」
「あの、私もお手伝いを」
クロエが申し出る。どうしても私の役に立ちたいみたいだ。なんか騙してるみたいで心苦しいので、後でちゃんと話そう。
「仕方がありませんね」
どっちが手伝ってもらうのか分からない台詞で了承するエステレア。
しかしクロエのおかげでなんとか間に合いそうだ。
いつものようにスムージーを飲んで髪の毛を整えて……昨日買ったゴスロリ調に合わせるならシンプルにストレートにしてヘッドドレスをつけてみよう。鏡の前でドヤ顔する私。
「本当に、怖いくらいお似合いです」
「ふつくしい……」
自分で言うのも何だが魔性すら感じる美貌だ。今まで聖属性だったのが闇属性になった感じ。両方が備わり最強に見える。
支度ができたらフェリスと共にラウンジで朝食の後、ティータイムだ。
丁度良いのでこの機会にクロエとフェリスに私のことを話そう。私にはゲーム……いや前世のものらしい記憶があること。前世はたぶん別の世界だったということ。
「じゃあトモシビちゃんは本当に神様の生まれ変わりなの?」
「いえ、むしろ聖火神様ご本人ではなくて、新たな聖火神様と解釈すべきでしょうか……?」
「お嬢様はお嬢様です」
エステレアの言う通りだ。私を聖火神と思いたければ思っても良いが、押し付けるのは遠慮願いたい。教団にもそう報告してもらいたい。
そんな私の言葉に、クロエはいつものどこかオドオドした様子はなくなり、私の目を真っ直ぐに見て言った。
「聖火神様は魔を浄化し、人の世に安寧を齎したとされています。トモシビ様は何を目指すのですか?」
いきなりそんなこと言われても困る。
つい先日変な記憶が蘇って、自分の中で色々なものが変わった。現在それに振り回されている真っ最中である。
大きな目的といえば、自分のなりたい自分になること、私の生きたい人生を生きること。
……でもそれって具体的になんだろう?
人それぞれ夢があるはずだ。
憧れる職業、好きな趣味、得意なこと、そういう道を見つけてそれぞれ進んでいく。その先に夢がある。
″俺″にはそんなものなかった。
じゃあ私は?
私は具体的に何がしたいのだろう?
「世界征服?」
「目的大きすぎだよ!」
「じょ、冗談ですよね?」
私はもっと強くなりたいしかわいくなりたい。
色んな知識を蓄えて、世界中の綺麗なものや珍しいものを見て、美味しいものを食べて、便利なものや素敵なものを手に入れたい。
目指すものなんていくらでもある。
私は欲望の塊なので一つに絞るなんてとてもできない。
「その魔というのがお嬢様の道を阻む愚か者ならば浄化されるでしょう」
エステレアが無茶苦茶な代弁した。幸い私は家柄には恵まれている方だ。何でも試してみるのも良いだろう。
「トモシビちゃんは領主にならないの?」
フェリスの言葉に現実に引き戻されてしまう。
彼女は卒業したら騎士団に入るのだろうか。
だが私は。
「分からない」
「で、では聖火教に」
「入らない」
決められない。
でも自由が良い。何をするにも自由がなければできない。私の人生観は常人のものではないと思う。何しろ前世の記憶があるのだ。しかも前世の世界から見たらこの世界はファンタジーだ。
セレストエイムは私の故郷である。引きこもってたのでそんなによく知らないけれど、蔑ろにするつもりはない。
だが一生領地に縛り付けられて生を終えるなど考えられないではないか。
やりたいことが多すぎるのだ。
私はいつもより少し多弁にそんな事を説明した。
「では私をお側に置いてください。新たな聖火神様の偉業を記して新訳教典を……」
「お嬢様のお側にはこのエステレア一人で充分です」
エステレアはにべもない。
だが、私も今のところエステレア以外と一緒に暮らす気はないものの、たまには彼女も休ませてあげたいと思っていたところである。
「隣の部屋にくる?」
「お嬢様?!」
「それでたまにエステレアを手伝って」
パートタイムのメイド見習いといったところか。お給料も支払わないといけない。
そのうち実家に言っておこう。
「は、はい!」
「お嬢様が申されるなら……」
渋々従うエステレア。すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干す。こうして私に仕えるメイドが一人増えたのだった。
書き溜めていたのを文字数で切っているので、丁度良いとこで終わりにできないのがもどかしいですね。
※誤字報告、ありがとうございます。すごく助かります。