転生したと思い込んだ少女
VRゲームが流行ってた。
何のゲームをやってたかは忘れた。
いつものようにヘッドギアをつけて横になった。
たしかそのはずだ。
目の前に光の渦が見えた。
まるで銀河のように数多の光点が集まって渦巻いている。
みるみるうちに銀河は視界いっぱいに広がり、俺の体はその中の一つの光点に落下していくようだった。
すごいスピードだ。視界いっぱいに光が溢れる。ぶつかりそうで怖くなり、思わず目を閉じてしまう。
覚悟したような衝撃はなかった。
目を開けてみる。
俺はどこかの部屋にいた。
目の前にはこちらを見つめるやけにでかい婆さんとベッドに寝転んだ若い女性。
「はじめまして。私の赤ちゃん。あなたの名前はトモシビ……トモシビ・セレストエイムよ」
産まれるところから体験させてくれるゲームだろうか?
俺は勝手に産声を上げる自分の体を感じながら、そんなことを考えのたのであった。
という記憶を私は今、唐突に思い出した。
私ことトモシビ・セレストエイムは地方領主であるセレストエイムの家に生まれ、12歳にして王都魔法学園への入学が決定した才女だ。
その学園の制服を鏡の前で試着し、年頃の少女らしくかわいい着こなしを研究していた、まさにその時であった。
″俺″……いや私は……。
鏡には、うさぎのように真っ赤な目、シミ一つない白い肌、おまけに毛先だけが赤い銀髪という目立つ容姿をした美少女がいる。
とてもかわいい。
ゲームキャラなら当然だ。
この世界はゲームである。
……いやそんな馬鹿な。
昨日までの私は概ねただの女の子だったはずだ。その記憶もちゃんとある。
まあ髪の毛の先だけ自然に赤くなるというおかしな特徴はあるが。
ゲーム世界というにはあまりにリアルで物体も人物も本物にしか見えない。
そうだ。
記憶通りこれがゲームならユーザーインターフェースがあるはずである。
魔法を使うときの要領でインターフェースを見ようと念じてみる。
その瞬間、空中に様々な項目のある″窓″が現れた。
メインメニューの画面のようだ。
本当に出てしまった。
ベッドに寝転びながら思い出すのは今までの人生。
私はほとんどこの屋敷から出たことはない。嫌われてたわけではない。むしろ逆だった。
ただ何しろこの容姿は目立つ。
外に出る時は精一杯虚勢を張って領民の期待に答えていたが、元々人見知りの私には荷が重かった。
勉強は両親が教えてくれた。
英才教育だったのだろう、気がついたら幼学校のレベルは超えてしまっていた。
卒業資格を取るための試験は実技・座学共に満点だった。座学はともかく実技については苦労した。身体能力で劣る私は魔術を人一倍努力して研鑽してきたのだ。それが報われて嬉しかった。
しかしそれも予定調和だったのだろうか?
自分がプレイヤーなら、いわばこの世界の主役だ。NPCはプレイヤーを楽しませるための舞台装置に過ぎないのである。
皆、私を褒め称えてくれた。
領主のご息女は天才だと評判だった。
それもプログラムされたNPCだったのだろうか?
家族さえも……?
先日の魔法学校入学試験では、私は指一本動かさず的を灰にしてやった。
試験官はその場で合格を決定した。
両親も試験官も、誰もが自分を賞賛した。
気持ちよかった。私の努力が報われたと思った。
だが、それもそういうシナリオをプレイしているだけだったと思うと、虚しい気持ちになる。
……本当にそうなのだろうか?
自分で言うのもあれだが、才色兼備の領主の娘がチヤホヤされるのは不思議なことではないと思う。
それに、誰も彼もゲームのキャラクターにしては自然すぎる。
彼らは普通に自意識を持って考え、動いてるように見える。そんな出来の良いAIがあるものだろうか。
……私の願望でそう思いたいだけかもしれない、そんな考えも頭をよぎる。
だがそもそも他人に人間としての意識があるかどうかなどどうやって見分ければいいのだろう?
寝転びながらメニュー画面を開いて眺めてみる。
ステータス、装備、アイテム、フレンド、オプション……
今のところ、証拠はこのメニューウィンドウと自分の記憶だけだ。
これさえなければただの妄想や白昼夢と考えたかもしれない。
ただこのメニューにはゲームなら本来あるべきものがない。
そう、ログアウトの項目がないのである。
「……お嬢様、お嬢様?」
「……エステレア」
いつの間にか寝てしまったようだ。起こしてくれたのは私専属のメイドであるエステレアである。
黒髪に黒い瞳がメイド服とよく似合っている。出るところが出て引っ込むところが引っ込んだプロポーションは14歳には見えない。
「お嬢様、制服にシワができてしまいますわ。入学式前ですのに」
そういえば制服のまま着替えるのを忘れて、そのまま寝てしまったらしい。
ぼんやりしている私の服を脱がせにかかるエステレア。
一瞬ギョッとしてしまうがすぐにいつものことだと思い出す。″俺″と私の記憶が混じったせいで混乱してしまっているらしい。
昨日までの私ならば制服のまま寝ることもなかったかもしれない。
ぼーっとしている私の服をエステレアは容赦なく剥ぎとっていく。
ブラウスのボタンを片手で開けつつ、もう片方の手は服の中を弄るように動く。スカートを剥ぎ取るついでに太ももを撫でる。
このメイド、こんなにボディタッチが多かっただろうか?
前までは特に気にもしなかったことだ。しかし今は”俺″としての記憶が影響しているせいか、妙に手つきが気になる。ドキドキして彼女の顔をまともに見れない。
「あら? 今日のお嬢様は……」
下着姿のまま鏡の前に座らされ髪の毛をとかされる。
鏡の中には顔を赤くした美少女がいる。
エステレアは優しくもどこか妖しい手つきでその美少女の髪の毛や肌を撫でていく。
……なんか気持ち良くなってきた。
でもエステレアってこんなんだっけ? 昨日までも着替えを手伝ってもらったりはしていたが、ここまで露骨ではなかったと思う。
どんなことでも清楚に微笑みながらこなしてみせるこのメイドを、私は頼りになる姉のように思っていた。
このようなSっ気のある笑みを浮かべて体を弄るような人間では……いや私が気にしなかっただけで、普通にやってたかな。
そんなことを考えてると。
「……力を抜いて下さい」
突然耳元で囁かれて私はビクリと反応してしまう。
エステレアはそのまま舐め回すような声で囁く。
「可愛いお耳が……真っ赤になってます……」
エステレアの息が荒い。と思ったら自分の息もだ。
もうこれ以上は……。
「や」
やめて、と言おうとしたが被せるようにエステレアが囁いた。
「お悩みがあるのなら、どうぞこのエステレアにご相談下さい」
「……え?」
「ご様子が違ってらしたので気分転換にと」
たしかに、頭の中が真っ白になった。
悩んでいたことも忘れていたほどだ。
「そうなの?」
「はい」
エステレアは既にいつもの気品ある微笑みに戻っていた。
彼女が本当に気分転換を考えてやっていたのかはわからないが、私を思ってくれていることは信じられる。
エステレアはあまり喋らない私の心の機微を、読心術でもあるのかと思うくらいよく察して行動してくれるのである。
このエステレアも、それに父も母も前の世界の人と何も違わないように見える。
これがAI操作のNPCと言われて誰が納得するだろう。
むしろNPCなどと考えていたことに罪悪感すら覚える。
エステレアは5年前、父がどこからか連れてきた。それからずっと私のメイドとして世話してくれているのだ。
今では両親と同じくらい大事に思っている家族である。
私はこの降って湧いた謎の記憶をエステレアに話してみようと思った。
この世界は作られたものであるということ。
自分はこの世界を作った人々の住む世界から来たこと。例えたり比喩を使ったりしながら頑張って説明した。
説明が難しい上、元来舌足らずな私にはそれなりに骨である。
エステレアは目を丸くして聞いていた。
「お嬢様は天から降りてきた天使様ということでしょうか」
む。
なるほど、そういう解釈もあるのか。
「ふふふふ。お嬢様が天使だなんて、私、とうの昔から気づいておりました」
エステレアは背中から私に覆いかぶさるように抱きしめる。
彼女は冗談か何かだと思ってるようだ。
それはそうだろう。正気を疑われないだけましかもしれない。
なんか恥ずかしくなってきた。まるで私が思春期特有の妄想ごっこしてるみたいではないか。
私はメインメニューの″窓″を出してみせることにした。
「見て」
「これは……魔法陣ですか?」
魔法陣。そういう見方もあるのか。
そう言われてみると確かにこのウィンドウは私の魔力で描いているようにも思える。
しかしただの魔法陣とは異なる。
なんと説明したら良いだろう?
「……便利なツールが詰まった窓、かな?」
「どういうことでしょうか?」
実際に見せるのが早いだろう。
メニューを操作し、アイテムボックスを呼び出してみる。
操作は手で行う必要はない。全て頭の中で考えるだけで行われる。
物体をアイテムボックスにしまうときも手に持って頭の中で収納したいと念じるだけだ。
試しに鏡台に置いてあった櫛をアイテムボックスしまってみせた。
「他にも色々できる」
「一瞬のうちに何度も絵を描いて動いて見せているのですね。しかも転移魔法と連動させるなんてさすがはお嬢様です」
「え、ちがう、よ? たぶん……」
そうじゃない。何か違う気がする。
しかしうまく説明できない。私は今も昔も口下手なのだ。
その後も、マップを見せれば魔力で描いていると言われ、ショートカットから魔法を使えば、早すぎて魔法陣が見えないと喜ばれた。
エステレアは無駄に頭が良いので、すぐに辻褄があう説明を見つけてしまうのである。
最終的には窓の絵を魔力で描いて動かし、その項目と連動した魔術を圧縮魔法陣で瞬時に発動する技術だということになった。
言われてみるとだんだん自分でもそんな気がしてきた。
実際この″窓″はよく見ると小さな魔法陣の集合体のようだ。
「実はそうなのかも……?」
「無意識にこれほどの魔法を構築してしまうなんて流石はお嬢様。私、自分の慧眼が恐ろしいですわ」
どさくさに紛れて自画自賛しているが、私も褒められてるので悪い気はしない。
この″窓″が、私が無意識に構築した魔法技術であるのならば、この世がゲームである根拠など何もなくなってしまう。何しろ自分でも妄想かもしれないと思い始めているのだ。
私はこの世界で12年間過ごしているわけだ。″俺″が飲まず食わずぶっ続けでゲームをプレイしているならとっくに骨になっているだろう。
とはいえ″俺″の記憶が単なる妄想の類とも思えない。その知識や経験の量は私のそれを上回っている。もはや私の人格はこれまでの私とは違っているはずだ。
となると前世の記憶とか……そういう類だろうか?
″俺″はゲームを起動させたまま死んだ?
その影響で無意識にゲームのインタフェースみたいな魔法を作ってしまったとか。
あり得ない話ではない。
いや、普通に考えたら有り得ないのだが、こんなぶっ飛んだ現象を説明するにはそういうぶっ飛んだ話しかないだろう。
そもそも……仮にゲームだとしても12年過ごして違和感がないならそれはもう一つの世界ではないだろうか。どうせログアウトできないのなら前世であろうとゲームであろうと何も変わりはない。
つまりところ、妙な記憶が蘇ったからといって何が変わるわけでもないのだ。
私はそう納得する。
思考から覚めるとエステレアがニコニコしながら私を見ていた。
「お嬢様はお嬢様です」
「うん……」
「さあ、明日は早いですからもうお休みになりませんと」
そうだ、とにかく明日は魔法学校の入学式。
私はそこに入学する女の子、トモシビ・セレストエイムなのだ。
「でも……ふふ、お目めパッチリですね。ではもう少し気分転換いたしましょう」
エステレアが猫か何かを撫でるように首筋を触る。首筋から耳、そして髪の毛をゆっくり撫でる。
私はエステレアのなんだかぼーっと眠くなるスキンシップでいつのまにか寝かしつけられたのだった。
初投稿です。よろしくお願いします。