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娼館番頭ヘリオトロープの場合。上

 とある月夜。時刻は夜の八時。


 そんな遅い時間帯に、ヘリオトロープ・タロッテとユレニア・タロッテの二人は、メイド服を着る二人の連れと共にグラノワール公爵家の応接室へと通された。

 それも王都から離れた郊外にぽつんと一軒だけ建つグラノワール公爵家の別荘の中の、だ。


 親しくもない貴族の屋敷に招かれるには、非常識な時間帯となる。仕事の時間としても、遅過ぎる。


 今日のヘリオトロープは、シンプルなブラウスにベスト、巻きスカートという簡素な格好。そしていつも通りにヴェールで顔を隠している。


「ようこそ。タロッテ男爵代理、ヘリオトロープ殿。そして、ユレニア君」


 そんなヘリオトロープとユレニアを迎えたのは、白髪混じりの薄茶の髪を撫で付け、上品なスーツを(まと)った中年の細身な紳士。


「こんな非常識な時間に別荘へのお招き、ありがとうございます。グラノワール公爵様」

「ありがとーございまーす」


 ヴェール越しの皮肉を含むヘリオトロープの声と、にこにこと無邪気な笑顔のユレニア。


「いやはや、なかなかに手厳しいことを言ってくれる。まあ、こんな場所へ、夜に呼び付けたのはわたしなのだから、当然かもしれないがね」

「ご挨拶は結構です。早速本題に入らせて頂いても宜しいでしょうか? グラノワール公爵様」

「そうだね。では、謝罪と代金及び慰謝料の支払いを済ませるとしようか」


 パンと! グラノワール公爵が手を打ち鳴らすと、グラノワールの使用人が現れ、お盆に載せた金貨の山をどんどんテーブルの上へと積んで行く。


「さて、まずは謝罪を。タロッテ男爵家(よう)するサロン及び従業員女性達へ、元グラノワールの者が粗相し、侮辱したことを詫びよう。そして、未納代金と罰則金及び、従業員女性達への慰謝料。延滞料金も上乗せして、金貨で一万五千用意した。これで手を打ってはもらえないか?」

「ユール。計算。この金貨が、ちゃんと一万五千枚あるのかを、確めてくれる?」

「はーい」


 短いヘリオトロープの言葉に、ユレニアが返事を返し、テーブルに山と積まれた金貨を見詰める。その眼球がぐるぐると目まぐるしく動き、


「九十八掛ける百五十。合計一万四千七百ー。これ一万五千枚無いよー? 三百枚足りなーい」


 ぴたりと止まったところで、ヘリオトロープを見てにこりと答えるユレニア。


「お金数え間違えたのー?」


 そしてにこにこと無邪気に、ユレニアはグラノワール公爵へと笑い掛けた。


 通常であれば、男爵家令息のユレニアが公爵位の者へそんなことを言おうものなら、不敬罪になり兼ねない。

 けれど、今回はタロッテと揉め事をこれ以上大きくしたくないグラノワールの方が立場が弱い。


 なので、ヘリオトロープは今回のユレニアの失礼な発言を(たしな)めることをしない。


「いやはや、これは本当に驚いたな」


 グラノワール公爵は驚きに目を見開く。


「百枚には、丁度二枚ずつ足りない金貨の山をこんなに用意するだなんて、グラノワール公爵様もお人が悪いことをしますね。なんでしたら、当初の請求予定金額の、金貨一万三千二百八十四枚と銀貨七十二枚だけでも(よろ)しいですが? お釣りも用意しておりますので」


 そしてまた、ヴェール越しの皮肉。


「いやいや、ちゃんと払うとも。試すような真似をしてすまないね。ユレニア君があっという間に計算するというところを是非見たかったんだ。残りの三百枚と、更に一千枚を上乗せさせてもらうよ」


 と、グラノワール家使用人が更に金貨の山を追加してテーブルへと並べて行く。


「ユール。金貨一万六千枚。ちゃんとある?」


 運ばれた金貨が並べられ、テーブルが一杯に占拠されるのを眺めてからヘリオトロープが言った。


「百掛ける十三プラス一万四千七百。合計一万六千。うん。今度はちゃんとあるよー」


 にこにこと答えるユレニア。


「そう、ありがとう。ユール」

「どういたしましてー」

「では、全額頂戴致します。これにて、グラノワール公爵家の未払い金及び延滞料及び慰謝料。全ての支払いが完了致しました。タロッテはグラノワール公爵家の謝罪を受け入れます。尽きましては、我がタロッテの経営するサロンへの、グラノワール公爵家及びその縁者へ対する出入り禁止令を解かせて頂きます。今後とも宜しくお願い致します」


 そして、タロッテのメイド服二人が金貨を全て袋へ詰めるのを確認したヘリオトロープは立ち上がり、グラノワール公爵へ暇を告げる。


「では、グラノワール公爵様。失礼致します」

「失礼しまーす」


 会釈するヘリオトロープへ続いてグラノワール公爵へとにこにこと挨拶をするユレニア。


「ああ。今度は是非、傾国の美貌と(うた)われるそのご尊顔を拝見したいものだよ」


 ヘリオトロープの顔を隠すヴェールを、透かすようにじっと見詰めるグラノワール公爵。


「お(たわむ)れを。では、失礼致します」

「ああ、そうだ。夜道には重々気を付けるといい。そんな大金を持っていると知られれば、盗賊達の格好の餌食だ。この辺りは近頃、とみに物騒らしくてね。なんなら、泊まって行っても構わないが? 部屋は用意させよう。ヘリオトロープ殿」


 スカートを翻すヘリオトロープの背中へ、グラノワール公爵が声を掛ける。


「いいえ、遠慮致しますグラノワール公爵様。枕が変わると、ユレニアが嫌がりますので」

「そうか。では、我が屋敷から出てより後のことは、一切関知しない。そのつもりでいてくれ」

「お気遣い。感謝致します」


 こうして、ヘリオトロープとユレニアはグラノワール公爵家の別荘を後にした。


※※※※※※※※※※※※※※※


 月明りだけが照らす暗い夜道を、 馬車が走る。周囲に建物は無く、遠くまで暗い道が続く。


 数十分間暗い中を進み、馬車がグラノワール公爵家別荘から離れた頃。

 ドドド!とその後ろから馬車を追い掛けて来る馬蹄の音が複数響く。そして、猛スピードで馬車へと追い付いた五頭の馬があっという間に馬車を囲んだ。


「命が惜しければ止まれっ!?」


 馬に乗った男が大声で言い、馬車はゆっくりと速度を落とし、やがて止まった。


「さっさと出て来いっ!? 金目の物を出せば、命だけは助けてやってもいい」


 剣を抜いた男が馬上から言うと、暗闇から松明(たいまつ)を持った男達が次々と現れて馬車を包囲した。


 しかし、止まった馬車は沈黙している。


「さっさとしろっ!?」


 賊のリーダーらしき男が苛立ったように怒鳴ると、馬車の扉がそっと開いてシンプルなスカートとブラウスにベストを(まと)い、ヴェールで顔を隠した貴人が一人でタラップを降りた。

 その手には、紳士用のステッキが握られている。それを見た盗賊達に笑いが起きる。


「ハハハッ! そんな杖一本でどうしようって」


 そして、


「馬に乗ってる奴から優先的にやれ」


 低い声が賊の言葉を遮り冷たく命じると、バン!と馬車の窓が開き、メイド服を纏った二人が飛び出して馬車の屋根へと上がって言った。


「「アイアイサー!」」


「さあ、やろうか? アウル」

「競争しようか? アウル」


「「どっちが多く、落とせるか!」」


 メイド服の二人は(たの)しげに掛け合いながらスリングショットを取り出し、馬上の賊を狙い撃つ。


「ギャっ!?」


 スリングショットから鋭く放たれた鉄球に撃たれ、落馬する盗賊その一。


「やった、当たり!」

「まあ、あれだよね? 打ちどころが悪いと死んじゃうかもだけど、恨まないでよね?」

「ヒっ!?」

「落ちた!」


 また落とされる賊。


「大丈夫だよ。盗賊なんだからさ。命を落とす覚悟なんて、とっくにできてる筈だよ?」

「それもそうだね」


 喋りながらも確実に、馬上の賊を減らして行く双子のアウル達。


 この間、僅か三十秒足らず。


「なっ!?」


 賊達が我に返ったときには既に遅く、馬に乗っていた連中は全員落とされ、暗がりに愉しげな掛け合いの声と、低い呻き声が響いている。


「あっちゃー、残念! 負けた!」

「ふっふっふっ、スリングはわたしの方が上手いようだね? アウル」

「じゃあ次は、地面にいる奴で競争!」

「え~? それ、もう遅くない?」


 アウルが言うと、


「まあ…残っていたら、かな?」


 アウルが小さく同意した。


 バッと(ひるがえ)ったスカートとヴェールが地面へ落ちる前に、(ひらめ)くのは銀の軌跡。


 ステッキ一本を握ったヘリオトロープが、足音も無く素早く動く。その移動に、長い銀髪が松明の灯りに反射して揺れ(なび)く。ステッキが盗賊達の首や鳩尾、喉などの急所を次々に強く打ち据え、遅れて賊の悲鳴が上がり、バタバタと倒れて行く。


「相変わらず、ヘリオス兄上(・・)の剣は(はや)い」

「いやいや、そう言うアイラさんこそ」

「わたし達の見せ場あんまり無いよねー」


 御者に扮して馬車を操縦していたのは、騎士のアイラ・グラジオラス。ヘリオトロープの振るう剣…ではなく杖捌きに見惚れながらも、次々と賊を切り伏せて行く。鞘に入ったままの、抜いていない剣で峰打ちをされた賊共が次々に気絶して行き・・・


「これで終わりか。抜くまでもなかったな」


 そして、とうとう最後の一人も打ち倒される。馬車が囲まれてから五分も経たず、盗賊十七名全員が打ち倒された。


 仕込み杖の、刃を抜くまでも無く。


「アウル達、残っている連中はいるか?」


 未だ馬車の屋根の上へ立つアウルへ確認。


「右舷敵影無し」

「左舷も敵影確認できず」


「「まあ、それは敵が灯りを持っていなければ、なんですけどねー?」」


「それじゃ、見張りよろしく」


「「アイアイサー、ヘリオスさん」」


「さて、この賊共はどうする予定でしょうか? ヘリオス兄上(・・)


 巻きスカートを脱ぎ捨て、簡素な乗馬服姿となったヘリオトロープへ聞くアイラ。


「ああ、グラノワール公爵家に(しら)せる手筈となっている。処理は、グラノワール公爵がするってさ。そうだったな? アウル達」

「そうそう」

「元息子の不始末だからね」

「っていうか、長男もまた馬鹿なことをしたものだね。除籍された次男へ情報を流すだなんてさ?」


 おまけに、次男は盗賊達を雇ってヘリオトロープ達を襲わせた。たったの数分で全滅させたが・・・


「ホント、あの二人って馬鹿だよね?それとも、兄弟仲が良いって言うべきなのかな?」

「さあ? タロッテ(うち)に金を払うのが嫌だったか、恥を掻かされたと思っての復讐か・・・」

「どちらにせよ、これでグラノワール公爵家の長男は失脚するでしょうね。官憲へ引き渡せないのが残念ですが」

「そうだな。悪い、アイラ。付き合わせて」

「いえ、久々にヘリオス兄上の剣を見られて嬉しく思います。また是非、お呼びください」

「いや、次があると困るんだよ?アイラ」


 ヘリオトロープは、キラキラと自分を見詰める妹弟子のアイラを、困ったように見下ろした。


 そして、四人で賊達を全員お縄にして閃光弾を打ち上げたヘリオトロープ達は盗賊達を放置して、この場を後にした。


「花火綺麗ー。もう終わりー?」

「うん。あれは一回だけで終わり。それより、ユールは怖くなかった?」

「平気ー。ヘリオかっこよかったー」

「はは、ありがとう」

「どーいたしましてー」


※※※※※※※※※※※※※※※


 代金回収及び、馬車襲撃の三日前。


 ヘリオトロープが管理するサロン・クレマチス。その、店の一番奥の快適な部屋の中。


 グラノワール公爵から宛てられた手紙を読んだヘリオトロープは、思案する。


「ふ~ん・・・さて、どう出るか・・・」

「どうしたのー? ヘリオー」


 ユレニアは、どこか笑みを含んだようなヘリオトロープの声に、なにか楽しいことがあるのだと思ってにこにこと問い掛けた。


「ちょっとね。三日後に出掛けようか。ユール」

「お出掛けー?」

「そう。お出掛け。ユールもね?」

「算数はー?」

「ユールに計算してもらいたいからね」

「わかったー、やるー♪」


 計算と聞いて、ユレニアはわくわくした。


「ヘリオ、大好きー」

「ありがとう、ユール。わたしも君が好きだよ」

「えへへー」


 にこにこと無邪気に笑うユレニア。


 ヘリオトロープは、この無邪気な年下のイトコを実の弟のように可愛がっている。


「相変わらず、ヘリオスさんはユールとラブラブだねー? いいな、わたし達も可愛がってよ」

「そうそう。お手紙を運んで来たのはわたし達だよ? 少しは労ってよ?ヘリオスさん」


 交互に、


「「ねー? アウル」」


 そしてユニゾンで喋るのはよく似た二卵性の、お互いをお互いにアウルと呼び合う双子。


「嫌だよ。君ら双子は、ユール程は可愛くないし。全然、全く(もっ)て無邪気じゃない。まあ一応、ご苦労様とは言っておくけどね」

「ヒドいな? わたし達が可愛くないって」

「わたし達はユールよりも年下なのにさ?」


 おざなりな労いに、気分を悪くした様子もなく楽しげに言葉を交わす二人のアウル。


「それで、どうするの? ヘリオスさん」

「どう動くつもりかな? 教えてよ」

「まあ、とりあえず・・・向こう次第になるね。一応、準備はしておくつもりだけど・・・アイラに協力してもらおうかな? お膳立ては、グラノワール公爵が整えてくれるらしいし。連絡はよろしく頼むよ、アウル達」


「「はーい。お任せを」」


 こうして、ヘリオトロープ達はグラノワール公爵家の別荘に呼ばれる準備を整えた。

 読んでくださり、ありがとうございました。


 キーワードと以前の登場でもしかして…?と思った方はいらっしゃるかもしれませんが、ヘリオを貴婦人だとは表記していません。

 女装でした。今回はアウル達もメイド服。

 そして、バトルシーンを入れたら長くなったので、上下に分割です。

 ちなみに、グラノワール公爵はタヌキです。

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