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建築士ヴァルクの場合。下

 ヴァルクが出て行った部屋で、姫と呼ばれていた麗しいレディが溜息を吐く。


「全く・・・」


 ヴァルク・グラジオラはグラジオラス伯爵家の長子。本来なら、跡取りとなる筈だった。


 しかし、彼は非常に優秀な…いや、天才的とも言える建築家の才能を有していた。


 今から二十年程前。なんと彼は、わずか八歳にして、伯爵家私有地内に城を建ててしまった。

 このグラジオラス辺境伯城砦を、十メートル程のスケールで、となるが・・・何度か登城し、遠くからも観察するうちに外観を覚えたと言い、自分で煉瓦(れんが)を積み上げ、グラジオラス城砦を見事に再現して見せた。


 それが話題になり、グラジオラス大公がヴァルクへ建築を学ばせて・・・


 色々と凄いことに、なった。とても・・・


 ヴァルク少年は当時十歳で一級建築士の資格を取得、十一歳で自ら指揮を取り伯爵家の屋敷を改築。

 その後、十二歳で伯爵家離れを建設し始め、十三歳で伯爵家本邸よりも立派な、小城と呼ぶに相応しい立派過ぎる離れを造り上げた。


 そして、グラジオラス大公にしこたま怒られ、実家とは別の場所へ巨大な城を建てることを断念し・・・それからヴァルク少年は、放浪の旅に出た。


 当時少年だったパトリックと他二人の親族を(たぶら)かし、諸国漫遊城見学の旅を開始した。


「馬と一緒に旅をしようよー」

「諸国を巡るから、武者修行になるよー?」

「商人が旅するのはいい勉強だよー」


 そんな言葉で(そそのか)して旅に同行させたのは、獣医師志望、騎士志望、商人志望。しかも、その道の才能に溢れた子供ばかりだった。


 彼ら四人は数年間、諸国を漫遊した。


 ヴァルクはその間、グラジオラスの名を利用してあちこちの城を見学することに成功した。ときには城へ滞在して、じっくりと城の建築を勉強した。


 そして、ヴァルクは建築の天才だった。


 城の外観と、実際に城内を見学することに拠って、隠し通路などの内装をある程度…それも、高い確率で図面に引き起こすことが可能になった。


 つまりヴァルクは、生きた機密情報となった。


 こんな危険物は、余所(よそ)へ出すどころか、表舞台へ出すことさえも危険過ぎる。


 そういうワケで、ヴァルクは無期限でグラジオラス公爵の本家。グラジオラス城砦預かりとなっている。


 先程ほのめかしていた戦争も、ヴァルクが起こそうと思えば、本当に起こせてしまえるだろう。


 なにせ彼は、国内外あちこちの城の構造をなんとなく理解している。抜け穴、抜け道、隠し通路、絡繰り。それらを使えば、グラジオラス領内にいるたった数名で・・・または、()()の使い捨て雑魚(ザコ)人材でも、要人の暗殺などが容易にできてしまうのだから。

 または、重鎮とされる人物が住む城を複数ピックアップして、(もっと)もらしい城の図面を数枚程度、どこか(・・・)へ流してしまえば、それだけであっという間に情勢が不穏となる。


 そんな危険物を、野放しになどできはしない。無論、彼への縁談は全て断っている。


 拠って、偶に建築(しごと)をさせるとき以外のヴァルク・グラジオラスは、グラジオラス城砦へ軟禁している。堅牢なこの城ならば、彼を守ることも容易い。


 しかし、ああして「城造りたいですー。造りましょうよー? お城ー。お願いしますよ姫ー」と、やたら絡んで来るのはかなりウザい。「いい年して、ガキか貴様は」と、言いたくなる。


 言うと十中八九不愉快な思いをするので、姫と呼ばれたレディは我慢するのだが・・・


 それにしても、中央もまた面倒なことになっているらしい。馬鹿が馬鹿なことをして、我がグラジオラスへ喧嘩を吹っ掛けて来るか、否か・・・


 この辺りの裁量はヘリオトロープへ任せることに決定している。喧嘩を売られたのは、ヘリオトロープが管理するタロッテ擁するサロンなのだから。


 無論、グラジオラス全体へ売られた喧嘩なら、高く買ってやろうと思っているが。


※※※※※※※※※※※※※※※


「あ~、焦ったー。姫、やるって言ったら本当にするんだもんなー。俺の秘蔵コレクション、絶対に燃やさせてなるもんかー」


 ヴァルクの秘蔵コレクションとは、嬉し恥ずかし少年時代からコツコツと、大事に大事に書き溜めた、諸国漫遊城見学のときから引いている、各城の超重要機密とされる図面だ。


 抜け穴、抜け道、隠し通路、絡繰りなどの予測情報、城の構造などをなるべく詳細に、ヴァルクの予想で引いた、大事な大事な図面(おたから)の数々。


 このお宝があれば、暗殺やテロ、革命、戦争などを仕掛けるのに、非常に有利となる。まあ、予測と予想で引いている部分が多数の図面なので、ヴァルクには完璧な図面とは言い難いのだけれど。


 ヴァルク個人としては、城という至高の芸術作品の設計図という点にしか価値を置かないが・・・


 そのヴァルクのお宝を、様々な理由から欲する連中がいることを、大公から説明されてヴァルクは理解した。だからヴァルクは、グラジオラスの城へ軟禁されることを了承した。


 城へ住めることを、(よろこ)んで。


 けれど、城へ住むようになってからヴァルクは、とある重大なことへ気が付いてしまった。


「城に住んでると、城眺められないんだよなー」


 ヴァルクは城が大好きで大好きで(たま)らないというのに、自分が城へ住んでしまうと、その美しい外観を眺めることができないのだ! なんたるジレンマっ!?


 それがヴァルクには、残念で堪らない。


 城の内装から構造を予測して、脳内に城のヴィジュアルを想像することは可能だが、それではただ脳内で城を想像しているだけだ。やっぱり、実物の城を、自分が住んでいる場所(グラジオラス城砦)から眺めたい!

 ということで、グラジオラス大公が留守中のときの城代、姫に頼むのだが、(ことごと)く却下され続けている。しかし、ヴァルクは諦めない。


 いつか、あの年下の少女に見える可愛らしい小さな姫へ、城築を了承させてやるのだと誓っている。


 ヴァルクは、感謝しているのだから。


 城に拘わらず、重要人物が住む建築物を造った者達が、造った後にどうなったか・・・まことしやかに囁かれる噂の数々。建物の土台にされただとか、暗殺されたという話。それらは、大体が事実なのだと、ヴァルクは知っている。


 通常であれば、ヴァルクは設計図を全て取り上げられた挙げ句、殺されてもおかしくはないのだ。

 または、一族郎党(ヴァルクの伯爵家一家を)監禁して図面だけを引かせ続ける飼殺しということも考えられた。


 だというのに、ヴァルクを監禁したり情報制限や他人への接触制限を掛けたりするどころか、城内なら自由に動けるようにしてくれた挙げ句、偶に外へ出してくれて、更には愛する建築(しごと)まで与えてくれるグラジオラスは最高だと思っている。


 だからヴァルクは、グラジオラス辺境領をもっともっと繁栄させたいと思っている。


 なぜかヴァルクのその提案は、姫や大公には迷惑がられて即行却下されることが多いのだが・・・


「さあ、造るぞー」


 ヴァルクはこれから、久々に城から出る。

 とりあえずは、パトリックの家を建てる為に。

 その次は、アイラとリディエンヌの屋敷だ。


 図面はもう、ヴァルクの頭に既に幾つか思い浮かんでいる。なので、後はそれを図に起こして屋敷の主達の希望と提案に添って詰めるだけ。


「今度、ユール君呼んでもらおうかなー? あの子いると計算が楽でいいんだよねー」


 土地面積の計算、物資調達の工面と代金などで商業系の親戚へ。そして測量、地盤調査などで、土木関係の親戚にも声を掛けなくてはいけない。


 ヴァルクの偶の外出は、毎回忙しくなる。護衛の騎士と、あちこち回らなければいけない。


 移動中は馬車から、大好きなグラジオラス城砦が見られる。ヴァルクはそれがとても楽しみだ。

 読んでくださり、ありがとうございました。

 紙一重で、尖った個性が非常に危うい城マニアの危険物ヴァルクでした。

 お宝は図面です。だって、変人ですからね。

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