建築士ヴァルクの場合。上
長いようなので分割します。
少々物騒な話です。
「ねー、姫ー。聞いてますー?」
間延びした低い声に応じるのは、
「五月蝿い。聞かん」
無愛想な可愛らしい声。
「うわ、ヒドっ…無視されると俺、悲しくなっちゃうよー? 姫ー、ねー、姫ってばー」
「ウザいぞ貴様」
「だってー、姫が俺の奏上無視するからー。せめて理由くらい聞かせてくださいよー? 姫ー」
間延びした口調で、執務机に座る麗しい淑女に絡むのは中肉中背、栗色の髪に青い瞳の二十代後半程の青年。
その青年が、執務室の中をうろちょろ動き回って姫と呼んでいる、金髪金眼のレディにしつこく絡む。
「その、奏上内容を考えろ。馬鹿者が」
低く返す可愛らしい声。
「ですからー、城建てましょうよー? でっかいお城をー、ドドーンと景気よく! 遊ばせてる土地の活用でー、雇用促進にも繋りますしー、技術力も育ちますってー。ほら、全部いいこと尽くめー。寧ろ、姫に却下される意味がわからないっていうかー」
麗しいレディは、青年を冷たく見返す。
「それにほらー、アイラちゃんやリディちゃん、ヘリオスにパトリックの野郎とか、爵位と領地あげるんでしょー? お祝いついでにお城建てましょーよー? ってことで、許可くださいよ姫ー。もしくは大公にお取り次ぎをー。姫ー」
ペシペシと子供染みた動作で、レディの正面から大きな執務机を叩く青年。
「お前は、辺境伯領に、大きな城を建てる意味をちゃんと理解して言っているのか?」
レディは両手を組み、その細い顎を乗せて青年を呆れ顔で見上げる。
「えっとー、他国へ威厳を示せまーす。あと、経済力とかー、技術力とかー、自慢できまーす。あと、チョー格好いいと思いまーす」
「辺境に城を建てるのは、他国へ武威を示し、侵略を躊躇わせることへ有効ではあるが、大きな城をむやみに乱立させてみろ?戦争の準備をしていると捉えられてしまうだろうが。しかも、中央政権にはクーデターを疑われて面倒なこと必至だ。ちゃんと考えて発言しろ。この馬鹿者が」
「あー、戦争かー・・・う~ん・・・」
青年が少し考えるような素振りをする。その様子に、レディは確りと釘を刺す。
「おい、馬鹿者。戦争起こせば城建てられるなら、戦争起こすのもありかな?などと考えているなら、ヴァルク・グラジオラス。今すぐ貴様の素っ首、叩き落とさせるぞ?」
「ええ~! ヒドいよ姫ー。ちょっと迷っただけだしー。俺平和主義者よー? まあ、クーデターじゃなくて、グラジオラス領独立の方ならいいんじゃなーい? どうですー? 姫ー。グラジオラス公国とかー。チョー素敵で格好いいじゃないですかー?」
間延びした口調で喋りながら、青年は行儀悪く執務机に腰掛けてキラキラとした瞳でレディを見下ろす。
「この馬鹿者が。国の管理など面倒極まりないこと、誰がするか。国など要らんわ」
「面倒だから国を要らないかー・・・」
レディの返答へしょんぼりする青年。
「当然だ。あと、クーデターなど、余所で他言するな。揉み消すのが面倒だ」
「わかってまーす。あーあ、でも俺ー、兄として弟へお城プレゼントしたかったなー? ごめんよパトリックー。姫がOKしてくれないから、お兄ちゃんお前を祝ってやれないよー」
「誰が、誰と、兄弟か」
「やー、どうせ親族ですしー。ノリですよ姫ー」
ヴァルク・グラジオラスはパトリック・グラジオラスの兄…ではなく、兄弟のような友人関係だ。ちなみにヴァルクは、伯爵家の子息となる。しかも、長子だったりする。
しかし彼は、とある事情からグラジオラス大公に拠って表舞台から完全に身を引かせられている。
「そういえば姫ー、あの馬バカなら牧場欲しがると思うんですけど、牧場あげるんですかー? 五百は下らない軍馬を全部健康に保つとか化け物染みた所業なんですから、一応誉めてやってくださいよー」
馬はとても賢く、繊細な生き物だ。決して飼育が楽な動物ではない。それを、数百頭からの馬を、常に最高の状態をキープをするなど、とてもではないが、他の獣医には真似できないことだ。
しかも、軍馬は非常に高価な資産価値を有している。それが一頭でも死ぬと、軍の損失額が増える。
それを、軍馬の病気や怪我を大幅に減らしてのけたパトリックは、既に多大な功績を上げていると言える。
しかし、その多大な功績に長いこと報奨を与えなかった理由も複数ある。昔パトリックが、中央政権の軍閥の家へ婚約破棄されたことへのほとぼりを冷ます為、だとか・・・
まあ、近頃のパトリックの評判が中央軍閥関係者の間で話題となり、パトリックの軍属を阻んだ家は現在、大きな魚を逃がした家としてあちこちからつつかれている状態らしいが。
「阿呆。あの馬バカに牧場などやってみろ。牧場と軍の厩舎との行き来で過労死し兼ねんだろうが。拠って、奴には牧場は絶対にやらん」
「成る程ー、さすが姫ー。確かに、あのバカなら過労死コースですねー」
「それに、奴に領地経営などできるワケがなかろうが。従軍して約十年程、一度も実家にさえ帰っていない、真性の馬大事人間だ」
「そういえば、そうでしたねー。じゃあ、パトリックにどの土地あげるんですかー? 姫ー」
「無論、奴が喜ぶ土地に決まっている」
「牧場じゃなくて、パトリックが喜ぶ土地ー? どこなんですかー? 姫ー」
「軍厩舎の隣に、奴の自宅を建ててやれ。宿直室が奴の荷物で溢れていると苦情が来てな? とはいえ、全て馬に関する資料だから、捨てるワケにもいかん。どうせ奴は厩舎から離れようとしないのだから、いっそ住まわせてやればいい」
グラジオラス私設軍を置いている場所はグラジオラス公爵本家の私有地となるが、その一角をパトリックへ与えるくらいはいい。どうせパトリックには、結婚する気など無いのだろうから。パトリック一代のみの所有とし、その死を以て公爵本家へ土地返還という誓約を交わせば問題無い。
「わー、さすが姫様、素敵過ぎる提案ー。きっとあの馬バカが泣いて喜びますよー。勿論、奴の屋敷は俺が造っていいんですよねー♪」
「構わんが、パトリックの要望を第一にして、お前の趣味は抑えろよ? ヴァルク」
「やったー、姫大好きー。愛してるー。ついでに、お城もドドーンと建てていいですよねー?」
「城は却下と言っているだろうが。この馬鹿者が。いい加減にしないと、アイラとリディエンヌの屋敷は別の奴へ任せるぞ? ヴァルク」
「そんな殺生な~っ!? 姫ーっ!」
「なら、城は諦めろ。城は造るときの雇用で景気はよくなるかもしれんが、維持管理費用が馬鹿にならん。どっちにしろ、造って後の管理が手間だ」
「・・・なら、チョー豪華で格好いい屋敷をー」
「そこそこ豪華にしておけ。パトリックの家は、快適に過ごせる程度の広さに抑えろ」
「ええ~、つまんないですよ姫~」
「五月蝿いと言っている。全く、そんなに駄々を捏ねるというなら、貴様がベッドの下に隠している秘蔵の宝物を、薪代わりに火にくべるぞ? 無論、じっくりと隅々まで閲覧した後、ユレニアに全て記憶させるがな?」
「い~や~っ!? やめて姫っ!?あれ本当の本当に、俺のお宝だから~っ!?」
必死でレディへと取り縋る青年。
「なら、ここで管を巻いてないで、とっととパトリックの下へ行け。馬鹿者が」
「アイアイサー、姫」
慌てて執務机から立ち上がった青年は、レディへと敬礼して執務室を出て行った。
読んでくださり、ありがとうございました。