邪竜研究ノート。③~とあるドラゴンの雑記より~邪なる竜の箱庭。下
「病害虫は徹底殲滅、ですか。少々過激な気もしますが、邪竜さんは、農作業大好きで、同じく病害虫許すまじ! なフィオナちゃんと気が合うかもしれませんねぇ」
笑みを含んだ上機嫌な声の呟き、岩肌に彫られた文字の写る写真を愛おしそうに撫でるのは、書き物のインクで汚れた指先。
「はぁ・・・水晶の敷き詰められた、薬効の高い薬草の群生地ですか。更には、聖竜さんも絶賛する、邪竜さんの作った果物。そんな庭は、大層魅力的なことでしょうねぇ。命を懸けてもいいと思える程に」
人間とは、欲深い生き物だ。例え邪竜という存在を敵にすると判っていても、そんな場所が在ると知れば、手に入れたいと思うことだろう。疫病の特効薬を得るというだけではなく、様々な意味で。
邪竜を追い出し、手に入れたと思った瞬間から、その箱庭は枯れ果てる運命なのだとも知らずに。
「それにしても、どれだけ美味しい果物なのでしょうねぇ・・・一度だけでも、食べてみたいですねぇ」
ノートに走らせたペンを置き、シュゼットは邪竜が丹精籠めて創り上げた水晶が煌めくという美しい箱庭と、そこで育てられた美味なる果物に思いを馳せた。
「林檎に、蜜柑。梨、葡萄、無花果、柿、クランベリー、ネクタリン、プラム、柘榴、木通、キウイ、猿梨、木通柿、棗、プルーンですかぁ・・・」
シュゼットはメジャーな果物は大体食べたことがあるが、木通柿と呼ばれるポポーと猿梨と呼ばれるベビーキウイは知っているだけで、一度も食べたことが無い。
ポポーは緑色の木通に似た形で、柿のような大きな種が幾つも入っているので、木通柿と称されるようだ。熟するのが早く、すぐに皮が黒ずんでしまい、酷く傷み易いのであまり流通されない果物らしい。カスタード・アップルとも称され、とても甘いのだそうだ。
そして猿梨は、木天蓼科の植物で、二~三センチ程の大きさで毛の無いツルッとした小さなキウイフルーツのような果実が成り、味はキウイと似ているのだそうだ。実が小さいので、生食ではあまり流通しないらしい。
猿梨を猫科の動物にあげたら、ごろごろと酔っ払う姿が見られそうだ。
「ドライフルーツにしても美味しそうな果物も沢山ですねぇ・・・」
シュゼットは寝食を命の危機レベルで忘れることがある為、見かねたベアトリスやロディウス、城を見回り中のヴァルク達に「死ぬ前に食え」とドライフルーツやナッツ類を恵んで貰うことがままある。あの、四六時中腹減りで食べ物を手放さない、食い意地の張ったベアトリスでさえ、「いいから食え」と食べ物を恵んでくれるのだ。
シュゼット的には、小さい頃からベアトリスの面倒を見てあげているから、自分は確り者の姉として懐かれている、と思っているようだが……実際は、放っといたら死ぬこと間違いなしなダメ女だから、定期的に本の置かれている場所を見回って、食事の世話をされているというのが真相だ。
そんなこととは露知らず、妹分に恵んで貰ったドライフルーツを齧って命を永らえたこと数知れず。
そして、生存本能が機能しない程にヤバい活字中毒で、食にほぼ興味の無いシュゼットだが、片手で齧れて栄養価も糖分量も高く、食べて直ぐに頭が回ることから、ドライフルーツは割と好きな食べ物だ。
後で食べようと思い、読書に夢中になって忘れて長時間放置したとしても、然程悪くならないところが実にいいと思っている。
長時間放置してもサンドウィッチみたいにカピカピにならず……ドライなので水分無いから元からカピカピとも言えるが……傷んだり、食べられなくなるワケでもない。せいぜい、少し湿気る程度。
「そうです! ここに書かれている果物が食べたいと、ディル君にお願いしてみましょう♪どんなに珍しくても、ディル君ならきっと入手してくれる筈です♪最悪、ドライフルーツでもいいですし♪」
食に興味の無いシュゼットだが、本に載っているモノを食べたいと思うことが偶にある。
「忘れないうちに、連絡しましょう!」
いいことを思い付いた! とシュゼットは立ち上がり、久々に立ち上がった為、若干ふら付く足取りで図書室を後にした。
忙しく動いているディルがシュゼットに呼び出され、先日入手した手記のことかと思い、「果物が食べたいんですよぅ」と全く関係無いことで呼ばれたのだと気付いてキレそうになるのは、少し後の話。
読んでくださり、ありがとうございました。