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邪竜研究ノート。③~とあるドラゴンの雑記より~邪なる竜の箱庭。中

 ――――邪竜伝承。


 邪竜の恐るべき破壊伝説。


 邪竜は英雄や聖竜に退治されて逃げ出すと、その怒りをぶつけるように破壊活動を行うという。


 人の寄り付かない荒れ果てた荒野に降り立った邪竜は、怒り狂ったような咆哮を上げ、地面を踏み砕き、火焔の吐息で荒野を焼き払い、その鋭い爪で大地を刻み、大地を震わせ、激しい暴風雨を呼び、幾度も雷を落とした。


 七日七晩掛けて恐ろしい破壊の限りを尽くされ、地形すらも変わり果てたその大地からは、鳥や獣達が一斉に逃げ出し、草木も生えぬ焦土と化したと、文献には載っている。


 それは、英雄や聖竜に退治されて今まで住んでいた地を追い出されたことに対して怒り狂ったせいだと、恐れられていたというが――――





『ロキに、あれ程に甘い果物の栽培方法を聞いてみたのだが――――


 有り体に言えば、とても信じられないという気持ちで一杯だ。


 以下、得意げなロキとの会話を記す。


 「果物の栽培方法? まずは作付けの場所決めが重要。勿論、泥棒共が湧き難い場所だ」


 「泥棒とは?」


 「人間共に決まってるだろ。奴らは、どんなに人里離れた場所でも、直ぐ湧くんだぜ。ヒトが一生懸命育てたモノを、無断で奪う悪い奴らだ。挙げ句、自分らが泥棒してるクセして、ヒトのこと悪者扱いして攻撃して来やがる性質(たち)の悪い愚か者共。本当、獣達より厄介だよ」


 まぁ、あれ程に美味な果物であれば、盗みたくなる気持ちもわからないではない。

 しかし、泥棒はいかん。せめて一言くらい断ってから頂くべきだろう。


 普通にドラゴンの姿を畏怖した人間達が、こそこそ忍び込んで盗んだのだとも取れるが。

 恐れているのなら足を踏み入れるなとも思うが、如何(いかん)せん薬効の高い薬草は、命懸けでも採りに行く価値があるということなのだろう。


 人間は脆く、直ぐに病や傷を得てしまうからな。


 人間に縄張りを荒らされるロキにとっては、(はなは)だ迷惑な話であろうが。


 「人里離れた痩せた土地の、めっちゃ荒れてるとか、草木も育たないくらい痩せた荒野がお勧め」


 「そんなに痩せた土地で作物が育つのか?」


 「やれやれ、これだからなにも知らない素人は全く。栄養豊富で作付けし易い平たい土地ってのは大概、もう既に人間共が棲み付いて人里が広がってんだよ。そんな場所に、畑が作れんのかよ? ドラゴンである我らが? 人間の領域に?」


 「成る程。それで、人間が見向きもしないような痩せた土地を選ぶのか」


 「そうだよ。で、一から開墾(かいこん)するのさ。土壌が痩せてても、肥料を撒けばいいし。人間には毒となる地でも、ドラゴンである我らには関係無い。植物が育たない程の毒があるなら、パパッと浄化しちまえばいいのさ」


 「ふむ。それもそうか。しかし、なかなか大変なのだな」


 「ま、開墾するのはそれはそれで楽しいんだけどな。まずは、場所決めだ。場所を決めたら、大声で動物を脅かして追い出す」


 「追い出すのか?」


 「邪魔だし。我にはそんな趣味無いけど、動物虐殺するのが趣味ならそのまま進めりゃいいじゃん」


 「わたしにもそんな趣味は無いわ。阿呆」


 「あっそ。で、その後、畑にする範囲内をドッシンドッシン歩き回って、土の中にいる動物達も追い出してから、ガオー! って焔の吐息(フレア・ブレス)煉獄の灼焔(ヘル・フレイム)で草木と地面をバンバン焼く」


 「焼くのか? 地面を? そんな強力な魔術で? 本気か?」


 「おうともよ。で、その後地面に爪を立ててガションガション掘り返す」


 「ぁ~、それで?」


 「素手でのどろんこ遊びが飽きて来たなぁって思ったら、大地攪拌(アース・シェイク)で土が柔らかくなるまで一気に耕す。そして、吹雪の竜巻(ブリザード・ストーム)で水撒き。その後、気が済むまで降り注ぐ雷の雨ライトニング・シャワーを撃ち込む。仕上げに大地攪拌(アース・シェイク)をかまして下準備完了」


 「天変地異のオンパレードではないか。ロキ。お前は一体なにと戦っているんだ? というか、荒野になんの恨みがある? ぺんぺん草も生えないような焦土にでもする気なのか? 地盤への影響はどうなんだ?」


 「なに言ってんのお前? バカなの? そんなの、病害虫や細菌と戦ってんに決まってんじゃん」


 「は?」


 なんというかこう、普段巫山戯(ふざけ)てばかりの阿呆ロキに、真顔で「馬鹿なの?」と言われたのは、非常に形容し難い気分にさせられた。


 「熱や雷で土の滅菌消毒。これくらい徹底しないと、直ぐ虫が湧いたり病気になったりするんだよ」


 「マジで?」


 「当然! そして、我が丹精籠めて創り上げし庭を蹂躙(じゅうりん)しようとする憎き病害虫共、絶対に許すまじ! 何度奴らに我が庭を全滅させられ、苦渋辛酸を舐めさせられたことかっ・・・徹底殲滅(せんめつ)に決まってる!」


 ロキの目は、マジだった・・・本気で、心の底から病害虫を憎んでいる目だった。


 「あと、大陸プレートや地殻まで届かないよう加減した大地攪拌(アース・シェイク)に決まってんだろ。一応配慮して、攪拌(かくはん)する層の範囲固定を術式に組み込んでるし? つか、そこまで説明必要かよ」


 「いや、驚いただけだ」


 「そうかよ。で、開墾が終わったら、肥料の作成。とりあえず、粘度の高い新鮮な熔岩を(すく)って来てそこらに放置して冷ます」


 「は?」


 「熔岩だよ、熔岩。で、冷ましてる間に、光も届かないような深海に潜って鯨とか大海蛇(シーサーペント)、水棲の恐竜(レッサー・ドラゴン)なんかの大型動物の骨や、死んだ珊瑚の塊を拾って来る。別に生物でもいいけど、殺してから処置するのは面倒だからな。骨の方が楽だぜ?」


 聞き間違いかと思ったのだが、どうやら聞き間違いではないようだった。


 ロキが世界各地をあちこち忙しなく飛び回っていることは知っていたが、まさかの堆肥作りの為の移動だとは・・・


 「そんなに驚くことかよ? 重力系魔術を使や、重さなんか関係無いだろ」


 そういうことではないと思う。断じて。


 「後は、深い森の奥から腐葉土を持って来て、殺菌。空洞になってるマントル付近からでっかく育ってる水晶柱をへし折って持って来たら、冷えて固まった熔岩と動物の骨を粉砕して、腐葉土と適当な配合で混ぜる。(しばら)く置いたら肥料の完成。その肥料を撒いて、育てたい植物を植えればいい。水は、北極か南極の氷河や万年雪を溶かした水で……ああ、寒さに弱い植物には水温に気を付けろよ? で、植物がある程度育って来たら、水晶柱を適当な大きさに砕いて地面に敷く。太陽光を反射させて、光を目一杯浴びさせる。仕上げに惑わしの蜃気楼コンフューズ・ミラージュを水晶に付与して人間避けにする。とまぁ、こんなもんかな? 植える植物に拠って、火山や森、氷河を変えたり、肥料の配合を変えたりすると、もっと美味しくなるぜ」


 ふふんと胸を張るロキ。もう既にツッコミどころ満載なのだが・・・


 わたしはどうやら、ロキの言う「丹精籠めて」というのを随分と舐めていたらしい。


 そこまで手間暇と技術と時間と魔術と労力を掛けていたとは・・・ちょっと、否。かなりドン引くくらい、ロキの全力投球マジで半端無いわ!


 コイツ、頭おかしいんじゃね? と思ったのは、内緒にしておこう。


 そりゃあ、ここまで丹精籠めて創り上げた庭を荒らされれば、キレもするわ。


 あと、ロキの育てた植物の薬効やら栄養価がやたら高いことにも非常に納得が行った。

 ロキが世話を止めた途端に枯れる理由にも。

 あれだけ過保護に世話された植物なれば、普通の人間がどんなに丁寧に世話しようが、味も薬効も薄れて全て枯れ果てるに決まっとるわ。


 「まぁ、幾ら惑わしの蜃気楼コンフューズ・ミラージュを掛けても、泥棒は湧いて出るけどな。全く、われの魔術を突破するなど、人間のクセに生意気な! しかも、一匹に見付かったら、直ぐに徒党を組んで襲って来るんだぜ? ウォーダンも気を付けろよな」


 そう言ったロキとは別れたのだが――――


 済まん。実はわたしが、馬や(かち)でも辿(たど)り着けそうな場所にあるお前の庭までの道筋と、惑わしの蜃気楼コンフューズ・ミラージュを見破る知恵を人間に授けた……などとは、今更言い出せない。

 一応理由としては、人間に流行っている疫病の特効薬となる植物を、お前が育てて群生させていたからなのだが。


 なんか、本当済まん。


 そして、「人間に譲ってやれ」や、「庭くらいまた作ればよかろう」などと、軽々しく言ったことが非常に申し訳なくなった。


 いずれ、ロキに諸々の詫びの品を贈るとして。


 スカアハは、ロキが恐ろしい程に造園に手間暇を掛けていたことを知っていたのだろうな。


 とりあえず、わたしにはロキのような庭に掛ける熱い情熱は無い。


 今度、人間に「あまり邪竜の箱庭には立ち入らぬように」と話してみるとしよう。』




 ※注、現代語訳に力を尽くしたが、この意訳が真実適当であるとは限らない。




 邪竜の恐るべき破壊伝説が、まさかの魔術を使用した農作業だったとは!

 正直、驚きを禁じ得ない。


 ちなみに、誇大解釈としては、魔術を使用した壮大な焼畑と、実現不可能な素材をふんだんに使用した肥料散布に拠る土壌改変だとも取れる。

 規模が大き過ぎると思わないでもないが。


 もしかしたら、聖竜や人間達に追い出されたことへの八つ当りもあったりするのだろうか? と考えてしまうのは、少々穿ち過ぎだろうか。


 そしてやはり、邪竜の《邪悪さ》というのにも、疑問を抱いてしまう。邪竜は、魔術という奇跡にも等しい事象を自在に行使しているように見受けられるが、魔術を人間に行使し、攻撃したという文献や記述が、あまり見当たらないのだ。

 邪竜の呪いで不毛の地となった場所や、その伝承など多数見付けられるが。それは聖竜曰く、順番が逆。邪竜が世話をやめたから不毛の地となるのだそうだ。


 だとすると、やはり邪竜の《邪竜さ》というのに、疑問を抱かざるを得ない。


 わたしの研究するこの愛すべき邪竜は、自分で《邪悪な竜》と名乗っているだけで、真に《邪悪》な存在ではないと、わたしは思う。


 そして、この『今度、人間に「あまり邪竜の箱庭には立ち入らぬように」と話してみるとしよう。』というのが、あの文献から消された『聖竜の語ったという邪竜についての言葉』なのではないだろうか?

 読んでくださり、ありがとうございました。


 ロキはかなりの凝り性です。

 そして、日記の方とは雰囲気が違うのはウォーダンがロキとの会話を記した文章を、シュゼットが更に意訳しているからです。

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