料理人ヒースの場合。Ⅳ
「道化? 男道化? 女道化?」
「呼び方なんてどうでもいいのさっ☆君の好きなように呼びたまえ♪」
「それじゃあ・・・アルルちゃん?」
ヒースは、自称はボクだけど可愛らしい声をしている道化を、『アルルちゃん』と呼ぶことにした。
「よかろう♪それはさて置き、で~きたっ☆あ・と・は、隠し味♪」
ニヤニヤと笑いながら道化は、どろりとした粥状の物体を木の器へ入れ、懐からなにやら取り出して白い粉を振り掛ける。そして、
「ちょっ、アルルちゃんっ!?」
湯気を立たせる熱々の器の中身に、水筒から水をぶっ掛けるという暴挙をして、
「さあ、遠慮せず食べるといいっ☆」
ヒースへと差し出した。
「いやいやいや、今なにしたっ!?」
「うん? 食べないのかい?」
「食べるけど! ちゃんとありがたく! でも、折角作った料理に隠し味は別として、水ぶっ掛けるのはどういう了見だよ!」
「この方が早く冷まるだろう? お腹空いてるんじゃないのかい?」
「減ってるけど! そういう変な気づかいは別に要らないから!」
「ふっ、ヒース。君はわかってないようだねっ☆さっきも言ったじゃないか・・・今日のボクには、君のメンタル事情を慮る暇が無いのだよっ!」
ビシッとヒースを指差す道化。
「・・・さっきからおれの扱いが雑な気が」
「いやぁ、ごめんごめんっ☆もっと時間があって、ボクの気が向けば、君の落ち込みに思う存分付き合ってあげなくもないんだけどねぇ? けど、今日はちょ~っとばかり、無断で城を抜け出して来ててね。…ま、それはいつものことだけど…一応、数時間程で戻る予定はしてたんだけどぉ・・・ほら、予定は未定って言うだろう? 多分、今からだと戻れるのは日暮れ以降になりそうだからねぇ」
日が傾いて来た空を差す指先。道化の予定を狂わせた原因というのは、明らかにヒースだろう。けれど道化は、それについて不満を口にすることなく、ニヤリとイタズラっぽく笑って言い募る。
「今はボクが留守番役だから、下手に城を空けると、みんなに探されちゃうんだにゃー。ボクに付いてるお目付け役の子が、他の子に叱られちゃうと可哀想だからねっ☆」
「・・・もしかしてアルルちゃん、実はかなりいい家の人だったりする?」
「ふっふっふっ、それは着いてのお楽しみだね♪そんなことより、早く食べちゃいなよっ☆噎せないよう、慌てずゆっくりよく噛んでねっ☆」
「いや、それどっちなの?」
「無駄口叩いてないで早く食えっ☆って感じかにゃー? 急がないと日が暮れちゃうゼ」
「ぅ、はい……」
返事をしたヒースは、水をぶっ掛けられた穀類とドライフルーツのお粥を口にし、
「甘い……けど、しょっぱい? そして、ぬるくて水っぽい」
微妙な味の感想を零す。
「美味しくないかにゃー? 食べられない?」
「あ、いや、不味くはない! 食べられるけど・・・もっとこう、塩を抑えて生クリームやチーズなんかの乳製品が入っていて、冷やせば、もっと美味しいデザートになりそうだなって思って」
「成る程、君は賢者と話が合いそうだねぇ? アイツは料理やお菓子作りが趣味だし。まぁ、ボクは調理よりも混ぜるな危険で遊ぶなんかの方が好きだからね。塩は、今の君に足りなさそうだから入れたのさ。その辺りは我慢してもらうしかないねー」
「?」
「味の改善はいいから、早く食べちゃってよ」
ニヤニヤと、けれど苦笑気味の声に促され、ヒースは言われた通りにゆっくりよく噛んで食べ進める。
それからヒースがお粥を食べ終わると、またもや簀巻き状にされて運ばれた。その間、どうやら寝ていたらしいヒースは――――
「道化様発見ーっ!!!!」
という大きな声と同時に、ビュン! という空気を切り裂く音。次いで、
「フハハハハっ! 甘いゼ、オリーちゃん♪」
大きく揺られる感覚。ザクリ! と、なにかが地面に突き刺さるような音がして、目を覚ました。
「今までっ、どこに、行ってっ、らっしゃったの、ですかっ!? 道化様っ!!」
更には、怒ったような女性の声と共にヒュッ、ヒュッ! と空気を切り裂く鋭い音が幾度も鳴り、ゆらゆらと躱す道化に抱えられているヒースも、それに合わせてぐらんぐらん揺さぶられる。
「にゅふふっ、姫や賢者に比べるとまだまだだね♪けど、今はちょ~っとストップしようか?」
という可愛らしい声がして、パシッと空気を切り裂く音が止む。道化に荷物のように抱えられていたヒースが顔を上げて見たのは、
「っ!?」
ピタリ、と十代半ば程の少女が振るう槍を軽々止める、ヒースを抱えているのとは反対の細腕。
「はいはい、ちょ~っと落ち着こうかにゃー? オリーちゃん?」
ニヤリと笑う口元。
「ボク一人のときなら、もう少し遊んであげるんだけどねぇ? ついさっき、衰弱してるちみっ子を拾ったから、今はこの子を優先させてくれないかな?」
「っ・・・了解致しました」
道化に気圧されたように少女が槍を引いて下ろすと、抱えられていたヒースは地面に降ろされた。暗くて場所はよくわからないが、少し離れた場所の地面には、槍が突き刺さっていた。少女が投げたのだろうか? 当たっていたら死んでいたかもしれない。
「・・・道化様」
「なにかにゃー? オリーちゃん」
「なんですか、こんな泥だらけのばっちい子供を拾って来て。言っておきますが、誘拐は犯罪なのですよ? わかっておいでですか?」
「・・・」
オリーと呼ばれた少女の、ばっちいという言葉に地味にダメージを食らうヒース。土に埋まっていたのだから、泥だらけなのは当然だが。
「全くもう、ボクってば信用無いなぁ。無論、誘拐なんかじゃなくて、保護したのさっ☆姫と賢者はボクのこと、一体どう話したんだか? ねぇ?」
「・・・まぁ、そんなことより、見た目には然程傷は無さそうですが・・・お風呂が先か、それとも食事が先でしょうか? どちらに致します? 道化様」
「とりあえず、なんか飲ませてからお風呂。その後、手当て。ご飯は、お粥系ってとこかな?」
「手配致します」
それからヒースはお風呂で洗われ、手当てされ、食事を与えられて泥のように眠った。
翌日。
「ハウディー♪ヒースっ☆」
という声で起こされ、
「とりあえず君は、城で預かることにしたよー? ようこそグラジオラス辺境伯城塞へ♪君はこれからどうしたいとか、なにか希望はあったりするかにゃー? 遠慮なく言うといいさっ☆ボクの権限以内でなら、なるべく叶えてしんぜようっ☆」
「へ? え?」
「うん? まだ睡眠が足りなかったかにゃー? とりあえず、顔色は良さそうで良かった良かった♪それじゃあまだ寝てるといいさっ☆おやすみ~」
寝起きのヒースに捲し立てると、道化は碌な説明もしないまま、部屋を出て行った。
「は? へ? え~……」
こうしてヒースは、グラジオラス辺境伯城塞預かりとなって城で暮らすことになったのだが・・・
「・・・読み書き計算は、ある程度できるようですね。少し怪しい部分もありますが。まぁ、言葉遣いの方も、あまりなっているとは言えませんけど」
槍で道化を攻撃していたオリーという少女が、ヒースの教育係として付けられた。
「とりあえず、無断で城内を探険するような躾のなっていない程のアホ…失礼、元気な子なら、ぶん殴ってやろうかと思いましたが」
「・・・そんなことしません」
ヒースは、衛兵だった父とその同僚達の訓練風景を見たことがあるが・・・もしかしたら、ヒース達がいた屋敷の衛兵達よりも、オリーの方が強いかもしれない。十代半ば程の、少々キリッとした乗馬服の少女にしか見えないというのに。
「それは重畳。城内はわたしが案内しますから、それ以外の場所へは立ち入らないように」
「はい、オリー様」
「・・・ヒース。あなたは、使用人として教育されていたのではありませんか?」
「ぁ~・・・多分、はい。お屋敷に子供が生まれたら、お仕えするようにっていう風には言われてました。その前に、屋敷を出ましたが」
屋敷を出てからは丁寧な言葉を話していなかったが、少々厳しそうな雰囲気のオリーには忘れかけていた丁寧な言葉を使う。
オリーという少女はおそらく、仕えられる立場にあると、本能的に理解したから。
「そうですか。わかりました。では、時間を掛けてもいいので、この城で使用人として働くか、学びたい分野を学ぶかを選びなさい」
「え?」
「城代様が連れて来られた子供を追い出すような者はいないでしょう。けれど、自分から出て行くことも止めません。なので、あなたがこの城にいたくないというのであれば、城下の孤児院へ行くか、領内での養子縁組を募ります。どうしたいのかは、自分で決めなさい。ここは、そういう場所です」
「・・・その、父さんと・・・母さんは?」
この城で目を覚ましてからずっと聞きたかったことを、聞く。と、驚いたように瞬く少女の瞳。
「・・・道化様に保護されたと聞いたので失念していましたが、そうでしたね。親元へ帰りたいと希望する子がいるのも、当然なのかもしれません。あなたの事情はよく知りませんが、親元へ帰りたいという旨は、道化様へお伝えしましょう」
そう言って、オリーはふっと表情を緩めてヒースを見下ろした。
「では、親御さんが見付かるまでの間、きっちり勉強をして頑張りなさい。知識を蓄えることは、決して無駄にはなりませんからね」
「はい」
「…姫様か賢者様でしたら、教育方針の相談も安心してできるのですけど…」
「?」
「なんでもありません。道化様が居られる期間の城に住むに当たっての最優先事項は、道化様の不審な動向を、誰でもいいので、常に城の住人達へ報告することです」
それからヒースは、オリーに読み書き計算、一般教養などの勉強を教わりながらグラジオラス辺境伯城塞で過ごすことになった。
そして数日で直ぐに、道化の不審な動きを誰かへ報告するという意味を理解した。
「フハハハハっ!! とうっ!」
高笑いと共にいきなり木の上から降って来て、シュタっ! と着地し、
「っ!?」
驚くヒースへ楽しげに笑う道化。
「やあヒース、ボクは今オリーちゃん達と追いかけっこの最中なのさっ☆暇なら君も参加するかい? 無論、陣営はどっちでも構わないよっ☆ボクは逃げも隠れも大得意だからね、アデュー♪」
道化は兎角神出鬼没で、「パトロールさっ☆」と称して城内のあちこちを悠々と歩き回る。
使用人用の通路を通るくらいなら可愛いもの。一階よりも上階の窓からも構わずに飛び出したり、階段やらバルコニーの手すりの上、塀や屋根の上を鼻唄まじりに闊歩したり、駆けたり、狭い通気孔を這い回ったり、猫のように気侭に、我が物顔で楽しげに城の住人達を驚かせ、お目付け役達を振り回し、ときにはなんの断りも無く突然城を留守にする。
そして、道化が城下へ降りると、なにかしらの出来事が起こっているらしい。
例えば、辻に立つ腕自慢と賭け腕相撲をして、勝ったフード姿の子供が掛け金を全て使い切って城下の住民達へ食料を振る舞ったり。
素行や態度の宜しくない余所者達が高笑いする愉しげなフード姿の子供を鬼の形相で追い掛け回した後、なぜか心を折られたり。
誘拐未遂や暴行未遂の者達、詐欺師や強盗などがニヤニヤと笑うフード姿の子供に追い掛けられて、「捕まえてください!」と言って警邏隊へ逃げ込むように自首して来たり、そそくさと街から出て行ったりすることがあるようで・・・
一部界隈では、『悪辣フード』と呼ばれる謎の人物のえげつない悪戯がとても恐れられているらしい。悪戯の被害に遭った連中は自業自得だと噂されるような輩ばかりだが・・・
あとは、偶に城へ住人が増えたりだとか。
追い掛け回す方が心を折られるとはどういうことだ? と、疑問に思えば、どこぞの道化曰く、「追いかけっこってのは、追い掛けて来る愚か者の心をバッキバキにへし折ると早く終わるんだゼ★ちなみにボクは、逃げる愚か者を虐めながら追い掛け回すのも得意だけどね★」なのだそうだ。
そんな道化に付いて遊び回るのは楽しいが、オリー達が苦労するワケだと、ヒースは思う。
ちなみに、一緒になって遊び回り、オリー達に捕まるとヒースはめっちゃ叱られるが・・・誘った当人の道化は、ニヤニヤと笑うだけで助けてくれない。
そして、道化がオリー達に捕まっている姿は、見たことが無い。道化が遊びに飽きて捕まってあげているところなら、何度か見たが。
しかも、道化はなぜだか叱られなかったりする。渋い顔で苦言を呈されはするが。
そうやってグラジオラス城塞で過ごすこと数週間。漸く城での暮らしにも慣れて来たヒースは、出された食事をじ~っと見詰める。
父との旅路の野営で狩って食べていたワイルド且つ、狩りや採集の成果に拠っては偶に寂しくなっていた食事内容(具体的には乾パンだけなど)とは違い、栄養価も味も、彩りや見た目なども申し分無い食事。それが一日三食、毎日出される。
城で食事をしたと料理人である祖父に言えば、祖父はヒースのことをとても羨んで問い質すことだろう。どんな料理を食べたのか、料理の名前、味、食感、匂い、材料、見た目などなどを、悔しがりつつも、嬉々として質問する様が目に浮かぶ。
祖父は存外いい舌を持つヒースを可愛がっており、偶の休日には食べ歩きに連れて行ってくれた。
そしてヒースは、思った。父や母、祖父達にも美味しいご飯を食べさせてあげたい、と。
だからヒースは、道化に頼んだ。
「アルルちゃん、おれ。厨房で働きたい」
そう言ったとき、いつも口許に浮かんでいるニヤニヤとした笑みが困ったように引っ込んだ。
読んでくださり、ありがとうございました。
イイ性格辺りでピンと来た方も多いとは思いますが、ヒースの遊びの師匠は道化でした。
そして、長くなりました。Ⅳなのにまだ終わってないという・・・Ⅴへ続きます。