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美貌の妖精《リャナンシー》憑き。

 国際的な社交場であるサロン・クレマチスでプロピアノニストに演奏されたことがきっかけとなり、セシリオ・ソードリリーの曲がそこそこ有名になり始めた頃のことだった。


 この素晴らしい曲を作った作曲家を是非ともお抱えにしたい、と思ったとある貴族がセシリオ・ソードリリーを専属に誘う為に手紙を書いたそうだ。


 しかし、なぜか手紙を書き損じてしまう。


 何度も何度も(つづ)りを間違えたり、インクを零したり、水を零したりし、便箋(びんせん)が切れたり、インクが切れたりして手紙が書き上がらない。


 その度に何度も何度も書き直して、やっと封筒に手紙を収めても、封筒が風に飛ばされたり、暖炉に入って燃えてしまったり、飲み物を零してしまったりして、また書き直す羽目になる。


 何度も、何十度もそんなことが続いて・・・やがてその貴族は、セシリオ・ソードリリーへと手紙を書くことを諦めてしまった。


 そして、そんな風に手紙を書き損じたことのある者は、一人だけではなかった。


 貴族達の中には、執念で手紙を書き上げ、封筒に収め、出すところまでは成功した者がいたという。

 しかし、やはり届ける途中でなんらかのアクシデントがあり、手紙が無事に届けられることは一度も無かったそうだ。馬車の脱輪、突然の豪雨、突風などの事故で手紙を損失したり、犬や猫、鳥などに手紙が(さら)われたり、はたまたなぜか突然遭遇した山羊(やぎ)に手紙を食べられたりなどなど奇禍(きか)の数々に見舞われ、手紙の破損や損失が相次いだ・・・


 やがて、セシリオ・ソードリリーを専属へ誘う為の手紙はなぜか(・・・)書き上がらず、また書き上げることができたとしても、絶対に届かない。と、貴族の間で密やかに囁かれるようになって行った。


 呪いの宛先として・・・


 故に、セシリオ・ソードリリーは芸術的な才能を与える代わりに生命力を吸い取る美貌の妖精(リャナンシー)に取り憑かれていて、その嫉妬深い妖精がセシリオへの誘いを(ことごと)く邪魔しているのではないか? そして、そんなモノに取り憑かれているセシリオは若くして夭逝(ようせい)してしまうのでは? という噂が絶えない。


「「って、言われてるの」」


 優雅な音色が鳴り響く室内。


「正直、どうなの? って、ねぇ?」

「リャナンシーってさ、ねぇ?」


 クスクスと笑うのは、双子のアウル達。


「その噂が、更に一人歩きして・・・」

「なんだっけ? セシリオは、美貌の妖精(リャナンシー)に曲を捧げている、だってさ」


「「実際は・・・セシリオ・ソードリリーって作曲家は三人(・・)の連名(・・・)、なんですけどねー」」


 控えめな音量の、けれど流麗で陽気なメロディーが室内に流れている。

 それは、奏でられている楽器が、小さなオモチャのピアノだとは思えないくらいに美しいBGM。

 その、オモチャのピアノを奏でるセスの隣で、にこにこと楽しげに1~88までの数字を呟きながらノートにメモしているのはユレニアだ。


 絶対音感を有するユレニアがメモする1~88までの数字は、ピアノの鍵盤の位置。その数字に記号を割り振り、音の長さや強弱を表して行く。ちなみに、休符は(ゼロ)で示される。


 セスはグラジオラス辺境伯城砦に来た当初から即興で曲を創ることを得意としていたが、楽譜は書けなかったし、自分で演奏した曲を細部まで覚えていられない。即興で弾いた曲を、もう一度同じように正確に再現して弾くことは難しかった。

 そんなセスの曲を耳にしたヴァルクが、「折角(せっかく)すっごい曲なのに、誰にも知られないのはチョー勿体無いよねー。ということでユール君、この曲覚えてるー?」と、ユレニアに問い掛けたのが始まり。

 そして、絶対音感を有しており、一度聴けば曲の一音一音まで完璧に記憶できるけれど、音階(ドレミ)の表記には全く興味の無いユールが鍵盤の数に合わせて数字で記すことで暗号のような譜面として残った。

 更にそれを、「よし、お兄ちゃんに任せなさい♪」と、ヴァルクが普通の楽譜として調えた。


 こうして、曲自体の作曲はセス・リオールが。編曲と譜面起こしをユレニア・タロッテとヴァルク・グラジオラスが。この三人で協力した譜面が、セシリオ・ソードリリーの曲として世に出ている。


 趣味も性格も性質もバラバラなセスとユールとヴァルクの三人は、なにげに仲が良かったりする。おそらくは、それぞれが職人気質だという繋りで。


「どう思いますー? リャナンシーだと見做(みな)されているサロン・クレマチスの」

「麗しの、ヘリオトロープ様?」


 交互に(さえ)ずる双子へ、


「・・・誰が、美女の妖精(リャナンシー)だ。誰が」


 不機嫌に応える低いアルト。


「「ヘリオスさんが」」


「だって、実際見た目絶世の美女(・・)だし」

「顔隠してても傾国って評判ですよー?」


 ズケズケ言う双子の言葉に、バキっ! っとなにかの折れるような音。


「君らはさ、わたしを怒らせたいの? 殴るよ? とりあえず、この扇子投げていいかな?」


 折れてしまった扇子を握り、二人のうちアウル(・・・)の方へ狙いを定めるヘリオス。


「「きゃ~! やめて~」」


 お互いに両手を取り合い、けれど笑顔でわざとらしく怖がって見せる双子へ、


「・・・ったく、それで? なにが言いたい?」


 ヘリオスは呆れたように鼻を鳴らし、壊れた扇子をぽんとテーブルへと放り投げた。


「「実は、学園で・・・」」


 と、アウル達はセスに起きた決闘騒動の顛末を交互に話して聞かせた。


「・・・というワケで、セスの、娼館で働いている幼馴染との純愛…というか、悲恋?」

「を、応援しようってことで恋愛小説のファンの令嬢達の間で話がまとまったんですよ」

「そういう話、好きな女性は多いし」

「なんか、協定? を、結んだらしいです」

「ぁ~……それはまた、面倒なことに巻き込まれたものだね? やたら自分の理想ってのを押し付けて来る盲目的な人達って、かなり怖いし……」


 ふっと遠い目をする紫灰色の瞳。憂いに満ちた、絶世の美貌。


「まぁ、セスはヘリオスさん程熱烈にはモテないから大丈夫だと思いますけど」

他国(よそ)の王候貴族にもモっテモテのヘリオスさんに比べると、ね? セスは大分見劣りするし」

「いやいや、アウル? ヘリオスさんに比べれば、大抵の人はそりゃ見劣りするって」

「あ、そっか。なんせ、絶世の美貌だもんねー。下手な美女より、よっぽど綺麗♪」

「ははっ……二人共、そんなに殴られたいの?」

「ヤだなー、ヘリオスさん」

「わたし達誉めてるのにー」


「「だから、あんまり怒らないで?」」


「怒った顔もステキですけどねー」

「ド迫力っ!? の美貌ですしー」

「だから、君ら二人は可愛くないんだよ」

「ヒドいっ・・・というお遊びは置いといて」

「とりあえず、あれだよね」

「セシリオも、そしてセスの想い人も」

「ヘリオスさんってことになるかもです」

「はぁ・・・」


 ヘリオスの重い溜息。そこへ、


「ヘリオー、どうしたのー? お疲れー?」


 にこにこと無邪気な声。


「なんでもないよ。どうしたの? ユール」

「セスの曲書いたのー。ヴァルにー」


 はい、とノートをヘリオスへ差し出すユール。


「わかった。ヴァルクさんに送っておくね」

「ん。よろしく。ヘリオ」


 ユールに応えたヘリオスに、眠たげな声。


「はいはい、セスは演奏を程々にね。ご飯食べるのとか忘れたら駄目だよ」


 そして、作曲は終わった筈なのに鳴り止まないBGMへと忠告を返す。


「んー」


 けれど、返るのはぼんやりした眠たげな返事。


※※※※※※※※※※※※※※※


「ところでさ、ヘリオスさん」

「前からの疑問なんだけどさ」

「なに?」

「セシリオにお誘いの手紙が届かないのって、なんかしてたります?」

「一通も届かないってこと、普通はさすがにないと思うんですけど?」

「や、それをわたしに聞かれてもね? 一応わたしも諜報員(ふくろう)の一員ではあるけど、どちらかというと指示する方の立場で、国内外の有力者達の動向や情勢把握と、その報告が主だからね。むしろ、そういうことは現場で実際に動く諜報員(ふくろう)の君らが詳しいでしょ」

「それが・・・前にそれとなくロディウスさんに聞いてみたんですけど」

「セスへのお誘いについては、見かけたら握り潰せとは指示はあるんですけど」


「「実際に握り潰したって諜報員(ふくろう)が、一人もいないんですよねー」」


「へぇ・・・それはなんて言うか、凄いね」

「はい。まあ、わたし達が知らないだけかもしれないんですけど」

「ちょっと気になるなぁと思って」

「まぁ実際、そっちの方が可能性高いでしょ」


「「ですよねー」」


 アウル達の疑問はそんな結論に達したが・・・


 未だ、セシリオ・ソードリリーへのお誘いの手紙は一通も届いたことがない。


 だからセスは、『なんの(しがらみ)も無く』自由にのびのびと演奏し続けていられる。

 読んでくださり、ありがとうございました。

 セスの話の蛇足です。

 なにげに仲が良かったりするセスとユールとヴァルクの三人。

 ヴァルクは基本スペックが高いので、割となんでもできちゃう人ですね。嗜み程度にピアノも弾けたりします。

 そして、なんか苦労性なヘリオス。双子に美貌をいじられて少し不機嫌に・・・

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