音楽家セスの場合。Ⅱ
決闘の説明が長いです。興味無い方は、適当に読み流してください。
このアホらしい状況をどうすればいいのかとショーンが頭を痛めていると、
「ぷっ、くくっ……これはまたっ、随分と……ははっ、面白いことになってるね? ぷはっ……」
笑いを堪え切れていない愉しげな声が言った。
「ミカエル様!」
「アハハハハハっ……ああっ、おっかしいっ!? はぁ・・・やあ、ショーン。とりあえず、僕がこの場を収めるから、君には彼をお願いしようかな?」
「わかりました」
笑い上戸な彼へショーンが頷くと、
「はーい、みんな解散!」
すっとその笑いを抑え、パンパンと手を叩いて大きな声が野次馬の生徒達へと呼び掛ける。
「そろそろ授業始まるし、先生達も騒ぎを聞き付けてやって来るよー! どうせ決闘も有耶無耶 だ。ここに残ってても、もう面白いことはなにも無いよ? ほらほら、行った行った」
解散を促されて見物人の生徒が散って行く中、
「なっ、勝手に決めるなっ!?」
セスへ決闘を申し込んだものの相手にされてない騎士科の生徒が、ミカエルへと突っ掛かった。
「うん? じゃあ、いいのかな? 騎士科の君が申し込んだ決闘が、掃除婦の女性に受けられても」
「そ、れはっ・・・」
自分が投げた手袋を拾った掃除婦に視線をやり、言葉に詰まる騎士科男子。
「それにね、そもそも学園内での決闘は厳粛な規定が定められてるんだよ。最低でも一週間前には学園側への事前申請が必須。そして申請しても、学園側と決闘相手の許可が降りてから、漸く衆目の前で手袋が投げられる。事前に相手側が応じなければ、申請は無効。実はかなり面倒だったりするんだよね。まあ、実際の決闘も国に申請通してから、法律関係の書類作成に、誓約書の提出。あと、関係各所に根回しも色々としないといけないしで、更に厄介だったりするしさ? 決闘の申請通すのに数ヶ月掛かるのはざら。現実は、物語のようにあんな簡単にポンポン決闘なんてできないんだよ。時代も変わってるからね。っていうか、よくよく考えると最近の物語なんかでしているような決闘って、実は単なる私闘が多いんだよねぇ? 本来の決闘っていうのは実力を誇示する為に行うものじゃなくて、どちらが正しいのかと天意を量る為の、儀式的な行為だし? だから、本気で決闘を申し込むのは余程信心深い堅物か、酷く物知らずの馬鹿かと相場が決まってる。無論、決闘を受ける方も度を越した酔狂な人なんだけどね?」
クスクスと笑みを含んだ声で、騎士科生徒へと決闘のなんたるかを話しながら、
「オマケに、騎士科の生徒が同じ騎士科生徒になら兎も角、正規手続き無しで余所の学科の生徒へ決闘を申し込むのは校則違反。一番軽くて厳重注意。下手すれば、停学処分。更に問題を起こせば、退学になるかな? ……ま、本当の一番最悪は投獄や死亡事故、なんだろうけどね……」
ミカエルはにこやかに諭す。後半を、聞き取れない程の小さな声でぼそりと呟いて。
「え?」
「まさか、知らないで申し込んだの? ちなみに、そういう物知ら…いや、馬鹿? への救済措置が、学園関係者に拠る乱入。君のやらかしをわざわざ潰してくれたんだから、感謝しなきゃね?」
ミカエルは退学という言葉に顔を青くさせた騎士科生徒へ若干の侮蔑を交えながら、掃除婦へ感謝をするように促す。
「へ?」
「ほら、呆けてないで感謝」
「い、や……」
「それとも、保護者に連絡で停学処分がよかったりする? まあ、僕はどっちでもいいんだけど」
「っ・・・そもそもっ、誰なんだお前はっ!? なんで仕切っている!」
「ああ、そこから説明しなきゃいけないの?」
ふっ、と軽い溜め息。
「・・・僕はミカエル・グラノワールだよ。ちなみに、僕の家はグラノワール公爵家」
「・・・え?」
「なんて言うの? 高位貴族の義務ってやつ? 古参の伯爵位以上の貴族は、基本的に下位の者達の無用な争いを止めないといけないんだよね。高位貴族には、子供の内からもそういうのが適用されるんだよ。で、君はどうするの? 今ならまだ、単なる茶番で済ませられるけど」
にっこりと、ミカエルは笑顔で圧を掛ける。これ以上自分の手を煩わせるな、と。しかし、
「ぅ…ぃ、ゃ…しかし、パトリシアの名誉が」
騎士科男子は頑張った。
「あ~・・・なに? セス・リオールがそこの令嬢になにかした? っていうか、誰なの? 君。そこに立っているお嬢さん」
蚊帳の外状態でぼんやりと突っ立っていた令嬢へとミカエルが声をかけると、
「! ぁ、そのっ…わ、わたしっ、パトリシア・サンダースと申します」
慌てて名乗るパトリシア。
「で? 君とセス・リオールの関係は?」
「そ、その、ぉ、お付き合い、を……」
「ふぅん・・・セス・リオール。君は、このサンダース嬢を知っているのか?」
ミカエルに呼ばれ、ショーンへ引っ張られてのろのろと立ち上がるセス。
「・・・知らない。誰?」
セスの眠たげな半眼。それも、全く興味無さげに外された一瞥にピシッと固まるパトリシア。
「なんだとっ!? お前はパトリシアと付き合っているんだろっ、セス・リオール!?」
怒鳴り付ける声にセスはぼんやり首を傾げる。
「誰が? どこに?」
「巫山戯てるのかお前っ!?」
「・・・あ~、少し宜しいでしょうか? ミカエル様」
軽く手を挙げ、割り込むショーン。
「なにかな? ショーン」
「実は近頃、貴族令嬢方の間で流行っているというロマンス小説があるそうでして、どうやらセス・リオールがその小説に出て来る登場人物に似ていると評判になっているようなのです。少し前から件の小説ファンの令嬢方が、セス・リオールへ言い寄る姿が度々見受けられています」
「それはまた、っ・・・」
吹き出しかけたのを抑えるミカエルは、
「・・・あれ、お昼寝の邪魔。ちょー迷惑」
心底迷惑そうな声に思わず、笑ってしまう。
「ぷっ……そんな、ことが?」
「ん。アイ? を、知らないカワイソウ? な、おれにアイ? を、教える? とか、毎度おんなじことばっかり言って来る。意味不明。・・・ヒロイン気取り? の、頭可哀想なうぞーむぞー連中には、へきえき? する。一度、話した? だけで、ちゃんと名乗りもしないクセに、コイビト気取り。誰とか、見分け付かない。知らないから知らないって言ったら、ひどいって、すぐ泣く」
不快そうなセスの辛辣な言葉にパトリシアは声も無く青ざめ、ぷるぷると震える。
「ああ、それがあの噂? 見る度に違う女性を連れているだとか、女性を泣かせてるってやつ」
「知らない。ちょー迷惑」
ぷいとミカエルから顔を背けるセス。
「ま、よく知りもしない他人を、見た目だけで勝手に好きなお話の登場人物に当てはめて、その役を押し付けるような女性に付き纏われても、そりゃ迷惑でしかないでしょ。それで、サンダース嬢は彼にちゃんと名乗った上で交際を申し込んだの?」
呆れた響きの、けれど笑顔での質問へ、
「っ!? ご、ごめんなさい!! 全部わたしの勘違いでしたっ!?」
俯いていたパトリシアが泣きそうな顔で頭を下げ、パッと走り去って行く。
「パトリシアっ!?」
「それで? サンダース嬢の名誉、だっけ? 前提自体が崩れたようだけど、どうするの?」
パトリシアを追おうとした騎士科男子へ、ミカエルがにこやかに尋ねる。が、
「っ……では、パトリシアとの交際を賭けて、俺と勝負しろ! セス・リオール!」
どうやら彼は、全く判っていないようだった。
「・・・勝負、ね。君はセス・リオールが音楽科の生徒だということを判ってるの?」
「一度も演奏したことが無い、と聞いているが? 俺とヴァイオリンで勝負しろ。俺が勝ったら、お前にはパトリシアと正式に交際してもらう」
指の長いセスの手。その、ある程度伸びた爪を馬鹿にしたように見やる騎士科の彼。
「ちなみに俺は、街の音楽祭で毎年上位入賞する程の腕だ」
「それってさ、セス・リオールにも君にも、全くメリットが無いと思うんだけど? っていうか、演奏対決を申し込むつもりなら、あんな紛らわしいことしないで、さっさとそう言えばよかったのに。衆人環視の中で、あんな風に騒がせた君の方がよっぽどサンダース嬢に恥を掻かせたと思うけどね」
自慢げに言ったところに、至極尤もなミカエルのツッコミ。そのツッコミへぐっと詰まる。が、
「っ!? と、兎に角、俺が勝ったらパトリシアと正式な交際だ。そして、娼館への出入りを止めてもらうからなっ! 曲目はセシリオの曲でどうだ!」
諦めずにセスへと吠えかかる。そこへ、
「はいはーい、異議有り!」
手を挙げ異議を申し立てる新たな乱入者。
「なっ、いきなり誰だお前!」
「ああ、僕はロー。セスの幼馴染みってやつ。で、その幼馴染みの僕から進言させてもらいますが、少々宜しいでしょうか? ミカエル様」
「うん、いいよ。聞こうか」
突然乱入して来た男子生徒にも慌てることなく、にこやかに対応するミカエル。
「ありがとうございます。では・・・実はセスには、年上の幼馴染みがいるのです。故郷では仲睦まじく過ごしていたのですが、その幼馴染みが数年前に家の事情でこの王都の娼館で働くことになり、離ればなれになってしまったのです。そしてセスは、王都へ来たことを機に、健気にも件の幼馴染みに会いに娼館へと通っているというワケです」
沈痛な面立ちで語り、問い掛けるロー。
「君は、そんな想い合う二人を、引き裂くというのか? イーサン・バウアー?」
「ぅ、うっ……そんな可哀想な二人を引き裂いて、無理矢理違う女を宛がおうだなんてっ、坊っちゃんはなんて酷いことをするんだいっ!」
まるで物語のような可哀想な話へ、ハンカチで目元を押さえる掃除婦。そして、非難の籠る眼差しを向けられて狼狽える騎士科男子改め、名前を呼ばれたイーサン・バウアー。
「そ、そんなっ!? お、俺はっ・・・」
「バウアー。今ならまだ間に合う。セス・リオールへの勝負を取り消して、サンダース嬢を追うんだ」
優しく促すミカエル。そして、
「本来の決闘は、自らの正義を天意に委ねる手段、でしたか? さて、今回はどちらに天意があるのでしょうか」
ショーンが低く言う。
「……っ!? わかった。無理を言って騒がせた。済まなかったな。セス・リオール」
と、イーサン・バウアーはセスへ謝り、掃除婦へ頭を下げて絹の白手袋を返してもらうと、ふらふらした足取りで中庭を後にした。その姿を見送り、掃除婦を労ってからミカエル達は・・・
※※※※※※※※※※※※※※※
「・・・ホント、なんとも言えないアホみたいな茶番だったねぇ?」
高等部の第四音楽室に置かれた柔らかいソファーへ腰を下ろし、クスクスとミカエルが口を開く。と、その隣へ、当たり前のようにごろんと寝転がる白髪頭の気怠げな人物。
「ん。お昼寝邪魔された。ちょー迷惑」
「・・・まあ、それは災難だろうけどさ? セス」
苦笑と共に名前を呼ばれたセスは、
「ん~?」
ごろんと真上を見上げ、
「なんで君は、ここに来るといつも僕の膝を枕にするのかな? 僕なんかより、幼馴染みのアウル(アウラ)の方がいいでしょ」
眠たげにミカエルへ答える。
「・・・アウル達は忙しない」
アウル達は学園内を忙しく動き回っていて、セスのお昼寝に付き合ってはくれない。
「それに、ミカのがぷにぷに。柔らかい・・・」
「ふっ、ミカに勝った! わたしの方が逞しい!」
「ぁ~……まあ、ミカよりわたし達の方が鍛えてはいるけどさ・・・というか、それ嬉しいの? ねぇ、アウル?」
「もちろんだよ、アウル」
ふふんと胸を張るアウルに、もう一人のアウルとミカエルの視線とが交わった。
「「・・・」」
女の子のアウラことアウレーリアを差し置いてぷにぷにと称され、しかもアウラに勝ったと喜ばれたミカエルは、なんとも微妙な気分になった。
ちなみに、ミカエルは標準体型の少年なので普通の女の子よりは当然ながら硬い。アウラが諜報員見習い且つ、普段から男子よりも身体を鍛えているアスリート系女子なだけだ。
そして、アウルことアウレーリオの方も兄としてはなんだか微妙な気分だ。
「・・・相変わらずミカエル様に無礼な連中だな。退けセス・リオール。そして、身内ならちゃんと注意しろ。グラジオラス共が」
顔を顰めたショーンが嫌そうにアウル達へ言うと、
「えー? セスのお世話をミカに頼まれてるのは君でしょ? ショーン・マクレガン」
「そうそう、なんならショーンがセスに膝枕したげればいいんじゃない?」
ニヤニヤ笑う双子のアウル。今日の二人は男子生徒の制服姿だが別々の変装をしている為、いつものようには似ていない。ちなみに、アウラの方は野次馬の中に紛れて最初に野次を飛ばし、アウルの方がローとして前に出ていた。
「断固許否する!!!」
グラノワール公爵家の傘下のマクレガン家に生まれたショーンは演奏家志望ではあるが、同時に次期公爵と決まったミカエルの駒の内の一人だ。
次期公爵として決まる前から、仕えるなら上二人(現在廃嫡済み)より断然この人がいい! と思っていたミカエルに頼まれて仕方なく、芸術家気質で常識が無い上に、中身が幼児という扱いに困るセス・リオールの面倒を見ているに過ぎない。そして、何度も言うようだが、ショーンは彼のことが大嫌いだ。
「これ以上の厄介事は御免だ。自分達で面倒を見ればいいだろうに? 全く・・・」
「あはは、無理。知ってるでしょ? グラジオラスは代々武門に偏ってるし」
「わたし達を含め、音楽科へ入れる奴ってなかなかいないんだよね」
「「というワケで、セスのことよろしく~。わたし達の弟みたいなものだしさ」」
「それが人にものを頼む態度か!」
「「わたし達はミカの友達で、ショーンの一つ先輩だしー? セスも、ミカと友達だよねー?」」
「・・・」
「「セス?」」
双子の言葉に返るのは、寝息。そして、
「もう寝てるよ」
愉しげに笑みを含んだ声。
読んでくださり、ありがとうございました。
久々登場のミカエルとアウル達です。
そして今回もまた、ぼんやりごろごろと音楽家どうした?なセス・・・
ショーンはセスと同じ学年だったのが運の尽き……お守りさせられてます。
ちなみに、ミカが長々と話してますが、『本来の決闘』とは『勝った者が正しい』のではなく、『正しい者が勝つ』のだと信じられていました。
これは言葉遊びではなく、主義主張の違う者同士の対立で、どちらが『本当に正しい』のかを、『天』や『神』的なモノに判断してもらう為の神聖な儀式に近い行為だったようです。
例えば、冤罪を証明する方法として実際に昔の裁判では決闘が行われたりなどしていたそうです。ちなみに、罪人本人か、その代理人が勝てば、めでたく無罪となったようです。『天の采配』で『正しい者が勝つ』と信じられていたので、冤罪が本当に事実でも負ければ有罪となりましたが。
だから神聖な『決闘』では、『卑怯な真似は絶対にしない』、そして『勝っても負けても恨みっこ無し』だったのですが……
それが時代を経て変遷し、やがては『勝った方が正しい』から『強い方が勝つ』。更には、『強い方が正しい』へとシフトして行った辺りから、決闘が野蛮だと言われ始めて段々廃れて行ったのかと思われます。
以上、決闘の補足情報でした。
次の話でも、多分セスはぼんやりしてます。