邪竜研究ノート。②~とあるドラゴンの雑記より~
今回は前回の邪悪研究ノートより長いです。そして、ひらがなではありません。
邪竜を語る上で欠かせないのは、その対局の存在として物語や口伝などで伝えられる聖竜の存在だろう。
あるときは人間を脅かす邪竜と敵対して人間を守り、あるときは人間へと知恵を授ける賢き竜とされている。
しかし、この聖竜もまた、邪竜同様に伝承のみを残し、いつの間にかその存在が人間の前から消え去ってしまっている。
昔に読んだ記憶のある、禁書指定されているであろう本の内容を思い出して書き記す。
『――邪なる竜について――
人間の子らよ。
其方らが、我に討伐を請い願うアレについて、少し語ろう。そして、己が行いを顧みるがいい。
アレは・・・性格は非常に難があるが、それでも災禍を齋す程の兇悪さはない。
存外知られていないアレの趣味は、造園だ。
人間の子が好んで足を踏み入れぬ荒れ野を自ら切り拓き、耕して土壌を整え、種を植え、水を撒き、一から草木を育てることを得意としている。
そして、アレの育てていた草木の中に、偶々人間の病に効くものがあった。
アレが丹精籠めて作りし植物には、通常で育った植物よりも滋養や薬効成分が高い。
人間の子らは、それをアレに無断で奪い、アレの庭を踏み荒らした。
それでも、アレは幾度かは我慢したそうだ。
然れど、人間の子らは節度を知らず、我が物顔で庭を荒らし、アレの育てた草木を根刮ぎ摘み盗り、奪い、挙げ句の果てにはアレを邪竜と称し、忌み嫌うようになった。
己が大事にしているモノを寄越せと、土足で棲み処を踏み荒らし、剣を向けて来るモノへ、相応の対応をすることが悪事と呼べようか?
其方らは、侵略者へ黙って宝を差し出すことを是とするか? 全く抵抗はせぬと言うか?
そして、アレが度重なる人間の子の奪略と敵意に辟易し、「こんな場所、もう要らぬ」と余所へ移れば、やがて草木が枯れ、獣が湧いた。
それを、人間の子らはアレが呪いを掛けたのだと、我に言った。
しかし、それは順番が違う。元々荒れ野であった地をアレが開墾し、世話をしていたのだ。その、世話をする者自体がその地を見捨てたのであれば、荒れ地に戻るが道理。獣も単に、アレを畏れて避けていたに過ぎぬ。アレが去れば獣も戻ろう。
更には、竜退治の英雄という称号欲しさにアレを追い回せば、返り討ちにされて当然であろう。
そのようなことが幾度となく繰り返されれば、アレが自らを邪竜を称するようになり、人間の子を疎むのも無理はなかろう。
然れど、アレは積極的に其方らを害そうとは思っていまい。
人間の子らよ。今一度問おう。
それでも、我にアレの討伐を願うか?
よく考えるがいい。
――聖なる竜の言葉より――』
上記のような内容が、神聖言語と古代文字との混合で記されていたように思う。
※幼い頃に一度読んだ切りで、原本も、そして写本の類も手元に無いので、どれだけ内容が正確かは確かめようがないが。
この、聖竜が邪竜を擁護するような内容から、聖竜は必ずしも邪竜と敵対する存在ではなかった。むしろ、良好と言っても過言ではない関係を築いていたのではないかと推察される。
そもそも、邪竜自体が、本当に邪悪であったのか? という疑問も生まれる。
しかし、おそらく聖教は、聖竜の語るこの話を隠蔽したのだろうと思う。
なぜなら、このような内容の本を、私は件の禁書以外では読んだことがないからだ。
そして、私が思うに――――聖竜はこの、人間側が取った態度に呆れて果て、人間との交流を絶ってしまったのではないかと推測したのだが・・・
以下、とある洞窟に彫られていた文章より抜粋。
『近頃、身体が重いような気がする。
あれは――――あの阿呆餓鬼に、
「この 脳みそ蜂蜜浸けの甘党野郎が! お前なんか、糖分過多でデブって飛べなくなっちまえ!」
と、罵倒されてからのような気がする。
言われたときには、かなりショックで太るのを気にしたものだが、よくよく考えると、竜であるわたしに食事の必要は無い。食物の摂取は趣味の一環だ。拠って、そんな心配は無用。
そう、たかを括っていた。しかし、あれからというもの、実際に身体を重く感じている。
体型や重量は変わらぬというのに、なぜだ?
特に病というワケでもないのだが。』
邪竜の日記らしき記述にて、同じような言葉が載っていた。あの、聖竜の邪竜退治に関連した出来事なのだろうと推測する。
『聞いたぞ? ウォーダン。
なかなか愉快なことになっているようだな?
ロキはお前に呪いを掛けたらしい。
お前がロキの言い分を聞かないで、一方的にあれを悪だと決め付けたことに大層立腹していた。
そもそも、弱きモノが虐げられ、正しい主張をしているというのも思い込みだろうに?
ではな。スカアハ』
ウォーダン、ロキ、そしてスカアハ。この名称は、ドラゴン達の個体名なのだろうか?
邪竜の日記には、個体名が彫られていたと思しき箇所は抉られていて、文字が読めなかった。※読めない部分は■で表記。
しかし、抉られていた箇所の推測文字数と、名前の文字数が一致している。
文脈から、邪竜がロキ。聖竜がウォーダン。そして、古代竜とされているのがスカアハだと取れる。
おそらく、邪竜であろうロキはその名前を秘匿したかったのだと思う(邪竜の日記では本名禁止などの記述や、わざわざ名前を削り取っている)のだが、ウォーダンとスカアハは自身の名前を隠匿するつもりが無さそうだ。
この記述が、長年禁域とされる場所にあったことも関係しているのだろうか?
確かに、長年発見されていなかったが。
そして余談だが、ここでも伝言板の様相を呈していることを、とても面白く思う。
ドラゴン達はなかなかお茶目な気がする。
『スカアハの伝言通り、どうやらわたしにはロキの呪い…いや、非常に複雑な魔術が掛けられていたようだ。
術式を解析するに、重力系の魔術だと判明。起動条件は、わたしが甘味を食すこと。
効果は、摂取した甘味の重量の百倍の重さをわたしの体重へと上乗せすること。
範囲は、わたしの質量。
わたしの実質重量だけは変わらず、わたし個人にのみ、重力が掛かる仕様。
術式維持の魔力供給源は、わたし自身となっていた。
なにやらロキは、非常に複雑且つ繊細緻密な魔術式を編んだようだ。
範囲、対象、発動条件、魔力供給源が指定された重力魔術。それに併せ、地面への反重力作用などの術式維持を組み込んだ魔術だ。
無駄に高度過ぎる魔術式の構築を、わたしへのくだらない嫌がらせの為だけに組み上げようだ。
しかも、あの罵倒の咆哮でわたしの鱗へと刻み込んだということだろう。とても見え難い位置へ、風の魔術で。
無駄に芸が細かい上に、阿呆過ぎる。まあ、それだけわたしがアレを怒らせたとも取れるのだが。
魔術式の解除の為、術式が刻まれていた部分の鱗を少し削り取った。気付かなければ、鱗が生え変わるまでずっと身体が重たかったに違いない。
今度、ロキに魔術式の議論を吹っ掛けに行くことにする。どうせ、この阿呆な悪戯の感想を聞きたいだろうから。』
※注、現代語訳に力を尽くしたが、この意訳が真実適当であるとは限らない。
この文章から察するに、古代文字や神聖文字が現役だった時代には、魔術や魔法と言った奇跡のような事象が存在していたのかもしれない。
または、竜などの伝説上の生命体だけが使用できた技術なのかもしれないという推察もできるが。
そして、やはり彼らは仲が良さそうだ。
『ウォーダン。
返礼は蜂蜜酒を求む。
スカアハ』
邪竜であるというロキ(仮定)の言葉を借りれば、古代竜であるところのスカアハ(仮定)は飲んだくれドラゴンとのこと。以前の記述とこの伝言からもわかるように、古代竜スカアハは酒好きのようだ。
というか、スカアハはこの時点でロキがウォーダンの飼育している養蜂の蜂を逃がそうとしていることを知っていたのではないだろうか? それでいて蜂蜜酒を要求するとは、案外スカアハもイイ性格をしているのかもしれない。
『スカアハへ。
飼っている蜂が全て消えた。
拠って、来年からの蜂蜜酒は無い。
病気か、それとも集団で引っ越しか?
もっと、蜜蜂の生態をよく調べておくべきだったかもしれない。それとも、蜜を採り過ぎたか?
兎も角、取り急ぎ蜂を集めるが、お前への蜂蜜酒の供給は数年以上先になる。
ウォーダン』
『了承。
スカアハ』
この記述以降、聖竜の植物の研究が始まり、植物の絵が描かれている。
『蜂蜜の安定供給手段が絶たれた。
そこらの果物より、蜂蜜の方が断然甘かったのだが、それが入手困難になるとは。
至急、蜂蜜に成り代わる甘味を探そう。』
『果物を天日干しにすると甘くなるようだ。長期保存も可能になると人間は言っていた。
しかし、数ヶ月しか保存できなかった。
人間の長期保存とは、期間が短いようだ。
されど、果物を季節に関係無く食すことができるのは、いいことだ。糖度が増すのは実に良い。』
『北方に樹液の甘い木を発見。
南方に、稲科の甘い植物を発見。』
北方の樹液の甘い木とは、描かれていた植物の図からすると、砂糖楓のことだろう。同じく、南方の稲科の植物とは砂糖黍のことだろうと推測する。聖竜ことウォーダン(仮定)は、なかなかに絵心があるようだ。
※この記述の後、暫くは植物の記録が続く。その箇所は、別のノートへ記すこととする。
『ウォーダン。
近頃、北方の森や南方の草原を、どこぞの竜が荒らして回っているようだが、心当たりは?
他所から飛んで来る竜に、木や草が、食い荒らされているらしい。現地の人間が怯えているという。
ちなみに、その行為は邪竜のせいとされているようだ。ロキではないそうだがな?
スカアハ』
邪竜の悪行とされている行為の一端は、聖竜の植物研究が担っていたようだ。
『植物の調査であって、特に荒らしているつもりも、人間の子らを脅しているつもりもないのだが。
なにやら複雑な気分だ。
もしかすると、ロキもこのような理不尽さを感じていたのかもしれぬ。少々罪悪感を覚える。
もっと、人里離れた場所で調査すべきか。』
※※※※※※※※※※※※※※※
切りのいいところで手を止め、藍色の瞳がノートをじっと見下ろす。
そして取り出したのは、広げていた参考文献とは違う本。その本をパラパラと捲るシュゼット。
「・・・う~ん」
「どうした? シュゼット」
ベアトリスは、図書室の奥の資料室で本や写真を広げて唸っているシュゼットへ声を掛けた。集中しているシュゼットは周囲の音が聴こえてないことが多いので、返事が返るとは思っていなかったが。
「・・・この絵と文体、どうにも似ている気がします」
難しい顔で、アイザックから送られたフィルムを現像した写真と、ディルと王都へ行ったときに入手した神聖言語で綴られているとされた偽書…実際には、大陸の東西南北の少数民族が使う文字の組み合わせで記された雑記だが…を見比べるシュゼット。
双方に描かれている文体と絵から受ける印象が、どうも似ているような気がしているところだ。
あの洞窟に書かれていた文字と絵は、いつの時代のものかは判らない。しかし、あの本は比較的新しい時代のものだということは判る。どんなに古くとも、おそらくはここ数十年以内の本だ。
「・・・あの洞窟の植物研究を参考にしたもの……を、更に参考にした写本なのでしょうか?」
難しい顔で呟くシュゼット。
「記されている内容は、洞窟内のものが、主に甘い植物や果樹などの記録が多かったですね。ドラゴンさん達の伝言板的な箇所も見られましたが・・・そして、本は甘味となる植物と甘味料の生成方法の構想ですから、洞窟の文章の発展版……とでも言ったところでしょうか?」
「ふ~ん。ま、よくわかんねーけど、とりあえずなんか食ったらどうだ? シュゼット」
シュゼットは、食事を抜き過ぎて倒れることがしょっちゅうある。そして、それをよく知っているベアトリスは、この世話の焼ける本の虫を、図書室から引っ張り出したり、偶に食料を分けてやったりすることがある。
異常に燃費の悪い体質のせいで大食漢。そして、とても食い意地の張ったベアトリスが、自発的に食べ物を分けてあげてもいいと思っている相手のうちの一人…というか、シュゼットのことは、年上で姉振った態度を取るクセに、むしろベアトリスの方が世話を焼いてやらなければすぐにでも死にそうなダメ人間だと思っている。本人には言わないが。
ちなみに、生死に拘わらず美味しい食べ物を分けたいとベアトリスが思う相手は、賢者だ。
その、大分下くらいに自分が狩った獲物を分けてやってもいいと思っているのが、弟子のヘリオトロープことヘリオスとアイラだったりする。そしてまた、マーノや城の人間達。彼らは、ベアトリスが庇護すべき人間達だから別枠だ。
「写本だとすれば、手が違うのは当然ですが、文章の雰囲気がこう・・・なんかどこかで見覚えがあるような? う~ん、私はどこでこんな感じの文章を読んだのでしょうか・・・?」
ベアトリスの声に応えたようで、けれどまた自分の思考へと没頭するシュゼット。
「・・・ま、とりあえず飯だ、飯。行くぞ」
ベアトリスは、ぶつぶつとベアトリスにはよくわからないことを呟き続けるシュゼットをひょいと軽く肩へ担いで、食事へ行くことにした。
「え? あ、ベティちゃん? お姉さんまだ、読書の途中ですよぅ!」
「本より飯だ」
「ベティちゃ~んっ!?」
無論、シュゼットがベアトリスに敵う筈も無い。じたばたするも、難なく食堂へと運ばれた。
読んでくださり、ありがとうございました。
ドラゴン達の名前は結構前から決まっていたのですが、漸く出せました。