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賢者と文明の利器?下

 ちょっとラテン語部分を直しました。

 白く(けぶ)る霧のような雲を通り抜ける中。


「ああいう奴が英雄と呼ばれる者になる、か」


 ふわふわと緩やかに下りて行く気球(もど)きに乗りながら、賢者はアイザックを評したとある(・・・)阿呆(・・)の言葉を思い出す。


『ねぇ、・・・・・。きっとさ、時代が違えばああいう無茶で無謀なアホの子が、英雄だとか勇者って言われるバカになるのさっ☆そう思わないかい? ま、ボクは勇者や英雄なんて呼ばれて調子に乗るような脳筋のクソバカ共は大嫌いなんだけどね』


 脳筋の愚か者共が嫌いなのは、賢者も同じ。


『だからさ、早死にしないように鍛えてあげてよ。少し君の智識を詰め込めば、ちょっとだけ死に難くなるだろうからさ。駄目かな?』


 珍しく、阿呆な悪餓鬼からの真摯な頼み事。

 調子に乗った脳筋の愚か者共を、自分よりも嫌っている筈の、奴の言葉。


『うん? 無論、クソバカ共は大っ嫌いだよ? だったら、バカにさせなきゃいいのさっ☆』


 仕方ないので、賢者は二つ返事で了承した。


 そして、城代の十年間をクソ忙しくしてくれた私怨を交えつつ、アイザックへと知識を叩き(・・)込んだ(・・・)

 ちなみに、あの阿呆(・・・・)がやらかしたことへの跡始末やら、リヴェルドが他領でやらかしたことへの事後処理と経過観察、更にはアイザックへの授業などの諸々が重なり、構ってやる時間が少なくなり、(むく)れたベアトリスがアイザックに突っ掛かって八つ当りでボッコボコにしていた件についても、アイザック自身の自業自得だと思っている。

 偶に、酷く機嫌が悪くてアイザックをズタボロにしていたときには、さすがに注意したが。


「しかしまあ、こんなところで逢うとはな・・・あまり、禁域には這入(はい)らぬ方がいいと忠告はしておくべきだったか?」


 禁域と称されるような区域には、場所に拠っては異界に繋がっていたり、変なモノが潜んでいることがある。

 そんな本物の(・・・)禁域(・・)には大抵、境界が敷かれており、危機感や恐怖など、本能へと忌避感を強く煽ったり、または、その場所自体を認識させ難くしていたりなど、人間が立ち入らぬように工夫してあることが多い。


 無理にそれ(・・)を踏み越えれば、気が触れてしまうことさえあるのだが・・・稀に、そう言ったモノに惑わされない人間が存在する。


 アイザックはそういう(・・・・)モノ(・・)に惑わされ難い人間のようで、境界をズカズカと越えて禁域とされる場所へと幾度か這入しているらしい。

 その場所(・・・・)に元から居るモノ達とのトラブルを起こしたことは無く、致命的に危険なモノとはまだ(・・)出遭ってはいないようだ。


 おそらくは、運もかなり良いのだろう。


「まあ、アイザックはやたら勘が鋭いからな。そう、無闇に心配せずともよいとは思うが・・・」


 なにせアイザックは、世が世なら英雄と称されてもおかしくないような素養を持つ者だ。そういう勘に、とても優れている。


 裏を返せば、そういう素養を持つ者達は自ら危険へ飛び込んで行き、儚くも散って逝くことが多いのだが・・・アイザックは危険だと思えば、引く判断もできるだろうと思う。そういう風に、教育が施されている筈だ。


 それに、万が一危険なモノの棲む本物の(・・・)禁域(・・)へ這入ってしまい、生命の危機を感じたときには・・・


『Quaerimus licentia of obduco《通行の許可を求める》』


 と、


『Dicere si sit querimonia est Malum・Draco《文句があるならメルム・ドラコへ言え》』


 という二つの言葉も、意味を教えずに、音だけを(まじな)いの言葉として教えてある。なので、そう易々と命までは取られはしないだろうとは思う。


 文字にすれば、シュゼット辺りは意味を解してしまうかもしれないが、アイザックには解らないだろう。特に意味を知ろうともしなかった。そして、意味を知ったところで、単なる挨拶の言葉でしかないが。


 などと考えつつ、賢者はアイザックが変な場所(・・・・)で野垂れ死にをしないよう、祈っておいてやろうと思った。


 酷く好奇心の強い阿呆で、城代の自分達へと疑問を(・・・)抱く(・・)ような面倒な(・・・)餓鬼でも、アイザックは賢者の教え子であり、グラジオラス辺境伯領の子供なのだから・・・と。


「“Et benedicentur in Isaac”《アイザックへ祝福を》」


 滑らかなテノールの声が、冷たい空気をふるりと小さく震わせた。


「・・・まあ、せいぜい気休め程度の魔除けにしかならんがな」


※※※※※※※※※※※※※※※


 賢者が危険な気球擬きで山を降りた後。アイザックは、洞窟の中で夜を明かすことにした。


 洞窟内の燭台(しょくだい)に立てられている蜜蝋(みつろう)は好きに使っていい。そして、酒も瓶の四、五本なら貰っていいと言われた。但し、市場には絶対に流すなとの厳命はされたが。


 高級な蜜蝋、そして蒸留蜂蜜酒(ミード・ネクター)を惜し気も無く気前良く浪費するとは、さすがグラジオラス辺境伯領の城代と言うべきか、それとも価値の判らないアホと言うべきか迷うところだ。


 そんな高級品を無駄遣いしていいのか? と、聞いたら、「自作の物をどう使用しようとわたしの勝手だ」と言われた。


 まあ、理屈ではそうだ。そして、生き残るのに必要であれば高級品だろうがなんだろうが、自分も惜し気無く使うだろうとは思う。しかし、非常時でもないときに高級品を無駄に浪費することに、アイザックは少々抵抗感を覚える。


 この辺りは、やはり商人達のキャラバンを転々としていたからだろう。純粋に、勿体無いと思う。


 そんなことを考えながら貰った食料で簡単な食事を終え、アイザックは賢者が貯蔵庫にしている洞窟内を奥へと進む。実は、まだ奥の方は見ていないのだ。進めるギリギリまで、内部を見たい。


 暗い洞窟内を、蜜蝋を灯した燭台と代えの蜜蝋、最低限の食料と荷物、武器を手に、奥へと進む。


 山肌の気温は零度を下回るが、この窪地(くぼち)の気温は十度前後程で暖かい。

 その理由は、この霊峰ロンジュが火山なのだからだそうだ。長年噴火はしていないが、所々に地熱の溜まる場所があるらしい。

 そしてそれが、この山の水が真冬でも凍らない理由なのだとか。まあ、温泉として利用するには水が冷た過ぎるので無理だろうとのこと。


 全て賢者の受け売りだが。


 一応、噴火の兆しは見られないが、あまり長居はするなとも言われた。


 だとすれば、この洞窟は元はマグマの通り道だったのかもしれない。奥の方ではガスやら酸素濃度に気を付けないと、死に直結することになる。または、急に足場が脆くなっているような場所や、奈落の底へと繋がっていることも考えられる。

 危険だと判断したら、直ぐに引き返すべきだろう。蝋燭の火には、細心の注意を払っておこう。


 賢者が酒を置いている場所を通り過ぎると、その辺りからは燭台が置かれなくなっていた。

 ゆらゆらと揺れるオレンジの灯りの中、更に奥へと進んで行くと・・・


 天井が段々と高く広くなり、蝋燭(ろうそく)の灯りだけではその深い闇を照らせなくなって来た。


 それでも奥へと向かって進む。と、アイザックはふと内壁を見上げた。


「これは・・・」


 オレンジの灯りが照らすそこには、植物の絵と文字のようなものが彫られていた。


 そして、この文字のようなものには見覚えがある。本の虫(シュゼット)が、神聖言語だと主張している文字に似ている。アイザックが以前から、世界各地の洞窟などで発見しているものとそっくりだった。


「ま、読めねぇんだけどな。さて、()るか」


 アイザックは自身には神聖文字や古代文字などは読めない。あまり興味も無いので、特に読もうとも思わない。しかし、これを喜ぶ奴がいる。

 ありとあらゆる文字を愛する読書狂いの幼馴染。その、本の虫(シュゼット)へ、この洞窟内壁に彫られた植物らしき絵と、文字らしきものを写真に撮って送るのだ。きっと、喜んで解析することだろう。


 明かりを増やして写真を撮りながら奥へ進んで行くと、不意に蝋燭の火が不自然に揺らいだ。火が先程よりも小さくなっている。どうやら、酸素が薄くなって来ているらしい。


「ここまで、か・・・」


 この奥の洞窟内壁には、まだ文字のようなものが彫られているが、これ以上は命の危機がある。

 なので、アイザックは足を止めた場所からギリギリ遠くまでをカメラに収め、引き返した。


「賢者はあれを知っていた、のか・・・?」


 知っているような気もするし、危険だと判断して奥までは調べていないような気もする。賢者はもうここにはいないので、それも確かめようがないが。


 それからアイザックは洞窟内で一泊し、翌日の明け方、窪地を後にした。


 山中を突っ切るには、白黒熊(パンダ)や狼の群れとの遭遇が怖かったので、登って来たとき同様、アイザックは断崖絶壁の山肌を慎重に降りて行った。


「・・・助かるんだが、甘い」


 岩場に腰を下ろし、賢者から貰ったグラノーラバーを(かじ)る。穀物とドライフルーツを蜂蜜で固めた携帯食料。


「あの人、昔から甘党だったよな・・・」


 しかも、賢者のお手製だ。料理を作るのが趣味らしく、やたらお菓子作りが上手かった覚えがある。


 頭を使ったり苛々すると甘い物が欲しくなると言って、よく自作のお菓子を食べていた。それも、下手な店の作るお菓子よりもかなり美味い物を。

 険しい顔で「道化のせいでクソ忙しいわ」と零しながら、実際に忙しそうにしていて、どこにそんな暇があったのかは未だに謎だが・・・


 このグラノーラバーも食べたことがある。そして確か、ベティの大好物だったと思う。これを食べた後のベティは割と上機嫌で、アイザックをあまりボッコボコにはしなかった。献上すると少しだけ手加減してくれたが、ベティにグラノーラバーが当たらなかったときには、かなりズタボロにされた。


 甘いのに、少し苦い思い出だ。


 そんなこんなで霊峰ロンジュを下りたアイザックは、麓にあの雑な気球擬きや残骸らしき物が落ちていないことへ、とても安堵した。


 そしてアイザックは、近くの人里へ向かうことにした。洞窟内壁を撮ったフィルムをグラジオラス辺境伯領の本の虫(シュゼット)へ送る為に。


 その後は、まだ誰も行ったことの無い場所の情報を集める予定だ。


 次の、前人未到の地を目指して。

 読んでくださり、ありがとうございました。

 ちなみに、あの言葉はラテン語です。翻訳機能は素晴らしいですね。

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