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賢者と文明の利器?上

 賢者が山頂へ登ったことが無いということを確認したアイザックが、真っ白に吹雪いていた山頂を踏破して、また窪地へと戻って来ると・・・


「ん? 戻って来よったか、アイザック。見たところ特に負傷は無いようだな。手足に凍傷などがあるなら、診てやるが?」


 なにやら作業をしていた賢者が、作業の手を止めてアイザックを見やる。


「特に怪我は無い。凍傷も平気だ」


 そう答えると、金色の瞳が微笑んで言った。


「それは重畳(ちょうじょう)。なら、手伝え」


 洞窟の入り口付近に運んであった酒瓶三十と酒樽二つを、大きな木箱に詰める作業。


 そして、酒を詰め終わって蓋を閉め――――


「・・・文明の利器って言うからなにかと思えば、気球かよっ!? それも、なんかめっちゃ雑なっ!?」


 賢者(いわ)く文明の利器というのは、大きな木箱に、大きくて頑丈な布を取り付けただけというザックリした手作り感満載の、気球だった。しかも、(しっか)りと組み立てを手伝わされた。


「雑とは失礼な。この荷を下に降ろせれば問題無い。見た目など重要ではないわ」

見た目的に(・・・・・)! この重量の荷物を飛ばせそうにないだろっ! 墜落する様しか予想できねぇよっ!?」


 酒瓶三十に酒樽が二つ。更に木箱自体の重さ。そして、それに乗るという賢者は細身だが少なくとも五十キロ以下ということはないだろう。諸々合わせると、軽く百キロは越えるだろう。その上、アイザックに乗るか? と・・・重量の計算がちゃんとできているのか、問い詰めたくなって来る。


「失敬な。さっきから言うておろうが? 飛ぶと表現はしたが、荷を(ふもと)まで降ろせればよいのだ。ある程度緩やかに落ちて行ければ問題無い」

「緩やかどころか、浮かぶのかって言ってンだ俺はっ!? あと、風はどうなんだよ? これ、ちゃんと強風に耐えられンのか?」


 山肌付近は強風や、天候に拠っては吹雪などが容赦無く吹き付ける。こんな手抜きの気球のような物体が、果たして無事に緩やかに落下して行けるものか・・・


「・・・まあ、大丈夫だろ。…多分…」


 金色の瞳を逸らし、ぼそりと小さく『多分』と言う辺り、全く信用できない。挙げ句、更に恐るべきことに、文明の利器だと賢者が主張するこの気球には、子供なら三人程、大人ならギリギリ二人が座れるようなスペースはあるが、どこかを掴む箇所も、人間を固定するような器具も全く付いていない。


 万が一この雑な気球(もど)きが飛んだとしても、落ちれば確実に死ぬだろう。


「アンタ、よくこんな危険極まりない雑な作りの物体に、乗せてやってもいいだなんて言えたな? 俺は絶対に乗らんけど、操縦とかどうすンだよ」

「遠くを目指しているワケでもなし。近くに降り立つだけなら、なんとでもなるわ」

「適当かよっ!?」

「一々細かい奴だな。お前は乗らぬと言うのだから、別によかろう」

「いいワケあるかっ!? 幾ら絶対に乗らんとは言え、山下りたら少し前に別れた知り合いの死体が転がってる状況とか最悪だろうがっ!?」

「ほう・・・なんだ、アイザック。一丁前にわたしの心配か?」


 ニヤリと意地が悪そうに笑う美貌。


「心配無用だ。何度も飛んでおるからな」

「正気かっ!? ・・・こんな雑な気球で何度も飛ぶとか、実はアンタ頭が悪かったのか。『賢者』って呼ばせてるクセに・・・」


 驚いた後、なんだか可哀想なものを見るように賢者を見下ろすアイザック。


「なんだ、その無礼な視線は? クソ餓鬼(ガキ)が。別に、わたしが好きで賢者と呼ばせておるワケではないわ。そう呼ばれておるだけだ。全く・・・一応、最初はちゃんとした気球を作ったのだ。しかし、荷物は重いし、一人で組み立てるのやら、荷運びが段々と面倒になってな。必要最低限の緩やかな落下ができればよいと色々削って行き、シンプルな機能を追求した結果がこれだ」


 シンプルというよりは、横着で安全性という概念を削ぎ落とされた雑な作りの、それでも気球だと主張する物体を指差して賢者は胸を張る。


「色々削り過ぎだ! もっと安全に頓着しろ!」

「お前は乗らんのだからよかろうて?」

「ったく・・・」


 この、雑過ぎる気球擬きの安全性の話をしていても埒が明かないと思ったアイザックは、話題を変えることにした。


「ところで、アンタ。どうやってここまで登って来たんだ? 登山の跡なんて無かったぞ」


 アイザックが登って来た霊峰ロンジュの断崖絶壁の山肌には、誰かが先に登ったような痕跡は全く見当たらなかった。


「ああ、わたしは断崖絶壁は登っとらんよ。山麓の道を登って来たからな」

「道があるのかっ!?」

「ま、ここはわたしの貯蔵庫だ。それなりに通っとるから、獣道的な細い道がなんとなくある」

「・・・獣、いるのか?」

()るぞ。白黒模様で竹を食う珍しい熊やら、鹿、兎に狐、狼、猿、猪なんかだな」

「結構いるな。けど、白黒の熊? ・・・もしかして、この地方特有の、パンダとか言う珍獣か?」

「ああ、そんな名前だったか? あの白黒熊は見た目にやたら愛嬌がある上に草食で竹ばっか食っとるが、あれでも一応熊だからな。そこそこ凶暴だ。舐めて掛かると殺されるぞ。狼も、群れが幾つか()ったしな」


 それは、熊や猪、狼の群れが幾つもいるような獣道の、標高が高くて酸素の薄い山を、気球擬きを組み立てる為の大荷物を抱えた賢者が、一人で登って来たということになる。


「・・・アンタって、そんな細い見た目に似合わず、やたら強いよな」


 賢者は、軍で鍛えられたことのあるアイザックに、絶対に逃亡を許さず、何度もボコボコにして小突き回しながら知識を叩き(・・)込んで(・・・)くれた相手で、現在のグラジオラス辺境伯領の最強の一角を担う騎士爵(ナイト)であるベアトリス・グラジオラス卿へと剣を教えた師匠なのだという。


 子弟揃って、細身な体躯の見た目からは想像できないような強さを誇る。

 そして、グラジオラス城内で密かに囁かれる噂では、ベティよりも賢者の方が強いのだとか。アイザック自身は、二人が剣を交えている光景を見たことが無いが・・・


「ま、それなりにな」


 それなりというか、ベティよりも強いのなら、真実グラジオラス最強なのではないだろうか?

 と、思ったことでアイザックはふと思い出す。この山が、禁域とされている理由を。


「そう言や、この山には竜が住んでるって話だが、アンタは見たことあるのか? ここには定期的に通ってンだろ」

「ふっ、そうだな。この山に竜は住んでおらんよ。ここで竜など、見たことが無いからな」


 笑いながらそう言い切った賢者は、なんとも勿体無いことに、一瓶金貨以下には下らないという馬鹿高い蒸留した蜂蜜酒(ミード・ネクター)を燃料にし、雑過ぎる気球擬きをふわふわと浮かせて地上に降りて行った。まず、アレが浮かんだこと自体に驚いたが・・・


 賢者と称されていて、とても豊富な智識を持っていて実際に途轍もなく頭が良いクセに、実は案外ものすっごい馬鹿なのかもしれない。と、アイザックはそう思ってしまった。


 まあ、食料や薬などを分けて貰ったことにはとても感謝しているが・・・


 とりあえず、山の麓にあの雑な気球擬きと賢者が落ちていないことを祈っておく。

 読んでくださり、ありがとうございました。

 横着で安全性を犠牲にする賢者・・・

 アイザックがツッコミ入れてますが、なかなかアレな感じですね。

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