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探検家アイザックの場合。中

 怪我の痛い表現があります。

 あれは、今から三十数年は前のこと・・・


 あのときもまた、アイザックはこうして高い壁に挑んでいた。一生懸命に。


 アイザック・ウィルストンは少し裕福な平民の家に生まれた。そして、物心付くよりも前の乳児の頃から、非常に元気(・・)過ぎる(・・・)子供だったという。


 歩けるようになる以前の、一歳になるよりも前。ハイハイができるようになると、自力で移動することを覚えたアイザックは、保護者()の目を盗んで家から脱走してはよく外を這いずり回っていたらしい。


 そして、歩けるようになると、更にそれが加速。家から脱走しては、一人でふらふらと実家近辺をよちよち歩きで徘徊して、何度も何度も警邏(けいら)隊に保護されていたらしい。

 よくも事故や誘拐、その他犯罪などの危険な目に遭わなかったものだと、当時を知る者達の間では、今でも大変な語り(ぐさ)となっている。


 そんな、近所でも超有名な酷くやんちゃで、ある意味とんでもなくデンジャラスな子供は、物心が付くと更に行動範囲を広げ、とうとう両親達の手には負えなくなった。


 道がどこまで続くのか知りたくなったと言い、町から出た街道で保護されたり、教会の鐘楼に登って保護されたり、数日間行方不明になって数十キロも離れた町で発見されたり・・・


 ()(かく)幼少期のアイザックは、やんちゃという言葉では足りない程の酷い悪ガキっ振りで、近隣住民や警邏隊へと迷惑を掛け捲った。


 そして、アイザックが六歳のとき――――ふと、遠く見えるお城へ無性に登ってみたくなった。


 一人で城へ向かったアイザックは、街道を見回る警邏隊や騎士、不審者などから逃げ隠れし、親切な人達に食べ物を恵んで貰い、野宿しながら何日もかけて、とうとうそのお城まで辿り着いた。


 近くで見る城の高さに感動したアイザックは、その城壁へと取り付いて・・・石造りの城壁の隙間に手を掛けると、ぐんぐん登り始めた。


 今思えば、この向こう見ずな無謀さこそが、後のアイザックの人生を決定付けてしまうきっかけになった出来事だろう。


 一生懸命、無心で城壁を登り続けること半日。


 マメが潰れたり、爪や皮が剥がれて血を流すぼろぼろに傷んだ手、汗みずくであちこち擦り傷、打ち身だらけ、ふらふらの身体で天辺の屋根に降り立ったアイザックは、沈む夕陽が空をオレンジ色に染め上げる光景に打ち震えた。そして、


「登り切ったぞーーっ!!!」


 高揚した気分のまま高らかに吠えたアイザックは、城を自力で登り切ったこと…制覇したことを、(よろこ)んだ。


 両手を挙げて叫んだのも束の間。ガクリとアイザックの身体から力が抜け、ゆっくりと傾いだ。


「あ、れ?」


 数日前からの移動と野宿に加え、この日は朝から食事も、休憩さえも取らずにひたすら城壁を登り続けた六歳のアイザックの身体は、とっくに限界を越えていた。気が緩んだことで、一気に力が抜けてしまったようだった。


 アイザックが立っていたのは、高い城塞の天辺の円錐形の屋根の上。


 落ちる。と、死ぬんだろうか? ゆっくりと傾いで行く視界の中、アイザックがそう思ったとき、


「いやはや、全く・・・近年(まれ)に見るような大層なアホの子だねっ☆君はさ?」


 思わぬ近い位置から可愛らしい声が聞こえて、ぐいっと身体が引き上げられた。


「え?」

「いやもう、ホンっト呆れるくらいのアホさ加減だねっ☆無茶、無謀、考え無しのおバカさんだゼ♪」


 ニヤニヤと笑う(たの)しげな声。キラキラと夕陽を反射して光る金色の髪、煌めく同色の透き通った瞳。


 その、小柄な体躯の片腕でアイザックを小脇に抱えると、反対の腕が大きく振られる。


「まだ気絶してないなら、近くの開いてる窓を見てご覧。君は、ずっと弓矢で狙われてたんだよ」


 近くの開いてる窓の中、弓を下ろす人影を見たような気がして、アイザックは気を失った。


「・・・ったく、怖いモノ知らずなバカの子程、怖いモノは無いゼ。全く・・・」


 やれやれと可愛らしい声の溜め息と共に・・・


 そして――――翌日。


 全身がギシギシと軋むような痛みで目を覚ましたアイザックは、見知らぬ部屋で寝ていた。

 身体はあちこちが丁寧に手当てされていたが、筋肉痛でガタガタ。そんなアイザックに待ち受けていたのは、怒濤(どとう)の目まぐるしい展開だった。


 アイザックが目を覚ますと知らない女の人がいて、身支度をさせられた。痛む身体で身支度が済むと、次は食事が運ばれて来た。食事が済むと、別の部屋へと連れて行かれた。

 その間、女の人はアイザックの質問には一切答えてくれず、指示を出す以外は「お急ぎください」と素っ気なく言うだけ。


 不満に思いながらも急かされて長い廊下を歩かされると、とあるドアの前で女の人が足を止めた。


 コンコンとノック。


「お連れしました」

「OKー、入りたまえっ☆」


 可愛らしい声の返事。そして、女の人がドアを開け、アイザックに部屋へ入るよう促した。


「どうぞ」


 と言った女の人は、部屋には入らなかった。


 部屋の奥には大きな机がドーンと鎮座し、その手前には大きなソファーとテーブルとが置いてある。そして、


「や、おはよー。アホの子。なかなか元気そうだね? 良かった良かったっ☆」


 可愛らしい声が言った。奥の大きな机の上に行儀悪くも腰掛け、ぶらぶらと足を揺らしながらアイザックを見下ろしてニヤニヤ笑うのは、フードを目深に被った華奢な体躯の人物。


「誰がアホの子だ!」


 ムッとしてアイザックが返すと、


「んー? 勿論、君のことさっ☆ああ、いや、アホじゃなかったかもしれないねぇ? ごめんごめん、間違えちゃった♪むしろ、馬鹿の方だったゼ☆」

「誰が馬鹿だっ!?」

「うんうん、だから君のことなんだってばっ☆馬鹿だから判らないんだねっ☆可哀想にねぇ♪」

「お前っ、おれを馬鹿にしてンのかっ!?」

「さっきからそう言ってるのにー。まだ判らないのかにゃー? さっすが、本物のおバカさんだねっ☆」


 ニヤニヤと愉しげに、アイザックを扱き下ろす言葉を紡ぐ可愛らしい声。


「さて、と。お遊びはこれくらいにして・・・アイザック・ウィルストン。六歳。商家勤めのロベルト・ウィルストンと専業主婦のクラリス・ウィルストンの息子。兄弟は無し」


 その嘲りがすっと鳴りを潜め、キリッとした口調に変わる。すると、いつの間にかその白い手が紙を持っており、アイザックの家族構成が読み上げられる。


「歩けない乳児の頃から家を脱走して、地域の警邏隊に保護されること七十二回。管轄外の騎士や他地域の警邏隊に保護されること十三回。いやはや、君が()の有名な、グラジオラス至上最悪のちみっ子探検家か~。乳児の頃からって、もうホント筋金入りだねぇ? 骨の(ずい)からの、『外』に対する執心。病的というか・・・ま、外を徘徊するだけで、暴力や窃盗行為が無いのは幸い、かな? 一度見てみたいとは思ってたんだけどねー? まさか、(うち)で犯罪者として捕まえてからお目にかかるとは思ってもみなかったね」


 難しいことはよくわからなかったが『犯罪者』という言葉に、アイザックは硬直する。


「え?」

「聞こえなかったかにゃー? 君は現在、捕縛中の犯罪者! って扱いだよ。で、今から犯罪者! な君のご両親を城に引っ捕らえて、尋問しちゃうのさっ☆それはそれは、と~っても厳しい取り調べをね♪」


 サッと青褪めるアイザック。


「…と、父さんと母さんは関係な」


 関係ないと言おうとした言葉が、冷たく遮られる。


「関係あるよ? 大ありだね。君を育てたのは彼らだもん。君の両親が、君をこの城に潜入させたのかもしれないからね! 彼らはもしかしたら、余所の国のスパイなのかもしれないっ☆是非とも狙いを調べなきゃ! だ・か・ら、それはそれはとっても厳しく尋問されちゃうのさっ☆調べた上でなにも出なくても・・・城代権限で処刑!」


 強い声と共にバッ! と、白い紙が宙を舞った。


「っ!?!?」


 城代権限での両親への処刑宣告に目を見開き、声も無くガクガクと震える傷だらけの子供。


「・・・アイザック・ウィルストン。君がやらかしたのは、そういう事態を起こし兼ねないことなのさ」


 愉しげだった声がアイザックを静かに呼んで言う。ニヤニヤしていた口許が、その笑みを消す。


「君は、ご両親の処刑を望むかい?」


 アイザックは震えながら必死に首を横に振る。


「君が子供である以上、君の行動に拠る責任を取らされる存在がいる。それを忘れないことだね・・・ってことで、お説教はお仕舞いさっ☆いやー、慣れないことはするもんじゃないねぇ? あ、ちなみにボク個人的には君のこと好きだよ? ちみっ子は後先考えないおバカなこと仕出かす生き物だしー? だ・け・ど、一応これでもボクってば今は城を預かる身だからね。防衛の観点やその他諸事情から、色々と見過ごせないような馬鹿な行為には、それなりにお灸を据えなくちゃいけなくてねー。簡単に許すワケには行かないのさ。びっくりしたかにゃー? あ、でもでも、君のご両親を城に呼び出して取り調べるのは本当のことだからねー? 可哀想に、後ですっごく怒られるんだゼ?」


 真面目な口調が崩れ、声に笑みが含まれ、口許がニヤニヤと笑う。


「あ、そうそう。言い忘れてたけど、ボクはこのお城の城代でなかなか偉かったりするのさっ☆道化って呼ばれてるから、道化さんでも道化サマでも道化ちゃんでも好きに呼んでくれたまえっ☆」


 巫山戯たような態度に軽い口調。けれど、アイザックはもう、城代だと名乗るこの人物に口答えをしようとは思えなくなった。


 ニヤニヤした軽い態度だからこそ、道化のことをとても恐ろしいと感じてしまった。おそらく、アイザックのことを試していたのだと思う。


 もしもアイザックが、道化の眼鏡に適わなかったらどうなっていたか・・・考えたくない。


 そして、両親への取り調べと徹底的な話し合いの結果、アイザックはなぜか家を出て、グラジオラス城砦預かりとなることが決定した。

 読んでくださり、ありがとうございました。

 短めの予定…でしたが、中です。

 すみません。短かったのは上ですね。


 こんな子供いたら、子守りが命懸けになりそうですね。アイザック、恐ろしい子!

 ちなみに、アイザックの両親は道化のお目付け役の人にめっちゃ叱られました。その後、アイザックは両親にしこたま怒られました。


 道化も、アイザックに対する対応が甘いと、お目付け役に苦言を呈されました。

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