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読書家シュゼットの場合。Ⅳ

 『婚約破棄など構わないグラジオラス辺境伯領の諸事情。』から、

 『グラジオラス辺境伯領の残念な人々。』へタイトルを変更しました。

 幼いシュゼットが一冊の(ふる)い本の、とある記述を読んでしまってから数日後。


 シュゼットと父は、その日のうちにグラジオラス辺境伯城砦から届いた手紙で、召集された。


 城には図書館の持ち主であるグラジオラス侯爵がいて、シュゼットの父に話をした。


 シュゼットが、聖教の修道女(シスター)が持っていた古代語や神聖言語で記された旧い本を読み、神の花嫁(シスター)にならないかと勧誘されていたことを。


 父は、冗談ではないと一蹴した。けれど、侯爵は言い募る。聖教は神聖言語を読んでしまったシュゼットを諦めないだろう。聖教に娘を奪われたくなければ、グラジオラス城砦へ娘を預けた方がいい、と。


 こうしてシュゼットは、その日のうちにグラジオラス辺境伯城砦に暮らすこととなった。


 そして、父が帰った後に城代としてシュゼットに紹介されたのは・・・


「やっほー、シュゼちゃん。こんにちは♪こないだ振りだねっ☆元気してたかにゃー? ボクは道化だよ☆グラジオラス城砦の城代って肩書きだけど、気にしなくていいさ♪道化さんでも道化ちゃんでも道化サマでも好きに呼んでくれたまえっ☆」


 小柄な体躯にキラキラした金色の髪、透き通った金色の瞳。ニヤニヤとしたイタズラっぽい笑顔が、シュゼットを見下ろす。


「どう? びっくりした? 驚いたかにゃー? 一応、ボクが城代なのはホントなんだけどねー? どういうワケか、ボクには人望が無くってねっ☆残念! とは、特に思ってないけど、説得だとかそういうのは向いてないんだにゃー。特技がイタズラと嫌がらせと危険物の調合でねっ★というワケで、ボクのときには城代の、更に代理という変なお目付け役が付けられるのさ! 姫も賢者も心配性だゼ全く」

「?」

「うんうん、わかってなさそうだねっ☆別にいいよ。()にも(かく)にも、君のお仕事は(うち)で健やかに暮らすことさっ☆もう少し大きくなって、万が一修道女になりたくなっちゃったら教えてね? 君が自分で決めたことなら、ボクは君を応援しようっ! まぁ……グラジオラス(うち)に不利益が無い限り、という条件は付けさせてもらうけどね♪」


 ニヤニヤと可愛らしい声が捲し立てると、


「・・・どうして私は、パパとはなれないといけないんですか? 道化さま」


 透き通った金色を見上げる藍色の瞳。


「・・・そうだね。まあ、端的に言えば、シュゼちゃん。君が、禁書指定されるであろう本を読んだから。内容がマズかったね。悪者にしておきたい邪竜を、よりにも寄って聖竜が擁護しているような内容だ。そんな、聖教にとって都合の悪い、禁書指定されるような本を、聖教の修道女(シスター)の目の前で読んじゃったからね。言い逃れはできない。目を付けられた。向こうの出方にも寄るけど・・・(うち)で保護しなかったら君は、古代文字、または神聖言語の解読要員として、異端審問官にさせられるだろう。そうなれば、君は一生その行動と読む本を制限されて、パパにも会えなくなってしまう。君の人生が、使い潰されてしまうだろう。……全く、あんな(カビ)が生えた本は捨てとけっての……」


 道化はシュゼットへ誤魔化し無く真摯に答えると、ぼそりと低く呟いた。


「それは、いやです」

「そう。君には、それ(・・)を跳ね退ける権利がある。だからボクは、君の保護を提案したのさ。才能を持つ子供の全てが、その才能で幸せになれるとは限らない。それを伸ばすも伸ばさないも、本人次第だとボクは思う。だから、君の好きなようにしなよ。というワケで、子供は子供同士っ! 君のお守りはリヴとロッドに任せようっ☆」

「リヴとロッド?」

「そうっ☆リヴェルドとロディウスって名前で、君より年上のお兄さん達だよっ☆」

「・・・本は、ありますか?」

「もちろんっ☆たっくさんあるよ♪好きなだけ読むといいさっ☆」


 そんな事情でシュゼットは、グラジオラス辺境伯城砦預かりとなった。


「ありがとうございます。道化さま」


 シュゼットは、グラジオラス城砦の図書室の蔵書を、本を自由に読めることを、(よろこ)んだ。


 リヴェルドがそれなりに可愛がり、ロディウスが世話を焼き、後にエステバンも加わり、シュゼットを妹分とした三人は・・・あれでも(・・・・)一応は、まともに育った方だ。


 シュゼットの面倒を見ろと言われたのに図書室に放置したせいで、脱水や空腹でぶっ倒れた彼女をおろおろと介護したり、倒れるのを未然に防ぐ為に図書室から引き剥がしたりと、色々試行錯誤して・・・


 結果。生存本能が読書欲に負けるようなダメ女ができ上がってしまった。


※※※※※※※※※※※※※※※


 なんやかんやあって、色々と面倒な連中(・・・・・)を振り切って王都に到着したシュゼット達。


「さあっ、本屋さんに行きましょう!」


 けれど、なんやかんやの部分を全く知らないシュゼットは、疲れているディルや他の諜報員(ふくろう)達の気も知らないで、とても張り切っている。


「ああっ、どんな素晴らしい本に出会えるでしょうかっ!? ドキドキワクワクしますよぅ♪」

「・・・そうですか。では、さっさと古本を取り扱っている店へ行きましょうか」

「はいっ!」


 さっさと用事を済ませば、この面倒な『乱読の魔女(シュゼット)』のお守り役から解放される! と、ディルは古本を取り扱う店へと急いだ。


 そして・・・


「さあっ、本を見せてくださいよぅ! 没落した家から買い取った本がたっくさんある筈です♪」


 にこにこと満面の笑みで古本屋へ突撃。


「本は・・・文字は情熱の証ですからね! 言葉という音では、今この場にいる、声の届く限られた範囲の人だけにしか、伝えることができません。声の届かない場所にいる人に、なにかを伝えることは不可能なのです。しかし、この場にいない人へどうにかして、情報を伝えたい! そんな気持ちこそが、文字を生み出したのです! それこそが、文字という素晴らしき概念が誕生した瞬間です! 音で伝えるという時間経過や範囲という枷を打ち破り、別の場所や未来へと情報の伝達と蓄積、そして保存とを可能にしたツール! 自分の知っていることを、()だ見ぬ誰かへ伝えたいという飽くなき情熱こそが、共通認識の擦り合わせと取捨選択を繰り返させ、研磨し、文字を、文章を洗練させ、人類達を発達させたのです! そして、その情熱を受け取りたいと努力したことが文字を認識し読み取る識字という読書行為なのです!!! 文字が無ければ、きっと人類は然程(さほど)発展することはなかったことでしょう! あぁ、文字とはなんて素晴らしく、美しく尊いのでしょうか・・・自分以外の誰かへ伝えたいという、熱く燃え(たぎ)る情熱! 想像するだけでとても胸が躍り、愛おしい気持ちになりませんか? 記す材質に拠っては、数百年、数千年、数万年にさえも渡って(のこ)るのですっ! さあっ、素晴らしき先人達の努力の結晶をっ、情熱の証をっ、文字へと感謝しっ、文字を称えっ、文字を崇めて読みましょうっ! 文字の(つづ)りを、文章の記された本を慈しみ、本を心から愛しましょうっ!!! 全ての文字と本へ、祝福を!!!」


 シュゼットは恍惚とした愛おしげな表情で本を見詰め、本を称え、崇め始めた。


 ある意味では狂信者のような様相で、店主のドン引く様子も目に入らず、


「・・・あぁ、さっさと帰りてぇ・・・」


 ディルのぼやきも聴こえていないようだ。


 シュゼットは、文字が大好きで大好きで堪らない。文字という概念を愛している。


 どんな言語の、どんな内容でも、文字が書かれている本ならば、全てが愛おしい。


 そんなシュゼットは、読む本を制限されることなど、堪ったもんじゃない。そんなことは、絶対に耐えられない。


 例えそれが、邪教の教え(・・・・・)のようなことが記されている本であろうとも、文字が(・・・)記されて(・・・・)さえいれば、その内容などは全く関係無く、シュゼットはその本を慈しんで、大切に読むことだろう。


 シュゼットは、文字という(・・・・・)存在(・・)自体を愛しているのだから、内容なんて、関係無い。文字が記された本であれば、全て等しく、愛情を(もっ)て慈しみ、読むことができる。


 そしてシュゼットには、読む(・・)ということに対する凄まじい執念と才能とがあり、その内容を幾種類もの言語として、後世へ(・・・)広く(・・)遺す(・・)ことができる程の実力がある。


 邪竜(イーヴィル・ドラゴン)の研究など、その最たるモノ。


 文字を読み、伝える(・・・)という手段に特化したことが、シュゼット・ファウストが聖教に異端視され、『乱読の魔女』と称されて恐れられる由縁(ゆえん)。そして、聖教が彼女を欲している理由。


 神の花嫁(シスター)になど、成れる筈が無い。


 この、無自覚な爆弾を、グラジオラス辺境伯領へ無事に連れ帰るまでが、ジャン・ディル・メルク及び、諜報員(ふくろう)達の今回の役目となっている。


 非常に厄介()つ、面倒な仕事だ。

 文字は偉大ですね♪

 識字に感謝を!文章へ祝福を!

 読んでくださり、ありがとうございました。

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