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読書家シュゼットの場合。Ⅱ

 朝の遅い時間にスッキリと目を覚ましたシュゼットは、身支度を整えて部屋を出た。


 なぜか久々に身体が軽くて、なぜか医務室で寝ていたが、いつもの通り、本能のままに城内を歩き、ふらふらと引き寄せられるように図書室へと向かう。

 その途中、ヒソヒソと聞き捨てならない噂話を聞いてしまったシュゼットは、進路を変更して慌てて城代の姫の下へと向かった。


 ドアをノックするのももどかしく、


「姫様姫様、シュゼットですっ!? すっごくすっごく大事なお話があるので、入りますよー!」


 部屋へと入った。


「・・・ノックをして、返事を待つのが礼儀だろうに? で、大事な話とやらはなんだ?」


 落ち着きの無いシュゼットへ、姫が呆れ混じりの金の視線を向ける。


「はいっ、中央貴族が次々没落して行ってるそうなので、私も王都に行きたいです!」

「・・・どこからその話を聞いた? シュゼット」

「廊下で誰かが噂してました!」


 シュゼットの答えに、姫は溜息を吐く。


「・・・一応聞く。なにをしに王都へ?」

「勿論、没落や転落した貴族達の秘蔵している稀覯(きこう)本を入手しに、ですよぅ♪」


 キラキラとした笑顔で答えるシュゼット。


「なので、許可をくださいっ! 姫様っ!」


 ――――それから数十分後。


「よろしくお願いしますね♪ディル君」

「・・・」


 にこにこと頭を下げるシュゼットを、苦虫を噛み潰したかのような、心底嫌そうな表情で見やるのは、中肉中背で茶髪に眼鏡の二十代後半程の男性ジャン・ディル・メルク。

 グラジオラス辺境伯領に本店を置き、外国とも取り引きのある老舗の大きな商会、メルク商会。ジャン・ディル・メルクはそこの番頭だ。無論、諜報員(ふくろう)の一人でもあるが。


 彼はとても有能な商人でかなり旅慣れしており、尚且(なおか)つ、変人になかなかの耐性があった。故に彼、ジャン・ディルに白羽の矢が立った。シュゼットのお守り役という、損な役割りの・・・


「姫様、とりあえず、損失額の補填と慰謝料の請求を求めます」


 ディルはシュゼットを無視し、姫へ言う。


「後で請求書を送れ。審査する」

「了解致しました」


 ディルは姫へ頭を下げ、


「では、シュゼットさん。とっとと旅支度を済ませて、荷物を持って玄関へ集合。ちなみに、持って行ける本は十冊までです。一時間以内で支度が間に合わない場合、置いて行きます」


 冷ややかに言い切る。


「えぇ~っ!? そんな、たったの十冊だなんて、少ないですよぉ・・・」

「後、五十九分」

「! 準備して来ます~っ!?」


 バッと駆け出し、部屋を出るシュゼット。


「・・・まあ、頼んだぞ」

「・・・嫌だと言ったら、あのダメ女を止めてくださいますか? 姫様」

「シュゼットを一人では外へ出せないからな。すまないが、君が適任だ」


 ディルは溜息を吐いて、昔のことを後悔する。あのとき、軽々にヴァルクの誘いに乗った自分をぶん殴ってやりたいと、幾度思ったことか・・・


 しかし、ディルが適任なのも事実。

 メルク商会は美術品や骨董品、そして古本、更には印刷業なども取り扱っている。

 シュゼットは出版に携わることもあるし、本に金を惜しむことをしない稀覯本コレクターでもあり、メルク商会の非常に大口のお得意様でもある。無碍(むげ)にはできない。大変な変人だが。


「・・・仕方ありませんね。では、任されました」


 こうしてディルは、シュゼットを引き受けることとなった。とても、嫌々ながらに。


※※※※※※※※※※※※※※※


「ディル君ディル君、大変ですっ! 揺れが酷くて本が読めませんっ」


 城を出発して数分、ガッタンゴットン! と盛大に揺れる馬車の中。シュゼットが声を張り上げた。


「そうですか。では、速度を落としましょうか? 王都へ着くのは遅くなりますが」


 急いで王都へ行き、さっさと用事を済ませてシュゼットをグラジオラス辺境伯城塞へ届けるべく、馬車をとても急がせている。


「・・・本が読めないのは残念ですが、遅れるのは困りますね・・・早く行かないと、貴重な本が流されたりオークションに出されちゃいます」


 ディルとシュゼットの目的は、早く王都へ行き、用事を済ませてさっさとグラジオラス辺境伯城塞へ帰還するという点のみ、一致している。


「では、読書を諦めてください。暇なら、お昼寝などをお勧めしますよ」

「わかりました。じゃあ、少し寝ることにします。なにかあったら起こしてくださいね?」

「特に問題は無いと思うので、王都へ着くまでずっと寝ていて結構ですよ? シュゼットさん。……むしろ起きるな……」


 ぼそりと低く言われた後半の言葉が聞こえなかったのか、


「ディル君は優しいですね。では、お言葉に甘えて、おやすみなさい」


 すとんと眠りに落ちるシュゼット。


「本っ当に、手の掛かる人だ。全く・・・」


 この、シュゼット・ファウストという女は文字を読むこと以外は、てんでダメダメな人間だ。自分ではそのダメさ加減に全く気付いていないが、グラジオラス辺境伯城塞に住むおおよその者達が口を揃えて言う。彼女は「生活能力が皆無だ」と。


 まず、生存本能が読書欲に負けていることがおかしい。集中力が桁外れで、文字通り時間を忘れることなど、しょっちゅうだ。


 寝食を忘れて本に没頭する様は、誰かが世話をしてやらないと、このダメ女はたったの数日で干からびて死んでしまうに違いない! と、城中の人に強くそう思わせる程だ。というのも、シュゼットには既に、前科があるからだ。


 今から十年以上前のこと。シュゼットが突然、「一人暮らしがしてみたいです!」と言い張り、その三日後に町の宿屋(・・)に一人で宿泊をさせてみた。すると、二日目で脱水症状を起こして倒れた。世話係を付けて更に三日後。宿泊費を払う前に、持ち金の全てを本につぎ込んだ。


 自己管理が全くできず、計画性が皆無だと証明された結果。シュゼットに一人暮らしは無理だと判断され(当然判り切っていたことだが)・・・これまで通りにグラジオラス城塞預りで暮らして行くことに決まったのだった。


 そんなことがあったにも拘わらず、「自由に本が読みたいんですぅ。それを、お城だとメイドさんが邪魔するんですよぅ」と、一人暮らしを諦めようとしなかったシュゼットへ、「城で暮らせば家賃が不要なので、本が沢山買えるぞ?」と姫が言ったことで、城へ戻ったという顛末だ。


 何十時間も、ぶっ倒れるまで本を読み続けるダメ女にストップを掛け、あれこれと世話を焼いたりという攻防を繰り広げていた若い侍女(しかも、シュゼットに名前も覚えられていなかった)はその日、涙ながらに城を去ったという・・・


 そんな風に、色々とダメ女であることを周囲に晒し捲っているシュゼット本人は、自分のことを『(しっか)り者』だと思っているから、非常に性質(たち)が悪い。


 街道を進むこと二時間後。夕暮れになって目を覚ましたシュゼットが、また声を上げた。


「ディル君ディル君、暗いです。この暗さじゃあ本が読めませんよぅ。灯りを()けましょう♪」


 夕暮れになり、安全の為に馬車のスピードを少し落としたので、本を読もうとしたらしい。しかし、馬車内は薄暗く、文字を読める明るさではない。


「経費削減です。灯りは点けません」


 というのは建前で、ディルは単にシュゼットのダメさを警戒しているだけだ。


 スピードを出して走っている馬車の中で、灯りを(とも)すのは危険だ。火事になる可能性がある。だから、馬車の外に灯りは点けるが、中には点さないようにしている。しかし、シュゼットに説明しても「本が読みたいんですぅ、ちょっとくらいなら大丈夫ですよぅ」と、駄々を捏ねるのが目に見えている。説得をするのは面倒だ。だったら、最初から灯りは無いものだと思わせた方が、ディルの精神衛生には宜しい。


「そん、な・・・」


 すると、シュゼットは口元を押さえ、なぜかその深い藍色の潤ませてディルを見詰めた。


「ディル君家のお店の経営が、そんなに苦しくなっていただなんて、全く知りませんでした・・・」

「は?」

「大丈夫です! 私、いっぱい本を買って、たっくさんお金を使いますからね! 任せてください! 売り上げに貢献しますよぅ!」

「・・・いえ、心配ご無用です」


 このダメ女殴りてぇ! という衝動を抑え、ディルは深く深呼吸をして心を落ち着けた。


 ちなみに、メルク商会は今のところ、すこぶる順調だ。シュゼットに心配されるまでも無く。


※※※※※※※※※※※※※※※


 夜。


「ディル君ディル君、こんなに高級なお宿に泊まって大丈夫なんですか? こういう大きいお宿が高いっていうのは、私も知ってるんですよ!」


 最高級に近い宿の前で、シュゼットが不安そうにディルを見上げる。


「はいはい、大丈夫ですよ。姫様に必要経費を(後で)頂きますからね。ご心配無く。高い宿の方が防犯上優れてますからね。さっさとチェックインしますよ。早く歩いてください」


 と、ぞんざいに答えて上階のワンフロアをまるごと貸し切りで宿を取り、


「はい、シュゼットさん。絶対にドアを開けないでくださいね。本の話をされても、見知らぬ人を部屋に上げてはいけませんよ。俺や他のグラジオラス系列の誰かの知り合いだと名乗る人も、全部無視してくださいね。部屋を間違えただとか、迷子になっただとか、助けてほしいだとか、司祭だとか、宗教関係者など、そういった不審な連中が来ても、絶対に開けないでくださいね」


 言い置き、シュゼットを侍女付きで部屋へ放り込んだディルは、用事(・・)を片付けに階下へ向かった。


「もう、ディル君は少し心配性ですよぅ。私は子供じゃないんですから」


 笑って返したシュゼットへ、誰が見ても子供以下だろうがアンタはっ!? と、言いたい衝動を堪えて・・・


 宿のラウンジにて。


 宿の従業員、宿泊客が数十名程集まる中、


「さて、梟の皆さん。お忙しい中、ご足労誠に有り難う御座います。知っての通り、『乱読の魔女』のお出掛けです。不審者を徹底的に洗い出して、絶対に彼女へ近付けないようにしてくださいね」


 ジャン・ディル・メルクは、グラジオラスの梟達へと通達する。梟達の動員、そして指揮権限を有する梟として。


 シュゼット・ファウストという女は読書欲の塊で、生活能力がまるで無い上に、生存本能が機能しないダメ人間ではあるが、文字を(・・・)読む(・・)という(・・・)こと(・・)に関してだけは、圧倒的な才能を有している。


 近隣諸国の公用語は勿論、遠い異国の言語を解する。読むだけならば、四十程の言語を。読み書き(・・)になると減るが、それでも二十程の言語を辞書無しで解し、有能な外交官であるマーノの外国語の師でもあり、彼女の手に負えない外国語の書類の翻訳を頼まれる程だ。

 (もっと)も、数ヶ国語を流暢に話せるマーノに対し、シュゼットが話せるのは母国語のみ。音としての言語ではなく、文字(・・)として(・・・)の言語を解する(・・・)こと(・・)のみに()けた、偏った才能だが。


 それでもシュゼットは、古代語や失われたとされる神聖言語までをも解読できる程の鬼才だ。


 そして、神聖言語を解読できるのに、邪悪とされる邪竜(イーヴィル・ドラゴン)研究家でもあるシュゼット・ファウストのことを、聖教のお偉いさん達は皮肉を籠めて、『乱読の魔女』と称している。


 そんなシュゼット・ファウストを狙う人間は、殊の他多い。聖教は勿論、新興宗教やら占い師、霊感商法などなど・・・『乱読の魔女』の突発的なお出掛けはハッキリ言って、数百名からの人数が動員される為、諜報員(ふくろう)達のような裏方側からすると、非常に厄介なイベントだと言える。


 しかし、シュゼット・ファウストの意思を制限すると、『彼女を助ける』だとか抜かしてグラジオラスへ喧嘩を吹っ掛けて来る馬鹿共がいて面倒だ。

 拠って、『乱読の魔女』が外出するときには、いつもこのように大掛かりな人員が動かされることとなる。


 シュゼット本人は、その裏方の苦労を全くと言っていい程、知らないが・・・

 読んでくださり、ありがとうございました。

 自称確り者の、生活能力皆無で天然なダメお姉さんは、一点特化型の天才でした。

 年下の面倒を見てるつもりで、逆に面倒を見られているタイプですね。なんか、周りが大変そうです・・・

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