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読書家シュゼットの場合。Ⅰ

 今回は変人同士のやり取りです。

 グラジオラス辺境伯城塞の図書室。


 本が傷まないよう、太陽光を遮り、湿度や光度などが本の為に調整された、少し薄暗くて(しず)かな空間。


 稀覯(きこう)本から軽い読み物、画集や絵本まで、あらゆる種類の本が相当数収められている。


 そんな本棚の間の涼しい一画、床の上でだらだらとしていた彼女が、ふと顔を上げる。


「・・・なんか、(いや)な予感がする」


 ぽつんと、図書室の静寂へと落ちる呟き。


 なんだかぞわりと背中に走った厭な予感に従い、ベアトリスはひんやりとしたお気に入りの昼寝場所(としょしつ)からさっさと退散することにした。


 なので、奥にある資料室へと足を運んだ。


 少し埃っぽいような匂いと紙、インク、脂のような独特の匂いが入り雑じる場所。

 幾つも並んだ大きな本棚に、ぎっしりと本が詰まっている。巻き物タイプや羊皮紙などの(ふる)めかしくて大きな重い本から、凝った装飾の施された美術品のような本、そして紙に印刷された現代の新しい本。


 ベアトリスは、そんな貴重な本の数々が立ち並ぶ閑かな空間を進み、分厚い本のページを捲りながらノートにペンを走らせる人物へと声を掛けた。


「あたし、そろそろ退散するわ。ま、聞こえてねーと思うけど、じゃあなシュゼット」


 言うだけ言ったベアトリスは、そっと資料室のドアを閉める。一心不乱に分厚い本へと熱視線を向け、全く聞いてなさそうな人物を残して・・・


 それから、シュゼットと呼び掛けられた人物が一心不乱に文字を追い続けること数十分後のこと。


 突然、ページを捲ろうとした方の腕がなにかに掴まれ、ゴキン! と肩から鈍い音がして、だらりと腕が動かなくなった。


「え?」


 声を上げた瞬間、またゴキン! と、反対の肩から鈍い音が鳴り、腕が全く動かせなくなった。


「・・・どうしよう、ページが捲れません!」

「君は・・・最初に心配するのはそこなんですか? 全く・・・」


 やれやれと、思わずツッコミを入れる男の声。シュゼットはその声に上を向こうとするが、頭を押さえられていて、上を向くことができない。


「本が読めないんですよっ!? 私にはとってもとっても一大事ですっ! ハッ! わかりました! あなたは賊ですねっ!? でも残念でしたー。私に手を出すとベティちゃんが黙ってませんよっ? さあ、ベティちゃんっ! 私を助けてください! ベティちゃーん!!」


 シュゼットは思い切り他力本願の主張をし、大きな声で城を守る騎士爵(ナイト)のベアトリスを呼ぶが、資料室のドアはしんとしたまま開かない。


「・・・来ませんねぇ」


 待つこと(しば)し、先程の男声が言った。


「え? ベティちゃーんっ! シュゼお姉さんのピンチですよーっ! 助けてくださーいっ! お昼寝中ですかー? なら、今すぐ起きて資料室に来てくださーいっ! お姉さんが悪い人に誘拐されちゃいますよーっ!? お姉さん腕が動かなくて大ピンチですよーっ!?」


 焦ってベアトリスを呼ぶが、ドアの外からはうんともすんとも反応がない。


「ベティちゃーんっ!?」

「やはり、来ませんか。逃げられてしまったようですねぇ・・・相変わらず、ベティ君は勘が鋭い」

「え? 狙いは私じゃなくてベティちゃんなんですかっ!? ま、待ってくださいっ! さっき呼んだのは無しです! こっち来ちゃ駄目ですっ、ここは危ない・・・じゃなくて、シュゼお姉さんは大丈夫ですからねベティちゃんっ!」


 シュゼットは必死で声を張り上げる。


「来てくれると嬉しいのですが、きっと無理ですよねぇ? 仕方がないので、諦めましょう」

「それはよかったです♪お姉さんとして、ベティちゃんを守れました!」


 にっこりと、妹分を守れたと笑顔を見せるシュゼットへ、彼は残念そうに溜息を吐いた。


「それで、君はこの後どうするんですか?」

「わ、私に手を出すとロッド兄さんが黙ってませんよっ! ロッド兄さーん、助けてくださーいっ!!」


 またしても他力本願なことを言い、ロディウスを呼ぶシュゼット。


「・・・ロッドは来ませんよ。とりあえず、久し振りですね? シュゼット」

「? どうして悪い人が私の名前を・・・?」

「ワタシの声を忘れましたか? 君には聴力検査も必要なようですねぇ」

「声? って、エスト兄さんじゃないですかっ!?」


 きょとんと顔を上げたシュゼットが、自身の両肩へ手を置いたエステバンを見上げて驚く。


「はい、ワタシですよ。シュゼット」

「エスト兄さん、お久し振りです。今日はどうしてここへ? あ、とりあえず、肩を治してくれませんか? このままでは本が読めませんよ」

「はい。読まなくていいんです。本命はベティ君だったのですが、本日は君のメンテナンスです」

「え?」


 ピシっ! と、笑顔が固まったシュゼットをひょいと肩へ担ぎ、エステバンは図書室から移動する。


「そんなっ!? 酷いですぅっ! 本がぁっ」

「大人しくしましょうね? シュゼット」


 両肩の関節を外された為、動かせない両腕の代わりにバタバタと足を動かすシュゼットの足を押さえ、軽く注意しながらも歩を進めるエステバン。


「エスト兄さんっ!」

「とりあえず、シュゼット。前回の食事はいつ摂りましたか? そして、なにを食べましたか?」


 抗議の声を無視しての質問へ、


「え? え~と・・・覚えて、ません……」


 首を傾げ、小さく答えるシュゼット。


 文字通り、時間を忘れる程に読書へ没頭していたシュゼットは、つい先程(・・・・)の食事(・・・)になにを食べたのか、全く思い出せなかった。


「では、何時間前に起きましたか?」

「え~と・・・三十時間、くらい前?」

「プラス十二時間と言ったところでしょうか? 四十二時間以上寝ていませんね。ちなみに、前回の食事は二十三時間程前だそうです。教えてくれた侍女が、とても呆れていましたよ? シュゼット」


「ぇ~、と・・・ごめんなさい?」

「全く・・・」


 エステバンは、生存本能がぶっ壊れているとしか思えない年下の幼馴染みに溜息を零す。


「まずは水分補給と軽い食事。後に入浴。その後で、診察と整体をしてから点滴ですね」

「はいっ、質問ですエスト兄さん!」

「はい、どうぞ。シュゼット」

「読書の時間が入ってません!」

「ええ。ありません」

「そんなぁ・・・酷いですよぉ」

「言ったでしょう? 君のメンテナンスです。君は、同じ姿勢で何時間も何十時間も、身体を動かさないで読書や書き物をするんですから、身体中バッキバキなんですよ。しかも、非常に不摂生ですからね。それがどれだけ身体に悪いことか、解りますか? 君はワタシやリディ君が定期的に診てないと、コロっと呆気なく死んでしまいそうですからね」


 エステバンは溜息を吐きながら、待ち構えていた侍女へシュゼットを引き渡した。


「では、シュゼットをお願いしますよ」

「かしこまりました」

「え? そんなっ・・・肩を填めてくださいよぉ、エスト兄さんっ!」


 というシュゼットの慌てる声を無視して・・・


※※※※※※※※※※※※※※※


 数時間後。


 診察と整体を終え、ベッドへ横たわるシュゼットへ点滴を打っている最中。


 エステバンは暇なので、シュゼットが書いていたノートをパラパラと捲る。




『とある秘境の洞窟にて、洞窟内壁に古代文字と(おぼ)しき痕跡があり、撮影されたもの。


 おそらくこの古代文字は、数千年も前の(いにしえ)より悪行をなし、人に疎まれ、いつしか消え去りし邪竜イーヴィル・ドラゴンが書き遺せし文字だと思われる。


 写真より抜粋。邪竜(イーヴィル・ドラゴン)の書。


 以下、古代文字の翻訳。』




『おろかしくも わいしょうな きおくきょようりょう しか もたず、されど つごうのわるい きおくを ぼうきゃくや、かいざん することに たけ、ぜいじゃくで たんめい、あわれな にんげんどもが、こうせいへ きおく、またはきろくを のこす すべとして、そのあたりの いわへ、もじを きざんでいる。


 ひびのしさくや、できごとを もじという きろくとして しるすことを、にっき というらしい。


 きょうが のったので、われも このいわへ きざみ しるす こととする。


 あくるひか、われが ほろびさる ひまで。


 おそらくは、あくるほうが はやいだろうが。


 ちょ。いーびる・どらごん』




『まんまるつき。はれ。


 たいくつに あいたので、てきとうに ひこう していたら、にんげんどもの すむ しゅうらくを はっけんした。


 ちかよりて、われの ほうこうを とどろかせば、だじゃくな にんげんどもが きょうこうを きたし、くものこを ちらすように にげまどった。


 ゆかいなり。


 いーびる・どらごん』




『はんぶんのつき。あめ。


 ながあめが ふりしきり、ひさしく たいようを おがんで いない。


 ていたい ぜんせんが、かっぱつ なのであろう。


 くろくて ぶあつい くものなかを ひこう。いかずちと あめが われのうろこへ ばちばちと はじけ、はんしゃする さまは、おもしろきかな。


 いーびる・どらごん』




『しんげつ。あめ。


 おろかな にんげんどもが、』




 子供の書いたようなたどたどしい文字で、けれど内容は巫山戯(ふざけ)たような、悪戯(イタズラ)っ子の日記のような文章が続いている。


「もうっ、酷いですよエスト兄さん!」


 シュゼットの声にノートを捲る手を止め、エステバンはベッドへ顔を向けた。


「はい? なにがヒドいのですか?」

「肩を治してくださいよ。これじゃあ手が動かないじゃないですか!」

「動けないようにしたんですよ。君は、手が動くとすぐに読書を始めてしまいますからね」

「エスト兄さんがイジワルです! 私に文字を読まさないで、自分だけ読むなんてズルいです! なんの拷問ですかぁ・・・」

「寝なさい」

「本が私を呼んでいます」

「シュゼット。とうとう幻聴が聴こえるようになってしまったのですか? あまり睡眠不足になり過ぎると、精神の方が異常を(きた)してしまいますからねぇ・・・そして、骨密度が低くなるんです! というワケで、睡眠導入剤と、鎮静剤。どちらがいいですか? 選ばせてあげますよ」

「・・・間違えましたっ! 私が本を切望して、熱望しているんでした! 幻聴は無いです!」

「そうですか。それはよかったです。幻聴や幻覚症状が出ると危険ですからね。では、シュゼット。睡眠導入剤にしておきましょうか」

「結局私を寝かせる気ですか・・・」

「当然です。シュゼット、君はワタシの妹のような存在。そして、ワタシへその骨を献体してくれる大事な身体なのですから、君には健康でいてもらわなくては困るんです。骨粗鬆症(こつそしょうしょう)や栄養失調でスッカスカでボロボロの骨だなんて、そんな酷く悲しい骨は、とても観られたものではありませんからね」


 眉を寄せた麗しい顔が、酷く悲しげに献体の契約をしてくれたシュゼットを見下ろす。


「エスト兄さんっ・・・そう、ですよね。ごめんなさい、エスト兄さんにそんなにも心配を掛けていただなんて・・・私、今度から徹夜は二日目までにしておきます! 忘れていなければ」


 と、答えるシュゼット。


 どっちもどっちで、話が噛み合ってない。


 シュゼットへ薬を処方したエステバンは、経過観察と暇潰しの為に彼女と話をすることにした。


「ところでシュゼット。この、胡散(うさん)臭い邪竜の日記? は、なぜ子供が書いたような汚い字なんですか? 君は悪筆ではなかったと記憶しているんですが?」

「それはですね、原本の古代文字が、子供が書いたような可愛らしい文字だったので、それを表現しようと思ったんです♪」

「成る程・・・きっと、当時の子供の悪戯なのでしょう。贋物なのでは?」

「違いますよぉ。洞窟内の壁に刻まれていた文字は、一文字の大きさが三十センチ程の大きさのようで、一文字刻むだけで大変な重労働なんです。子供には無理ですよ。しかも、飛び飛びではありますが、数十年…もしかしたら、数百年以上にも渡って日記(・・)が記されていたんです。まあ、その間に段々と文字は洗練されて行ってますけど、それはおそらく同一人…いえ、同一ドラゴンの成長だと思われます」

「その根拠は?」

「イーヴィル・ドラゴンが遺した、他の地域の古代文字と筆蹟…いえ、爪痕が同じだからです」

「成る程。君が言うならそうなのでしょう。君は邪竜研究家でもありますからねぇ」

「はい♪イーヴィル・ドラゴンの記した最初の文字と日記(・・)だと思うと、とても興奮します!」

「そうですか。では、さっさと寝てくださいね?」

 読んでくださり、ありがとうございました。


 ロディウスの苦労が偲ばれます・・・


 日記の内容はアレですが、ひらがなだとちょっと可愛らしく見えるような…?


 以下、ちゃんと書いてみました。


『愚かしくも矮小な記憶許容量しか持たず、されど都合の悪い記憶を忘却や改竄することに長け、脆弱で短命、憐れな人間共が、後世へ記憶、または記録を残す術としてその辺りの岩へ、文字を刻んでいる。

 日々の思索や、出来事を文字という記録として残すことを日記というらしい。

 興が乗ったので、我もこの岩へ刻み記すこととする。

 飽くる日か、我が滅び去る日迄。

 おそらくは、飽くる日の方が早いだろうが。


 著。イーヴィル・ドラゴン』


 やっぱり、ひらがなマジックですね。


 そして、宣伝を。『カラフル*レイヴン♪~アホの相手は面倒ですね~』という別作品を完結させました。興味のある方は覗いてやってください。


 下の方に月白ヤトヒコの別作品へのリンクがあります。クリックすると、目次に飛べます。

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