ドクター・エスの場合。下
前回予告の、人によってはホラーに感じるかもしれない話です。
不快に思う表現があります。
ちょっと加筆しました。
侯爵家の長男として生まれたエステバンは、生まれたときから見目麗しく、周囲に愛されて育った。
エステバンは小さな頃から好奇心が旺盛で学習意欲が高く、非常に優秀で両親の自慢の息子だった。そして、魚や鳥を綺麗に食べるのがとても上手な子供だった。
大きな魚や鶉、鳩などの肉をナイフとフォーク、そしてときに行儀が悪いが手を使って、綺麗に骨だけにするのが大好きだった。
それが段々と、骨にする動物が大きくなって行き・・・
鶏から雉、そして兎になり、やがては丸ごと食卓には載らない大きさの動物。豚や鹿、猪、牛にまでなったとき、彼の家族は少し危ぶんだ。
狩りをするのはいい。しかし、獲物や家畜の解体は、貴族のすることではない。父はそう言ってエステバンを窘めたが・・・
母の方は段々と、けれど確実にエステバンへ恐怖を募らせて行った。生き物の解体で、その身を血に染めながらも、無邪気に笑って骨を集める我が子へと・・・
それが決定的となったのは、親族が亡くなったときだった。幼いエステバンが、亡くなった親類の眠る棺を指差し、「人間の骨が見てみたいです。おじ様へお願いしたら、見せてくれるでしょうか?」と、無邪気な笑顔で言った。
次の瞬間、エステバンの母は恐慌し、彼を息子として可愛がることができなくなってしまった。
そんな母を、父が窘めて家へと連れ帰った。葬儀を途中で抜け出して・・・
そして、その日から母は、エステバンを避けるようになった。幼かった彼には、母親がなにに恐怖しているのかが、わからなかった。
優しい彼は、自分がなにか悪いことをしてしまったのかと悩み、お詫びとして、自分の宝物を母へ贈ることにした。
子供らしい発想で、彼は自分の好きなモノを、笑顔で母へ差し出した。
母も喜んでくれる筈、と・・・
箱へ詰まった、純白の動物の骨のプレゼントを。
無邪気さ故の、悪意の無い純粋な残酷さ。
結果、エステバンの母は心を病んだ。
愛していた筈の我が子が、自分と似た容姿の、全く知らない化け物に見えたという。
エステバンが視界に入ると、身体が震えて止まらない。怯えて、泣いて嫌がる。ヒステリーを起こし、全身で彼を拒絶した。
そしてエステバンは、グラジオラス城塞へと無期限で預けられることとなった。
「ふぅん・・・それは災難だったねぇ。どこか異常性を持つ子供を育てるには、神経が図太くないと無理なんだ。そうじゃないと、お互いに不幸になる」
どこか憐れむような金色の視線。
「ワタシは、異常ですか? ・・・母上を、傷付けてしまったなら、謝りたいです」
エステバンは真実、母に謝りたかった。
「いいや、君はまだ悪くないよ。少々好奇心が強くて、葬式の場ではとても不謹慎だっただけさ。でも、母君に謝るのは、今はやめておきなさい。君の母君は、少しばかり繊細なようだからね」
「母上が、繊細・・・?」
「そう。繊細で、少し怖がりなのさ。だから、今はそっとしてあげるといい。混乱中だろうからね。離れるのは、そう悪くない選択だよ。多分、君には母君を恨む気持ちは全く無いだろうけど・・・母君には、その気持ちがわからないだろう」
「そう、なのですか・・・」
「ねぇ、エスト。どうしたい? 君は別に、城へ預けられたことに関して、父君や母君に謝ってほしいワケじゃないだろう?」
「はい」
エステバンは、城代へ頷いた。
「まあ、君がどうしても家に戻りたいというなら、その異常性の隠し方をボクが教えてあげよう。でも、それには少しばかり窮屈な思いをすることになる。そうじゃなかったら、城で好きなことをして暮らせばいい。城では、君が好きなモノを我慢する必要は無い。さあ、決めるのは君さっ☆どうする? エスト」
金色の瞳が、じっとエステバンを見詰めて言った。
こうしてエステバンは、グラジオラス城塞で暮らすことにした。好きなことをする為に。そして、これ以上、母を怯えさせて傷付けないように・・・
その翌日。
「さてさて、エスト。君は骨が好きなんだよね? どんな風に好きなのかにゃー?」
城代の言葉に、エステバンは考えた。
「いろんな骨が見てみたいです。城代様」
「OKー♪なら、博物館へ行っていろんな骨を見て来るといいさっ☆あ、どうせなら、リヴとロッドに君のお守りを任せようかにゃー?」
ニヤニヤと楽しげな可愛らしい声。
「リヴとロッド、ですか?」
「そうっ☆二人共君同様、城預かりになってる子でねー。リヴェルドとロディウスって言って、君よりも少し年上の男の子達だよっ☆友達か兄弟とでも思って仲良くしてくれると嬉しいな♪あ、それと、図書室にはシュゼットって本の虫もいるからねー。なにか読みたい資料があるなら、あの子に聞くといいよ。君より年下だけど、読書量が半端ないから物識りなのさっ☆」
エステバンは、グラジオラス城塞で大好きな骨について学べることを、慶んだ。
結果、博物館で見た化石はなんだか微妙だった。経年劣化や損傷で、完璧な状態であることが少ないし、完璧な状態であっても、途方もなく長い年月の間、地中に埋まっていた骨はあまり白くないのだ。
エステバンは、どうやら白い骨が好きらしい。なので道化の勧めで、合法的に骨が観察できる医師と獣医師の資格、法医学者の資格、そして、エンバーミングの資格を長じてから取得した。
けれど、エンバーミングは微妙に違う気がした。遺体に防腐処理を施すので、骨を観る機会が少ない。
医師として、手術をするときに身体を開いて骨を観る機会の方が多い。
エステバンは、肉体という軛から解き放たれた純白の骨も美しくて大好きだが、筋肉の中で実際に生きている骨も、大変美しくて心から愛おしいと思っている。折れたり砕けたりしても、治るところがとてもいい。実に神秘的だ。生命の躍動が感じられる。
だからエステバンは、主に医師として働いている。生きている骨を、感じる為に。偶に城で内密に働くこともあるが・・・
ちなみに、エステバンは現在、家族との仲はそこそこ良好だ。家を継ぐのは弟だが、それに関して文句は一切無いし、むしろ好き勝手できることへ感謝しているくらいだ。
そして、エステバンを怖れていた母は・・・エステバンが『医者を目指していたからこその奇行だった』と、納得したらしい。今は、他の家族が間に入れば会話をしてくれるくらいには、回復している。
実際のところは、骨に対する執着が高じたが故に医師をしているのだが、両親が納得しているのだから、それはそれでいいと思っている。
おそらく、エステバンの本質は昔から変わっていないが、幼かった子供の頃よりはほんの少しだけ、その異常性を隠せるようになったらしい。他人ではなく、家族に対しては。
今のエステバンは、医者じゃない自分は、異常者なのだと理解している。
犯罪者になれば、必ず殺すと城代の三人にも宣告されており、警邏隊の専属医という首輪を付けられ、諜報員達にも見張られている。
そのことに対しての不満は、一切無い。
エステバンが医者として在り続ける限りは、自分のこの異常性が他者へ赦されるということを、ちゃんと理解しているのだから。
犯罪となるような悪いことをしなければいいという、実に単純明快なこと。
※※※※※※※※※※※※※※※
「ベティ君が王都から帰還したそうですから、あの子のメンテナンスをしたいのですが・・・」
数日前に、ベアトリスが王都から戻って来ているらしい。現城代の姫の言い付けで、中央騎士団のプライドをへし折って来たそうだ。
ベアトリスは、筋力や瞬発力が異様に高い特殊体質だが、その分身体を酷使しているとも言える。なので、定期検診が欠かせない。
ということで、城に行こうと考えている。
エステバンの予定表は、まあまあの白さだ。他の医師が対応できないことへの緊急の呼び出しはあるかもしれないが、生憎…または、幸い? なことに、事前予約は少ない。
問題があるとすれば・・・
「ワタシ、あの子に怖がられてるんですよねぇ」
それは、今から三十年近く前・・・
道化と入れ違いに城代となった賢者が連れて来た幼児が、とても特殊な体質をしていると聞いて、エステバンは非常に興味をそそられた。そして実際に、小さな幼女が大の男と戦って勝つ姿を見た。
それでエステバンは、興奮した勢いのまま、幼いベアトリスに言ってしまった。
「君は非常に素晴らしい身体をしていますね! 大変興味深いですよ! 君が死んだら、是非その身体をワタシに解剖させてください! なので、できれば君には、ワタシより早く死んで頂けると嬉しいですね♪」
その途端、真っ青な顔でぷるぷると震えたベアトリスが、走ってエステバンから逃げ出した。
そして後日、エステバンは賢者に呼び出されてしこたま怒られた。それはそれは、烈火の如く大変な怒りようだった。
「エステバンっ! 貴様、ベアトリスのようなちまい子供になんてことを言うか!!! この大馬鹿者がっ! 貴様は言っていいことと悪いことの区別もつかんのか!!! 道化は貴様にどんな躾をしたのだっ!?」
と、金色の目を吊り上げて怒鳴られた。
リヴェルドが城を抜け出し、他領にて暴動を煽り、修道院行きにされてしまったときよりも怒られた。
これ程に怒る賢者は、誰も見たことが無いという程の怒りだったという。
「次にそんな馬鹿なことを言ってみろ? 貴様の大事にしている骨コレクションを、全て王水に叩き込んで溶かしてやるからな」
低い声は、本気だった。
こうしてエステバンは、他人に早く死んでほしいと言わない・・・と、誓わされた。偶にそう思うことはあるが、直接口には出していない。
けれど、どうやらエステバンは、ベアトリスのトラウマを刺激してしまったようで、それ以来ずっと怖がられている。
母のような酷い怯え様と嫌われ方ではないが、どうにもベアトリスに避けられているような気がしている。当時から、ベアトリスの方がエステバンよりも強いというのに・・・
定期検診も、エステバンではなく、リディエンヌの方へ頼む程だ。エステバンは、ベアトリスをとても診たいというのに・・・
だが、今はリディエンヌが王都へ出向中でいない。ベアトリスを検診するチャンスだ。もしかしたら、王都で既にリディエンヌに検診を受けている可能性もあるが、それはベアトリスへ直接確かめてみればいい。
「本の虫の方もそろそろ診ておきたいので、城へ行くのも無駄足にはならないでしょうし・・・」
読んでくださり、ありがとうございました。
まあまあの異常さで、少しダークですね。
エストは危ない人ではありますが、一応は犯罪を犯さない程度の分別があります。
リヴェルドとロディウスとエステバン。なんだか、ロディウスが苦労しているところが目に浮かぶような・・・
そして、久々の賢者でした。彼は姫と道化よりも登場が少ないですね。
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